第三章 異形なモノ
030
アレクトル学院襲撃事件から三日―――。
学院は一時閉鎖、休校という形で現在生徒たちは自宅で待機。ガーディアンは記者会見など忙しい日々が過ぎた。
この事件に密接に関わった請負人―奏真も本来ガーディアンと同じように忙しくなるはずだったが依頼は「情報」。自分の目で確かめた事を全て伝え、会見などは免れた。そもそもガーディアンはもとよりそのつもりらしく記者会見が始まると奏真を出来るだけ遠ざけた。
奏真に余計な事を言わせぬ為を持ってしてだろう。ガーディアンはガーディアンなりの情報統制をするつもりだ。
会見などの面倒なことが嫌いな奏真からしても願ったり叶ったり。何も言わず報酬を受け取ると素直にガーディアンから姿を眩ませた。
現在奏真は一人中枢都市[アレクトル]の店の一角で昼食を取っていた。
学院やガーディアンから少し離れた場所にあるカフェのようなところでサンドイッチをムシャムシャとほおばる。
大きな依頼を終え、金銭的に潤い余裕が出来た為である。
サンドイッチを食べ終えると端末を取り出して次の依頼を探す。
アサギはガーディアンの方が忙しくなると奏真の元から離れ、本職であるガーディアンへ残った。
緋音と雪音については今後過ごしていくうえでガーディアンにいた方が都合がいいと奏真は思い二人をそっとガーディアンに置いてきた。つまり、これから先は奏真一人となる。
(ひとりで行動するのは久々だな。まだ依頼は来てないみただし適当に出歩くか)
奏真、アサギ、雪音の三人で行動した時間は少ないが雪音と出会う前にはアサギと暫く行動していた時期が長かった為、懐かしさを感じる。
カフェを出て、街並みを思うがままに適当にプラプラと歩く。
つい三日前まで学院で騒動が起こったにも関わらず街は大いに賑わっていた。
(この街はガーディアンもあるし平和そうだな。依頼も特に無さそうだし場所を変えるかな)
財布が今のところ潤っていてもこのままここに滞在し続けると、依頼がないこの街ではやがて財布の中身は枯渇していくであろう。現状奏真のところへ届く依頼の多くはガーディアンでは対応しきれない戦闘の依頼や危険な依頼が大半を占める。
いいことだが奏真が生活していく上で平和過ぎるのは少し居辛い。
また今回の事件の全てがガーディアンの手柄、責任となっているので奏真の請負人としての株は下がったまま。このまま滞在を続けても依頼は当然回っては来ない。
奏真はそうと決まればすぐに街の出口へと向かう。もともと軽装である奏真に準備などは無い。事が決まればすぐに動いた。
(仲良く暮らせよ。エルフの姉妹……)
別れも特に言っていないので心の中で呟いた。アサギにはどうせ会うだろうと心にすら別れは言わない。
ゆるりと歩く奏真はまっすぐに街の出口へ向かうのであった。
その頃、時を同じく緋音、雪音の姉妹。二人はとある人物を探すためにガーディアン中を走り回っていた。
「いない………いない………」
息が切れ、つまりそうになる喉を無視して雪音はあたりを見渡しながら走る。ガーディアン中は広く、姉の緋音と手分けして一時間前から探し周っていた。
緋音との集合地点にまで来て、そこへ来るまでに見つからなかった。姉の方に見つかった事を信じて待つと少しして緋音もやって来る。しかしそこにはその人物の影はない。
「こっちにもいない……」
まさかの収穫無しに二人は顔を顰めた。雪音に至っては泣き出してしまいそうだ。
手がかりを探そうにもそんなものはない。そんな時に唯一情報を持っていそうな人物が目の前を通りかかった。
「……あ、あのっ」
「お、霧谷姉妹か。まだこんなところにいたんだな。どうした、そんなに慌てて?」
その人物とは、アサギ。現在は奏真のもとから一時的に離れ今回の騒動の後処理をガーディアンの他のメンバーと行っていた。そんな時にたまたま二人の前を通りかかった。
二人(主に雪音)の慌てた様子を見てアサギは立ち止まって話を聞いた。
「奏が……奏がどこにいったのかわかりますか?」
考えるよりも先に体が動く。雪音は舞い降りた希望を離さないようにアサギの袖を掴んで聞いた。
唐突な雪音の質問にアサギは理解が追い付かないがどんな状況なのかは察した。
「奏真?……一緒じゃないと考えるとなると……あいつ、街を出ようとしてるんじゃないのか?」
アサギの言葉の意味がいったいどういう意味なのか。二人はすぐに検討が付いた。
それを聞いて雪音はすぐに駆け出した。
必死な雪音を見送りながら独り言を呟いた。
「そんなに慌てんでも一生会えない訳でもないだろうに……」
そんなアサギの独り言を横で聞いているのは緋音。アサギの独り言に口を挟んだ。
