034
アサギは一人初めて悪臭を感じたところまで戻って来た。漂う異臭はやはりキツイものでそれでもアサギが顔色ひとつ変えずにいられるのはそれなりに理由がある。慣れている、いやアサギからすれば懐かしいというに近い。
思い返す嫌な過去を押し退けてそこから更に村の方向に続く。
そして少し歩いた先に村が見えた。
ここまで来るときもそうだったが辺りは異様なほど静かで草木を揺らす小動物はおろか、虫などの生物すらいない。アサギはこの状況が異臭による原因だけであるとは思えなかった。アサギの警戒心は一層強まる。
村へと足を踏み入れると早速その光景が広がっていた。
森が開け、本来ならば暖かい雰囲気や人の気配などがあるがその様子もなく、最初に目についたのは荒れた道。雪音の言っていたことを思い出すアサギは既にないがあったのか大方想像はついている。それでも改めて見るとその現実感が増す。
「………」
更に奥へと足を運ぶ。
すぐに民家が見えてきてまた雪音が目の当たりにしたであろう、その光景が広がっている。
ボロボロになっている民家、村人のものと思われる大量の血。真っかに染まる瓦礫と床。原型をとどめていない人の遺体。それらが無数に転がっていた。
この惨劇は最近のものだと推測される。人の死体は完全に腐りきっておらず、血もまだ乾いていない。
アサギはそこを通り抜け、村の中心まで進む。生存者がいるとは到底思えないが何があったのか手がかりを見つけるためにもそのまま引き返すことは出来なかった。
最悪の光景は村の中心まで途切れることなく続く。
中には子供を守ろうとしたのか、抱いてそのままこと切れている者や足だけが残っているものなどどれも無残で容赦がない。完全に何者かによる被害。まだそうした何者かがいるかもしれない危険性を知ってなお、アサギは捜査を続ける。
しかし、やはりと言うべきか。何かを掴むようなものはなくそろそろ引き返そうと考え始めた頃。とある民家の中で微かにだが何かが動いた。それを見逃さなかったアサギは警戒しながらも近付いた。
恐る恐る中を覗くとそこにはまだ息のある男性が血まみれで横たわっていた。
「……!」
罠であることを頭に入れつつ、素早く駆け寄る。その男性もアサギの存在に気が付いたようで口を開いた。
「………て…」
ただアサギには何を言っているのか聞き取れず、回復させようと試みるがそんなアサギの腕を掴み止める。
「………も……う…死ぬ」
掠れた声で、ゆっくりと首を振った。
その男性はよく見ると傷口が治らず腐りかけ、片足はない。大量にまき散らされた血は全て彼のもの。それを見たアサギも助からないことは容易に分かった。
アサギはぎゅ、と握りこぶしに力を入れた。
「………何があった?話せるか?」
「………ば……けも…の……人…じゃな……い……」
男性の限界は近い。ただでさえ掠れる声が徐々に小さくなっていく。もう長くはもたない。瞳から光が消え始め、呼吸もひゅー、ひゅーとゆっくりに弱くなっていく。
「そうか、分かった。もう頑張らなくていい。ゆっくり休んでくれ」
「たの……む……か…たき……を」
限界なはずなのに手をアサギに向ける。
それをアサギはガシっと掴む。ひんやりとした手に力を籠める。
「ああ、村のひとたちも、あなたの為にも―――」
ズルリと男性の手がアサギの手から落ちる。既にもう死んでいた。
「………必ず」
時は少し遡りアサギが悪臭の原因を探りに出かけた時のこと。
雪音の様子も心配なので一度休憩という形で茂みに身を潜め奏真、雪音、緋音の三人は腰を下ろした。
緋音との実質の一対一の対面は学院の件以来。気まずい空気が流れることを危惧していた奏真だが以外にも緋音の方から奏真に話しかけてきた。
「てっきり自分で様子を見に行くものだと思いましたが……」
緋音は奏真が残ったことを以外そうに思っていた。その言葉に奏真は小さく笑う。
「お前がアサギを警戒するからな。アサギもそれを知って自分が行くことにしたんだろ。本来潜入は俺の方が向いているが……」
「警戒するのは当たり前、と言わざるを得ませんね。会った当初は味方と思っていたのについ先ほどは敵として立ちはだかったと思ったらまた味方に……信用しろという方が難しいですよ」
ガーディアンのためとはいえアサギの行動は少し強引さが否めない。
緋音は奏真と会う前にはそんなに脅威ではなかったが敵となりあっさりと手のひらを返したことに信じられなかった。それも仲間のはずの奏真を敵にしてまで。
それと緋音には確証がないものの信用出来ない大きな要因があった。
「どこか胡散臭いです」
何も考えてないようにへらへらと笑っている反面何かを企んでいるように緋音からは見えていた。
