第9話 なかなか開けない心陽からのメッセージ

 結局、『心陽さんからのメッセージ』を開くタイミングを俺は失っていた。

 午後一の授業は移動教室だったのだ。


 科目は地学。

 専門教室特有の黒のテーブルのような机は鉛筆の落書きだらけだし、ガラガラと上下に移動する黒板がうるさい。

 おまけに、なんというか地学の教師って変わっている気がする。他の化学、物理、生物と比べて楽しんでいるというか。

 教師なんだからもっと疲れていてもいいのにやたらとテンション高く授業をする。

 なのでスマホは厳禁。


 やる気のない先生なら見逃してくれるけれど、やる気に満ちあふれる先生というのはどうもこういう時にやっかいだ。


 地学の授業は教科書の内容によって当たり外れが大きい。化石や鉱物の話は好きだけれど、宇宙の話なんかは苦手だ。

 なんで地面と空の話が同じ分野なのか俺には理解できない。

 まあ、地学の先生は理解出来る人間だから教師になって楽しく授業できるのだろう。


 今日は当たりの日で、鉱物についてだった。

 ケースに入れられた雲母やら水晶なんかの標本を適当にまわすから授業中に見ておいてくれといういい加減な感じ。やる気はあるけどいい加減。それが元気の秘訣なのかもしれない。


 こう言うのは落ち着かない。

 考え事とかしているときに、鉱石の標本がまわってきたら驚くから気が抜けない。

 よってスマホのチェックは問題外だ。


 そのあとはロングホームルーム。今後のロングホームルームでウチのクラスは何をするかのネタだし会だった。決まったことは十二月のロングホームルームでケーキを食べることだけ。うーん、この学校一応そこそこ頭のいい人が集まっているはずなのに、一時間かけてコレだ。そうはいっても、俺はこの一時間はひたすら隣の席の友人とイラストでしりとりをするというくだらないことに費やしていた。


 まあ、そんなこんなで今にいたる。


 怖い訳じゃない。

 避けていた訳じゃない。

 いや、やっぱりちょっとだけ怖かったし、逃げ腰だ。

 俺を他人だと思っている幼馴染の心陽からどんなメッセージが来るのか。

 というか、既読にしてしまったら返事をしないわけにはいかない。いったい俺はどんな風に返事を書けばいいというのだ。

 分からない。

 もし、あとで心陽が俺を思い出したとき後悔したり恥ずかしくなったりせずに、不自然でないやりとりの方法なんて分からない。


 俺はどうして、いつの間にこんなに心陽と遠くなってしまったのだろう。

 物理的距離は昔から変わらずにお隣さんのままなのに。

 最近、喋りにくいなとは思っていたけれど、まさか忘れられているなんて誰が想像できるというのだ。


 そんなわけで、俺が『心陽さんからのメッセージ』とある通知ボタン部分を触ったのは家に帰ってからであった。

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