032

 もともとアサギはガーディアンの一隊員に過ぎない。ガーディアンが敵に回ればアサギが敵に回るのもおかしくはない。

 奏真は肩を掠めて出来た傷を抑え苦笑する。


(逃げられる確率が格段に減った)


 奏真からしてみれば現在も追ってきている三人組は大した脅威ではなかった。勿論油断出来ない相手ではあるが戦ったとしても勝てない相手ではない。だがアサギの場合は違う。三人の攻撃魔法を防ぎながらアサギの狙撃を回避するのは非常に困難。それは緋音も雪音も当然不可能に近い。


 アサギ狙撃に気を取られていると三人が雪音と緋音に王手をかけた。

 雪音に魔法が被弾し緋音が崩れたところに武器を押し当てられた。そして、奏真自身もそんな二人に目を向け、アサギから目を離した瞬間に詰みが確定した。


 二人を救おうと手を伸ばすがいつの間にか接近していたアサギにより腕を掴まれ止められてしまう。

 奏真は以前領主の前から雪音と移動した際の事を思い出す。


(【空間移動魔法】か?)


 振り解こうと力を入れるがそれよりも先にアサギが手を打った。

 奏真の両足がアサギの魔法の氷によって地面と一体化され身動きを封じられる。


「無駄な抵抗はするな」


 アサギに警告を受けるが奏真はお構い無し。自分がもう詰んでいるのは変わらないが雪音と緋音を逃がすために魔法を展開する。


「そいつらに手をだすんじゃねぇよ」

 

 奏真が放つ魔法はこれが三度目の使用になる曲がる魔法。速度も威力もそれ単体では十分とは言えないが数メートル以内の近距離でならかなり優秀な効果があると試してるあの魔法。雪音と緋音を抑え込む三人組に連射して放つ。


 いきなりの攻撃に三人は一度二人から離れ攻撃を回避する。回避したことにより雪音と緋音に飛んでいくが急に角度を変え追尾する。驚く三人は更に距離を取ってガードの体制に入った。

 雪音と緋音が一時的に開放されるが抵抗する奏真はアサギの氷によって体全体を氷漬けされ、一切の身動きを封じ込められてしまう。起き上がりその光景を目の当たりにする二人。「なんで?」という表情が浮かんでいるがそれよりも助け出すという意思に切り替わる。


「奏を離してください、アサギさん」


が、アサギの判断は適格。凍って動けなくなった奏真の頭に銃口を突き付け、人質を取った。


「動くな二人とも。魔法も使うことは許さない」


 その言葉に二人の動きはピタリと止まる。その隙にガードの体制になった三人が再び拘束。奏真が氷を破った時には更に増援が駆けつけ完全に逃げ道を失った。


「くそっ!」


 流石にここまで来てしまうともう奏真にもどうする事も出来ない。


「さて、奏真。打つ手なしだな。そこで取引があるんだ」


 一瞬アサギが何を言い始めたのか理解が遅れたがすぐに悟った。そこでその取引にすぐさま応じる。


「!?………いいだろう。なら二人を解放して無理やりガーディアンに引き込むのを止めろ」


 無茶ぶりを言うがそれくらい奏真に余裕はなかった。対するアサギはいつも通り落ち着いた様子で奏真を宥める。


「まあ落ち着け奏真らしくない。二人がガーディアンに入るのは決定事項だ。だから奏真もガーディアンに入れ。いや、入ってくれ」


「断る!!」


 断固拒否。間も置かずにアサギの提案、お願いに拒否の態度を示す。そんな奏真にアサギは少し脅し気味に取引を強要する。


「断れるとでも?あくまでこれは奏真にもメリットがあるかないかの話で結局は変わらないぞ?それを加味した上で考えてくれよ」


 今現在どちらが主導権を握っているのか、奏真には言い分がないことを伝える。

 そして詳しい「取引」の内容を小声で説明する。


「さっきは単刀直入に言ったがもう少し詳しく話そうか。ガーディアンには本部と支部があるんだ。支部は本部と違って割と自由が利くんだよ。ちなみに俺も支部に所属してるんだが……」


