世界を旅する最弱最強の請負人(改訂版)

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序章

001

『魔法とは 絶対的な力であり、これを持つものこそが最強である』


 一昔前、魔法の天才と呼ばれた男が言った言葉。


 人類が魔法を初めて使ったのは遥か昔の人々。その歴史は何百、何千と語り継がれ進化する。

 

 現代において魔法は全ての軸であり、掛け替えのないものである。


 人々の争いもまた魔法に依存した。


 現代兵器と呼ばれた銃火器は開発されるも量産される前に衰退。火薬や弾数に限りのある物など実質無限に等しい魔法に比べれば如何に非効率的であるかすぐにわかる。


 魔法が絶対的な力として、時は流れる。




 ここはある島国、大陸の西側。南北の中央に栄える大きな都市。中世ヨーロッパのような建物と近未来の建造物が入り交じる異様な光景。


 中枢都市〔アレクトル〕


 人口およそ五万人ほどの大規模な都市で栄える町並み。

 他の都市との交流、流通により人々が集まり行き交う。


 その都市には異様な町並みに比べ更に異様さを醸し出す建物が一つ。

 外観は黒くそびえるビルのような建物。高さはゆうに百メートルを越し大きさだけでもその都市最大級の大きさを誇る。

 この建物の正体は国家防衛組織。国公式に認められ魔法による戦闘を許可された組織。


 防衛組織[ガーディアン]


 主に魔法による戦闘を得意とする組織である。

 この都市は大きさだけでも大陸最大。人々が集まれば犯罪、魔獣(モンスター)による被害も莫大なものになる。

 それらを阻止するのが[ガーディアン]の役目である。

 そんな[ガーディアン]本部を構える[アレクトル]の近隣のある森。




「ハハハハハハッ」


 一人の男の笑い声が森に響いた。


 彼の目の前に広がる惨劇。彼が向ける目の先には倒れ伏す[ガーディアン]の隊員たち十数名。皆傷だらけで倒れたままピクリとも動かない。


「弱すぎる!大人数でその程度かよガーディアン諸君。そんなんで護れんのか?」


 彼は倒れている一人の頭を踏みつけた。浴びせる罵声。それでもその隊員含め誰も起き上がるどころか声のひとつも上げない。


 皆既に気を失っていた。


 そこまで追い込んだのは罵声を浴びせたこの男。たった一人の手によって[ガーディアン]の隊員たちは全滅した。彼らも防衛組織の一員。それなりの実力はある筈だがその男には手も足も出ない。

 男はただ一人無傷だった。


「俺の魔法には敵わないなぁ?」


 辺りは草木から荒地へ。彼の周囲およそ五メートル範囲は森から荒地へと変わった。それも勿論彼の手によるもの。


 魔法。魔力を糧に超人的な力を及ぼす。魔力が有れば誰にでも可能な事だが彼はどうやらレベルが違うらしい。


「ハハハハハハッ!」


 男が再度笑っているとそこへ一人の少年が現れた。


「………?」


 男は注意深くその少年を見る。


 黒いボサボサの髪、黒のロングコート。耳には無線のイヤホンのような物を付けた彼は男に歩み寄る。

 少年は[ガーディアン]の倒れている隊員の一人ではない。また[ガーディアン]の隊員ですらなかった。

 [ガーディアン]の隊員は必ずその印となるエンブレムが服に刻まれている。それは倒れている隊員たちも同じ。しかし少年にはそれがない。


「何者だ?」


 [ガーディアン]ではないと知ると男は目を細めた。


「さあ?何者だろうな………」


 男の言葉をさらりと受け流し少年はニヤリと笑う。


 その時、


「おっと、悪い悪い。手が滑った」


 突然少年に向かって大きな炎の塊が襲う。直径一メートルはあろう炎が少年を無慈悲に飲み込んだ。

 男はそれを見てニヤニヤと嗤う。

 辺りが煙に包まれた。これが魔法だ。


 【炎魔法】【炎の球ファイア・ボール


 魔法の初級に該当する魔法だが通常より遥かに高威力を誇っていた。

 平均的な【炎の球ファイア・ボール】と比べると大きさも規格外だ。


 煙がなくなり始め、新たな荒地となった森が姿を現す。

が、そこに少年の姿はなかった。

 森を荒地に変える力はあるが人に当てた瞬間に消し炭にする程の威力はない。


「………な、なんだと?」


 明らかに不意を突いた攻撃だったが当たっていない事がわかると男は驚きのあまり目を見開いた。


 少年は一体どこへ?


