038

「………君たちは……人間かい?」


 そう尋ねてきた研究員はアサギ、雪音、緋音の三人を見て目を丸くした。驚いたのは研究員だけではなく三人も時が止まったようにピタリと動きが止まる。三人は警戒していたにも関わらず硬直したのはこんなところにまさか生きている人間がいるとは思わなかったからである。

 研究員と三人は時が止まったように動かなくなるのはごくわずかの短い時間。一番初めに動いたのはアサギ。考えるよりも先に動いたアサギの取った行動は相手の無力化だった。

 一瞬の隙に研究員へ詰め寄ると氷魔法で剣を造り首に押し付けた。


「ひっ……!?」


 そんなアサギの動きに反応すらすることが出来ず研究員は押し付けられた氷の剣に怯え小さな声で悲鳴を上げる。アサギは常に、いつどんな状況でも銃を抜き速射出来る状態にしているが如何せん旧世代の兵器では脅しにならないと考えた結果の行動が魔法。かなり効果的だったようで怯える研究員はゆっくりと両腕を上げる。


「貴様は何者だ?」


 表情は明らかな殺意を持っている。妙な真似をすればいつでも首をはねるというのが研究員にも伝わる。


「わ、分かった、答える。答えるから取り敢えずそこの扉を閉めてくれ。あいつがこっちへ来てしまう!」


 あいつ。それは現在奏真が抑えている『バケモノ』を示唆していた。だが今は絶賛奏真に夢中でこっちには何の反応を示さないことをアサギは知っている。中に入り罠が仕掛けてあることを警戒したアサギは部屋へ入る代わりに現在の状況を説明した。


「落ち着け。そいつは今俺の仲間が抑えている。こっちへ来ることはない」


 アサギの言葉が信じられなかったのかアサギから目を逸らしチラッと三人の後方を見た。何が起こっているのかはその目には映らなかったがこちらへ来る気配はないことを悟る。


「………分かった。君たちに聞かれたことは何でも答えると誓う。だからその剣を下ろしてくれないか?」


 首に押し当てられているのが気が気でないのか微かに震えていた。

 アサギはその研究員の言葉を信じて剣を下ろすか悩んだがこのままでは話が進まないと思い、奏真に託されたことを今一度考える。

 現在は順調に抑え込んでいるようだがいくら魔力が無限でもそれがいつまでも続くとは限らない。

 アサギはゆっくりと剣を下ろし、魔法を解いた。


「妙な真似はするなよ?少しでもそう捉えられる行動をしたら腕を吹き飛ばす。忠告はしたからな」


 研究員の言葉の通り首に当てられていた剣は消えたが状況は変わらない。アサギの脅しの言葉は脅し以上の力を持ち、研究員からはそれが絶対に起こりうる事実としか思えなかった。アサギに気圧された研究員は何度も頷いた。


 アサギの後ろから見ていた雪音と緋音はまるで自分にも言っているかのようで二人も一歩も動くことが出来ず固まったままだった。

 緋音に関してはアサギがここまで圧のある人物とは知らず自分が如何に愚かであることを痛感する。奏真が敵に回したくないという意味と、恐らく戦って勝てる相手ではないということを。そんな人物に敵意を向けていたと思うとゾッとした。しかしそれと同時に緋音の心の中では相手にされていなかったのだろうと悔しさも生まれていた。

 アサギは勿論そんなことを知らず、再び研究員に問う。


「もう一度聞く。お前は何者だ?」


 聞かれた研究員は間を置くこともなく即答。


「僕はこの研究所、魔力研究協会の研究員、目黒めぐろ康太こうた


 大方予想通りの答え。


「……そうか、研究員目黒、『あれ』は何だ?」


 アサギが言う『あれ』とは奏真が抑えている『バケモノ』。ここの所属の研究員だと言うので確実に関わっている。研究員の目黒は一から説明を始めた。


「もう大体のことは知っているのだろうけどあれは元人間、『人間Human超感覚Super sensation移植Transplantation計画』、通称『HST計画』の実験の被験者たちの慣れの果て。あれは失敗作」


 想像はしていたが聞いていて気持ちのいい話ではない。


「………つまりそれはどういう目的の実験だ?」


「人間の超感覚、すなわち特殊能力の移植だよ」


「…………」


 奏真の勘が現実となった。多種複合生物キメラなんて甘っちょろいものではない。


「………特殊……能力?」


 魔法に詳しくない雪音はひとり話に置いて行かれていた。緋音はそんな雪音にアサギ達の会話の妨げにならないように小さな声で捕捉の説明をした。

 アサギはそれに構わず話を続ける。聞きたいことは山のようにあるが今先決すべきは『バケモノ』もとい『HST計画』の被験者の慣れ果てであるものの対処。話を一気に絞っていく。


「その被験者の慣れ果てのやつはどうすれば活動停止、無力化出来る?何か特効薬のようなものがあるなら出してもらう」


 姿形は『バケモノ』のそれだが元は同じ人間。出来るだけ穏便に済ませられればと考えるアサギだったが目黒は首を横に振る。


「特効薬なんてない。ああなってしまった以上、彼らはもうもとの人間に戻ることは出来ない。仮に姿が戻ったとしても………。君たちも見ただろう?まるで知性を感じな……」


「もういい。特効薬がないことは分かった」


 目黒にこれ以上のことは言わせてはならないと止めたが既に遅かった。

 雪音の表情が徐々に悪くなっていく。理由は単純で既に理解したことだと思っていたがもしあの時奏真たちに助けてもらっていなかったらこうなっていたのかもしれないと、今まで我慢して考えないようにしていたことが一気に押し寄せる。雪音は耐えられず膝を折って口に手を当てる。


