第一章 最弱者
002
『お疲れさん。撤収して大丈夫だぞ』
請負人の少年、奏真のしているイヤホンのようなものから同じく少年の声がする。
このイヤホンは小型無線通信機。この少年の声は少し離れたどこかで発したもの。
奏真は彼の言う通りにしたいところだったが気になる事がひとつ。
「ガーディアンの隊員はこのままでいいのか?」
あれだけの戦いがあったにも関わらず彼らは起きる様子がない。死んではいない事を確認済みだがここまでになると心配するのは必然。
『大丈夫だよ。それくらいこっちでどうにかできるから』
「ああそう………」
言葉通り無視してその場から歩いて離れる。奏真と戦った男は気を失い倒れているがいつ起き上がるかわからないので一応木に縛り付けた。
やや離れて再度通信機に耳を傾ける。
「次の依頼はあるか?」
『あるよ。次いく?』
「ああ、仕事が予想以上に速く片付いてしまった」
『それなら一度合流しよう』
「…………了解、街出入り口で待機する」
およそ数分後。
中枢都市[アレクトル]の街の出入り口で待っているとそこへひとりの少年がどこからともなく現れる。
少年は奏真と同じような黒のロングコートを羽織った少年。黒のコートとは対照的な真っ白な髪、奏真よりも顔が整っていて身長も奏真よりやや高い。
彼は
「合流完了だな。で、次の依頼だがその主も俺だ」
「またか」
奏真が倒したあの男を倒す依頼をしたのはアサギ。
アサギは防衛組織[ガーディアン]の一員なのだが面倒になった[ガーディアン]の任務を奏真へ依頼という形で丸投げしたのだ。
そしてそれは今回の依頼もまた同じ理由によるもの。
「まあ情報ももらってるし
微妙な顔をする奏真。安易な依頼でも嫌とは言えず引き受ける。
「まあまあ今回から手伝うからさ。で、次の依頼はさっきの依頼より単純だよ」
「ほう?」
「森で出た
街の中、都市[アレクトル]ではなく森を指差すアサギ。
魔獣とは、人々を襲う襲わない関係なく人ではない魔法を使う獣の事を指す。
魔法はある程度の知力と魔力さえあれば誰にでも使えるもの。それが獣でも不思議ではない。
[ガーディアン]ではそういった魔獣の中でも人を襲う魔獣を討伐する任務があるのだが、それを代わりに依頼という形で奏真にやらせようという事のようだ。
「魔獣の討伐と言われてもな。この森だけで一体どれ程いると思ってる?」
奏真たちがいる森は広大。潜む魔物は数種類ではない。
「全部とは言わないよ。ガーディアンで最近話題に上がったのがいるんだ」
着いてこいと手で合図するアサギ。
奏真を先導、説明しながら森を奥へと進んでいく。
「普段は見られない魔獣だ。全長およそ三メートルの巨体、人間と同じように二足歩行で歩き手足も人間と同じように発達している。知能もそれなりに高く情報ではここ周辺で出没が確認されている」
その話を聞いてアサギの後を歩く奏真はある魔獣を想像する。
「あー………あれか。トロール、だっけ?」
「そう、だがおかしい。トロールは本来こんな都市周辺に出ない。それだけじゃない。不可解なのは複数系統の魔法を使用できるらしい」
「トロールが、か?」
「………」
無言で頷くアサギ。どうやらその報告はかなり信憑性の高いものらしい。
「この辺りが目撃地だ」
「成る程。こりゃ都市からかなり近いな。噂になるわけだ」
都市出入り口から僅か数分の場所。あまりにも都市に近すぎる。
知能のある魔獣は人が住む都市などは避ける傾向やそこへは近寄らない事が常だ。つまりそれだけ異常な事態が起こっているという事を表している。
アサギの言った通りこの辺りから草木が不自然に踏み倒されている。明らかに人間のものでない。
巨木が折れて倒れているものや落ち葉がない場所まであった。
「こりゃ近いな」
時間的にもそこまで古いものではない。奏真の言葉に緊張が走る。
注意深く辺りを警戒し、感覚を研ぎ澄ませる。
更に奥まで進むとそこには木々が倒され広いスペースとなった場所に辿り着いた。
そこはトロールの住みか。
トロールはこうして住む拠点を作りそこを中心に行動する習性がある。そして、その巣には……。
「いた。奴だ」
僅か数メートル手前。巣のど真ん中に背を向けて横たわる大きな体。今は寝ているのか腹部を上下にゆっくり動かし呼吸している。
奏真たちの存在に気付いていないのかその場から動こうとはしない。
「倒していいのか?」
再度奏真はアサギに確認を取る。
依頼にはいくつか条件など細かく設定される場合も少なくない。
今回に限って言えば捕獲、始末、分析や誘き寄せる為の囮と様々。
細かい事を聞いていなかったのでその確認をした。
「勿論。それが依頼達成条件だ」
有無を言わず始末。やり方次第では追放なども出来なくないがこんな巨体を放つ場所もなければ時間もない。
今ここで逃げられて街に被害が出ては意味がない。
それらを全て考慮した上での判断。アサギは迷いなく首を縦に振る。
「………相手は一体か。こっちは二人だし数の有利を生かそう」
「ああやっぱり俺も手伝う感じ?」
「お前が言ったんだろう?今回から手を貸すって」
「それもそうか」
この依頼を頼んだ時の話を奏真は忘れてはいなかった。アサギは渋々協力を引き受けた。
