第24話 怒った心陽

「ふーん」

「ごめんなさい」

「へー」

「ごめんってば」

「あっそ」

「許してください。僕が悪かったです」

「……」


 さっきからこんな会話とも言えない不毛な会話を俺はスマホの向こうの心陽と続けている。

 画面の向こうにいるはずの心陽の姿は、ときどき部分的にちらりと映るけれどいつものようにくるくると表情が変化したりするのは確認できない。

 完全に怒っているのだ。


 まあ、そりゃあそうだろう。設定とは言え、俺たちはデートに行ったはずなのに、デートの途中で俺が一方的に中断させてしまったのだから。

 でも仕方がないじゃないか。

 相手はアプリの中のデータの塊。作り物なんだから。


「せめて、一言いってくれればよかったのに……」


 って心陽は言うけれど、だって、現実の知り合いを前にして、アプリに話しかけてからそっちと話し始めるなんて変じゃないか。

 俺は現実社会で生きているのだからそんなアプリに気遣いと現実世界の人間関係を天秤にかけるまでもない。


 だけれど、帰ってきたときにアプリを起動したときの泣きそうな顔を思い出すと、どうしても胸が締め付けられて、謝らずにはいられない。

 でも、謝っても画面の中の心陽はほとんど姿を見せずに、反応も乏しい。


「ねえ、どうしたら許してくれるの?」


 このままでいることが耐えられなかった。

 俺の叫びがあまりにも悲痛だったのが、画面の向こうに心陽の姿が映る。今度は、もこもこした女子が好きな部屋着(ジェラートピケっていうんだっけ)を着ていた。淡い色が心陽によく似合っている。


 ただのアプリなんだから消してしまえばいいという人もいるかもしれない。だけれど、画面の向こうの心陽を俺はただの作り物と思えなかった。

 本物でないことはわかっている。

 だけれど、そんな作り物だからそんな風に簡単に切ってもいいなんて思えない。現に画面の向こうの心陽は傷ついているのだから。


「アイス……」

「ん?」

「コンビニで一番高い季節限定のやつ買ってきて」

「そんなんでいいの?」


 画面の向こうの心陽はわずかだが頷いた。


「わかった。買ってくる!」


 俺は財布を取り出して、急いで外に出ようとする。

 すると画面の向こうの心陽は慌てたように、


「ちょっと、まだはやい。あと十分待って!」


 と言ってきた。

 早いってどういうことだろう。

 だけれど、俺は心陽に機嫌を直してもらわなければいけない。

 おとなしく十分たってから家をでることにしよう。


『夜は冷えるから、ちゃんと上着きてね』


 十分後、心陽からはこんなメッセージが来ていた。

 もうそんなに怒ってないのかもしれない。

 俺は、薄闇に星が控えめに輝く早めの夜にコンビニに向かって歩き出した。


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