「うっ……」


 嗚咽する姿は見ていられず緋音が雪音の背中をさする。 

 雪音のことは緋音に任せ、アサギは質問を変える。


「なら絶命させる方法はあるか?」


 一度奏真とアサギはそれを試みたが失敗している。首を落としても心臓部を貫いても痛みすら感じる様子を見せず攻撃を繰り返していた。違うところに弱点があるのではないかとアサギは睨んだ。


「心臓を破壊すればそれは可能だけど、もととは位置が違っている可能性が高い」


 それを聞いてすぐに緋音に振り返る。


「……緋音、聞いていたか?」


「…………ええまあ」


 何となく今後の展開が予想出来たのか特に驚きもせずに雪音の介抱を続けていた。


「そのまま雪音を連れて奏真と合流してくれ。そしたらすぐにここから出るんだ」


 まるで邪魔ものの扱いをされているようで緋音は断ろうと一瞬頭を過るが雪音の苦しむ姿を見てアサギの指示に従い雪音を抱き起す。


「………そうさせてもらいます。私も限界だったので。それで、あなたはどうするんですか?」


「まだ聞かなければならないことがあるからな。もう少しここに残って後から追いかけるさ」


「そうですか。分かりました」


 緋音はすぐに雪音を背負って奏真のいる部屋へと戻っていった。

 アサギは二人が戻っていくのを確認してから再び目黒に問う。


「今言った通り聞きたいことは山ほどあるんだ。例えばそのガラスの中の人間、とかな」


 部屋に入った瞬間から異様な気配を放っていたもの。何かしらの実験の失敗作であることは分かるが他の失敗とはどこか違うように感じていた。何しろ他の人間との見た目は変わりない。


「ああ、これか……これは最後の失敗作だよ。ただ僕に……僕はこの人を殺すことが出来なかった」


「殺す……生きているのか?」


 ガラスの中は水のようなもので満たされとても人が生きているようには見えない。目を閉じたまま少しも動かずに静止している。


「正しくは昏睡状態だけどね。でもここから出せば時期に………」


 奏真が抑えているような『バケモノ』に。そう言いたいのだろうか。アサギには分からないが押し殺した言葉の続きはそれと似たようなものだと直感する。


「先ほどの失敗作といったな?成功はあるのか?」


 見たところ協会の関係者がいないことを考えると何となく想像はつくが確実な証言が欲しい。ところが確実な成功ということではないようだ。


「成功と言うほどのものじゃない。人格が吹っ飛ぶよりはましだと思うけど耐え難い副作用がある」


「副作用?例えば?」


「長生き出来ないのは前提として、半身麻痺に激しい頭痛、言語障害その他諸々。けど彼らには関係ない。その手術を施すのは自分たちではなくよそ者の人間。ただの道具としてしか見ていないからね」


 道具。その言葉が何を現してるのかアサギは知っている。


「なるほどな。つまり成功段階になったためお前も尻尾を切られたってわけか」


「その通り。用済みの道具は処分。たまたま僕は気まぐれで生かされたけどこんな状況じゃあ助からない。あいつらはそれを知ってここに僕をひとりで取り残した。でもこうなって当然さ。脅されたとはいえ自分の身可愛さに人の道を外れてる」


 ここに閉じ込められてからそう短くはないだろう。死ぬことすら考えているらしく既に諦めているようだ。


「感傷に浸っているところ悪いがこっからが本番だ。教えてくれ。奴らはどこへ行った?もしくは目的でもいい」


「そんなこと道具である僕には知らされていないよ」


 そんな時だった。

 微かに建物が揺れ始める。


「話は終わりだ。さっさとここを出るぞ。時期に俺の仲間もここを出ているはずだ」


「………この子を置いてはいけない」


「なんだよ?殺そうとしてたんじゃないのか?」


「僕には殺せない」


「そうか、なら……」


 アサギは銃を引き抜いた。銃口をガラスに向ける。


「俺が代わりに殺してやろうか?」


「……!?」


「生憎俺らは請負人、詰まる所何でも屋だ。本来なら誰かを殺すことは承りはしないが特別いいだろう。ああ、安心しろよ。俺の手はお前同様既に汚れ切っている。たったひとり殺すことに何のためらいもない」


「………いや………自分で……」


「ならさっさとしてくれよ。慣れているとはいえこんなところに長居はしたくない」


「………君を無駄に生んでしまったこと……本当にすまない」


「………」


 ガラスの中の人間の死を見送ってアサギに連れられ目黒は研究所から出ることを決意する。その際にアサギは他に部屋がないかを確認して来た通路を辿って地上階へと戻っていく。

 その時に通りかかった『バケモノ』がいた部屋では奏真が倒したのか細かくバラバラになっている肉片が散らばっていた。その時に目黒は本当に倒したというのは信じられず驚きの声を上げた。

 あったことと言えばそれくらいでアサギと目黒は無事外へと出た。しかし、本当の闘いはここからだった。


 建物を出たアサギと目黒の目の前には実験の被験者である元人間の『バケモノ』の姿。建物の中にいたものと比較すると倍近い大きさをしている。その数メートル手前には知らない人物の姿、そして意識がないのかぐったりと倒れて動かない雪音。雪音から少し離れたところで立っている緋音、奏真。

 しかし、アサギの目はその誰にも留まらず、もう一体の得体の知れない怪物に留まっていた。


 それは幼児くらいの人間の姿に、骸骨の仮面をつけた人間ならざる気配を放つ異界のもの。


「なんだ?あいつ……」

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