それは奏真も気が付いていた。しかしアサギという人間性を知っているから信頼しているというのも事実。奏真は咎めるつもりはないと緋音に言う。そしてそれはアサギに限ったことではないと。
「確かに俺たちに言えない何かを隠しているのは事実だな。でもまあそれはお互い様だろ?」
「…………」
図星をつかれたことを嫌に思ったのか何も言い返さずに緋音はそっぽを向いた。そして話題を大きく逸らす。
「そういえば。学院長、あなたの父が重症なようですが?」
「お、よく知ってるな」
奏真が驚くのも父として目の前に現れた時雪音とアサギが初めて知り、性も違ければ父も奏真も誰かに言うような真似は決してしない。
学院長が重症ということは兎も角、緋音が奏真の父を知っていることは本来あり得ない。するとその情報元を緋音は話す。
「重症というのはかなり噂になっていましたからね。それとあなたについては雪音から、妹から飽きるくらいに話を聞きましたので」
犯人は雪音。これで合点のいった奏真は今は寝ている雪音を睨んだ。
「べらべらとしゃべりやがって……。なら知ってると思うが俺とそいつの関係は最悪だ。勝手に死のうが生きようがどうでもいい」
どうせ知っているだろうと関係性も話した。
雪音から聞いていた緋音は奏真の冷たい言葉にやはり驚かない。それを聞いた緋音は視線を雪音に移す。
「………そうですか」
寂しそうにうつむいたようにも見える。何か引っかかることでもあるのかと聞こうとしたところでタイミング悪くアサギが戻って来る。
「……なあ―――」
「ただいま………どうかしたか?」
重い雰囲気を感じ取ってアサギは何かを言おうとしていた奏真に尋ねるが奏真は何でもないと流す。この際重要なのはこの現状。
「なんでも。アサギの方はどうだった?」
何となく聞かなくても分かるが念のためアサギから話を聞くと想像よりもキツイ事実をアサギは話し始めた。
「ああ、まずあの村だが――――……」
アサギは村の状態を見たそのまま伝える。広がる悲惨な光景。生存者のいない地獄と化した村の実態。そして虫の息の男にあったこと。
またそれ以降も何か情報を掴めるものはないか探っていたところ、あるところに村の誰かが書いたであろう遺書を見つけたこと。
その遺書をすっと奏真に差し出す。アサギは既に読んでいた。奏真がアサギの表情を見ながら受け取る。アサギは微かに動揺が見られたのを奏真は見逃さない。奏真も恐る恐るその遺書に目を通す。
死ぬ瀬戸際で書かれたであろうものは血が滲み汚れ涙がしみ込んでくしゃくしゃ。それなのに書かれている文字はそうは思えないほど綺麗な字で書かれている。おかげで読みやすいがその裏ではもう諦めていることがひしひしと伝わる。
また内容もアサギがそういう表情を浮かべたように深刻なものだった。
始めは村に訪れた異変。最近になって現れた凶悪なモンスター。しかし見つけたのは屍。原型も留められないほどに惨いもの。
これはまるでアサギが見た村人のように。
その時の雲行き、筆者の心境が描かれ次の文には異変を調べた村人が行方不明になるという事態。そしてこうなった時には遅かった。ガーディアンに連絡するより早くその脅威は迫っていた。
遺書には一言で『バケモノ』と書かれていた。そしてその続きは……察しの通り。
全てを読み終えた奏真はアサギに遺書を返す。
「………その遺書に書かれている『バケモノ』についてだが最後の村人は意味深に人ではないと言っていた」
「人じゃ……ない?」
奏真が疑問を抱いた理由は『バケモノ』と揶揄されるくらいなので襲ったものはなんらかのモンスターであると思っていた。しかしその話を聞くとまるで人、もしくは人だったもの、とでも言うかのようだ。
同じくアサギもそこに疑問を抱いていた。
「あの、よく分からないんですが……」
遺書も見せてもらえず話にもついていけない緋音。完全に蚊帳の外扱いに慌てて奏真とアサギに言うが聞いてはもらえない。
「アサギ、ひとつ引っかかることがあるんだ」
「……引っかかるところなんていくらでもあると思うが……どうした?」
奏真の頭に思い浮かんでいたのは『バケモノ』の事ではない。その前の凶悪なモンスターが最近になって現れたというところ。
「凶悪なモンスター……これ、以前俺らも会ってないか?」
「凶悪なモンスターが俺たちと?」
アサギは未だにピンと来ていないが次の奏真の言葉で思い出す。
「ああ。思い出してほしい。都市[アレクトル]の近くで出没したモンスター。確かそいつって………」
「………都市付近では見られない。まさか!?」
「複数系統の魔法を使うトロール。あいつも俺たちからすればそうでもないが村人からすれば一大事。あいつも恐らくその『バケモノ』とやらから逃げて来たんじゃないのか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます