第31話 アイスクリーム

 家に帰っても今日は画面の向こうの心陽からメッセージが来なかった。

 ちょっと前まで、それは普通で当然のことのはずだった。

 家に帰ったら、小説を読むか、書く。あとは、自分の投稿した小説のランキングをみてため息をつく。

 そんな感じだった。

 なのに、いつの間にか心陽の存在が大きくなっていた。いや、大きくなったのではない。俺はずっと目をそらしていたんだ。

 本物の心陽から。


 子供のころはあんなに一緒にいたのに、いつの間にか俺たちは別な世界の人間みたいに遠い存在になってしまっていた。


 現実を逃避するように俺は小説を書き始めたところもあるのかもしれない。

 だけれど、その現実逃避さえうまくいかないって……。


 そんなことを考えていると、通知が来た。

 俺は心陽からのメッセージだと思って、慌ててスマホに飛びつく。


 画面の向こうには心陽がいた。

 やっぱり、ちょっと顔が赤くて熱っぽいような表情をしている。


「大丈夫?」


 俺が話しかけると、


「うん」


 心陽は弱々しくコクリと首を振った。


「風邪?」

「そうみたい」


 困った風に心陽が弱々しくほほ笑む。

 機械でも風邪をひくのだなあと、心配する一方で感心する。

 だけれど、昔見たSFで仮想世界の中でわざわざ金持ちが風邪をひくためにお金を払うという描写があったので、現実の存在でなくても風邪をひくというのはよくあることなのかもしれない。

 むしろ、風邪をひくことによってより本物っぽさを演出できるのかもしれない。

 しかし、現実とリンクしてるのは奇妙だ。


「薬は飲んだの?」

「いまから飲むとこ」

「なにかお腹に入れてからの方がいいよ」

「そう思ってね。ほら、じゃ~ん……」


 そう言って画面に映し出されたのは、昨日俺が心陽にご機嫌を直してもらうために買ったコンビニで一番高いアイスクリームだった。

 すごい。

 ここまでリアルに再現するなんて。

 普通、アニメとか漫画だとアイスクリームというと透明なグラスやコーンに盛り付けられているというのに、目の前の心陽は本当に俺が勝ってきたカップそのままを持っていた。

 あれ、新作のはずなのに。

 まあ、昨日結構はっきりと商品だけを画面に映した瞬間もあったし、もっといえば高いアイスといったら相場があのメーカーので決まっている。新作のラベルの部分だけコピーして映しているだけかもしれない。

 いまどきの人工知能はすごいっていうし。


 俺はただ、関心して画面を見つめるばかりだった。


「ん? どうしたの??」

「いや、おいしそうに食べるんだなって」

「そりゃあ、人におごってもらったアイスは特に美味しいですし」


 心陽はふざけた調子でそんなことをいうけれど、やっぱりちょっと元気がない。

 風邪をひいている感じがリアルだ。


「今日はもう寝るね」


 アイスを食べ終えた心陽はいった。


「ああ、おやすみ。明日は元気になってるといいね」

「ありがとう」


 ただ、それだけの会話なのに、なぜだか胸が締め付けられるような気がした。

 そうか、俺は心陽のことが本気で心配なのだ。

 自分でそう気づいたのはもう少し後のことだった。

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疎遠になった幼馴染(学園のアイドル)との関係を修復する方法 華川とうふ @hayakawa5

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