016

 時は少し遡る。

 奏真たちが中枢都市[アレクトル]のガーディアンへ着く前の話。


 奏真たちが森を移動中、足を止めさせ急に決闘を申し込んだガーディアンの男。

 彼の名前はルスト。ガーディアンの部隊長を勤める実力者であった。


 彼は奏真との決闘後、その後もしばらくの間気絶していた。


 彼が再び目を覚ました時には奏真たちが中枢都市[アレクトル]まであと残り僅かという時だった。


「…………うっ」


 目が覚めたと同時に上半身を起こした。既に奏真たちはいなくなっている。その事を確認すると奏真たちが持っていたような小型通信機をポケットから取り出した。


 未だ朦朧とする意識の中、通信機に電源を入れる。


「…………私です…………はい。してやられました…………はい…………実力は申し分ありません。大方まだ隠しているでしょう。私を襲ったものも………私もそう思います。それとやはりも一緒でした。あのの…………はい。やつは意外と好戦的です………………はい。お気をつけください総司令」




 


 時は戻り、奏真とアサギ、雪音の三人はガーディアンから出て、繁華街を歩いていた。


 特にする事もないが準備というこじつけで奏真がここまで二人を引っ張って来た。


 二人にも行く場所はないのでついてきている。適当に歩く奏真にアサギは心配になって今回の依頼についてどこまで考えているか聞いた。


「なあ奏真。どう潜入する気なんだ?まさか何も考えてない訳じゃないだろ?」


「んー………」


 ぼー、としながら歩く奏真は曖昧な返事を返す。

 この状態の時の奏真は何か企んでいる時(考えている時)もしくは本当に何も考えず無心で返事をしている時の二択。

 その二択を見分ける方法がないアサギは微妙な顔をする。


「………それは一体どっちなんだ?」


 ガーディアンの作戦指令室から出てから奏真の表情はこんな感じだった。

 そんな奏真とアサギのやり取りをしばらくの間見ていた雪音。


「………あの、私のせいでこんな事に」

 

 雪音は作戦指令室へ入り話を聞いてからというもの、深刻そうな顔をして俯いていた。


 奏真が今回の依頼を断れなかったのは自分のせいで戦った事が原因だと理解した。


 ただでさえ口数が少ない雪音が全くと言っていいほど話さないので気になっていたアサギだったが、どう話しかければいいか分からずそれもあって奏真にいろいろ話題を持ちかけた。が、当の本人がこれである。

 

 依頼を受けたのもアサギではなく奏真なので「気にするな」とは言えない。


「…………」


 なんとも言えないアサギ。

 雪音は奏真がこんな適当な応答しているのは今回の依頼が原因であり、またその要因は自分にあると思い込んでいた。


「本当にごめんなさい」


 謝り始めた雪音を見て、とうとう耐えられなくなったアサギは奏真の服を引っ張った。


「おいこら、いい加減奏真も何か言ってやれよ。霧谷は悪くないだろ?」


「そうだなぁー………アサギ、もしもの事があったら霧谷の事を頼むぞ?」


 またしても適当な返事を返したかと思えば不意に妙な言い方をする奏真。

 アサギは困惑を隠せない。


「何?どういう事だ?」

 

