003

 これは奏真とアサギが森にてトロールを撃破した翌日の事。

 

 中枢都市[アレクトル]から真南。およそ四百キロの地点。

 そこには[アレクトル]よりは小規模であるが栄える大きな街があった。


 中枢都市よりも近代的な建造物は少なくほとんどが中世ヨーロッパのような町並みで建物はレンガ、道は石畳の風景。

 ここは都市[ハルフィビナ]。人口はおよそ[アレクトル]の十分の一以下。少なく感じるがそれでも街は人々で溢れていた。


 そんな都市のある路地裏。狭い道は暗く人は誰も通らない。そこへ入っていく一人のフードを被った少女がいた。

 彼女はその道をずっと真っ直ぐに進み、あるところまで来ると部屋へ繋がる扉に手を掛けた。


 木製の扉は軋む音を立てて開くと中には高級そうなソファーにふんぞり返るケバい女性が一人。

 偉そうに足を組み、入ってきた少女に睨み付けるように鋭い目を向ける。


「…………あの……」


 その女性の機嫌を伺いながら少女は小さく声を出した。

 すると女性は大きく息をついて、鋭い目を閉じる。


「はぁ~、さっさとしなさいっ!」


 張り上げた声と同時にソファーを叩く。

 その声と音に少女はびくりと小さく震えるとすぐにキッチンへと向かった。


 その少女は女性の奴隷だった。見た目からしてもはっきりとわかる。


 その女性は丸々と太っていて、着ている服もきらびやかで輝く宝石のようなものまでついている。派手な見た目はそれだけではなく履いている靴、身につけるアクセサリーもまた輝いていた。

 まるでセレブのおば様だ。

 そんな女性に支える奴隷の少女はボロボロのブラウス、スカートに羽織る上着は所々すり切れていた。


 少女はいつものようにお湯を沸かし、珈琲を入れる。

 出来上がるとすぐにその女性へと持っていく。

 持ってきた珈琲を奪い取るように少女から受け取ると何が面白いのか、ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら話始める。


