022
先生の開始の合図で奏真と緋音の相手である市岡、武内、若月の三人。
彼らのチームは市岡、武内の二人が男子生徒で両者共に剣を使う。若月は女子生徒で魔法をメインに戦う。
このチームはかなりバランスのいいチームだった。
開始されてから三人は奏真と緋音がいる方向へ一直線に向かう。
今回の試合は旗取り合戦。
単純なルールで相手全員を戦闘不能にする若しくは相手陣地の旗を攻撃で折る、奪うなどが勝利条件。
これは潜伏し過ぎによるタイムオーバーをさせない為の考慮。
その為、守りも重要になるが三人はあらかじめ立てた作戦を元に、気にする事なく相手陣地へと進んでいく。
「相手は霧谷と例の転入生だ。こっちの陣地で戦っても不利だから急ごう」
チームのリーダー、市岡がチームメイトの二人に指示を出す。
先導する市岡の後に武内、若月が続く。
走る三人は魔法により強化され、通常よりも速い速度で駆け抜ける。
まずは自陣である森を抜け、その後すぐにステージ中央にある湖が見えてくる。
湖は深さがあるため、迂回して相手チームの陣地を目指す。
奏真と緋音の陣地は大きな岩がおうとつしたところで、大きい岩は三メートル前後にまで及ぶため、死角になる部分が多い。
市岡は奇襲に備える為に相手陣地まで来ると慎重に、ゆっくり歩いて進んでいく。
三人で全方位を互いに確認し合いながら旗のある方へと足を運ぶと、旗が丁度見えてくる。その前には緋音の姿があった。
しかし、そこに奏真の姿はない。
「………見つけた。こっちは三人だ。転入生の奇襲に備えつつ、狙うのは旗だ」
「「了解!」」
戦闘態勢へ移る三人。各自武器を手に緋音へ向ける。
(まあそうなるわな)
岩影から様子を見る奏真。
奏真は緋音の指示通りに岩影に潜伏していた。作戦では可能な限り姿を表さずに緋音のみが戦い、奏真は隙を見て背面からの攻撃。
こっちはそれくらいしかやることがないと思われ作戦は案の定バレバレだった。
(本来なら単独で旗を取りに行ってもいいところだが、作戦の首謀者は霧谷。勝手に動くのはよしておこう)
奏真はひたすら身を潜め様子を伺う。
緋音は三人からの攻撃に耐えているが防戦一方。相殺して、ガードして、反射してと攻撃にまで手が回らない状態だった。
それでも流石はエルフ族。魔力がガンガン削られているにも関わらず未だ余裕そうな表情を浮かべていた。
一対三という大幅有利を取っていた三人に焦りが生まれ始める。
突破口が見当たらず、自分たちの魔力も削られ攻め兼ねていた。
(………あー………勝てちゃうなこりゃ。まあいいか。周りからは霧谷に頼りきってるって思われるだろうし)
徐々に形成が傾きつつある状況を目にした奏真。この後の展開を既に予測して手段を間違わなければ勝ちを確信する。
三人は一人ひとりに別れ緋音へ放つ攻撃に角度を付け始める。一方方向からではまとめて守られ、このままでは崩せないと踏んだ結果の指示。
指示に従い動けば予想通り緋音にも余裕が減ってくる。
が、それを待っていた。
岩影に潜んでいた奏真は勢いよく、しかし無音で飛び出した。
狙うは指揮するチームのリーダーである市岡。バラけた三人の内、ひとりが奏真の接近に気が付くが、気が付いただけ。
奏真の弱っちい魔法が市岡へ被弾。
ショボい魔法でも当たればそれなりのダメージはある。
市岡の背中へヒット。完全意識外からの攻撃に一瞬頭の中は真っ白になる。
いきなりの攻撃は被弾した市岡のみならず他二人の意識も奏真の方へ向けられる。
指揮を取るものが一時的にいなくなり、二人の総統は乱れる。若月は奏真か緋音か、どちらを攻撃すればいいのか迷い、武内は迷いなく奏真へ攻撃を開始する。
しかしその判断は二人とも間違いである。
「私をフリーにしていいんですか?」
緋音を襲う攻撃魔法が失くなったとなると勿論守る必要もない。つまり攻撃に専念する事になる。
奏真は急いでその場から飛び退いた。
市岡が我に返り指示を出そうとするがもう遅い。緋音の攻撃魔法が三人を飲み込んだ。
飛び退いたが近くにいた奏真も吹き飛ばされる。
受け身を取ることは容易だがここは敢えて取らずに地面を転がった。
緋音の魔法を防ぐ事も出来ず直接食らった三人は同じく地面を転がってのびていた。
「………い、いてぇ………」
わざとらしく痛そうに体を起こす。
のびている三人を確認し、勝った事を自覚する。
そこへ緋音がやってくる。
「タイミングバッチリです。でもよく分かりましたね?」
奇襲にしては完璧なタイミング。
三人の纏まった陣形が崩れ、緋音が徐々に押され始めた辺り。やや奏真から意識が外れたその瞬間。
「………囮とか、奇襲は慣れてるからね。それくらいしかやることないし」
へらへらと笑いながら誤魔化す奏真。
緋音は特に疑い探る訳でもなく、くすっと笑いをこぼす。
「………いずれにしろ私たちの勝ちです。次の対戦する人たちが来ます。ここを退きますよ」
「なあ、霧谷の姉ってどんな人?」
弓の練習をひたすら繰り返す雪音。その後ろから座って様子を見るアサギ。暇なのか突然そんな質問を投げ掛ける。
雪音は弓を引く手を止める。
「………あまり覚えてないんですけどお人好しで優しいお姉ちゃん、だった気がします」
懐かしむように話す雪音。
本当に記憶にないのか思い浮かべる顔もはっきりとはしない。今言った言葉ですら本当か怪しい。
「……………そうか。見つかるといいな」
「はい。この件が終わったら情報を集めながら旅したいです」
奏真から聞いた情報はほぼ確実。
本当の事を言えず罪悪感が募る。
アサギが何も言わずに難しそうな顔をしているとそれに気付いた雪音が覗き込む。
「どうかしましたか?」
「………あ、ああいやーちょっと考え事」
前回なんの根拠もなしに嘘が見破られたのを思い出す。
なんて言い返したらいいのか迷った挙げ句に適当に前回と同様言えない考え事と誤魔化して検索を避けた。
今回は特に気が付かなかったのか不思議そうな顔をする雪音。
アサギはますます何を根拠に前回は嘘を見抜いたのか疑問を持つ。
(………………)
いろいろ仮説を立てて考えていると雪音は自分の弓を見て、思い付いたようにアサギへ訪ねる。
「アサギさんの弓はどんな形なんですか?」
「いや、無いよ。俺は弓を使わないからな」
「えっと……狙撃で援護するって言ってましたよね?まさか魔法でこの距離を?」
雪音は再確認するように窓から学院の方を見る。
距離にしておよそ一キロ。この距離を道具なしで狙撃するのは想像がつかない。道具ありでも届くかどうか。
「いや、実際は魔法じゃない。これを使う」
「これ?」
アサギは懐に隠していた物を取り出した。
それは「銃」だった。黒色の艶消しのリボルバー式の拳銃で改造がされているのか通常の形ではない。
それを見た雪音は心当たりがあった。
「これは………古代兵器の……魔法の方が万能だと聞きますが」
ひと昔前まで魔法発達より前に使われていた兵器。銃なども魔法発達と共に廃れ使う人はいなくなったとされている。
「よく知ってるな。そう、古代兵器と呼ばれるしろのもだよ。ただ、これは俺が改造した物だから威力、射程、弾速は桁が違う」
「な、なるほど………でも、これで一キロ近くを狙撃するんですか?」
じっ、とそのアサギが持つリボルバー式の拳銃を見る。少し恐れがあるのかやや遠目から見ていた。
改造済みだとしてもただの拳銃。基本的に使うならわりと近距離で撃つイメージの為、この長距離を狙撃するのは想像がつかなかった。
「この程度の距離、ましてや一直線ならこれで十分だ」
「この程度の距離………」
どこかおかしいアサギのセリフ。
雪音はそれ以降の言葉を見失う。
「少し前にはもっと遠くからやった事あるからな。まあそれは置いといて……」
アサギは立ち上がると部屋の窓を全開にする。すると高層なため強い風が部屋へ吹き込んでくる。
「狙撃の邪魔にならないようにと、練習の次のステップにいこう」
「次の…………ステップ?」
風に靡く髪を抑える雪音。
「風があることによって、矢を的に当てるのが非常に困難になる。さあやってみよう」
その頃、奏真はその後行われている試合を観戦していた。
ステージ横には観戦用の席が設けられているのでその席に座って見ている。
「…………うーむ」
ボケーと適当に流して見ていると奏真の隣に緋音がやってくる。
「ちゃんと見て勉強してください」
「はいはい」
これまた適当に返事をする奏真に緋音は目を細めるが全く奏真は気にしていない。頬杖を付きながらあくびをしている。
ただ大人しく、寝るわけでもなくちゃんと見ているのでそれ以上言うことを止め、話を変えた。
「明日、座学で魔力行使の授業があるのですが大丈夫ですか?」
「魔力行使…………さあどうだろなぁ?」
何も考えず、振り向きもせずに疑問で返す奏真。そんな奏真へジト目を向ける緋音。
「先程先生から呼ばれて話を聞かされたんですがどういう嫌がらせなのか、あなたのお目付け役になってしまいました」
緋音は嫌みを含めて言ったつもりだったが奏真は特に気にせずへへっ、と笑っては適当に返した。
「へぇ、ドンマイ」
「あの、あなたのお目付け役ですよ?他人事ではないんです」
「そんなこと言われてもなあ」
再度大きなあくびをする奏真に緋音は拳を握る。額には青筋が浮かんでいた。
「………自習の時間、図書へ来てください。事の重大さを理解させてあげますよ」
「えぇ!?めんどくさっ!」
この時ばかり表情豊かにしかめっ面で緋音の方を振り返り全力で拒否するが緋音の怒りにそんなものは通用しない。
「それはこっちのセリフです!」
奏真の自習は補習に決定してしまった。
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