 アサギが聞き返すと今度はいきなり過去の話へと切り替わる。


「俺はお前と会う前、隣の都市に住んでたんだ」


「………は?隣の都市?隣に都市なんかあったっけか?」


「?」


 聞く耳を立てていた雪音もアサギと同じく困惑した表情へ変わる。


 アサギは奏真の言う都市がどこにあるのか都市[ハルフィビナ]までの距離間に他の都市があったか思い出す。


「南じゃねぇ。北に少し離れた都市だ。大きさはハルフィビナと同じくらいで………まあ兎に角そこにはアレクトルと同じような学院があったんだよ」


 何の話なのか、黙って聞く二人。

 奏真の話も行く先も分からない。


「そこを通ってた時期が少しだけあるんだ」


「………何が言いたい?」


 話のオチがなかなか見えてこないアサギは結論を急かす。

 それでも奏真はのらりくらりと自分の昔話を続けた。


「俺みたいな、魔力が少ない。しかも極めて少ない何も出来ないやつが通ってたら、一体どうなると思う?」


 唐突な質問にアサギは戸惑いながらも考える素振りを見せる。

 アサギが答えを持ち合わせていないうんぬん関係無しに奏真は回答を述べる事なく話を変える。


「さあ、着いた。ここがアレクトル学院正面入口だ」


 足を止める奏真。つられてアサギ、雪音も止めた。三人の右手に見えるのは鉄柵で囲まれた高級感溢れる外壁。

 更にその奥にはガーディアン作戦指令室のモニターで見た城のような大きな建物があった。


 初めて見た雪音は呆気にとられ、言葉を失った。

 

「…………」


 ガーディアンとはまた違った感情。

 しばらくそこで立ち尽くしているとそこへ一人の男が現れた。

 高い身長は奏真やアサギより十センチ程高く、黒いスーツを着ている。


 更にその男の後ろにはタキシードを着た男たちが二人居た。まるでボディーガードのように。


 男はこちらを見て、何やら慌てている。


「…………!?」


 何を疑っているのだろうか。

 アサギと雪音はそう思っていた。ただ奏真はひとり不快そうな顔をその男に向けていた。


 男は冷静になると三人の元へ歩み寄ってきた。


 全く敵意はない。が、奏真はまるで親の敵でも見ているかのように激しく威嚇する気配が漂っていた。


 それをものともせず、奏真の目の前まで来ると奏真を見下ろした。


「死んだかと思えば………どこをほっつき歩いていた?」


「どこだろうと俺の勝手だ」


 その男に対して奏真は完全に敵意剥き出しで答えた。その表情はもはや憤りや殺意に溢れている。


 かつてない程の奏真の表情に雪音だけではなく、雪音よりも付き合いが長い筈のアサギも取り乱していた。


「おい奏真。どうしたんだ!?」


 奏真の肩に手を置いて応答を願うが振り向きもせずに無言で振り払う。


 手を振り払らわれたアサギはその場で硬直してしまう。

 

「ほう…………姿を眩ませている間に随分と態度も、口も悪くなったな」


 奏真のその様子を見た男は失笑する。しかし何処か男の口振りは奏真を知っているような言い回し。


(もしかしてこいつ…………)


