004

 フードを被った少女はうつ伏せで倒れていた。

 至る所に作る痣。ついさっき出来たものなのか腫れている箇所が多々ある。


 奏真の目はそこではなく、その少女のフードの間から覗く特徴とでも言える髪色に目がいっていた。


 この大陸では珍しい薄く青みがある白銀色の髪。染めている訳でもなさそうな綺麗な色合いをしている。


 しばしそんな少女を見つめていると我に返った奏真は立ち上がる。


「何だったんだ?おい、大丈夫か?」


 ぶつかって以降、ピクリとも動かない少女に声をかける。

 返事は暫く待っても返ってこない。それどころか未だに動く気配がない。


(おい、まさか死んでるのか?)


 悪い予感が脳を過る。

 少女は見た目からして元気そうではなく痣は奏真がぶつかった事により出来た訳ではないが止めを刺した事は十分にあり得る。


 急いで奏真は倒れて動かない少女に駆け寄り息を確認する。なるべく動かさずに脈を測る。


 しっかりとトクン、トクンと伝わる脈。


 少女が生きている事を知りホッ、と息をつく、がそうも言ってはいられなかった。


「………!」


 何かの反応に奏真はバッ、と後ろへ飛び少女から離れる。


 その直後には先程まで奏真の頭があった位置に大量の鋭い岩が通過する。

 奏真の頭に当たっていれば最悪即死していたであろう威力。壁に当たるとズガスガッと壁を抉る。


 岩が放たれた方向、それは少女が走ってきた方向。奏真はその奥、影になって見えないものを睨み付ける。

 そして数秒後、奏真が睨み付けていた方向からはその岩を放ったであろう人物が姿を現した。


「いきなり危ねぇな。この子にぶつかった事は謝るよ。だからその物騒な得物を引っ込めてくれないか?」


 敵意はないと伝える奏真。


 姿を現したのは黒スーツに身を包んだ背の高い男。奏真が目視可能な所までやって来たと思えば片手には先程飛ばした物と同じ岩が漂っていた。

 今にもそれを放とうとしている。


 なるべくトラブルは避けたい奏真は穏便に済ませようとするが男は聞く耳を持たない。無言のまま奏真の言った事を無視し再度岩を放った。


 身を低くして避ける奏真。


 男は次に備え更に多くの岩を展開する。が、それをみすみす許しはしない。


 聞く耳を持たないと知り、戦う他ないと判断した奏真は迎撃に移る。


 男が魔法を展開している隙を突き、奏真はまるで瞬間移動したかのような速さで男の懐へ入り込んだ。


「……!」


 ここで要約男の表情に変化があった。

 戦う判断をする相手を間違えたか。男には驚きと恐れの表情をするがもう遅い。話を聞かなかった時点で奏真は容赦しない。


 男の顎、首もとの襟を押し、足を掛ける。

 後ろへ傾く男は魔法を維持する事が出来ず漂っていた岩を消し、体を支える為に掴める物を探る。

 そんなものは当然なく、男はそのまま床へ叩きつけられた。

 奏真はそれだけでは終わさない。


 男が倒れる瞬間、手に魔力を込め通常の倍以上の力で床へ叩き付けた。

 抵抗する間もなく叩きつけられた男は「ぐはっ!」と息を吐き、白目を向いた。


 殺してはいない。気絶させたのだ。


 人目がないので多少強引に墜ちてもらい、少女を抱き抱えた。さすがにぶつかっておいて置いていくには気が引けると感じた奏真は少女を運ぶ。

 そしてすぐにその場から去っていく。


(厄介事に巻き込まれたな。少女こいつはどうしたものか)


 このまま依頼主を探すにも人目につくだろう。謎の男に強襲された事もある。


 少女が目を覚ますまで暫く何処かへ身を隠す場所をまずは探す事にした。




 遠い所へは行けず、見つけた宿で部屋を貸してもらいそこで少女を寝かせた。


 数分しても少女が起きないので奏真はアサギに連絡しようと通信機に手を掛けた時。その少女が目を覚ました。


 ゆっくりと瞳を開く。意識が朦朧としているのか開いてからボーっとしている。


「大丈夫か?」


 離れた場所から声をかけると少女の意識は急に覚醒した。

 バッ、と起き上がったと思えば奏真の事を怯える目で見る。


 その反応と格好や痣など傷もあってか何となく少女の事を察した奏真は両手の手のひらを向けながら敵意がないことを伝える。


「落ち着け………俺は何もしない」


 しかしそれでも少女の怯えは収まりそうにない。

 そこでどうしたものかと腕を組んで考える奏真。

 言葉以外に伝える術はないか色々模索していると少女から奏真に話し掛けてきた。


「………あの、あなたは………?」


 未だに怯えてはいるが奏真を見てか敵意がないことを知った少女は小さな声で話す。

 少女の問いに正直に答えようと口を開くが後々の事を考えると言葉は出てこなかった。


「俺は…………」


 少しの間迷った挙げ句の果てに結局は嘘を着いた。


「俺はただの旅人さ。この都市にたまたま寄って、探検に路地裏へ入ったらお前にぶつかって倒れたものだからここへ運んだ。体調は大丈夫そうか?」


「………はい」


 とても大丈夫そうには見えない暗い表情で弱々しく少女は返事をした。

 奏真は更に襲ってきた男について聞こうとしていたが少女の反応に聞くことを止めた。

 変わりに違う質問をする。


「君の親は何処へ?」


「………いません」


 変わりに違う質問をしたのにも関わらず余計な事をした事に今さら気が付いた奏真は「やっちまった」という顔をした。


 ここまで聞いたならもう怖くない。半ばやけくそで更に聞く。


「なら保護者は?さすがにその年では一人で生きていけまい」


 少女の見た目は十代前半。明らかにまだ子供と呼ぶに相応しい。そんな奏真もまだ十七だがそれとこれは別。


「………………います」


 妙に長い間があったが奏真は取り敢えず気にすることなく話を進める。


「その人はど………!?」


 どこへ?そう質問する予定だったが少女がそれよりも早く、先程よりも大きな声で遮った。


「ま、待ってください。その人の元へは連れて行かないで下さい。お願いします」


 この後奏真が何を聞こうとしていたのか察したのだろう。全力で拒否する少女は必死に奏真に頼んだ。


 頼まれた奏真はわかったとは言えず、どうしたものかと再度頭を抱えた。が、それはすぐに何処かへと消える。


 原因は鍵を掛けていたにも関わらず勝手に開いた部屋の扉。

 そして、その開かれた扉の奥からは丸々と太ったきらびやかなおばさんが現れた。


「ごきげんよう、失礼するわ」


 その喧しい声に少女はまるで絶望を見たかのような真っ青な表情に変わる。それを奏真は見逃さず横目で確認し、おばさんの方へ向いた。


「何か用か?勝手に開けてもらっては困る」


 隣には宿の責任者らしき者の人物が同じくおばさんの横に立っていた。鍵はその人物が開けたのだろう。


 そうさせる事の出来るおばさんに警戒しつつ一般的なセリフで追い払おうとするも全く躊躇せずずかずかと上がり込む。


「私はこの都市の領主の者よ。いきなりごめんなさいねぇ?私のを勝手に連れてくものだから、ねぇ?」


 自らを領主と言うそのおばさんはチラッと少女の方へ目線をずらす。

 その少女は今まで以上に怯えて、震えていた。


さえ返してもらえれば私はすぐに立ち去りますので………」


 少女の片手を掴み、ベッドから引きずり降ろそうとするが、奏真が自称領主の腕を掴み止める。


「待った。そんな怯えているのにわかりましたって言えるわけ無いだろ?」


「私は保護者なのよ?」


 奏真の行動、言葉に腹を立てた領主の額には青筋が浮かんでいた。


 それにいち早く気が付いた少女は自ら領主の指示に従うようにベッドから素早く降りた。そして、


「ごめんなさい。やっぱり私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。大丈夫ですから………」


 怯えて、震えていた筈なのに笑顔を浮かべ奏真に深々と頭を下げた。

 まるで先程の表情が嘘のようだ。


「見なさい?これでもまだ疑うかしら?」


 それを良いことに領主はどや顔で鼻を鳴らした。手を離せ、という意味だろうか。

 少女も離してと心の中でそう思っているのだろう。震える瞳で奏真を見ていた。


 しかし奏真は離そうとはしなかった。


「悪いがこちらにも事情がある。詳しい訳を聞くまで見逃す事は出来ない」


 領主を掴む手に力が入る。


「それにあんた、使いの男がいるだろ?」


「………それがなによ?」


「急に襲ってきたもんだから路地裏で気絶してもらってる」


 奏真の言葉に領主の顔色には動揺が浮かび始める。

 その隙を奏真は待っていた。


 少女を掴む領主の腕を素早く引き剥がし、少女を抱えて窓側へ移動。

 この間およそ一秒。


 領主には目にも止まらぬ速さで、気が付くと自らの手には少女を握る感触が消えていた。

 窓側へ高速移動した奏真を睨み付ける。


「聞きたい事が山ほどあるんだよ。この子にね」


 窓を開き、足を掛ける。

 奏真が一体何をしようとしているのか領主にも想像がついた。


「ま、待ちなさい!」


 手を伸ばすがもう遅い。

 少女を抱えてなお身軽な奏真は窓からひょいと飛び降りた。


 ここの部屋は三階。領主はまさかと思ったが本当に躊躇なく飛び降りた。

 姿が消える少女と奏真。


 二人を追うように窓へ駆け寄るが既に二人の姿は何処にもない。窓から見えるのは人が行き交う大通り。一度見失えば探しだすのは困難。

 見つけたとて領主が降りれることはないだろうが。


「…………っ~~~ああもう!」


 沸点は頂点にまで達する。

 頭をかきむしり、目は血走っていた。


「絶対に、見つけ出してやるっ!」


 悔しそうに大声で二人が居るであろう大通りに向かって叫んだ。


 それを近くで聞いていた奏真は気に止める事なく少女を抱えたまま人目の少ない路地裏へと走った。

 走りながらアサギに連絡するべく通信機に電源を入れる。


 繋がるまで暫くの間、少女から詳しい話を聞くため一度立ち止まる。


「無理に連れてきて悪かったな」


「は、早く戻らないとあなたも殺されてしまうかも…………」


「………どういう事だ?使いの男はボコして今多分ようやく起きたとこだと思うが……」


 あの領主では見た目からして到底脅威にはならないと見た奏真は少女とぶつかった時襲ってきた男を思い出す。

 しかし少女は首を横に振るってまた微かに震える。


「その人じゃありません。皆、逆らった人は皆………殺されて………」


 どういう理由なのか、軽いパニック症状を起こす少女に奏真は予想以上にこの都市に問題があると確信する。


「詳しく話せるか?ゆっくりでいい」

 

「…………はい」

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