第5話

「ヤツらのシステムに、クラッキングを仕掛けるの!」

「どうやって?」

「岸辺が、私とネットワークのインタフェースになるの。カフェで、水を頼んだように」

「あ」

 水を、と響子が僕にだけ囁き、なぜかウエイトレスが持ってきた――。

「私が入力する破壊コマンドを超高出力で増幅し、セキュリティを突破してヤツらのシステムに叩きつけるの!」

「でも――」

 操られた人々が、もう触れそうなところまで近づく。

「とにかく。岸辺の、ときめきパワーが必要なの! 時間が無い! いくわよ!」

 そして響子は、僕の首に手を回し、強く抱きつく。

「さ、桜庭! ちょ――」

 彼女の香りに包まれる。ときめきに寄り切られ、危機感とかそんなのは全て吹っ飛んでいく。誰かに服を引っ張られたり腕を掴まれたりするが、そんなの気にならない。

「ねえ。岸辺」

 耳元で囁く。少しくすぐったい。

「私の鼓動、感じる?」

 胸の辺り。柔らかい感触の向こうに、もうひとつ鼓動を感じる。

 耳が痛くなるほど、ときめきが唸りを上げる。

 ポォーッ! と汽笛が高らかに頭の中で鳴り響く。

「か、感じるよ。すっごく」

「私も感じるよ――ねぇ、岸辺」

「なに?」

「あのね――」

 そして彼女の唇が、僕の耳に触れる。心臓が破裂しそうで、気が遠くなりそう――。

「――この腐れ外道が」

 え?

 バシャン! とブレーカーが落ちたような音が脳内に鳴り響く。

 目の前が真っ暗になり、頭の中が真っ白になる。

 響子が絡みつけた腕を解く。僕は、へなへなと力なく地面に座り込む。

 電話の着信音。響子が通話に出る。なにを話しているがのか、全く耳に入らない。

 なんなんだよ――腐れ外道、って。

 

 呆然としている僕の前に、響子が屈み込む。

「クラッキングは成功したそうよ。ヤツらのシステムが破壊された、って」

「そうなんだ。ふうん」

 きっと僕は、下唇を突き出しているに違いない。

「なに、いじけてるのよ? 岸辺のおかげよ」

「でもさぁ、桜庭。腐れ外道、って――酷いよ」

 響子が吹き出す。

「バカね。岸辺に向けて言ったんじゃないって。『電心』ネットワークの向こう、ヤツらのシステムに罵詈雑言を投げつけたのよ。アナタを通じて、目一杯の高出力でね」

「高出力、って――あ。もしかして」

「そう。ときめきパワーよ。岸辺の心に花が咲かせて――精神を昂ぶらせたの」

 確かに、響子の言葉で、僕の胸は高鳴った。それが、その安易な名前のパワーに――。

「それも、言葉の力なの――岸辺、もう少し手伝って」

「え? まだ何か――」

 周囲を見廻す。ハッキングされていた人々が皆、地面に伏せている。

「た、倒れてる! 救急車!」

「それじゃ遅いのよ。急がないと、廃人になっちゃう」

「な、なにが起きてるの?」

「ハッキングからは解放されたけど――クラッキングの副作用が出たみたい」

「副作用?」

「ハッキングされた人々の意識が、精神から剥離しているの」

 僕は首を傾げる。

「ごめん。なにを言ってるのか、さっぱり――」

「そりゃあ、そうよね。とにかく、元に戻すには――深層意識レベルから記憶を引っ張り出して、意識と精神をリンクさせる必要があるの」

「よ、よく分かんないけど――みんなに『電心』のネットワークを通じて呼びかけ、それぞれに抱えてる大事な何かを思い出させる、って感じ?」

「正解! さすが岸辺!」

 響子が親指を立てる。

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