 その答えはすぐにわかった。


「いきなりとは………全く手癖の悪いヤツだ」


 少年は一歩後ろへ大きく跳んだことにより男の放った【炎の球ファイア・ボール】を避けていた。


「…………へぇ、おもしれぇ。こいつらよりは楽しめそうだ」


 歯を剥き出しにして男は笑う。これからが本番といった様子。男の手のひらには炎の小さな魔法が六つ漂う。


「今度はこの数だ。避けきれるかな?」


 男はその炎を投げるようにして少年へと放った。放たれた直径十センチ程の魔法はいろいろな角度から弧を描き少年へと迫る。


 少年は一つずつ避けて、避けて避けてまた避ける。

 六つとも全て避けきった。


「まだまだ行くぜ?」


 男の逆の手のひらには更に六つの炎。今度は横に薙ぎ払うように少年へ投げる。


 少年は避ける事を試みるがそれよりも先に男がまた更に追加した炎が少年の頬を掠め地面へと着弾した。


「…………」


 少年に顔色の変化はない。しかし確実に追い込まれている。

 それを確信している男は更に多くの炎の球を造り出す。


「どうした?反撃してこないのか?まさか魔力切れを狙っているのか?だとしたら止めておけ俺は…………ああん?」


 男はどういう訳か少年を見た時、不思議そうな顔をして首を傾げた。まるで確かめるように目を擦ったり一度目を瞑ったりしては少年を見る。

 そして、何かを勝手に理解した男は額に手を当てて笑い始める。

 放とうとしていた魔法は全て消え、男は腹を抱えて笑う。


「ハハハハハハッ、お前、まさか俺の事をからかいに来たのか?それなら大成功だぜ?」


 少年は一人唖然としていた。男が何を言っているのか検討もつかないらしい。


「わかんねぇような顔してんじゃねぇよ。お前、魔力少なすぎだろ!?そんなんで何しにここへ来たんだ?」


 再度男は大声で笑う。

 

 男が言うのは魔法を使う為の魔力。それが少ないと言った。

 魔力がある人間ならば眼を良く凝らして見ると何となく相手の魔力が数値として目視できる。

 魔力はある程度使いこなせると少なく見せたりする事も出来るがそれを見破る魔法もある。

 男は見破る魔法含めて少年の事を見たがその数値は変わらなかった。

 一般的な魔力数値はおよそ[1000]の上下。男はそれに比べ[3000]はくだらない数値を表す。


しかし、少年の数値は


 75


 文字通り桁違いだ。

 魔力数値に差があると使える魔法の数や量大きさ、射程から全てに差が生まれる。加えて基準となる単純な威力が変わる。

 同じ魔法でも数値が高い方が威力もその分高くなる。

 つまり、魔力数値の差が大きいと圧倒的なアドバンテージが生まれてしまう。


 ましてや少年はその男と倍や十倍どころではない。それ以上の差が開けばその分アドバンテージがある。


 戦闘において魔法という絶対的な力。そんな世界において少年は、彼は『最弱』だ。


 仮に剣の腕に自信があろうがそれを強化する魔法も多々存在する。


 何があろうとこの差は埋まることはない。


 男は勝ちを確信した。


 元々男が勝手に仕掛けた勝負だが遅かれ速かれ戦うはめになっていた。そうでもなければ少年はここへ来た途端逃げ出すだろう。


「ああおもしれぇ………はあ、もういいや。散々笑わせてくれたし終わらせ……」


「大ウケのとこ悪いが何か勘違いしてるんじゃないか?」

 

 終わらせてやる、そう言おうとしたが少年は全くもって終わるつもりはなかった。


「決して魔法が使えない訳じゃない」


「だったら見せてみろよ。お前の魔法!」


 少年の言葉が男の感に触ったようだ。切れぎみに男は再度【炎の球ファイア・ボール】を展開する。今度は六つどころではない。

 どんどん展開していく。次第に数は数えきれない程にまで増え、男の頭上一杯にそれが浮遊する。


「防げるものなら防いでみろ!」


 男が手を上に突き上げる。そして、それを振り下ろすと同時に膨大な数の炎の球がまるで雨のように降り注ぐ。

 逃げようのない広範囲な攻撃だ。魔法には防御用の魔法もあるが通常の魔力をもってしても容易く貫くだろう。一つひとつの威力は当たれば致命的なダメージになる。


 少年へと迫る。


 本来的ならば絶望的状況に立たされているにも関わらず少年には不適な笑みが浮かぶ。

 少年はその少ない魔力で同じく【炎の球ファイア・ボール】を造り出す。

 しかし大きさの差は歴然。男はバスケットボール程に比べて少年の魔法はピンポンにも満たない。その数六つ。


 少年はその小さなを降り注ぐ無数のへ放った。


 まるでホタルのような輝きを放ち向かうのは太陽のように燃える炎。それらが正面衝突する。


 ボッ


 いきなり炎が灯ったかのような音を響かせた後、少年が放った火が飲み込まれる。

が、様子がおかしい。


「…………?」


 男は困惑した表情を浮かべる。


 少年が放ったたった六つの火の球は男が放つ無数の炎の球を貫いたのだ。それもひとつ二つで止まる事なく目の前に来る全ての炎を貫いた。

 最後の方には相殺され、両者の魔法は消え失せる。


 少年に直接当たらない炎は着弾し地面を抉るが少年の地面だけは無傷。少年もまた無傷だった。


「………くっそ、まだだ」


 男の表情には焦りの色が見える。

 そんな事あるはずないとまるで現実から逃げるが如く同じ魔法を繰り返す。

 またしても男の頭上に浮かぶ炎。が今度はその場で消え失せる。


「な………」


 少年を見ると手のひらを男へ向けていて何かの魔法を放ったものだと考えられる。


 二度も起きたあり得ない状況に男は絶句。どんな罵詈雑言も出てこなかった。


 そして、絶望はそれだけではない。更なるあり得ない現実を男は目の当たりにする。


「………なん、でだよ?おい、おかしいだろうがそんなのありえなぇだろ」


 男自身は既に魔力の三分の一を切らしている。これだけ魔法を使えば魔力を消費するのは当たり前だ。

 同じく少年も魔力を消費している筈。そう思った結果、男の目に写るのは


 


 何かの悪夢を見ている気分だった。


「お前………まさか………最近話題になっているあの……請負人、か?」


 震える声。男の顔は真っ青だ。


「ご名答。知ってもらえてるってのは光栄だな。何でも承る仕事人こと、請負人の月影つきかげ奏真そうま、以後よろしく」


 男が聞いたのはそれが最後だった。


「目標の撃破を確認。任務完了、依頼達成」

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