023

「くそぅ、何てこったい…………」


 奏真は図書の椅子に座らされ、学習用のペンとノートを目の前にそれとにらめっこをしていた。

 奏真をそうさせた本人である緋音は奏真の後で仁王門立ち。視線と存在感の圧で奏真が勉強するよう、監視していた。


「いい加減に書を開いてください。時間の無駄です。私だってあなたに構っている暇はないんです」


「ならいいじゃん。先生とやらの話なんか無視して自分の事してろよ」


 堂々と面と向かって緋音にそう言う事は出来ず、小さな声でぶつぶつも文句を垂れる。


 一言一句として聞き逃さなかった緋音は分厚い本を片手に奏真の頭部へ振り下ろす。


 ゴッ、と鈍い音が図書に響いた。


 幸いいつもの事ながら図書には誰もいないので迷惑にはならない。


 本の角で叩かれた奏真は頭を押さえてその場で踞った。


「成績を下げるとか脅してきたので、そうはいきません」


「……………いってぇなぁ。だからって叩くことはないだろ?」


 頭を押さえながらキッと緋音を睨んだ。


「あなたは言葉で言っても分からないと思いまして。先程からやれと言っているのに文句ばかりでペンすら持たないのでね」


 緋音の言っている事は事実ド正論なので言い返せない奏真は目をそらす。


(くっそ、めんどくせぇ事になった。正直学院の魔力行使とか魔法基礎とかレベル低すぎて学ぶ気にもなれん)


 事実奏真の魔法に関する知識は先生を含めてこの学院の誰よりも持っている。

 現にアサギが雪音へ手渡した本も奏真ひとりで書かれたもの。そこら辺の人が知っている魔法とは、大きく異なる魔法がいくつも記されている。


 そんな知識を豊富に持つ奏真からしてみればレベルを落として理解するようなもの。本当の意味で時間の無駄だった。


 とは言え逃げ出せる訳もない。渋々そぉっと開いて試しにとそのページ分だけ読んでみる。すると案の定理解不能。


「これはどういう意味だ?」


 早速緋音へと尋ねる。

 そのページに書かれている文を指差して緋音に見せる。

 その文を見て、緋音は何度かまばたきをした。そして何やら目を凝らす。


「………ひとついいですか?」


「何だよ?」


「まだ最初の方なんですが………」


「そんな事言われても分からないものは分からないし」


「…………いいですか、これは………」


 そこから長い長い解説のもと、地獄の学習が始まった。


 レベルが低すぎて分からない奏真に対し、勿論そんな事は承知ではない緋音。何もかもが分からないポンコツと見たようで基礎のきから教え始める。


 そこから奏真は一切しゃべらせて貰えずただ知っている事をレベルを下げて教えられていた。苦痛以外のなにものでもない。


 緋音の解説共に自習の時間が終わった頃には奏真の顔はやつれていた。

 全てを解説しきった緋音はふう、と一息ついて奏真を見る。


「分かりましたか?」


 目に生気がない奏真は椅子に全体重を傾けて上を見る。虚ろ。


「……………………ウン」


 返事も距離があるかのように小さく返ってくるのが遅い。

 そんな事には気にせず、緋音は更に奏真をどん底へ突き落とす。


「また明日も続きからやりますからね」


「おえ、もう勘弁」


「弱音吐かないでください。私だってやりたくてやってる訳じゃないんですから」


 そう言って緋音は図書から去っていった。

 一人残った奏真は一度深々とため息をついて気持ちをリセットした。


 しんどい事は一度頭の中から除外して、自分がやるべき本当の事を確認する。


(普通に授業を受けてるが特に変わった様子はないな。やっぱり内面的なあれなのか?)


 どんな時でも常に気を配って辺りを警戒したり探りを入れてみるが特に変わった様子はない。先生も生徒も。


 奏真は初め、誰かが人為的に学院周辺へ機械型のモンスターを放っている、若しくは製造しているものと考えていた。


(…………当てを外したか?仮にそうなると怪しいのはガーディアンか?アサギともう一度確認した方が良さそうだな)