「それとこれとは関係ありませんから……雪音にとって」
「ふーん……お前は行かないのか?」
「そう言うあなたはいいんですか?妹から聞きましたがずっと一緒に行動していたんですよんね?」
「俺は少し忙しいからなー。俺の事なんかよりも重要な人がいるんじゃないの?」
「まあ、追いかけますが私は手伝っていただけなので……」
「そう?でも追いかけたほうがいいんじゃないのか?」
「そうですね。では最後にひとつ、妹にあわせてくれてありがとうございます」
「それは俺がやった事じゃない。奏真だよ。礼は奏真に言ってやってくれよ」
「…………そう、ですか。気が向いたら言う事にします。では」
「おう、じゃあな」
雪音を追いかけ去っていく緋音。
一人になったアサギはその場で目を瞑る。アサギにとってくだらない過去を思い出していた。
「待ってください!」
奏真が街を出る瞬間、背後からの聞き覚えのある声に思わず振り返る。
足を止め振り返ったそこには息を切らして辛そうに咳をこむ雪音の姿。もう逃がすまいとぎゅっと奏真の服を握りしめる。
「何で何も言わずに出ていこうとしたんですか?」
服を掴んだまま怒ったように奏真を下から睨みつける。
それでも奏真は特に気にする事なく無表情で答えた。
「まー特に必要ないかと。目的である姉も見つかった事だしそのままガーディアンにいてくれてたほうのがこっちも楽だしな」
「………っ…」
奏真らしからぬ冷たい言い方に雪音は言葉を詰まらせた。
数日会っていなかった奏真はこんな人だったかと疑問が過るがすぐに腐食。わざとそういっているに違いないと確信した。
すぐに返す言葉を探すがそれよりも先に奏真が行動に移した。
服を握りしめていた雪音の手を振りほどく。
いとも簡単に引きはがされあっけにとられている雪音に奏真は決定的な言葉を放った。
「お前がこれ以上俺に固執する理由はないはずだ。探していた姉も見つかった」
「…で、でも魔法を教えてくれる人が……」
「お前の姉で十分な筈だ。学院でも飛び級するほどの天才らしいからな。俺よりさぞかし優秀だろう」
雪音には言い返す言葉もない。全く持ってその通り。これ以上奏真の迷惑をかけてまで一緒にいる理由はない。しかし雪音はどうしても諦めきれなかった。
下を向いて奏真を引き留める言葉を考えようとしているとその本人は街の外へと歩みを始める。
気付いた雪音は全力でそれを阻止した。
「お願いです。待ってください」
奏真の腹に腕を回して抱き着くように掴みかかる。
奏真は呆れていた。
「あのなぁ、一生会えない訳じゃないし通信機だってあるんだ。何も一緒にいる必要はないんだ。それにお前の姉はガーディアンに入りたいと言っていた。お前もそうするべきだ」
「ですが奏だって離れる理由は……」
「あるぞ」
その言葉に雪音の腕の力が緩む。
「邪魔だから……ってのは約二割。あと八割近くは危険だからだ。俺ではお前を守れないし何よりいろいろな危険人物にエルフ族が知れ渡った。ガーディアンの方が確実に安全……っだ」
それを言い終わった瞬間に雪音の腕から解放されるために力を込める。
雪音もとっさに反応して力を入れるが少し遅かった。だが仮に間に合ったとしても筋力の差は圧倒的。力ずくでも簡単に腕から解放させるだろう。
「何も言わずに出て行ったのはすまなかった。出来るだけお前らから離れなければならなかったからな。だが取り敢えず今はお別れだ」
もう一度奏真は街の外へ踏み出そうとするがそれを雪音は再度止める。
「お前、しつこいぞ」
奏真にも若干のストレスが溜まり始める。
「嫌です嫌です。一緒に居たいという気持ちに理由なんていりません。お願いですから置いて行かないでください」
泣きそうになるのを必死に堪えていた。奏真が本気で逃げれば捕まえることは不可能。おそらくこれが最後の攻防になると思い全力で奏真が行くのを阻止する。
まるで子供が親に駄々をこねるようなやり取り。
通りゆく人々からも奏真と雪音が兄妹とでも思っているのか暖かい視線が集まっていた。
奏真のめんどくせーゲージももはや限界が近い。ガーディアンからの依頼といい相当なストレスだった。
「いい加減にしろよ。周りの人が見てるんだぞ」
「そんなの知りません」
「このっ……いてぇの我慢しろよな?」
どう説得しようとしても雪音も譲る気は一切ない。奏真は強引に引きはがすことにする―――が、それを止める者がいた。
「いい加減にするのはあなたではありませんか?」
それは雪音の姉、緋音だった。
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