第22話 ねえ、あの小説の作者って

「……でね、その部分がすごくよかったの!!」


 マリ先輩は瞳をキラキラさせながら小説について語っていた。そう、ただ感想をいうのではなく熱くその小説にたいする思いを語ってくれたのだ。

 ああ、作者としては感無量。

 この場で泣きながらお礼をいって土下座したい。

 または、マリ先輩がお望みとあらば、くるくると喜びの舞を舞いながら、崖からダイブしてしまいそうだ。


 小説を書いている人間にとって感想というのはそれくらい嬉しいものなのだ。

(なので、これがもし小説の世界ならばぜひとも作者に感想を送ってあげてほしい。ついでに俺が幸せになれる、つまり、ハッピーエンドを迎えられるように作者にリクエストもしておいてほしい。)


「あんな面白いものが書けるなんてすごいよね!!」


 マリ先輩の熱のこもったこの言葉に俺はズキューンと撃ち抜かれた。

 念のために繰り返す。俺はズキューンと撃ち抜かれただけだ。

 ズキュウウウンではないので、努々ゆめゆめ間違えて、しびれて憧れないように注意してほしい。

 だって、そんなの非常識。ここは現代。しかも、ショッピングセンターにはいっているチェーン店のカフェなのだから。


 ああ、言ってしまいたい。

「実はあの小説の作者、俺なんです」って、それを聞いたらマリ先輩はどんな顔をするだろうか。

 俺は初めて直接感想をもらえたうれしさでドキドキしていると、


「でもねー、あの小説ちょっと気になることがあるんだよねー」


 と、マリ先輩が言い始める。

 えええっ!?!?!?

 何かそんなにダメなところがあったのだろうか。

「根本的に思考回路が中二病っぽくて気持ち悪い」とか、「絶対童貞が書いている。」とか言われたら立ち直れない。


「えっ、なんですか。俺は……面白いと思ったのですが……」


 精一杯の自己弁護をしながらも作者でないような顔をしたつもりだった。一応、面白いと俺が言っておけばそこまでけなせないはずだ。普通の人なら。でも、よく考えたら小説を読む人としてのマリ先輩は普通の人ではなかったかもしれない。


 ちゃんと自分の意見を持っている。

 前にある小説のラストの意見を言い合っているときも絶対に譲らなかった。

 普通なら世間の評判とか話している相手に合わせてしまうというのに。

 だからこそ、俺は読み手としてのマリ先輩を信頼していたし、すごい人間だと思っていた。


 人によっては、学校からちょっとだけはみ出しがちのマリ先輩をひねくれているというかもしれない。

 だけれど、マリ先輩という人はすごく自分自身に向き合ったまっすぐで嘘がつけない人だ。

 だから俺があらかじめ予防線を張ったとしても小説の話については、まっすぐにぶつかってくるだろう。


 俺はあらためて覚悟する。

 マリ先輩からどんなぼろくそに言われるのだろう。

 ああ、さっき面白い映画をみて蓄えられた執筆意欲が急速にしぼんでいくのを感じた。


「あの小説って、なんか変じゃない。変というか違和感というか」


 マリ先輩はうまい言葉がみつからないみたいだった。

 俺は緊張と不安で汗ばんだ手のひらに中指の爪をぐっと喰いこませてこの場から逃げ出したい欲求にたえる。

 逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。

 あれ、でも逃げるのも役に立つって誰か言っていなかっただろうか。


「なんというか……リアルすぎるっていうの?」


 マリ先輩は迷いながら言葉を紡いでいた。首をかしげながらいう。


「リアルですか?」


 俺は無理やり平静っぽい声をしぼりだす。


「そうリアルすぎるの。なんていうの。あの作者さんのほかの小説も読んでみたんだけれど、文章がすごくうまいというわけじゃないのに、妙にリアルに情景が浮かぶの

 」


 えっ、あの作品だけじゃなくて、ほかの作品まで目を通してくれたのですかマリ先輩! 俺は不安にうれしさが加わってもうわけのわからないテンションになる。胸のドキドキも手汗も一向におさまる気配はない。

 マリ先輩は俺のことをお構いなしにまたスマホを操作して、とあるページを開いたのを見せてくれる。

 俺の書いた小説の学校でのシーンだった。


「これ、うちの学校と本当にそっくりだよね。とくに購買の幻のメニューとか一緒。もしかして、この小説うちの学校の生徒とか関係者が書いたんじゃないかって思うの」


 マリ先輩は真剣な目でこちらを見つめている。まっすぐなきれいな瞳だった。

 マリ先輩はこの小説を俺が書いたと気づいているのだろうか。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る