018
アサギに連れられ移動を開始する。
移動先はなんとガーディアンだった。
「なぜガーディアンへ?距離的に学院からどんどん離れていってるような……」
アサギが雪音に説明した路地裏は学院の正面入口からおよそ二百メートルの距離。またその路地裏へ向かった道のりにガーディアンはなく方向を変えた。更に移動は一キロ近く走った。
アサギが言った筈の援護とはどういう意味なのか理解出来ない雪音。
「ガーディアンに用がある訳じゃない。てか入らないし。屋上に用があるんだ。この都市で一番高い所だからな」
言葉の通りガーディアンの入口まで来たが通り過ぎ、また路地裏へと入る。
「狙撃は高い所からの方がいろんなところに射線が通るからな」
「えっと………なぜ路地裏へ?屋上に行くのでは?」
「ああ勿論そうだよ。直接な」
するとアサギは雪音をお姫様抱っこして抱え上げた。抵抗する間も無く流れに身を委ね気が付いた時には遅かった。
「…………へ?」
アサギは雪音を抱えたまま深く屈伸する。足元には魔法陣が浮かび上がり輝いた。
アサギがその足を伸ばすと勢いよく飛び上がる。絶叫系の乗り物顔負けの速度と高さ。
ピュンッ、と風を切る音がして、目に写る全てのものは高速ですれ違う。
「うわぁぁぁぁ~!?」
体験した事のない速度での上昇。
雪音は目に涙を浮かべながら叫んだ。
あっという間にガーディアンの建物の屋上が真下に見える。
「ははは、涙目でそんなに叫ばなくても。放り投げてる訳じゃないんだし………」
雪音の絶叫する姿を見て抱えるアサギはケタケタと笑う。
雪音はそんな事を気にしている場合ではなかった。
勢いよく飛び上がったアサギと雪音。ガーディアンの屋上から十数メートル離れた辺りからその勢いが徐々に弱まり、空中で一度止まる。
そして、止まったのは束の間、今度は重力により自由落下が始まる。
生身でこんな高さから落ちれば人間無事では済まない。
「…………」
雪音は恐怖のあまり声も出せず、目をギュッと瞑った。
落下が始まりどんどん速度が上がる。
ある程度屋上の床まで近づくとアサギは魔法により落下速度を減速させ、ゆっくりと着地。目を瞑る雪音に声をかける。
「大丈夫か?屋上ついたから降りていいけどもう少しこのままがいいか?」
アサギに言われて雪音は今自分の格好を思い出す。
「お、降ろしてください」
アサギにからかわれる雪音は真っ赤にする顔をマフラーで隠しながらお願いする。
やはりまたアサギはケタケタと笑いながら雪音を降ろした。
「前回は助けていただいたので言えませんでしたが、今度から止めてください。それといきなりあんなことするなら言ってください」
「とは言っても………奏真みたいに雑に持った方がよかったか?そんなことしたら絶対振り落とされるけど?」
「…………うぅ」
あの高さから振り落とされればどうなるか想像しただけで恐ろしい。
魔法をコントロール出来ない間はとやかく言える立場ではない。
アサギにそれ以外方法がないと論破される。
アサギは屋上に着くと腕を組んで考える。
「さてさて、それはさておき取り敢えず今は奏真から連絡が来るまでは霧谷に何か教えられればいいんだけど………」
自信満々に奏真の代わりを勤めると言ったが一体何を教えるべきなのか悩む。
魔法や体術はアサギが教えるよりスペシャリストとも言える奏真がいる。アサギも奏真が使えないような魔法を知っているが果たしてそんなのを教えて何の意味があるのか。
数秒悩んだ結果、あることに気が付いた。
「高いだけあって風強ぇな」
吹き止む事のない強風が二人を常に襲う。日差しがあるとはいえ、体がどんどん冷えていく。
(……………てか、雨降るなこりゃあ)
「よし、一個下に行こうか」
「勝手に行っても大丈夫なんですか?それに完全な部外者ですが………」
以前依頼を聞きに行った時に前永から言われた言葉がよぎる。
「まだ気にしてたのか?気にしなくて大丈夫だよ。客室だし、わがまま言って貸してもらうさ」
と、言ったのはつい五分前。本当にアサギはわがままで最上階の客室を貸し切りで借りた。
客室と言ってもあまり使われる事はないらしく、アサギのわがままと言うより借りますという報告だけで許可が降りた。また雪音の滞在も。
「…………」
完全に流されるがまま雪音は気が付くとソファーに座っていた。
部屋は客室のわりにはかなり質素な造りになっていてソファー、ベッド、トイレ、テーブルだけ。高級そうなものもなく広めの宿に近い。
アサギは学院の方向を確認しながら雪音と対面のソファーに腰かけた。
「そう言えば暇潰しにこんなのはどう?」
そういってアサギが取り出したのは一冊の本。所々擦りきれ、汚れていたりお世辞にも状態が良いとは言えない。
そんな本をテーブルに置いた。
「…………」
雪音は手にとってパラパラとページをめくった。
中はまるで落書きの集まりのような規則性のない文字の大きさで書かれその他に図や表などもあるページもあった。
ある程度めくってこれが一体何なのかがわかった。
「これ、全て魔法ですか?」
目を丸くする雪音。
アサギは小さな部品を取り出し、それを組み立てながら頷いた。
「そうだよ。著者は奏真。度々渡してくれるんだけど、もうだいたい把握したし何回も読んだからいらないんだ。良かったらあげるけど………いる?」
「頂いてもいいんですか?」
「勿論いいよ。参考になるやつは少ないだろうし中には失敗作もある。けど知ってるのと知らないのとでは違うからね。知っていおいて損はない………と思う」
アサギの話を聞く限り自己暗示にしか聞こえない。雪音にとってはそんなことどうでも良かった。
知らない魔法を見てみたいという欲があるから見ている。ただそれだけ。使えるか使えないかは二の次。
雪音は目を輝かせながらまじまじと丁寧に一ページずつ見ていく。
雪音のそんな様子を見たアサギは奏真の面影と重なる。
(………奏真と話合いそうだな)
奏真も魔法について考えているときにこんな感じだった記憶がアサギにはある。
熱心に読み始めた雪音はアサギがじっ、と観察するが全く気付かない。
雪音はいくつかページをめくっていくと興味深いものが書かれていた。
(……………これは何の魔法?)