「取り敢えず適当に一発でかいのかましてバラけるぞ。意識外れた方が背後からちょっかいかけて大きく動いたところでトドメを一発ってな感じで」
「大雑把な作戦だな。大丈夫なのか?」
指示出す奏真に反対はしないが所々曖昧で心配になるアサギ。
「そんな細かく作戦立てても仕方ねぇよ」
手首を回し準備運動する奏真は本気のようだ。それを隣で見ているアサギはそれもそうだが………と納得いっていない様子。
「通信機の電源を入れとけよ?相手はトロールだが複数系統の魔法を使用できるんだろ?油断はするな」
「…………了解」
奏真よりもまともな作戦が思い浮かばないので仕方なくその策に合わせて動く事となった。
アサギ、奏真共に寝ているトロールに向けて魔法を放つ。
奏真は男と戦った時と同じ火の球を手のひらいっぱいに展開。
アサギはつららのように鋭い氷をトロールの頭上に展開。
そして、二人同時に左右に飛び、魔法を放つ。寝ているトロールに容赦なく二人の魔法が被弾。どれだけ深い眠りだろうが最悪な目覚ましとして起こされる。
突然の攻撃に驚いたトロールは飛び起き、敵の遭遇に咆哮を上げた。
けたたましい咆哮は草木を大きく揺らし森全体を響かせる。
「おお?うるっせ!」
起き上がったトロールの手前側となったアサギはその咆哮を直で聞き、片目を閉じて両耳を手で塞いだ。
背面側となった奏真はうるさい事には変わりはないが多少ましだった為かトロールが叫んでいる間にも魔法を放ち続けた。
叫び終えアサギが耳を解放する時にはトロールが睨み付けていた。
「おっと………こっちが陽動役か?」
トロールの背後では奏真の魔法が飛び交っているがまるで効いていないのか見向きもせずにアサギを捕捉する。
奏真の作戦通り大きな動きを見せるまで適当な魔法をトロールにぶつける。
「………う~ん……さっきの氷といいあんまし効いてる感じしないな」
アサギの攻撃はおろか奏真の攻撃に関しては本当にちょっかい程度にしかなっていない。
「!………おっと」
一人分析しているとトロールが何かを横に薙いだ。
アサギは簡単にしゃがんで避けるがこれを一般人がやろうとするならば直撃したいたであろう速度だった。
トロールが横に薙いだ正体は巨木で作られた棍棒。当たったとしても即死はないがあばら骨と内臓はほぼ確実にもっていかれるだろう威力。が、ただの棍棒ではなかった。
アサギが避けて間もなく、アサギの髪の毛スレスレでかまいたちのような風が起こる。
「おお!?」
ビュンッとした時には草木はズタズタに引き裂かれていた。
これも魔法。風魔法を棍棒と一緒に振るう事で飛ばしたのだろう。この魔法が加われば体は真っ二つに切断されてもおかしくない。
「おっかない魔法使うんだな」
トロールの起こされた怒りの猛撃は止まらない。
避けられた事を知るとすぐに今度は地面を思い切り踏みつけた。
「………?」
一見避けられた事による八つ当たりにも見えたがそうではない。
トロールが踏みつけた地ならしを合図に次々と辺りから地面が隆起する。更にそこからは三角に尖った岩がせり上がる。
「おっと………これが複数系統の魔法の正体か」
同時に奏真の方でも同じ事が起こったようで通信機からは奏真の声が聞こえる。
『地味だが面倒だな。分断されるなよ?数の有利が失くなれば魔法が一気に集中するぞ』
「………わかってるが一撃の合図はまだか?正直囮の仕事多いぞ?」
トロールの攻撃は岩の魔法の後も続いている。今のところ全てを避けているが徐々に攻撃の鋭さは増している。
一方、奏真サイドで準備を進めていた。
「わかってる。これは無視できねぇだろ?」
それは水魔法。大きな水滴とでも表そうか。奏真の頭上では直径二メートルにもおよぶ水が浮かんでいた。
それをトロールの背中目掛けて発射。何の威力もないただの水がトロールに降りかかった。
勿論トロールには全くダメージが通っていない。しかし、精神的ダメージは大きかったようだ。
大量の水を被ったトロールの動きは止まる。分かりやすく震えて怒っていた。
額には青筋。鋭く尖った牙を剥き出しにして叫びながら奏真の方へ振り返る。
そんなに死にたいなら殺ってやるよ、とでも言っているかのようだ。
(きた!)
奏真はこの時を待っていた。
トロールが怒りのまま、冷静さを失い攻撃してくるその瞬間を。
「アサギ!」
名を呼び、合図を送る。
奏真には怒り狂ったトロールが迫る。振りかぶられる棍棒。怒りの表れか風魔法が更に高威力となって襲いかかる。
それより先に奏真は魔法を準備していた。
少ない魔力で展開された魔法。それでも実質無限という特性を生かし、全魔力を注いだバスケットボールの大きさの火の球は十個。トロールといえどただでは済まない。
振り返ったトロールの背後からはアサギがトロールの頭上まで飛び上がり大きさ五メートル程のつららのような氷の柱を構えていた。
「勝ちだ」
確信した奏真の言葉。
二人同時に放たれる魔法。
冷静さを失ったトロールの攻撃は容易く見抜かれ奏真は簡単に避けた。
そして二人の魔法が同時にトロールへと着弾する。
ドォォォォン
爆発に近い轟音を響かせる。
立ち上る煙。
その影ではトロールが俯せに倒れ生き絶えていた。
「目標の撃破を確認。任務完了、依頼達成」
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