「そういえば今日、ある人に頼み事をしたのよ。あなた、今日暇だったわよね?私の代わりにお使いお願いできるかしら?」


「………え……」


「行き先はこれに書いてあるわ」


 一枚の紙を渡す。

 そこには雑に書かれた地図と店の名前が記されてあった。


 女性はやはりご機嫌なのか鼻歌を歌いながらアクセサリーの一つを磨き始めた。

 少女は反射的に紙を受け取ったがそれに目を通すことなく断ろうとした。


「……えっと……あの、今日はこれで終わりな筈じゃ………」


 しかし、女性はそれを許さなかった。

 ご機嫌だった顔色は一瞬にして鬼形相。鋭い目を吊り上げて少女に怒鳴り始めた。


「………はあ?あなた私の命令に従えないって言うの?これまで生きてこられたのは誰のお陰だと思っているの?」


 少女はやってしまったと後悔するがもう遅い。女性の怒りは止まらない。


「だいたいあなた何なのよ?私の所有物の分際でこれで終わり?調子の良いことばかり言っているとまた痛い目にあわすわよ?」


 女性の怒りは怒鳴るだけでは収まらず少女に殴る、蹴るなど暴行も加わる。


 反抗すればまた酷くなる。


 少女はその暴行にギュっと身を抱え踞って耐え忍ぶ事しか出来なかった。


 その怒りはいつまで続いただろうか。

 女性はふー、ふーと頭に血が登り息を荒くしてようやく殴るのを止めた。既に少女は痣だらけ。

 最後に一発、思い切り振りかぶり殴ろうと拳を握ると、呼び鈴が鳴り響いた。


 チリン、チリンと一回ではなく二回、三回と再度押される。


「……………全くうるさいわね」


 ようやく少女から離れると玄関の方へ向かう。

 少女が入ったのは裏玄関なので表玄関は他にある。

 女性が表玄関を開くと明るい日の光が部屋に入る。


「はいはい一体何のご用かしら?………あらあなた方だったのね」


 扉を開けた先には見知らぬ男二人が立っていた。





 およそ、数十分前のこと。


 トロールを倒した翌日。

 奏真とアサギのもとには新たな依頼が届いていた。

 森の中を最短ルートで駆け抜け、休憩を極限まで削った二人は既に依頼のあった場所へと辿り着いていた。

 その場所は[アレクトル]から離れた都市[ハルフィビナ]。

 奏真とアサギがトロールと交戦したのは[アレクトル]近隣の森。つまり四百近い距離を走った事になる。


「流石に疲れたな」


 実際生身で走っているわけではない。

 魔法による強化でかなり楽をして走っていたがそれでもこの距離だ。疲労は蓄積する。


 奏真は歩きながら空を仰いだ。


 既に都市[ハルフィビナ]に入ってから数分。疲労を思い出す頃だ。

 アサギはそうでもないようだが。


「そうか?あまり実感ないんだが」


「休憩要らずのお前と一緒にするな」


 腕を組み、変わらぬ表情で真剣に考えるアサギには疲労は一切見えない。

 奏真はそんな余裕そうなアサギの肩をどついた。


 中世ヨーロッパの街並みを歩く二人は近くのベンチに座り軽く休憩する。

 奏真がベンチでぐったりしている合間にアサギは今回の依頼を再確認する。

 

 ロングコートのポケットからはスマホのような端末が取り出される。

 これはアサギの自前のもの。自作であり、スマホとは異なるが外見はまんまそれだ。


 ちなみに魔法が発達しているこの世界に機器的ものは一切存在しない。過去に廃れたものが残るのみだ。


 依頼は奏真とアサギの行った都市や街にある掲示板に魔法陣を書いた紙を掲示し、それを見た人が魔法を行使し、アサギの端末に伝わる。

 簡単に説明すると公衆電話からアサギのもとへ連絡を送るようなものに近い。


 つまりその魔法陣がある街や都市からは誰からでも依頼が届く仕組みである。


 その依頼の案件は今のところこの都市からのもののみ。アサギはその依頼内容を確認する。


「………依頼はある人物の始末」


「なんだなんだ?物騒だな」


 いきなり出たアサギの言葉に空を見上げる奏真はバッ、とアサギの方を振り向いた。


「ただ依頼者共に対象は不明。これはまず送り主に詳しく事情を聞かなきゃならんな」


 詳しい情報が一切乗っていない。そう告げるアサギに奏真はまた空を見上げながらボソリと呟いた。


「…………めんどくせぇ」


 愚痴をこぼす奏真。

 しかし、そうとは言っていられなかった。


 ドーンッ


 突如近くで響く炸裂音。

 その直後には強風にも近い生暖かい風が奏真とアサギを通り過ぎていく。


「爆発?」


 奏真が風上を見る。目に写るのは近くで黒煙を上げながら燃え上がる店。そこ周辺には野次馬と思われる人が群がっている。


「………魔法の暴発か?」


 奏真とアサギもその群衆の裏から近付いて様子を伺う。

 燃え上がる店からは命からがら逃げてくる客であろう男性の姿。それに続いて店員も燃える店から出てきた。

 

 店は爆発に繋がるような魔法を使う店舗ではなくどこにでも在るような花屋さん。商品である花も店同様焼き付けされる。


「魔法の暴発って感じじゃないな………」


 花屋で魔法は使われる事はないに等しい。仮にあったとしても水あげ程度しかない。

 そしてここら辺で戦闘の痕跡はない。

 それらを見て知った奏真は結論付けた。

 

