第2話

 放課後。

 教室の窓際で、僕は感慨もなく空を眺めている。

 空は青い。入道雲はデカい。

 だけど、それどころではないのだ。

 僕の横では、何やら響子と山岡が話をしている。山岡は会話の裏で、僕に『電心』を投げつけてくる。決して響子には聞かれないはずのそれは、決して聞かれたくない内容だ。

 僕の後ろで繰り広げられるその会話、そして『電心』を、僕は素知らぬふりをして、だが耳を海外アニメの空飛ぶ象のようにしながら聞いている。

 僕だって、話に加わりたい。

 現実世界で行われている会話の内容には、非常に興味がある。

 だけど山岡の『電心』を聞きながらじゃあ、まともに彼女を見られない。

 そんな葛藤に苦しむ僕に、山岡が不意に話を向けてきた。

「なぁ、岸辺――オマエ、どう思うよ?」

「え?」

「響子、『電心』やんないじゃん? ――今時、有り得ねぇよな」

 響子は唇を尖らせる。

「そんなの、私の勝手でしょ? てか、名前で呼ぶの、やめて」

「そ、そうだよ――さ、さ、桜庭の自由だろ」

「でもよ。『電心』じゃないと告白(コク)れないチキン野郎とか、いつまで経ってもチャンスがねぇじゃん――なぁ、岸辺」

「や、山岡!」

「あら。岸辺って、そうなの?」

「え?」

 響子は目を丸くして、こっちを見ている。

「その、『電心』でしか――って」

「わ、悪いかよ」

 告白どころか、アナタに一緒に帰ろうとかすら言えませんよ僕は。

 むくれる僕。微笑む響子。それらを交互に見て、山岡は立ち上がる。

「ま。そうは言ってみたけど――桜庭は、『電心』しない方が良いぜ」

「どうして?」

 首を傾げる響子。山岡は僕を横目に、ニヤリと笑う。

「聞かされても、困るだろ? 桜庭についての――岸辺の、ドスケベな『電心』をさ」

「バ、バカ! なに言ってンだよ山岡!」

 大慌てで掴みかかる僕の腕を擦り抜け、山岡は高笑いする。そのまま、じゃあ部活に行ってくるわと立ち去った。

 そして僕と響子が取り残される。

「なんだよ、山岡の野郎。全く――」

 恐る恐る響子を見る。柔らかく微笑み、僕の言葉を待っているように見える。

 何か言わなくちゃ――変な汗が噴き出てくる。

 なにより山岡が、妙な爆弾を残したままなのだ。

「そ、その――そんな『電心』、してないからね?」

 泣きそうになっている僕を見て、響子は吹き出す。

「いいわよ、岸辺。気にしないから」

「え?」

「だって。ホントに、そんな話してたんでしょ。山岡と」

 おどけて胸の辺りを隠すように腕を交差させる。僕はドキリとする。

「あ。いや、その――ごめん」

 慌てる僕を見て、響子は声を上げて笑う。

「あはは! 真面目過ぎ!」

 僕の肩口を叩く。なんだか知らないけど、ものすごく心地よい痛みだ。

 そして響子は僕の顔を覗き込む。

「ねぇ、岸辺――聞きたい?」

「ん?」

「私が『電心』、しない理由」

「ええッ!」

「なに驚いてるのよ?」

「だってさ。いままで何回聞いても、教えてくれなかったじゃん」

「ああ、そうね。今は――聞いて欲しいかなって。岸辺には」

 この話の流れは、なんなんだ――胸の鼓動が早くなる。

「そ、そう? 俺でよければ――聞かせてよ」

 じゃあ、と響子は荷物をまとめる。そして、鞄を持ち立ち上がる。

「話せば長くなるのよね――よかったら、一緒に帰らない?」

「へ?」

 響子と一緒に帰れる――僕は硬直する。

「岸辺、どうしたの?」

「は。は、はひ! 喜んで!」

 夢でも見ているのか? 僕は。

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