花が好きな君に

きりしまMITO

第1話(完結)

「地上に、ここまで安全な場所が残されていたとは!」

 アンガルの地に降り立ったクレルヴォは、感動に目を潤ませていた。

「あの、ここの居住地の人達は、皆静かに暮らすことを望んでいるのよ。だから……」

「もちろん迷惑はかけないさ。動植物と環境の調査をさせてもらうだけだからね」

「大丈夫だよ、キキョウ。クレルヴォは信頼できるやつさ」

「……そうね」

以前より地表の調査を自分の手でやりたいとずっと望んでいたクレルヴォ。だが、キキョウという協力者を得て、ついに望みが叶うこととなった。

「キキョウ以外の人間を見るのは初めての者もいる。あまり脅かしてやるなよ」

「どちらかといえば、恐がられるのは俺かもしれんな」

 ボディガード兼運び屋として雇われたロベーラのつぶやきに、ギルドナは苦笑を浮かべた。

「それより、キキョウ、案内をお願いするよ。それと、ロベーラ、僕が調査している間は、邪魔が入らないように頼む」

「あ、オレも行くよ!手は多い方がいいだろ?何か手伝えることがあれば、任せてくれ」

 アルドの言葉に、キキョウはあからさまにほっとした顔になった。

「そうか、じゃあ、君にも手伝ってもらおうかな。では、さっそく行こう!」

 子供のように楽しそうなクレルヴォの先に立って、キキョウは澱みの地に足を踏み入れた。

 さっそく生えている草や木、昆虫等の調査を始めるクレルヴォ。アルド達は彼に次々とサンプルを入れた入れ物を渡され、気が付けば単なる調査アシスタントと化していた。

「キキョウ、これを持っていてくれないか。ロベーラ、これを写真に撮っておいてくれ!アルド、葉脈がわかりやすいように、この葉を広げるのを手伝ってくれ!」

「……調査って、大変なんだな」

 アルドが疲れた顔でつぶやく。

「軍にいた頃、こんな仕事を手伝ったことがあるが、ここまで忙しくはなかったぞ」ロベーラもため息をつく。

「はい、君はこっちを持ってて!蓋を決して落とさないよう、真っすぐ持っててくれたまえ」

「やれやれ。これで全員、片手が塞がったな」

「あまり重くないからいいけど」キキョウがつぶやく。

「待て。……俺達は、クレルヴォを除いて、三人のはずだが?」

 アルド、キキョウ、ロベーラは顔を見合わせる。

「え?何言ってるんだよ、ロベーラ。一人、二人、三人、四人」

 数えていくアルドの手が止まった。

 四人目と指さした先は、蓋を乗せたシャーレを持たされた重邪鬼だった。

「うわーっ!?」「え、ちょっと、いつの間に!?」「くっ、俺としたことが、気づかなかったとは!」

「お前らこそ、我らの縄張りで何してる!」

 戦闘態勢!

 を取るはずが。

「動くな!!」


 クレルヴォの喝に、皆、ピタッと止まった。

「せっかくの標本を落とさないでくれたまえ!僕がそれを冷凍保存するまで、決して動かないで!」

「え、いや、クレルヴォ、あの、敵が……」

「誰一人動くな!それより、アルド、この試験管を持って!」

「ええーっ!?」

「キキョウはこれを。ロベーラはそのビーカーの蓋を一旦外して……これで良し。

 君は、こっちを持ってくれ、いいかい、それはできる限り揺らさないようにするんだ」

 誰も反論を唱えることもできず、ついに両手が完全に塞がれた状態で固まった。

「おい……これはいつまで続くんだ」

 重邪鬼が、クレルヴォに聞こえないように小声で問う。

「オレだってわからないよ」アルドが途方に暮れたように答える。

「だから、そこ、静かにしてくれたまえ!特に君は、それを揺らしちゃいけないと言っただろう!」

 クレルヴォの怒鳴り声に、再び黙り込む。

「助けてくれ……」

 重邪鬼のささやくような声を、皆、聞かなかった振りをした。




「さあ、じゃあ並んでくれ」

 両手にいろいろ持たされた面々は、クレルヴォに言われるままに、きちっと一列に並んだ。

 一つ一つを受け取り、クレルヴォは丁寧に梱包したり、薬を加えて固めたりしていく。

「ああ、それに振動は与えないでと言っただろう!静かに渡してくれ」

 叱られているのはなんと重邪鬼だ。「わ、わかった」と殊勝に謝っている。

 その様子に、アルドとキキョウは顔を見合わせ、思わずくすっと笑った。

「キキョウ!その器を斜めにしないで!」

「あっ、ご、ごめんなさい!」びくっ、とキキョウは慌てて器を水平に保つ。

「アルドも、左手の方の器を傾けないでくれ!」

「あ、わ、悪い!」慌ててアルドも固まる。

「よし、これで全部だ」

 やっと、採取したものすべてをまとめたクレルヴォは、うれしそうにうなずいた。

「本当にこれで終わりなんだな?」

「ああ、そう言っただろう?」

「それならば!」

 バッと、重邪鬼はハンマーを構えた。

「我らの縄張りを荒らす者は、生かして帰さん!たとえ三人だろうと、勝てると思うなよ!」

「あー……今更か?」ロベーラが疲れた顔で問う。

「ちょっと待ってくれ。僕達は三人じゃなく、四人だよ?」

 クレルヴォのツッコミに、重邪鬼はけげんな顔になる。

「は?そっちのでかい剣の男と、機械の男、それにそっちの女で三人だ」

 バッ、とクレルヴォは杖を構えた。

「僕を戦闘メンバーから外すのは、頂けないな」

 間。

「四人対一人は、い、いくら何でも卑怯だぞ!」

 悲鳴と共に、重邪鬼は一目散に逃げてしまった。

「……三人と四人で、そんなに違うものか?」

 ロベーラの問いに、残り三人は首を横に振った。



「目ぼしいところは案内したけど、私も生物に詳しいわけじゃないから」

 キキョウの説明を聞きながらアンガルに戻ると、そこには新たな来客があった。

「イーッヒッヒッヒ、クレルヴォ、地上の調査だって?科学的調査では、このボクに敵いっこないさ!」

「ええと……その、もう一通り終わったんだけど」

「何だって!?」キキョウの言葉に、憤慨するノノルド。

「ねえ、キケンハネは、もうみつけた?」

 皆、そこに現れた魔獣の少女を振り返った。

「あら、ボタン。そうそう、この子、植物のことが好きで、とても詳しいのよ。絵もうまいの。見せてあげたら?」

 キキョウに促され、ボタンという魔獣の少女は持っていたノートを見せる。

「これは!」

 クレルヴォは驚きの声を上げる。ノノルドも一瞬詰まるが、「フ、フン、ボクはこの年にはもっと色々研究してたさ」とつぶやいた。

 ノートには、正確な植物の図の他に、その生態についても詳しく記してあった。

「そうか、君は植物について調べて、知識を増やすことが好きなんだね」

「うん!キケンハネって、これだよ」

 クレルヴォとノノルドは乗り出した。

「これは!ビャクダン目ビャクダン科ヤドリギ属の一種だと思うが」「見たことのない形と色だ!よし、クレルヴォ、勝負だ!」

 いきなり人差し指を突き付けてわめくノノルドに、クレルヴォは眉を寄せる。

「勝負、とは?」

「決まってるだろう、この新種を先にみつけた方が勝ちだ!お前もまだみつけてないんだろう?」

 そう言うと、さっそく一人、走り去ってしまった。

「え、大丈夫なのか、ノノルドは」

 アルドが心配そうに見送るのに、クレルヴォは肩をすくめる。

「これをちゃんと読んでいったから、大丈夫だろう。……ボタン、これは本当か?これをみつけると、狂った魔物が襲ってくるというのは」

 魔獣の少女はうなずいた。

「うん、そういう事もあって、私もあまり詳しく調べられないの。でも、キケンハナは、この木から栄養をもらってるんじゃないかな。普通に土から生えているのを見たことないから」

 クレルヴォは驚いたように目を見開く。

「……それは、寄生植物というんだ。君は、本当に植物を調べるのが好きなんだね。ならば、君はもっと勉強して、科学者になるといい」

 しかしボタンはしょんぼりうつむいた。

「でも、ここには、そんな勉強できるような学校、ないよ……」

「その事については、後で話し合おう。じゃあ、僕は、この植物を探しに行ってくるよ」

「なら、私が案内する!」

「ダメよ!」咄嗟に叫んだのはキキョウだった。険しい顔で、ボタンを睨む。

「ボタン、貴方、前にもキケンハネを探してて、危ない目に会ったでしょ!?貴方を守ろうとした魔獣が怪我したのも、覚えてるでしょ!?」

 必死なキキョウに、クレルヴォは優しく微笑み、彼女の肩に手を置くと、ボタンに向き直る。

「大丈夫、寄生植物の探し方ならわかってるよ。君の詳しい説明もあるから、困らないさ。じゃあ行こうか、キキョウ」

「いい、ボタン、絶対ついてきちゃダメよ!」

「そうだな、危ないよ。じゃあ、行こうか」

 アルドの言葉に皆まとまって、また澱みの地に足を向ける。

 取り残された魔獣の少女は、がっかりした顔になる。

 が、誰もいなくなると、小さくうなずき。

「でも、やっぱりみつけられないかもしれないし……私も探そう!」

 たった一人で、澱みの地に向かって走っていった。



「さっきから、同じような木ばかり探してないか?」

 アルドの問いに、クレルヴォはうなずいた。

「樹木に寄生する植物は、同じ種類に寄生する習性があるんだ。ボタンの描いた絵には、ちゃんと寄生されている植物もあったからね」

「ふうん、そういうものか」

「私にはそもそも木の区別がつかないわ」

「安心しろ、俺にも全部同じに見える」ロベーラが付け加える。

「いや、全然違うだろう!?この葉の形とか、色とか」

「きゃああああ!!」


 ハッと、四人は声の響く方向を振り返った。

「ボタンの声よ!」

 ロベーラはすでに声を目指して走り出していた。

「魔物に襲われているのかもしれない!助けに行こう!」

 アルドの言葉に、キキョウとクレルヴォもうなずき、走り出した。

「くっそお、敵が多いよ!スリープヒューム!」

 魔物に襲われているボタンをかばうように、ノノルドが立ちふさがり、魔法を唱えている。

「ノノルド、伏せろ!」

 真っ先に駆け付けたロベーラが矢を放った。

「うわ、危ないだろ!気をつけろよ!」

「大丈夫か、ボタン、ノノルド!」「ボタン、貴方は早く離れて!」

 駆け付けたアルドとキキョウに、ボタンはうなずき、走る。

「どうやら、魔物は、そのキケンハネのせいで興奮しているようだね。匂いの可能性が高い」

「それくらい、ボクだって気づいてたさ!」クレルヴォの意見に、ノノルドが噛みついた。

「今はそれどころじゃないだろ!」

 ジャキン、とアルドが剣を抜く。

 キキョウもチャクラムを構え、クレルヴォもまた杖を準備する。

「もちろんよ!追い払うわよ!」

 キキョウは威嚇するように魔物の頭ギリギリにチャクラムを投げつけるが、興奮した魔物には何の効果もなかった。

「仕方ない、やっつけるぞ!」

 ロベーラは殺傷力の高い矢に持ち替えると、魔物を一匹射抜いた。キキョウもまたチャクラムで、一匹切り倒す。

 ノノルドの睡眠魔法が足を止め、クレルヴォの魔法が残りを弱体化する。

「よし、任せろ!」

 アルドが一気に駆け寄ると、残りの敵を十文字に切り伏せた。

 魔物が完全に沈黙したのを確認すると、皆、魔物の少女に駆け寄る。

「ボタン、大丈夫!?」「怪我はないか?」

 コクン、と少女はうなずき、近くの木を指さす。

「ほら、これよ、キケンハネ!」

