そして言葉は、君の心で花と咲く
速水俊二
第1話
テレパシー。
言葉がなくても、想いが伝わる。
それが科学技術で叶った今。
なんて便利で、素敵なことだと思っていた。
精神が、通信技術で繋がる――その危険性すら知らぬまま。
ただ僕は、そう思っていた。
* * *
夏の教室は地獄だ。
学校が省エネだのなんだのと空調を渋るので、高校生、特に僕も含めた男子の脂っ気で、もはやチキンのロースターみたいになっている。
そんな中。僕は教室の窓際、彼女を見つめている。涼しげな目元、ポニーテールに結った少し明るい髪。色白の肌と半袖の夏服のシャツが彼女にどこまでも透明感を与えている。
暑さとは無縁に見える彼女を見つめ、僕は遠くで、ひとり汗を掻いている。
ときめきが、止まらない。
好きだぁッ!
好きだ好きだ好きだッ!
届けッ!
届け、この想いッ――。
だが彼女は、僕の心の絶叫なぞ素知らぬように、ただ真剣に授業を聞いている。
開け放たれた窓、吹き込むそよ風が、彼女のポニーテールと、その横髪を揺らす。
すごく――綺麗だ。
しばし僕は、自分が何をしていたのか忘れる。
夢のような美しい光景に浸っていると、ピコン、と僕の脳の中心で音が鳴る。
続いて電子音声が、これまた脳内で『ヤマオカさんからの電心です』と告げる。教室の前方、先生が黒板に数式を書き殴っていることをいいことにキョロキョロ辺りを見回すと、教室の後ろ側、整然と座るクラスメイトの合間で、友人の山岡がザ・男子高校生そのもののニキビまみれの顔でニヤニヤしている。
どうせロクな事じゃないよな、とゲンナリしながら右手を小さく挙げる。山岡はその手に向かって右手を伸ばし、掌を向ける。すぐにこれまた僕の脳の中でチャランという爽やかな音が鳴り、『電心』が開始される。山岡の思考が一気に僕の頭に雪崩れ込んでくる。
岸辺ぇオマエ響子を見てただろあの髪型サイコーだねポニーテール夏っぽくてサイコーたまらんねオイ見ろよ響子の背中をよ透けてるぜ水色だよアレたまらんな夏服やっぱサイコーだね帰りにラーメン食いにいかね響子の夏服夏服夏服たまんね上が水色なら下は何色だろ俺チャーシュー食いてぇ響子たまんねぇ――。
水色とか、なに言ってンだバカ――ウンザリした僕は右手を下げ、『電心』を強制的に終了させる。山岡を見ると、右手をこちらに向けたまま響子を見つめ、鼻の下を伸ばして呆けたツラをしていた。僕が『電心』を切ったことに気付いてないらしい。
溜息ついでに、ふと周囲を見る。教室の中、所々で。男女問わず、僕と山岡と同じように、そして先生にバレないように、小さく手を掲げ――『電心』を行っている。
この『電心』とは。
近距離無線通信技術を使用した、精神間の通信のことで。
簡単に言うと――通信機器を通じて行う、テレパシーだ。
いま世間では、コミュニケーションツールとして、この『電心』が大いに普及している。耳の後ろに埋め込んだ小さな専用デバイスが、思考を電気信号に変換し、それをアンテナ――僕たちがやったように、大抵は手だが――を通じて、相手に電送する。思考はパケットにされるので、通信は一瞬だ。デジタル端末でのメールやチャットみたいに、いちいち文字を打つ必要もない。もちろん整理しないと山岡のような失態になるのだが、それでも一瞬で言いたいことが伝えられる。
そして通信相手を指定するので、その相手以外、内容は秘匿される。
絶対に、他人にはバレない。
だから通信内容も、内緒ごと、陰口なども多くなる。
もちろん前向きな使い方もあり、例えばそれで告白するヤツもいる。口下手だったり言葉を考えるのが難しかったり、好きだと思えても声に出す勇気がない場合、『電心』を使って、そうであるという気持ちを伝える。
その口下手で言葉が思いつかず勇気もないという三重苦が、この僕だ。
そう。
僕は、『電心』に縋ろうとしている。
そして。
この好きだという想い、それを伝えたい相手が。
窓際にいる、ポニーテールの彼女――桜庭響子だ。
だけど。
言葉にせず、『電心』で伝えようとする限り。
僕の想いは、いつまでも彼女に届くことはない。
なぜなら。
彼女は、一切――『電心』をしないからだ。
溜息交じりに、山岡との『電心』を振り返る。
はぁ。
上は水色なら、下は――か。
いかんいかんいかん。そんな妄想、してはイカン。
それでも。
ときめきは、止まらない。
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