031

「いかなる理由があれど、私の妹に乱暴しないでもらえます?」


 いきなり現れた緋音は奏真の腕を掴んで力を入れた。

 奏真からしては全く痛くなかったが自分の冷静さを欠いていたこともあり、緋音の言う通りに雪音を力ずくで引きはがすのを止める。


 奏真が冷静に戻ったのを見て緋音は雪音の方に声をかけた。


「雪音、一端手を離してください」


 奏真にしがみつく雪音の手にそっと触れる。

 雪音も姉の声で冷静に戻ったのか奏真を解放する。ただ不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 取り敢えずではあるが両者互いに冷静になったところで改めて奏真が急にいなくなった理由を尋ねる。


「それでなぜあなたは何も言わずに妹から離れて行ってしまったのです?」


「これからついてくる先は危険だからだ。まして姉であるお前に会いたがっていたんだ。お前の妹には俺ら以外に面倒を見る奴もいなかったし、その時にアサギもいた。だが今は姉が見つかってアサギも一時離脱すると言われた。危険を冒してまで連れて行く理由がない」


「そんなもの知りません」


 ほぼ完璧な訳を言う奏真であったが緋音はバッサリ切って捨てた。これには奏真どころか雪音も驚いて唖然としている。


「あなたに妹を守っていただいて感謝しています」


「なら、尚更恩を仇で返すような真似はするな」


「関係ありません。私の妹、雪音があなたに付いて行きたいと言ったのでそうしているんです。危険性なんて知ったこっちゃありません」


「…………」


 奏真の言い分は一切無視。会話というよりもはや一方的な宣言。


「と、いう訳なのでこれからよろしくお願いします」


「いやそうはならないだろ」


 しかし緋音は聞いちゃいない。


「あのなぁ、こっちにもいろいろ事情があるんだ。だから無理なもんは無理だ」


「分かりました。では勝手についていきます」


「………」


 何を言っても聞く耳を持たない。奏真は頭を抱える。そこへ。


「やはり無理だったか」


 そこへ建物の陰からガーディアンの隊員と思しき人物が姿を現した。それも一人ではなく三人。


「悪いが請負人殿には早急に立ち去ってもらう」


 突然現れては奏真に対して横暴なことを言う。そんな彼に緋音は目を細めた。


「感じ悪い人ですね。そんなこと言われなくとも今から私たちは去りますよ」


「いいえ、あなたは残ってもらう。妹と共にね」


「……どういう事ですか?」


「おや?請負人殿からは聞いていないんですか?」


「いったい何を言って……」


「あなたたちの身柄はガーディアンが保護します。あなたには予めお伝えいたしましたが、請負人殿?」


「それ、本当ですか!?」


 奏真の方を振り返り真偽を確かめると奏真は頷いた。


「………本当だ。お前ら姉妹が再会した時、アサギに任せてただろ?その時にくだんの話とは別にお前らの保護を命じられた。ガーディアンに置いてけってな」


「………」


 言葉を失う緋音。雪音は寂しそうに俯いた。


「そういうことなので……エルフ族姉妹の同行は許可出来ない」


「許可って……ガーディアンは私たちの保護者なんですか?」


「無理強いをしているのは分かっている。しかし多大な戦力であるエルフ族を個人に使われては困る」


「………なっ……」


「そういう訳ですのでガーディアンへお戻り願います」


 そういうと雪音と緋音の手を無理やり引いて連れ帰ろうとする。はたから見れば人権問題にまで発展しそうな状況であるがエルフ族を人権云々でかばうものは初めから存在しない。そうでもなければ以前雪音はあんな暮らしをしてはいない。

 それに加え、エルフ族という巨大な力。それも一人ではなく二人。個人の管理下にあることに危険を感じたガーディアンが引き受けるという都合も併せてのこと。


 そのことを奏真は重々理解し、承諾。連れて行く理由も特になかったので反論しようとすらしなかった。それが奏真の事情。このガーディアン三人が来たのは奏真との同行を防ぐためのもの。初めから奏真の様子を伺い潜伏していた。

 奏真は初めから潜伏に気が付いていたがそういう理由があるため無視していた。


 連れていかれるのを必死に抵抗する緋音。

 今回ばかりは相手が悪いと一切手を出さず傍観する奏真。


「いい加減離してください」


「いい加減にするのはそちらだ。を野放しになど出来るわけないだろうエルフ族!」


 聞き分けのない緋音に血が上ったガーディアンの隊員はエルフ族の二人にとっての傷口に塩を塗る言葉を放った。それがまずかった。隊員がやってしまったと思った時には既に遅い。


 その言葉に表情を蒼白とするエルフ族姉妹。ではなく、怒りで瞳孔を開いた奏真。


 一瞬で隊員と姉妹との間に入り引っ張る手を振り解いた。奏真の怒りに隊員たちは勿論、雪音と緋音も身動きが取れなかった。


「気が変わった」


 雪音と緋音の服を引っ張ってガーディアンの隊員たちから引きはがす。


「任せるのはやめだ」


「何を言っている?」


 奏真は雪音と緋音を庇うように前に出る。奏真は連れて行かせまいと抵抗の意思表示に魔法を展開。それにつられて隊員たちは各々戦闘態勢を取った。

 ガーディアンの隊員三人は一歩後退、武器を片手に身構える。


「気を付けろ。奏真やつは単独で今回の騒動である主力を撃破している」


 当然奏真の少ない魔力量であっても、実力がはっきりしていれば舐めてかかるものはいない。油断なく奏真を睨みつけるように一瞬の動きも見逃さない。


(さすがに警戒するよな。時間をかけても増援が来かねない。嫌な展開だ)


 これまでの戦いの中で奏真は相手の油断や動きの隙をついて反撃、勝利してきた。いわば初見殺し。しかし今回は相手に油断もなくまして奏真が動くのを待っている。時間をかければかけるほど有利になることが分かっているから。

 つまり今回は奏真からすれば圧倒的に不利。ただでさえ戦闘人数、魔力量に差がある為まともに立ち向かっては勝ち目がない。


 これ以上不利な状況にしないため奏真の方から仕掛ける必要がある。とはいえ戦わずとも逃げれば勝ち。引き気味に魔法で攻撃しながら二人を連れて逃げに徹する。


「霧谷姉妹、街から出る。全力で走れ」


 しかしそうはさせないと三人は魔法で雪音と緋音の行く手を阻もうとするが、それを読んでいた奏真が魔法で相殺。


「くそっ、邪魔しやがって」


 奏真の妨害に腹を立てた三人のうち一人が奏真にかかろうとするが、それを三人の中の隊長である男が引き止める。


「待て。目的はエルフ二人の奪取。奴とは戦うだけ無駄だ。あくまで狙うのはあの二人だ」


「「了解」」


 街を抜け森へと入る雪音、緋音そして奏真。その三人を追いかけるようにしてガーディアンの隊員三人も後を続く。


 緋音は兎も角、雪音はまだ魔法を使えない。単純な魔法すら使えない雪音の足の速さでは差が歴然。三人はすぐに追いついて来た。魔法の射程内に目的である二人が入る。


「抵抗するのならば少々攻撃があったても文句はいうなよ」


 三人一斉の攻撃が雪音、緋音に襲い掛かる。風魔法によるかまいたち、土魔法により押し固められた塊、炎魔法による炎の槍。どれも直接あたろうものならただの怪我では済まない。本当に捕らえる気があるのかどうか怪しくなってくる。


 魔法が使えない雪音は迫り来る魔法に目を瞑る。ただし緋音は学院内でも飛び級をしているほどの秀才。【障壁シールド】でいとも簡単に防いでみせた。


「甘いですね。その程度でどうにか出来るとでも?」


 障壁が緋音自身だけではなく雪音おも守り無傷で防いだ。


「想定ないだ」


 しかしそれを目くらまし代わりに三人が急接近を試みる。それを想定していなかった緋音は次の魔法を展開しようとするも既に遅い。


「だから逃げろって言ってるだろ?」


 それを防ぐのは奏真の放った魔法の乱れ撃ち。緋音とその三人の間に打ち込みなたしても妨害する。

 咄嗟の回避行動により三人は避けるがまた距離が空いてしまう。


「……めんどうな」


 睨む先の奏真は常に何等かの魔法を展開し、三人が上手く立ち回れないようばら撒くように魔法を放っていた。少ない魔法でも連射という無限の魔力がなせる芸当。ガーディアンの隊長は悪態をついた。


(このまま行けば相手の撤退にまで持ち込めそうだが果たして……)


 今のところ奏真の考え通りの展開であるがこのままいくとは思えず探るような目で相手三人を見ていた。腕も程よく戦闘経験もあるだろうと。油断も隙も見せずに雪音と緋音の後にぴったりと張り付いて逃げるように移動する。


 そこに、奏真の目にある人物が目に入る。


「………!マズイっ」


 気付いた直後、奏真は反射的に体を低くした。それと同時に奏真の肩を高速で掠めて彼方へ飛んでいく何か。

 幸いなのか、狙ってやったのか雪音と緋音には当たらず遠くの幹に当たるとドスッと音を立てて着弾する。


「………まずいな。敵に回ったか――」


 ガーディアンの隊員三人、その遥か後方に見える街の屋根。その上に誰か人が乗っている。その人影の正体は正確には誰だか奏真のいるところからで確認出来ない。

 しかし奏真は心当たりがある。そんな距離から人間離れした狙撃が出来る人物を。


「お前は敵だと厄介だからな、!!」

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