「もう、まず自分の身を心配して!」

 キキョウが心配のあまり泣きそうな顔になるのを、アルドが慌てて慰める。

 クレルヴォは、ボタンの前に膝まずくと、彼女と目線を合わせ。

「もっと色々調べたいかい?もっと色々、植物のこと、学びたいのかい?」

 少女は目をキラキラ輝かせる。

「うん!」

 しかし、すぐにうつむいた。

「……でも、ここじゃ、難しいの……キキョウは、いろいろ本を持ってきてくれるけど」

 クレルヴォは空に浮かぶエルジオンを指さした。

「あそこには、本がたくさんあり、君と同じ興味を持つ研究者がたくさんいる。そして、学ぶことができる学校がある。行きたいかい?」

「……でも、私、魔獣だから……」

「IDAスクールは知っているかい?あそこにはエルフもいるし、他の種族であろうと、推薦があって、試験に受かればシチズンナンバーのない君でも入学出来る。学校に通って学びたいと君が望むなら、僕が教えて、スクールに推薦しよう」

「本当に!?」

「ちょっと待った!」ノノルドが割って入る。「いいかい、クレルヴォより、ボクの方が薬学ではずっと成績がいいんだぞ!?総合成績だけで家庭教師を選ぶと痛い目にあうぞ!仕方ない、このボクが、クレルヴォが苦手な分野を教えてあげよう!」

「別に苦手なものはないけどね」

 クレルヴォのつぶやきを、あっさり無視すると、ノノルドは魔獣の少女に詰め寄り。

「その代わり、いいかい、一介の研究者になった暁には、世話になった者の名前として、一等最初のボクの名をあげるんだ!」

「ノノルド……そういうことは、強要するもんじゃないだろ……」アルドが突っ込む。

「ノノルドも一緒に教えるなら、力強いな。ボタン、君は間違いなく試験に受かるだろう」

 明るい顔のボタンと裏腹に、キキョウはしかし不安気な表情になる。

「で、でも、魔獣だから……」

 クレルヴォは、そんな彼女に、決意のこもった視線を向けた。

「差別は、あるかもしれない。だが、これはいい機会だ。学びたいと望む者は、すべからく学ぶ機会と場所が与えられるべきなんだよ。種族や環境による差はあってはならないんだ。

 ボタンのためだけでなく、今後、学校で学びたいと望む魔獣みんなのためにも、ぜひ、IDAスクールにチャレンジするべきだ」

 キキョウははっとなった。

「大丈夫だって、キキョウ!勉強が苦手なオレだって、いつの間にかIDAの学生になってるし!」

「それが謎なんだよ」ノノルドがつぶやき、他の皆は苦笑する。

「ありがとう、クレルヴォさん!あ、それとノノルドさんも!私、勉強頑張る!」

 ボタンが礼を言うと、「なんだ、そのおまけみたいな言い方は!」とノノルドが憤慨し、アルドが慌てて抑えるはめに。

 キキョウは、泣きそうな顔になる。

「どうしたんだ、キキョウ?」

 アルドに尋ねられて、彼女は笑顔を浮かべ。

「……ここは、私の故郷だし、魔獣もみんな家族のようなもの。そう思ってたけど……どこかで私、魔獣は人とは暮らせないってあきらめていたかも……こういう風に人と、人の社会と交われる方法があったのね。考えもしなかった……」

「お前もまた、未来の大学者の大恩人になるんだぜ。胸を張れよ」

 ロベーラに言われて、キキョウは今度は明るく笑った。

「そうね!ボタン、やはり最初に挙げる名前は私じゃないかしら。期待してるわよ!」




「……それにしても、シチズンナンバーがなかったら、試験を受けなきゃならなかったのか……

 よかった、オレ、受けずに済んで……」

 アルドは一人こっそり、安堵のため息を漏らした。

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