第28話 「おやすみ」って言ってほしいの
部屋に戻って、画面の向こうの心陽と話す。
心陽はコンビニに出かける前よりも機嫌がよさそうだった。
表情も豊かだし、なんか雰囲気もリラックスしてる。
あれ? でも……
「心陽、なんか顔ちょっと赤くないか?」
俺がそう尋ねると、心陽は「えっ? あれ?」なんていって、頬を抑える。
「ちょっと、外の空気が冷たかったのかも?」
そんなことをいう。あれ、もしかして俺だけじゃなくて心陽と一緒にコンビニに行ったという設定になっているのだろうか。
でも、さっき「おかえり」って言ってたし……もしかして、これ風邪をひいているんじゃないだろうか。
「風邪かもしれないから、はやく寝たほうがいいよ」
「えー、もっと話したい!」
なんだか今の心陽はちょっと甘えん坊だった。
だけれど、顔がちょっと赤いのは事実だし、言っていることも辻褄もちょっと変ということは、もしかしたら何かやっぱり風邪のようなものにかかっているのかもしれない。
アプリの中の人工知能が風邪なんてひかないと思うかもしれないけれど、あえて人間らしさを感じるためにヴァーチャル世界で課金をして風邪をひくという話もあるくらいなのだから。風邪をひいても不思議ではない。
ここで、異変に気付いたのにそれをスルーしてしまったら、あとで心陽がより苦しむなんてイベントが発生したら嫌だった。アプリとはいえ、人工のものとはいえ、心陽の姿をして、記憶も心もあって、心陽の顔で笑う存在が苦しむ姿なんて絶対にみたくない。
作り物の苦しみだって、心陽には味わってもらいたくなかった。
「心配だから、寝たほうがいい」
俺がまじめな調子でいうと、心陽はちょっとだけしょんぼりして、
「はあい」
って返事をする。
ちょっと口をひよこのように尖らせてすねる姿が可愛らしい。
「ねえ、じゃあさ。寝る準備するから、寝る前にもう一回、おやすみっていってほしいな?」
それだけ言って心陽は、画面のなかからトテテと走って消えていった。
しばらく、心陽の部屋だけが画面の中に表示される。
画面の中の心陽の部屋は俺の知っているものとは違った。
ベッドには子供っぽいピンクの花柄のカバーなんてかかってないし、カーテンはかわいいウサギ柄ではなくなっていた。
夜空のような濃い紺色のベッドカバーの上にふわふわと柔らかそうな雲のような布が置かれ、カーテンはさわやかな水色だった。なんだかよくあるゲームの主人公の部屋みたいにシンプルだ。
俺の部屋はたぶん対して子供のころから変わってないのに、さすがにここは人工物だから子供のころの部屋のデータまで再現できるわけないかと苦笑いする。
なんだか、いつのまにか画面の向こうの心陽を心の中で本物なんじゃないかって期待してしまっている自分がいた。
笑ったりすねたり表情豊かな心陽。
今は学園のアイドルなんていわれているけれど、今も昔と変わらない無邪気で俺のそばで笑ってくれる。
なーんて、都合のいいことを考えてしまった。
そんなことありえないのに。
現実の心陽は、すぐそばにいるのに、俺のことなんて忘れてしまって。
いつのまにか話さなくなったからといって、そんな隣に住む幼馴染のことを忘れるなんて。
「おまたせ~」
心陽はパジャマ姿で画面のなかに現れた。
綺麗な水色のパジャマだった。淵の方が白色のリボンでトリミングされている。
さわやかでかわいい印象だった。
やっぱり心なしか目がとろりと熱っぽい。
「じゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。心陽。また明日」
心陽の目がちょっとだけ大きく開いた気がした。
そして、そのあと嬉しそうに微笑んで。
「うん、また明日ね。うれしいなー」
そういって静かに画面から消えた。さすがにベッドの中で寝るようなシーンまでは用意されてないか。
なんで俺はそんな変なことを期待しているのか。と自分で苦笑いする。
別にやましいことを考えていたわけではない。ただ、心陽がちゃんとベッドにはいって布団をかけて眠るところを見届けたかっただけだ。
今日はいろいろ出かけて疲れた、明日も学校だし眠るとしよう。心陽にだけ早く寝ろなんて不幸へいだし。
そう思って、俺も今日は早めにベッドに入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます