第26話 二人だけの帰り道
俺がスマホを確かめようとしたとき、心陽が話しかけてきた。
「あの、もしかして……」
もじもじとしていて可愛らしい。
上目遣いにこちらを心陽が見つめている。
やわらかそうなパウダーブルーのパーカーを着ている。
俺が顔を上げたときに、ぱたぱたと走り寄ってきた。
「こ、この間はありがとうございました」
そういって、ぺこりと頭を下げる。
目の前にいる心陽は普段の完璧美少女というより、俺の知っている子供のころの心陽の雰囲気に近かった。
「いや、別に大したことはしてないし……」
「ずっと、お礼がしたいと思っていたんです。それでもしよかったら、これ」
そういって心陽は封筒をさしだしてきた。上品な薄い桜色の封筒だった。
なにが入っているのだろう。まさかお金……だったら困る。だけれど、封筒の色が薄いせいか中に入っているものの色が透けていた。青とか赤のようなはっきりした色がみえた。
つまり、外国の紙幣でもない限りお金ではないはずだ。
「でも、わるいよ」
俺はお金じゃなかったことに安心しながらも封筒を断る。
だけれど、心陽は封筒をひっこめる様子がなかった。
ああ、このコンビ日で買った一番高いアイスが溶けてしまう……。
俺は仕方なく、封筒を受け取った。
「ありがとうございます」
そういって、心陽は再び頭を下げた。今度はゆっくり、落ち着いた動作でとても優雅で心がこもっていた。
俺は、なにを話せばいいのかわからないし、アイスもあるので家路に急ごうと外をみると、外はさっき家をでたときよりも、暗くなっていた。
何層もの黒いベールを重ねたみたいな夜だった。
俺は後ろを振り向く。
「誰か迎えは来るの?」
多分来ない。
家の近所のコンビニまでわざわざ親に迎えに来てもらおうなんて普通の高校生は考えないだろうから。
案の定、心陽は首を横に振る。
「家まで送ってくよ」
放っておけなかった。いくら近所だといっても、この前みたいなことがまた心陽の身に起きたら怖いから。今日の昼間の心陽の様子をみるともしかしたらこの前よりもっとひどいことも起こりうるかもしれないと頭をよぎった。
心陽にとっては、このまえ偶然あった他人だとしても、こうして感謝もしてくれてるし、この前家まで送って行っている。今更、家が知らない人に知られて不安だとか言う思いもないはずだ。
だけれど、心陽は黙っている。
下を向いて、しまってその表情をみることはできない。
ああ、やっぱ俺が不審者に思われてしまったのだろうか。
「いや、ごめん。無理にとかじゃなくて……その、心配で……女の子一人じゃ夜道は危ないというか……」
俺がそう言い訳がましく言いかけたとき、
「ありがとう!」
心陽が満開の笑みを浮かべた。
ととっと、二歩分だけ走って俺のそばにやってくる。
ああ、昔もこんなことがあったような気がする。
心陽と夜の道をあるく。
夜特有の硬くて冷たい空気がゼリーのようにゆるく固まった帰り道。
歩みは遅いけれど、不思議と居心地は悪くなかった。
なんで、さっきまで目があったらどうしようなんて思って隠れてしまったのかわからないくらい。
ぽつりぽつりと俺と心陽は何気ない会話をする。
もちろん、その会話は大抵のことはぴったりかみあう。
だって、俺たちは一緒に子供時代を過ごしていたから。好きなものも苦手なものも知り尽くしている。
「こんなに話があう人、ほかにはいない!」
と言いながら心陽は嬉しそうにいろんなことを話してくれる。
昔と変わらない俺と心陽がそこにはいた。
なんで俺たちはいつの間にか学校でもはなすことがなくなってしまったのだろう?
「じゃあ、またね」
俺の家と心陽の家のちょうど堺の部分まできたとき、心陽はちいさく手をあげて、ばいばいとする。
白くちっちゃな手は昔と変わらず、たよりなかった。
「夜は危ないから一人で出歩くなよ」
俺はぶっきらぼうな返事をしてしまったけれど、心陽はクスクスとおかしそうに笑う。そして、
「また危ない目にあったら、助けてくれるでしょ?」
と俺のことをまっすぐみつめた。
そして、次の瞬間にはぱっと俺から離れて、心陽の家の玄関まで走っていく。
玄関の前のオレンジ色の明かりの下で心陽はこんどは大きく手をふってから家にはいっていった。
オレンジ色の光に照らされた心陽はまるで、スポットライトを浴びるアイドルのように輝いていて、俺は心陽が家の中に入ったあともしばらくそこから目をそらすことができなかった。
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