017

 目の前では毒を吐く親にこれでもかという程に打ちのめされる恩人の姿。

 雪音は奏真の無残な姿を見て呆然と立ち尽くした。


 奏真はピクリとも動かない。既に気を失っている。


 無傷の奏真の父は奏真が動かなくなった事を確認すると二人のボディーガードに命令を下す。


「それはこのまま連れていく」


 無言で頷き、二人は奏真の身柄を運ぼうと手を掛ける。

 それを見て我へ帰る雪音はそうはさせまいと抵抗を試みるがそれすらもアサギによって止められてしまう。


「連れていかれ………うっ」


 止めるアサギを振りほどこうとするが押さえ付けられる。

 そこへ奏真の父がやって来る。


 雪音とアサギの目の前にまで来て何をするかと思えば軽く一礼をした。


「今までそれに付き合ってもらって本当にすまなかった。改めて初めまして、私はそれの父の花岡はなおか帝翔たいがだ」


「………花岡?まさか………」


 その名前を知らない者はほとんどいないであろう。アサギはその名前を聞いて思い当たるのはひとつ。


「そう私はすぐそこ、アレクトル学院の理事長だ。それを学院に入学させ、そうだな。落ちこぼれのクラスにでも入れておこうか」


(…………なるほどな)


 それを聞いた雪音はまさかの事実に空いた口が塞がらない。アサギは名前を聞いてすぐに分かった。


「君たちの魔力は十分な見込みがある。どうだい、学院に入学してみる気はないかい?」


 奏真と対峙したときとは打って変わり、優しく微笑んでは二人に片手を差しのべる。その手は言葉の通り入学しないかということ。

 理事長という立場なので多少無理は通るのか、顔は冗談を言っているには見えない。


 アサギはその手を軽く払い退けた。


「お断りだ。実の息子をあんなにしておいて信用出来る訳はないだろう?」


 雪音も勿論アサギ同様お断りする。


「………そうか、残念だ。才能が在るものは出来るだけ開花させてやりたいのだがね。こんな無能とは違って………」


 遠回しに奏真の事を侮辱しているようだった。


 流石にこれにはアサギも冷静さを欠いた。いつもだったらへらへらとしているがほんの一瞬とはいえ、瞳孔が開いた。


 それが一瞬で抑えられたのは半分雪音のお陰だった。


 いつもなら大人しく歯向かわない筈の雪音が今回に限っては怒りを露にしていた。

 奏真ですら太刀打ち出来なかった相手に対し、雪音は睨み付ける。


「見た目だけの才能でそんな事が言えるんですか?」


 怒りを孕んだ雪音の言葉にアサギは冷静さを取り戻す。一方雪音の怒りは収まらない。


「私は奏に……奏真さんに何度も助けられました。私では到底敵わない相手から」


「……何か癇に触る事を言ってしまったのかな?しかしそれは勘違いだ。今の時点で敵わなくても少なくとも君たちの方が成長する見込みがあると言いたいんだ。分かるかい?」


(こいつはどうしようもないな………)


 確かに奏真の父、帝翔の言っている事は、非常に合理的であり少なくとも間違いではない。が、アサギの言っているどうしようもないとは人間的に、である。


 冷静になったアサギはこれ以上は無駄だと怒る雪音を引っ張って帝翔の元から去る。


「え、アサギさん?どうして…………このままじゃ奏が連れていかれて………」


 奏真の事を助けようとはせず、逃げるように歩く足を速めて立ち去ろうとするアサギに困惑する。


 まさかアサギが奏真を見捨てるなんて思いもよらず雪音は引っ張られるがままに帝翔たちから遠ざかる。


 アサギはそのまま路地裏へと入っていく。


「待ってくださいアサギさん!」


 アサギはその後も一切の雪音の抵抗も許さず言葉すら無視して早歩きを続ける。


「アサギさん!離してくださいっ!」


 柄にもなく、雪音は大声を上げた。


 するとようやくアサギも足を止める。

 雪音を引っ張る手を離し、ゆっくりと呑気に息をついた。

 

 そのアサギの行動を見て、雪音の怒りは限界だった。


「いい加減にしてください!なぜ奏を助けようとすらしないんですか?」


 声の大きさはそのまま。無表情のアサギの服を掴んで叫んだ。


「言いたい事は分かる。取り敢えず落ち着いてくれないか?俺は奏真みたく要約して説明するのは苦手なんだ」


 雪音にとってあり得ないくらい冷静なアサギに落ち着くどころか更にヒートアップする怒り。


「…………ふざけないでください。なんでそんなに冷たいんですか……見損ないました」


 ヒートアップした怒りは叫ぶ事を通りすぎ静かにアサギへ軽蔑の目を向けた。

 まさか雪音がここまで食い下がるとは思ってもなく、アサギは呆気にとられ動きを停止する。


「………私ひとりで行きます」


 アサギを避けて来た道を戻ろうと足を踏み出す。


「お、おい待て。話を聞け!」


 慌ててアサギは言葉で雪音を止めようとするが言うことを素直に聞く雪音はここにはいなかった。

 アサギの話を全く聞くことなくそのまま戻っていく。


「…………このっ……奏真許せよ?」


 これ以上は何を説得しようが無駄だと理解するアサギは急いで雪音に追い付き、腕を掴んだ。

 案の定、雪音は無理矢理解放しようと力強くでアサギを振り払うのでアサギも実力行使にでた。


 散々奏真にボコボコにされた身。何も知らない雪音を転ばせ、押さえつけるのは何の造作もなかった。


 仰向けで出来る限り優しく転ばせ、アサギ自身の右手を雪音の左手首に。右腕首に押さえつけ、雪音の腹部に片足をついて体重を掛ける。


 雪音は何が起こったか分からず気が付いた時には完全に動けなくなっていた。


「うっ………」


 首を押さえつけられているので苦しく空いている片手で退けようと試みるが上手く力が入らず、じたばたとしか抵抗が出来ない。


「全く、怒るのは分かるが落ち着け。奏真が敵わなかったやつがいるのにお前単身でいって何が出来る?」


「くぅ………は………」


「まずは冷静になれ。憤るのも、今すぐ飛び付きたくなる気持ちも分かる。でも今すべきは違うだろ?」


 「……………ううっ」


 次第に息も苦しくなっていく。それでもまだ雪音が奏真の元へ戻ろうとする抵抗を止めないので、アサギもまた止めない。


「霧谷、お前は奏真がと本気でそう思ってるのか?」


「……………?」


「奏真がただ闇雲に相手に何度も突っ込むと思うか?ずっとあの魔力で這い上がってきたあいつが………」


 雪音は奏真の戦っている姿を思い出す。ガーディアンの隊員の杉浦と戦っている時、モンスターと戦った時。

 数多く奏真の戦いを見てきた訳ではないがアサギの言う通りいつも策を立てて、相手を見てそれから攻撃し倒してきた。


 最初雪音は怒りでそうなったのだとばかり考えていた。むしろいつも以上に本気で戦っているようにも思えた。


 だが奏真の父と戦っている時だけは確かにどこかおかしかった。

 言われてみると確かな違和感を覚える。


「よく聞いてくれよ、一度しか言わないからな」


 そこでアサギは奏真と父の戦闘中、言われた言葉をそのまま雪音にも伝える。


「余計な事をするなと俺に釘刺した後、奏真は確かに言った。と。俺は最初それを聞いて全く意味が分からなかったが、その後奏真の父親がアレクトル学院の理事長だと分かって納得がいった」


 徐々に雪音も奏真の負けのを理解していったのか、抵抗する力を抜いていく。

 それに合わせアサギも拘束する力を抜いた。


「任務は学院の潜入。一番難関だった内部への侵入が全く疑われる事なく進む。ただ奏真と父親の関係上、抵抗しなくてはならなかった。いきなり従順になると何か企んでいると悟られるからな」


「じゃあ………あの戦いは………」


「そう、わざと相手の思い通りに負けて潜入する手を打ったんだ。最初はどうやって潜入するつもりだったのか。それは知らないが作戦変更を余儀なくされた。もう依頼の任務は始まっている」

 

 完全に抵抗する気がなくなった雪音を解放し、アサギは立ち上がった。


「俺は奏真からお願いされている。霧谷を頼むと。それは守れという意味の他に代わりに戦い方を教えろって意味があると俺は思っている。ぐずぐずしている暇はない、今ここで改めてどうするか決めるんだ」


 アサギは全て説明し終えるともう止める気はないのか、判断を雪音に委ねた。


 仰向けに倒れたまま、雪音はもう一度アサギに言われた事を確認した。

 奏真があそこで負けた理由、アサギが何もせずここまで逃げるように連れてきた訳。今奏真が居たら何を言うのか。


 雪音の中ではおそらくこう言うのではと想像がついた。


「心配しなくていい」と。きっとそう言うのだろうと。

 師匠が助けたが為に強制された依頼を体を張ってやりとげようとしている。そうならばやることはひとつ。


「…………あの、私は何をしたらいいですか?」


 自分が何をするべきなのか、覚悟が決まった雪音を見てアサギは頷いた。


「よし、ならまずは移動しよう。奏真から連絡が来ないって事はまだ気絶してるか人目が多いから来ないとみていい筈だ。それから俺らの仕事は援護だ」


「分かりました」


 二人は依頼遂行のため、移動を開始するのだった。


 奏真が目覚めたのはおよそそこから三十分後の事だった。

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