 アサギはその男が何者なのか心辺りがあった。


「いつまでずらしてんだ?てめぇみたいな奴とは縁を切った筈なんだがな?」


 アサギの心辺りは奏真が言ったまさしくそれだ。

 アサギはいつの日か、奏真の経緯を聞いていた。そこで親を尋ねるも苦い顔をして誤魔化した。

 その時は亡くなったとか、いないなどアサギ自信で勝手に解釈を得た。


 しかし、今現在遭遇して何故そんな顔をしたのか理解した。


 相当憎いのかキツイ言い方をする奏真だが奏真のである男は全く表情に変化はない。

 それどころか奏真と同等、それ以上の言い方で奏真へ返す。


「私もお前のようなゴミ等とさっさと切りたかったのだが………お前がいなくなり、私の荷物が失くなったと思ったが生きているのならば話しは別だ」


 すると、突然奏真へ手を伸ばす。


「このまま野放しにしていては私の恥だ。それにポイ捨てを放置するのは良くないな。ゴミはしっかり持ち帰るとしよう」


 奏真の父の手から逃れる奏真。ほぼ反射的に危機を察知し、全力で後ろへ飛び距離を取った。

 からぶった父の手はそのまま何もない手をぎゅっと握る。


「手を焼かせるな。昔教えた筈だ、ゴミなりの生き方と言うものを」


 握られた手からはメラメラと炎が燃え上がる。それに合わせて奏真と迎撃の体制をとった。


 戦闘になる事を見て、奏真の父のボディーガードである二人が前へ出てくる。

 奏真の方はアサギが奏真の横に並んだ。


「奏真が何で前に苦い顔をしたのか、よく分かった。確かにあんなやつを父とは死んでも言いたくねぇな」


 アサギもいつになくやる気だった。


「あんなやつ親でもねーよ。俺の親は母さんだけだ。それとアサギ、ここは俺ひとりでいい」


 奏真はアサギの肩を力強く握る。

 また同じくして、奏真の父もボディーガードの男二人を下がらせていた。


「決闘だ。引導渡してやる」


 父を睨み付ける奏真。

 怒りだけではない。憎しみ、恨みそれから殺意。奏真の感情が魔力に伝わり、沸々と沸くように揺らめいていた。


「決闘?掃除の間違いだ」


 親子の戦いが始まった。


 こうなっては奏真が聞く耳を持たないと知り、雪音を抱えて十数メートル後ろへと下がった。

 アサギが下がったと同時に奏真は魔法により身体能力を底上げし、父へ突撃した。

 そのままの勢いで父の顔面目掛けて右ストレートをフルスイング。当たったらただでは済まない威力を誇る拳が顔面へと迫る。


が、奏真の拳は届く前に父の魔法によって振り払われた。


 父が握る拳に纏った炎。それを軽く横に薙いだと同時に辺り一面に炎が燃え上がり、奏真を返り討ちにする。


 直撃を免れず、威力を抑えきれずに奏真はその身を吹き飛ばされた。


「………う、………がぁ!?」


 離れた筈のアサギの足元まで吹き飛び転がった。

 既に火傷、擦り傷だらけの奏真は吹き飛ばされてもすぐに立ち上がる。


「…………くそっ」


 歯を食い縛り、今度は自分の足元に魔法陣を高速で描いた。それを踏むと弾かれたパチンコ弾のように加速し再度拳を握る。


 見ていた雪音はあれだけ強いと思わせた奏真が一瞬でボロボロになる様は奏真の父が如何に強いかを連想させた。

 それでも向かっていく奏真をただ見ている事は出来なかった。


「………あの、アサギさん。奏に……奏に加勢してください。このままじゃあ……」


―死んでしまう。


 アサギの腕を掴んで必死に懇願する。

 しかしそれにアサギは応じようとはしない。


「………駄目だ。たとえそれが勝ってようが負けてようが加勢は出来ない。奏真あいつがそう決めたんだ」


 雪音にはそう言いつつ、アサギは奏真に不信感を抱いていた。


 今なお突っ込んでは吹き飛ばされ、ある程度の魔法を使いながら戦っている。

 それを見てアサギは疑問を抱かずにはいられない。


(なぜこんな妙な戦い方をしてる?)


 また最初のように、奏真は吹き飛ばされアサギの足元まで転がって来る。

 そしてゆっくりボロボロな体を起こしながらアサギへ言う。


?」


「……………?」


 その後、小声でアサギに何かを話す。

 話を終えるとすぐにまた父へと突っ込んでいった。


 戦い始めておよそ十分が経過した。


 無傷の父に比べ、奏真は満身創痍。もう戦える状態ではないのは誰が見ても分かる。


(……………もう少し………後、少し)


 奏真はあることを企んでいた。


 奏真はボロボロな体に鞭打って、最後の力を振り絞り突っ込んだ。


 これが最後の攻防になる。


 奏真の攻撃は呆気なく弾かれる。

が、父の足元には奏真が描いた魔法陣が浮かび上がる。


「……………くらえ」


 奏真は吹っ飛ばされながら飛び行く意識の中言った。

 奏真が発動した魔法陣は巨大な爆発を起こした。


 大きな爆音と地響き。奏真はこれをずっと狙って待っていた。


 しかし、


「チャンスを与えてやはりこの程度。昔より幾分マシになった程度だな」


 直撃した筈の父は埃すらついていない無傷の状態で一歩も動かずにただ立っていた。


 言葉からするにわざとそう仕向けたというらしい。


「これで終わりだ。お前の旅も、全て」


 吹き飛ばされ地面に叩きつけられた奏真はもう動けなかった。

 そこへ父は容赦なく巨大な炎の塊を創る。何をするかは一目瞭然だ。


 雪音はそれを止めさせようと動くがそれをアサギが無表情で阻止した。


 魔法の直撃は逃れられなかった。


 奏真の魔法陣による轟音、地鳴りより激しく響き渡った。


 更に吹き飛ばされた奏真。


 そんな圧倒的敗北をした奏真は何を思ってか、ニヤリと笑ってそのまま倒れ意識を失った。

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