第30話 マリ先輩との出会い

『「ねえ、なに読んでるの?」

 マリ先輩との出会いはそんなありふれたものだった。


 マリ先輩は綺麗だった。白い肌に柔らかそうな体。たった一年先輩なだけなのに、同学年の女子からは感じられない不思議な魅力があった。さすがに高校生になったら、一歳くらいでは発育とかそんなに関係ないと思うので、たぶんマリ先輩という人の色気なのだろう。

 別に露出が激しいとかそういうわけじゃなくて。

 雰囲気というかまとっている空気が特別だった。

 花と蜜と果物をゆっくりと煮詰めた怪しげなベールが何層もかかっているみたいだ。

 ちょっとした、髪を耳にかけるしぐさ、いや何かを持つ手つきだけでなにかが違うのだ。


 触ってみたい。


 ただ、純粋にそう思った。

 初対面の人に対する感想としては変だけれど。

 いやらしい意味はなかったと思う。ただ、やわらかそうだから触れてみたいという欲求があっただけ。


 もちろん、その欲求にしたがってマリ先輩に触れるなんてことはしなかったけれど。


 俺がそんなことばかり考えていて、何も言葉を言わずにいるとマリ先輩はしびれを切らしたのか隣に座って、俺の読んでいる本をのぞき込んできた。

 俺はとっさに隠すしぐさをするけれど、なぜだかおっとりとしてそうなマリ先輩の方が素早かった。


 そのとき読んでいる本がもし、『人間失格』とか『夏への扉』だったら、俺はきっと素直にみせていただろう。

 だけれど、そのとき俺が読んでいたのはウェブ小説が書籍化したものだった。『マツリカ』という小説で、噂によると現役の高校生が書いたらしい。

 心陽がもっているのを教室でちらりと見かけたから読んでみようと思ったのだ。


 恋愛小説だから抵抗もあったけれど。

 するすると読めるし、すごく気持ちがわかりやすくてすぐにはまってしまった。

 ただ、恋愛小説を読んでいるなんて恥ずかしいから教室では読まないようにしていたというのに。

 でも、マリ先輩がみることができたのはほんの一瞬のことだと思う。

 なのに、マリ先輩ときたら、


「『マツリカ』好きなの?」

「えっ?」


 と一瞬見ただけなのに、タイトルを把握していた。


「あれ? 違った?」


 マリ先輩はおかしいなあと首をかしげる。


「い、いえ。あってます。でも、あんな一瞬でよくわかりましたね」


 マリ先輩は今度はちょっとだけ固まる。フリーズしたのかと思うくらい。あとで知ったのだが、マリ先輩は考え事をするとこんな風に固まる傾向がある。


「だって、人気じゃない」


 マリ先輩は固まったあとは何事もなかったかのように話をつづけた。

 ちょっと変わった人だなあと思うけれど、同時になんだか癖になる人だった。


 周りと違って、学校だけに青春を求めていない感じが特に好感をもてた。』


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