 考えがまとまると立ち上がる。

 緋音が図書を去って、緋音がいなくなったのを確認してから奏真も図書を後にした。


 この時、奏真も含めてまだ誰も気が付いてはいなかった。既にここへ仕掛けられている物に。




『今日の成果はどうよ?』


 通信機越しに聞こえるアサギの声。

 現在時刻は既に深夜。日付はとうの前に変わっている時間帯。その割には元気そうなアサギ。


「いや、今から探るところだ。通信機はこのままに、俺が合図したらそっちで録音しておいてくれ」


 奏真がいるところは寮の自室。

 この部屋に監視カメラ的なものは無いことは入って既に確認済み。


『合図、って事はその前に何かあるのか?』


 勘のいいアサギは探る他に何かあるのだと察する。

 相変わらずの勘の良さに奏真も若干引いた用に苦笑いしたのは秘密。


「ああ。昨夜話した霧谷の姉の話を覚えているか?」


『ああ勿論。エルフ族嫌いの、顔が霧谷と瓜二つっていう子でしょ?』


「ああ、そうだ。名字が同じ、名前は雪音に似て緋音というらしい。確定でいいだろう」


『おお、それはそれは。で、まだ霧谷……あー、妹の方にはまだ伝えない方がいい?』


「それはアサギの判断に任せる。ただこっちの邪魔にならないよう注意はしてくれ」


『リョーカイ!他は何かあるか?』


「いや、それだけだ。早速始めよう。目星は付けてある」


 話を終えると早速潜入の本題である情報収集へと乗り出す。

 普段の生活の中で集めるのは困難だと考え夜に侵入し、奥の情報を探ろうという方針。


 夜の寮以外の出歩き、学院への侵入は違反行為であり、見付かれば即刻不審者として正体がバレてしまう可能性が高い。かなり危険な行為と言える。


 それでも奏真は危険というデメリットがあったとしてもメリットも十分にあると予期ししている。


 侵入を試みる奏真は暗い色の私服へと着替えいざ外へ。

 一直線に向かう先は職員室、資料室。隣同士にある事もあって情報が整っている。


 調べる項目としては生徒との関連、機械型モンスターに関するものでも見付かればと考えていた。


 侵入する方法は来た時から目を付けていた窓と窓の隙間。

 そこへ紙を挟み込み、その紙は部屋の中へと落ちていく。

 その紙にはある魔法陣が描かれていた。


(…………発動)


 奏真が魔力を行使するとその魔法陣は微かに光り出す。

 その直後、奏真は瞬間移動する。元いた場所から紙同様部屋の中へ。


 これは【空間移動魔法】のひとつ。点から点へとワープする魔法で、奏真が今回使用したのは【平行空間移動】と呼ばれる魔法。自分を中心にあらかじめ描いた魔法陣へワープする魔法。他にも多くの種類が存在しているが魔力消費と効率が非常に悪い為使用者はかなり少ない。

 現に奏真も限界移動範囲は二メートルちょいと戦い等の実戦ではあまり向かない。ただこういった移動の際には有効。


 魔法陣を紙に描いた事で簡単にかつ、バレにくく侵入に成功した。


 ここからはタイムアタック。防犯カメラ的なものは無いことは確認済みだがどうやら見張りが交代で徘徊している。


 奏真が侵入して間も無く、二人の足音が真横を通り過ぎていく。

 壁越しに聞こえる足音。そっと奏真は息を気配を潜めた。


 音が遠退いてから奏真は侵入用の魔法陣が描かれた紙を回収する。

 そして偉い先生から順に机の中を探す。流石に露骨にはないと踏んで短縮するために怪しげな隠し場所を探す方向で見ていく。


 しかしたいして情報になりうる物は見付からなかった。それどころか隠し場所があった先生は一人しかいない。それも生徒の隠し撮りの写真がはいった封筒という違う方向性でヤバいやつ。


 奏真は見なかった事にしてそっと元の場所へとしまい込んだ。


(………………)


 その生徒は気の毒だがその為に正体がバレては依頼失敗に繋がる。後々裁くとして、隣の資料室へ向かう。


 二十分程探して見たがやはりない。ガーディアンがガセネタを掴んだとも考えられなくもないが仮にそうではなく、本当に機械型モンスターの出現が学院の悪巧みと考える。


 そこで一番初めに奏真が思ったことは先生全員がグル説。

 しかし、誰一人として机には保管していない事を考えるとそれは一人若しくは数人のみの犯行と考えを改める。


(全員がグルだった場合、漏出を避けて生徒がいない職員室のみで扱うような物を想像したが違ったか)


 一人、数人のみの犯行として考えているとあることを思い出す。それは既に潜入しているガーディアンの隊員の話。


(………全員がグルってのはほぼほぼなくなった。ただそうなると自分で持っている可能性が高いな)


 他の人に見られるのを防ぐ為に持ち歩くのが常套手段。

 つまりこれ以上危険をおかして探る理由はなくなった。後はその本人がボロを出すまで粘るしか手段がなくなる。


(なら他の部屋はどうだ?)


 一人や数人といっても必ず何処かしらで作戦を立てたり、機械型モンスターを造り出す場所があるはずだと睨む。


 資料室から学院の建物の構造を表す図を引っ張り出す。

 その図面を見て、地下に怪しげな空間があることに気が付く。


(…………さて)


 しかし、そこへは向かわない。向かう先はその地下空間と直接繋がる場所、中央棟。初日に戦闘訓練を行った場所。


 図面を見た限りそこまで距離はないので廊下へ出て、学院の中を通って向かう。ただ徘徊している見回りに見つからないよう気配、魔力を全て消して向かう。


 完全に闇と同化した奏真は一切の音を立てず進んでいく。

 ある一直線の廊下で、見回りしている二人組が進行方向からやってくる。魔法による明かりと話し声で見つかる前に奏真が先に気が付いた。


 引き返すには時間がない。奥までしっかりと見るには余裕がほしい。

 しかし、かといって今からドアを開けては音でバレる事は間違いない。普通にすれ違えば勿論見付かる。


 そこで奏真はもう一度高速で紙に魔法陣を描きドアの隙間からその紙を部屋に入れる。その後すぐに発動。

 部屋に入って数秒後には近くまで二人組が来ていた。


(…………危なかった。杜撰な徘徊で助かった)


 もう一度同じように繰り返し廊下へ再度戻る。念のため後方の二人を確認するが既に何処かへ向かったのか見える範囲にはいない。


 その後は特に障害はなく無事に見付かる事なく辿り着いた。


(…………地下空間に繋がっているのは細い非常用と書かれた通路だけ。いや、後付けされた直径二十センチ程のパイプがひとつ)


 地下空間へと繋がるであろうドアには非常用と書かれ、その文字は掠れていた。その横に付けられたパイプは真新しくここ最近というのが見てわかる。


 怪しく思った奏真はそのパイプにそっと耳を当てる。何が通っているのか音を聞いて確かめる。


 当ててすぐにばっ、と奏真はパイプを凝視する。慌てたように目を見開いて。


 最初は水等の液体と思っていた奏真だったが全く違った。


(これは…………!?)

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