026

「あなたは…………」


 急に目の前に現れた人影。その正体に緋音は目を丸くした。

 服装共に雰囲気から全てが違う。ひとつの点を置いては。


 目の前に奏真が訪れてやや沈黙が続いた。


 見えないものを探り合う二人。奏真はどこか余裕そうな笑みを浮かべているが対する青年の方は気配もなくいきなり現れた奏真に警戒していた。

 そんな青年にとっては奏真が浮かべる薄ら笑いですら不気味に感じ、余計に警戒心を高めていた。


 最初に探り合いの沈黙を脱したの奏真の方だった。


「おい、霧谷?大丈夫だったか?」


 なんと奏真は敵である青年に対し堂々と背を向け奏真の後ろにいた緋音の心配を始めた。

 その行動は余裕から来る油断だと踏んだ青年は手に持つ槍を振る――――――おうとしてそれを振り上げたところで止める。青年の頬には冷や汗が伝う。


 ピタリと止まる青年に目もくれない奏真。傍から見ればそれは青年がただ寸止めをしたように見えるだろうが青年にはしっかりと目に映っていた。奏真から放たれる異様な程の殺気と気配が。


 ゾッと背筋が凍るような気分だった。


 それを一度でも目にしてしまえば狼狽えるのは当然。本能が全力で警鐘を鳴らしている。


「…………っ……」


 動く事を躊躇う程だが無理やりにでも体を動かし奏真から距離を置いた。

 奏真はそんな青年を置いて、絶望する緋音の顔を覗き込んでいる。

 奏真と目が合った緋音は涙を浮かべていた。


「おいおい、完全に心折られてんじゃねぇか。まったく……」


 戦意損失し、奏真に何か訴えかけるように見つめる緋音。奏真は頭に手を置いて呆れたようにため息をついた。そして、そうしたであろう本人の方へ振り返る。


 青年は既に五メートル程距離を置いて魔法を展開し、機械型モンスターに指揮を出して万全の構えをとった。


「さて、一体何が目的なんだ?」


 ここまで数多くの機械型モンスターを倒してきた奏真は一貫性のない動きや配置に疑問を抱いていた。

 あちこちで湧くモンスターたち。大した強さも無ければ圧倒的数という強みを分散させているのが現状。緊急事態に多少の被害と動揺はあったがその程度。何が目的なのか全く分からない。

 ただ敵であるのははっきりしているので青年と同じように構える奏真。ナイフを逆手に持った。


「……そう言う貴様こそ何者だ?この学院の生徒じゃないのか?」


 学院に何らかの目的があって来た青年からしてみれば奏真のような人物がいる事が疑問だった。


「………さあ、どうだろうな」


 これ以上は無駄だと話に見切りをつけ、ナイフを片手にそのまま突っ込んでいく。

 何の魔法も使わずにただ闇雲に突進してくる奏真に向けて機械型のモンスターをあてる。


 機械型モンスターには腕先にブレードがついている他に、銃口になっているものもある。その二種類の機械型で近距離と中距離を担い、奏真を迎え撃つべく攻撃を開始する。


 剣や魔法による猛攻。奏真は迫りくるモンスターと魔法をスイスイと避けながら青年の元まで近付いて行く。


 奏真の身のこなしを見て、青年も自ら攻撃に参加する。

 魔法は緋音と戦っていた時のものと同じく【氷の弾丸アイス・バレット】の複数展開。自分の身を囲むようにして同時に展開した。


 対する奏真はそれを見てもナイフだけで対応するつもりなのか魔法を使用する素振りも見せない。 

 その行動を後ろから見ていた緋音は奏真がなぜそんな事をしているのかすぐに分かった。


(まさか、魔力が少ないから…)


 出来るだけ魔力の消費を抑えているためだと考えた。

 そこであることに気が付いた。学院の戦闘訓練の時も対して強くもなかった奏真が勝つことが出来るのかと。


 また対峙する青年も緋音と同じような事を考えていた。ただひとつ緋音の考えと違うのは少ない魔力なのに異様な気配を漂わせていること。緋音は奏真を止めようとするが青年はむしろ緋音と戦う時よりも警戒していた。


「何してるんですか?あなたでは万にひとつも勝ち目はありません」


 緋音が奏真に向かって叫んだ。


「まあ見てなよ」


 心配する緋音に大丈夫だと伝えると更に青年側へ踏み込んだ。

 三百六十度全ての方向から機械型モンスターが襲い掛かる。どう考えてもひとりで防げる数と密度ではない。


 しかし奏真はまるで後ろに目がついているかのように全ての攻撃を避け、受けては無傷のまま耐え忍んでいた。そこへ新型が現れる。それも三体同時に襲い掛かった。


 危ない!


 緋音は戦った時の手強さを知っている。高速で奏真へと迫る新型を見て緋音は心の中で叫んだ。


 三体同時に刃を振るい奏真を切り刻もうとする。が、奏真に当たるぎりぎりの瞬間新型三体の腕を消し飛ばした。

 音もなく腕が消え、その光景を目の当たりにした緋音と青年は言葉を失う。


 奏真は新型三体を無力化した後一度、緋音の元まで後退した。


「少ししんどいな。おい、自分の身は自分で守ってくれよ?」


 座り込んだまま茫然と見ている緋音に奏真は背を向けたまま言う。緋音の答えを聞かず再度突っ込んでいった。

 今度は魔法を展開し、モンスターにダメージを与えながら青年の元まで突き進む。奏真が扱う魔法は【弾丸バレット】。炎で造り出された小さな魔法。それをいくつも展開しぶつけていた。

 

