第16話 イルカのネックレス
『「覚えていてくれたの?」
潤んだ目で心陽がこちらをみつめてくる。薄い紺と青の布を何枚も重ねたみたいな水族館のなかで、心陽の瞳だけが夜空に浮かぶ白い月のように輝いていた。
イルカの水槽の前だった。
優雅に泳ぐイルカの前でも心陽はとても綺麗だった。
だけれど、水槽の前にたたずむ心陽はそれよりももっと美しい、まるで女神のようだった。
紺の膝丈のワンピースにシルバーのサンダルって服装が大人っぽい。髪型はハーフアップというのだろうか。SAOのアスナみたいな感じだ。清楚でお嬢様っぽいのに可愛い。
ちょっと、背伸びをしながらイルカの水槽を見上げる心陽の姿は涙が出そうなくらい綺麗だった。
俺は自分の鞄にそっと手を入れて確認する。
なんども確認しているのでそこにはちゃんと前もって用意してあった箱がある。
箱の中身はイルカの形のペンダントだ。
子どものころにイルカが大好きだった心陽ならきっとよろこんでくれるだろう。
俺たちの周りには不思議と人がいなくなっていた。
イルカの水槽の前は俺と心陽が二人きり。
まるで世界には俺たち二人しかいないような気分だった。
「あのさ、心陽」
俺はちょっとだけ格好をつけて心陽に声をかける。
「なあに?」
振り向いた心陽に俺はそっと、箱を差し出した。
心陽はイルカのペンダントを見てぱあっと花が咲いたように微笑んだ。
「本当に覚えてくれていたなんて、嬉しい……大好き」
そういって、心陽は俺に抱きついてきた。
甘い香りにふわりと包まれた。
「ネックレス付けてくれる?」
心陽は髪をポニーテールに束ねるようにして持ち上げる。まっしろで滑らかなうなじが見えて、その姿はなんだかとてもエロかった。』
「水族館デート。それはデート初心者にとっては向いていません何故でしょう?」
画面の向こうの心陽はあきれたように首を振って宣う。
一体何がダメだというのだ。ベタなデートスポットだし、健全だし、話題にもことかかない。なにより、マンガとかドラマでよく水族館デートするじゃないか。
「なにがダメかわからない」
俺は、画面の向こうの心陽に意義を唱えた。
だけれど、バニーガール姿の心陽は水族館デートは絶対にだめだという。
仕方が無いので、俺が水族館デートを推す理由として俺の書いた小説の感動的な初デートシーンを送ってやったのに、心陽は「だめだこりゃ」と首をふる。
もしかしたら、下を向いてしゃべってたけど、ちらりと見えた口の形から「ばか」とか「あほ」とか「どうてい」っていってたかもしれない。
「ばか」も「あほ」もいいけれど、童貞はないだろう。事実だけど。
事実こそ言ってはいけないんだ。
俺が腹を立てて、黙っていると、画面の向こうの心陽はぴしっと指をたてる。
「いいから、別なデート先を考えなさい。そこで合格点を出せたら水族館デートの弱点を教えてあ・げ・る♡」
いちいち腹が立つ。
けれど、なんとなくこのムカつく物言いは中学のときとかに俺と二人きりのときだけに心陽が見せる甘えみたいなものだった。
結局俺たちは、明日、地元のショッピングモールにでかけることになった。水族館の方がずっと無難でデートっぽいと思うのだが……。
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