「……!?」


 そこまで聞いて奏真はアサギが何を言いたいのかが分かった。


「俺が所属する支部は俺一人、何が言いたいかはもう分かるだろ?これを飲んでくれるなら今まで通り旅して構わないと本部と話しを付けてきてある」


「その保証は?」


「まあ信じなくてもいいけど、このままだとおそらく考えてる最悪のパターンに成り兼ねないけど……どうする?」


 そこで奏真はアサギとの取引してきた数々の記憶を思い出す。少なくともアサギとの取引では互いに嘘はタブー。それが二人の暗黙の了解として行ってきた。

 アサギの言いたいことの自分のメリットを考えすぐに訂正する。


「今のは忘れてくれ。その取引乗った。俺にも利がある」


「お、さすが奏真。話が分かる。さて……」


 言葉のみの二人だけの交渉が成立。あっさりとアサギは奏真の事を解放した。その様子を見ていた雪音、緋音、その他ガーディアン隊員たちは唖然としていた。


「おい、なんで解放した。そいつが一番厄介なんだ!」


「まあまあまあ、落ち着いてくれよ。話はもう着いた。その二人も解放してくれ」


「なんだと?」


奏真こいつがその二人の保護者だ。そいつがガーディアン入隊を承諾した」


 その言葉に一番驚いたのは雪音。

 アサギが何を言おうと否定しない奏真の様子を見て本当だという事を悟り、絶望的な表情をしていた。


「何で………!?」


 その雪音の表情に気が付いた緋音は怒りを露わにする。


「どういう事ですか?」


 抵抗できぬよう押さえつけられているが振り解こうと必死に力を入れる。ただ相手は男性。幼い少女が力で勝つことは出来ず藻掻くことが関の山。何をしようと押さえつけられ魔法を使おうとするも魔法が使えなくなる錠をはめられ使えない。


 暴れる様子を見て更に拘束する力が強まる。


「おい止めろ。もう離していい」


 これ以上は怪我人が出るとアサギがガーディアン隊員たちに言うが一切言う事は聞かない。困ったようにアサギは腕を組んだ。


「折角奏真を味方に引き込んだのに話が進まないな」


 行き詰った時、丁度よくアサギの端末から音と振動が鳴る。それに応じると端末からある人物の声が聞こえてくる。


『御影、任務ご苦労』


 その声の主はガーディアン本部の司令官、本田。


『話は聞いているね、月影?』


「………ああ。ガーディアンの支部へ入る、とだけな」


『よろしい。そのことについてはまた詳しく詳細を話そう。では御影を除く隊員は即刻帰還したまえ』


 とんとん拍子で進んでいく話。ついていけているのは奏真とアサギだけ。急に機関命令を言い渡されたガーディアン隊員たちは訳が分からず混乱していた。


「本田司令、目標のエルフ二名を捕縛いたし……」


『その二人は後は御影に任せ即刻帰還だ、いいな?』


 言葉を遮って命令を再度下す。

 隊長であった彼は少し不満そうに手に力を入れるが一息ついて冷静にそれを承諾した。


「……了解しました。帰還します」


『御影、後の事は任せたぞ』


「了解了解、任せてください」


 アサギの返事を最後に本田との通信は途切れる。そして命令通り雪音と緋音を解放しガーディアン隊員たちは一人残らず去っていった。


 これでひとまず、と思いきや納得いっていない人物が二名程。解放されてすぐに緋音は奏真のもとまで来ると怒りに任せて睨みつける。雪音も睨みつけることはしないものの疑問と不安の表情で奏真を見ていた。


「納得のいく説明が勿論あるんですよね?」


 今にも怒りで奏真を攻撃しそうな雰囲気で緋音は問い詰める。


「お前が納得いくかはさて置き、これが最善であることには変わらない。もうあの状況からはどうすることも出来なかった。二人がガーディアンへ連れていかれひどい目には合わないだろうがおそらく重要な人物として扱われることは間違いないだろう」


「……そうでしょうね。ですがあなたはそれを承諾したんですよね?」


「そうならないようにアサギが手を打ってくれた。俺も含めてアサギの支部に入ることをな」


「結局は変わらないじゃないですか?」


「いや変わる。支部の方がある程度自由が利く……らしい」


 奏真もアサギからそれくらいしか聞いていないため詳しいことは確定を持って言えずに言葉を濁す。もちろんそんな曖昧な説明で緋音が許すはずもなく、呆れて奏真に対する怒りも失せたのか目をそらした。


「らしいって悠長な……」


「だが俺も聞きたいな。支部だと具体的に何が変わる?」


 一先ず緋音が引いたので奏真はアサギにそのことについて詳細を尋ねる。


「そのことなんだけど一度本部へ来てくれるか。司令と直接話せたほうがいいだろう?」

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