 奏真の75という魔力ではすぐに枯渇する。

 奏真の魔力の少なさを知っている緋音、見た瞬間に気が付いた青年。普通ならばそう思って当然だ。むしろそれ以外はあり得ない。ただ奏真に限っては違う。


 75の魔力で【弾丸バレット】を同時に展開する限度は、魔力全て使ったところで二十発程度。実際無限である魔力の奏真はその二十発を何度も展開し膨大な数の魔法を展開していた。


 奏真の魔力が無限ということを知らない二人は同様の顔を浮かべる。


「………え………」


「なに?減っていない、だと!?」


「悪いけど手加減はめんどくさいんで無しでいくぞ?」


 とうとう青年のところまで辿り着いた奏真。展開していた魔法をいきなり放つ。

 それはしっかりと【障壁シールド】でガードして身を守る。


「だが脅威にはなりえんな。その少なさではそれがせいぜい、関の山だろう」


 驚いてはいるが冷静で油断もない。奏真の圧にも慣れ、反撃を開始する。

 自分の身を回る【氷の弾丸アイス・バレット】に指示を出す。緋音を襲ったように列をなし奏真に向かう。更に機械型との連携。これに緋音は苦しめられた。


 奏真はそれを見てから距離を置いた。バックステップを踏んでどんどん後ろへ後退していく。

 自分の身を【障壁シールド】で守っている緋音の元までさがる。

 

 それを良しと見た青年の表情には薄っすらと笑いが浮かぶ。


 緋音の目の前までさがりきった奏真はナイフを構え、姿勢を落とす。そして―――


 ナイフを青年の顔面目掛けて


 投擲されたナイフは機械型モンスターの間、【氷の弾丸アイス・バレット】の間を綺麗に通り抜け奏真の狙い通り青年のところまで辿り着く。


「……!」


 しかしその投擲されたナイフはぎりぎりのところで避けられ結果、頬に掠り切り傷を付ける程度だった。

 避けられたナイフはその後壁に当たり地面へ刺さる。


「いい手だったが残念だったな。直前で目視出来るのならば避けるのに造作はない。まして自らの数少ない武器を投げるべきではなかったな」


 これで丸腰となった奏真。せめてもの抵抗か、自分の周りに魔法を展開するとまた、青年のもとへ突っ込んでいく。


「勝負あったな。その魔力でよく健闘した」


 奏真に【氷の弾丸アイス・バレット】が迫る。


「いや、予定通りだ」


 【氷の弾丸アイス・バレット】が当たるスレスレ、奏真の姿が青年の視界から消えた。そして、奏真のその声は背後から聞こえる。


「……!?」


 気が付いて振り返った時には既に奏真が魔法を放っていた。


(く、なぜこいつが後ろに?だが間に合う)


 とっさの【障壁シールド】で身を守る。

 かなりきわどいところだったが、何とか迫りくる魔法よりも先に【障壁シールド】が展開され、奏真の攻撃を凌いだ。


 奏真の放った【弾丸バレット】の魔法が当たるとガガガッ、と音を立てるが貫通するには至らず完全に防がれてしまう。


が、それだけで終わる程奏真は単純な人間ではない。これも全て計画の内。奏真の次の手は事前に打ってあった。

 青年が奏真の魔法を防いだ瞬間、青年の足元からも【弾丸バレット】が現れる。足元の床を奏真が現れた時のように穴を開け、下から突き上げるように青年を襲った。


「なん……だと!?」


 流石に足元からの攻撃には反応する事が出来ずに無事では済まない。腹部や背中に致命的ダメージを負う。

 予想外の攻撃に戸惑う青年。しかし流石は冷静な男。すぐに奏真がなにをしたのか理解した。


「まさかここへ来る前に既に手を打っていたとは……後ろに回り込んでぎりぎり攻撃をガードさせたのも全て計算の内だったという訳か」


 血が流れる腹部を抑え、片膝をついた。かなりの手応えだ。


「ご名答。来る直前に床下に設置しておいたんだ。まあ所謂〝置き弾〟と言われる技術だな」


「とんでもないな。魔力制御コントロール技術が優れていなければ出来ない芸当だ。魔力が減らないだけではなくその点もぬかりがないとは……」


 苦しそうに表情を歪める青年だったが奏真の言葉により一転する。


「くだらないお膳立ては充分だ。お前がこの程度ではない事は知っている」


「………まさかこれも見抜かれているとはな」


 すると青年は特に苦しそうな素振りも見せずにスクッ、と立ち上がった。それも血が滴っていた傷口も消えて。

 回復魔法により治癒していた事もバレて、トドメを刺そうと来たところにカウンターを待ち構えていた事すら奏真は見破った。これに青年は苦笑してカウンターを諦めて立ち上がった、という訳だ。


(これで状況は振り出し、と言いたいところだが機械型モンスター捨て駒の供給が止まっている。まだ当分の間は供給される筈だ。さては置き弾以外にも手を打っていたのか。厄介だな)


 見上げるがモンスターの姿はない。現に今緋音、奏真、青年のいるフロアのモンスターの数が明らかに減っている。これも奏真の工作によるものだと考えた。

 勿論読み通り正解で奏真が以前訓練場の天井裏の魔法陣を無力化したように既に無力化済み。


(新型を複数体瞬殺する腕がある。正面から当たるには危険だな)


 やはり危険だと再認識した青年は周りに更に多くの魔法を展開する。

 【氷の弾丸アイス・バレット】、【氷の槍アイス・ランス】そして【氷の球アイス・ボール】の三種類。全て同属性、【汎用型魔法】の基本的な魔法だがどれもかなりの数が一度に展開される。


「出し惜しみ無しで行くとしよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る