第20話 二人で映画
「映画をおごりなさい」
なんて言ったくせに、マリ先輩は二人分のチケットを買ってくれた。二人分。
俺とマリ先輩の二人。
そう、マリ先輩にとって心陽はここに存在しない。
当然のことだろう。これが幽霊なんかだったら、俺も憤る必要があるのだろうが、心陽がここに存在しないのは事実なのだから。
スマホの中にいる心陽は本物の心陽ではないのだ。
アプリによって、作られた心陽の偽物。
「ほら、映画はじまったちゃうよ」
マリ先輩はそう言って俺の手を引く。
やわらかくて温かい現実のものだった。
あれ、子どものころの心陽の手はどうだったのだろう……思い出すよりも先に映画の予告編が始まる。
映画を観るときのマナーが流れる。
「ほら、イヤホンはずして?」
マリ先輩はそういって俺の耳に手をかける。マリ先輩の指先が偶然あたった耳たぶの一部が熱くなった。
確かに、映画をしているときにイヤホンをしていのは変だし、マナー違反のことをしていると思われるかもしれない。
「……」
イヤホンの向こう側からはなんの音もしない。
心陽は何か言うと思ったのだが。今ここでスマホを取り出すこともマナー違反だろう。
俺はイヤホンをスマホと同じ鞄のポケットにしまった。
映画は思いの他、面白かった。
ありきたりな流行のお涙ちょうだいの恋愛映画かと思ったら最後に意外などんでん返しがあって、がらりと印象が変わった。
あんなふうな小説が書きたいと思った。
なかなか書き進められないでいて、もやもやばかりだったけれど、なにか書けるような気がした。
「面白かったぁ~」
マリ先輩は満面の笑顔で映画館の廊下を歩く。
両手を広げてくるくるまわっている。まるで子どもみたいだ。
「ほら、他の人のじゃまになっちゃいますよ。マリ先輩」
俺はそういったものの、同じ映画を観ていた他の人はとっくに外に向かっている。一番最後にでたのは俺たちなので廊下には余裕があった。映画の良いんでふわふわと高揚した脳みそと足下の絨毯、甘いキャラメルポップコーンの匂いで現実なのにまるで現実感がない。
思わずよろけそうになると、俺よりもふわふわしていたマリ先輩が、「おっと」といいながら俺の腕をつかんでくれたおかげでバランスを取り直すことができた。
「はしゃぎすぎだよ~」
「マリ先輩だって、さっきまで子どもみたいでしたよ」
俺はそう言って手を広げてくるりとまわって見せる。
たまらずマリ先輩は笑う。
つられて笑う。
いつもと同じように会話して笑っているだけなのに、学校の外だと何時もよりも自由で開放的な気分だった。
「ねえ、笑ったら喉渇いちゃった」
マリ先輩はひとしきり笑ったあと、こちらを上目遣いで見つめる。
そのときはじめてマリ先輩の右目のしたに泣きぼくろがあることに気づいた。妙に色っぽい。
「じゃあ、映画のお礼にごちそうします」
俺の口から無意識に言葉がこぼれ落ちた。
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