その魔法は見開き一ページに大きく書かれ失敗作のような中途半端になっている訳でもない。見た感じ最後まで完成された魔法に見えた。
細かく、細か過ぎる程に書かれていて全く検討もつかない。これまでの書いてある事も理解は出来ていないが、何の属性の位までは読んでても分かった。
自分なりに読み解いてみるが圧倒的に前提知識が足りない。
難しい顔をしてにらめっこしているとアサギがいきなり立ち上がる。
「やっとお目覚めかい?」
その話し相手は奏真。ようやく奏真からの連絡が入った。慌てて雪音も通信機を耳に当てて電源を入れる。
『ああ、やっとだ。どうやら気絶させられた挙げ句に睡眠薬を盛られたらしい。お陰様で目が覚めた時には既に学院の中』
通信機からはいつも通り元気そうな奏真の声が雪音の耳にも届いた。
ほっ、とひと息つく雪音。
雪音が安心した様子を見てアサギが奏真に告げ口する。
「奏真、可愛いお弟子ちゃんが心配してたんぞ?作戦も伝えずにボロ負けするから」
「ふえっ!?」
流れるように暴露するアサギ。
雪音の口からは変な声が出る。
通信越しにアサギの嫌みを聞いた奏真は苦笑しながら謝った。
『それは悪かったな。いきなりだったもんでな。そっちは今何処に?』
「ガーディアンの最上階で待機してる。勿論霧谷も一緒だよ」
『それは良かった』
「それで、これからどうやって探る?」
『どうやら監禁する訳ではないらしい。話を聞いたところ、生徒として扱われるようだ。このまま生徒として探るつもりだ。このまましばらく生徒として動く。またその内連絡をこちらから入れる』
「了解………」
耳に着けていた通信機をポケットへとしまう。
「………さて」
学院にいる奏真は白色の制服に身を包み、部屋の扉を開けた。
今奏真がいるのは寮の一部屋。学院の生徒の多くは寮で生活しているのが当たり前らしく奏真もそうなった。
奏真に限っては逃走防止も含まれている。
部屋から出て、学院の中央棟へと向かう。
寮は寮自体が独立し、学ぶ生徒たちは渡り廊下を通り中央棟へと向かっている。
その廊下を通り抜け、指定されたクラスへと足を運ぶ。
中央棟へ入りクラスへと向かっていると先生らしき人物が壁に寄りかかり奏真を待っていた。
「お前が転入生の………月影奏真だな?」
その先生は白衣にボサボサの髪、棒つきの飴を食べるという先生らしからぬ先生。だるそうな目で奏真を見る。
「まあ………はい」
「お前のクラスは既に授業が始まっている。ついてこい。そこへ案内する」
先生は奏真に背を向ける。
奏真は先生から一定の距離を保ち言われた通りについていく。
あるところまで歩くとその先生は足を止めた。
「この先を真っ直ぐ行けば着く。寄り道はするなよ」
奏真は生徒に言われた通り、廊下を真っ直ぐ進んでいくとすぐに出口へ辿り着いた。
いや、そこは出口ではなく入口だった。
巨大な体育館、とでも表そうか。床は地面と同じような感じではあるが十数メートル上には天井。辺り一面仕切りのないフィールドとなっていた。
そこには一人の先生と三十人近い生徒が固まって指導を受けていた。
部屋、フィールドの入口に『戦闘訓練場』と書かれた札が立て掛けられていた。
(戦闘訓練………なるほど。そこで培った経験でガーディアンへ入隊すれば確かに即戦力になりうる。ガーディアンと繋がりが強いわけだな)
依頼の話を聞くためにガーディアンへ出向き総司令の本田が言っていた事を思い出す。
(お手並み拝見だな)
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