 それを隣で聞くアサギの頭に思い浮かぶ推測は一つ。


「まさか人為的なものなのか?そしたら事件だぞ?」


「そう、これはおそらく事件だ」


 第三者によって肯定される。


 二人が振り返るとそこには胸元に[ガーディアン]のエンブレムの刺繍を施した人物が一人。どっしりとした体格の男が腕を組んで立っていた。


 アサギはその顔と体格を見てその名を呼んだ。


「………祐介か!」


「久しぶりだなアサギ」


「ほう、二人は知り合いか?」


 両者共に知った顔で目が合うと目の前で燃える店の事を忘れて笑い合う。


 取り残された奏真の記憶にはこの人物の顔はない。

 アサギに聞くと紹介を始める。


「見ての通り、ガーディアン隊員所属、森祐介。昔から仲だがその話は……また今度にした方が良さそうだ」


 店では既に魔法による消火活動が始まっていた。

 やがて火が鎮火されるのを見届けると祐介の計らいで三人は場所を移した。

 祐介の後をついていくと薄暗い路地裏へと案内される。


「こんな所に連れてきて、昔話って訳でもなさそうだな?」


 アサギの言葉に頷くと祐介は暗い表情である興味深い話を始めた。


「あそこではあまり大きな声では言えないからな。二人は魔力研究協会って組織を知っているか?」


「ああ、知っている」


 奏真の言葉合わせて勿論と頷くアサギ。


「魔法や魔道具などを開発しているこの大陸屈指の会社だろ?それとあそこでは言えないのと何の関係がある?」


「それは表の顔だ。情報では魔法による人体実験、規律以上の魔道具を開発したり犠牲を問わずに繰り返しているらしい」


「ガーディアンの情報か?アサギは知ってたのか?」


「いや、他所の会社が流したデマ程度の噂しか知らないな」


 アサギの言葉から奏真にとって怪しくなってくるのはガーディアン隊員所属の祐介の方だ。

 しかし、次の祐介の言葉により、その話は信憑性を増してくる。


「この街では妙な行方不明者が続出しているんだ。あの火災もしかり。他にも色々あるがお前たちにはそんな不可解な出来事が身近でなかったか?」


 奏真とアサギの脳裏に浮かぶのはこの都市で受注された依頼。不可解なことと言われると送り主、依頼対象もわからない。更には物騒な依頼内容だった。

 これを不可解ではないとは言い切れない。ただそれが有名な会社、魔力研究協会と何が繋がっているかは不明。


「二人にも何かあったんだな?ガーディアンでもその研究協会をマークしてるんだがやっとしっぽを出し始めたんだ」


 奏真とアサギの表情から察する祐介。


「それが祐介が来た理由だな」


「そうだ」


 この都市の雲行きが一気に怪しくなり始める。


(関わると面倒になりそうだな)


 奏真はそう思うが依頼を承った以上途中で止めるという選択肢はない。


「こっちの不可解ってのは俺の仕事上での話だ。それに関してはこっちで調べる」


 話に上がった協会がどうというのはあくまでもガーディアンの仕事。しかし不可解な依頼に関しては奏真自らが調べるという選択をする。


「奏真、依頼の方は任せてもいいか?俺は祐介について行ってその魔力研究協会ってのを調べる」


「ああ、わかった。互いに何かあったら通信で応じよう」


 アサギは祐介と共に今回の爆発、火災について魔力研究協会を探ると言う。

 依頼を手伝って貰う予定の奏真だったがアサギの本職はガーディアンの隊員だ。それが妥当だと理解している。むしろそうするべきだとも思った奏真は了解した。


 一度、二手に別れるので通信機のスイッチを入れる。

 その起動を合図に祐介とアサギは路地裏から出ていった。


 一人残った奏真はそのまま路地裏を奥へ奥へと進んでいく。特に根拠はないが何となく依頼の雰囲気からして都市の明るみにあるとは思えなかった。


 その考えがいい方向へか悪い方向へか、奏真の身に更に事件が振りかかった。


 それは路地裏のある曲がり角。狭い路地裏では見通しの悪いところだった。十字に分岐していて勿論カーブミラーのような物もない。


 そこへ奏真が差し掛かると右側から何かが思い切り突っ込んでくる。


 あまりの急な出来事と油断していたこともあり奏真は避けることが出来ず、その突っ込んできた何かにぶつかった。


 ただ尻餅を着いただけと言う運のよさに怪我はなかった。驚いた表情でその突っ込んできた何かを見るとそれは………


 ボロボロな一人の少女だった。

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