第8話 ねえ、さっきの小説読ませてよ?

「えっ、小説?? 小説ならマリ先輩の後ろにたくさん……」


 俺はそうすっとぼけて、図書室の中を向く。図書室のベランダにいるので、もちろん後ろを振り向けば、古い名作から図書委員が近くの本屋に出張して買い出しをする高校生でも読みやすいライトな小説まで取りそろえられている。


「もうっ、そうじゃなくて」


 マリ先輩は頬をぷくっと頬を膨らませる。

 ちょっと可愛い。いつも余裕のある先輩の顔が、拗ねていると子どもっぽくてなんかちょっとだけワガママをきいてあげたくなる。

 だけれど、それと俺の書いた小説を見せるのは別問題だ。


 もし、マリ先輩に笑われたら立ち直ることができない。

 引きこもりになって、高校も卒業せずに、三十になったある日、トラックにひかれて異世界転生して人生やり直すまで俺は部屋でひたすらゲームするしかなくなる。

 そんな人生は嫌だ。


 マリ先輩に笑われるのはクラスメイトとかに笑われるよりも辛いかもしれない。

 その癖、マリ先輩は俺と同じ図書員。本だって普通の人よりたくさん読んでいるから目だって肥えている。

 俺自身も自分が本を読む立場としてはなかなか見る目がある方だと思っている。

 だけれど、自分のは分からない。本当に面白いかどうか自信がない。だから見せられない。


「あれは……だめです……」


 俺の声は自分で思っていたよりも元気がない。


「そっかあ、じゃあ仕方ないね……」


 そのおかげかマリ先輩はあっさり引き下がってくれた。


「でも、気になるな。君の小説」


 そういって、マリ先輩までちょっと元気がない感じになってしまっていた。


 ん? 今、『』って言った? 『書いた』じゃなくて。

 もしかして、マリ先輩は俺がただ、ネット小説を読んでいるだけと思っているのか。

 ああ、それなら見せても良かったかも。

 というか、むしろマリ先輩に読んでもらってなにか感想が聞ければ良い小説が書けるかもしれない。


 自分の小説じゃないってことにしておけば、たとえ反応が良くなくても恥ずかしくないし、読者の反応を直接みることができるなんてめったにないチャンスだ。

 うーん。だけれど、今から急に路線変更して読んでくださいっていうのも変だし。そうだ。


「すみません。そうじゃなくて、実は大事な連絡が来る予定でスマホをあまり人に渡したくないというか……なので、リンク送るのじゃだめですか」


 俺はぱっと明るい感じに切り替える。これなら、不自然じゃないし、小説も読んでもらえるはずだ。


「うん? そうだったの。別にいいよ」


 案の定、マリ先輩はあっさり承諾してくれる。よかった。これでもしマリ先輩に読んでもらって面白いといってもらえれば大丈夫な気がする。


「じゃあ、リンク送りますね」

「うん、ありがと」


 俺は素早く、マリ先輩あてに、開いていた画面から俺のカクヨムの小説のリンク『https://kakuyomu.jp/my/works/1177354055397277105/episodes/1177354055397291526(*作者による注意!こちらにこのまま飛んでも、作品を表示することはできません!)』を送った。

 すると同時に、俺のスマホが鳴る。

 余り聞いたことのない通知音だった。

 マリ先輩が怪訝な顔をして自分のスマホをのぞき込んでいるのでその好きにさっと、画面を確認する。


 通知を見ると『心陽さんからメッセージです』と表示されている。


 びっくりした。

 これは本当にマリ先輩にスマホを渡さなくて良かった。

 って、なんでこんなにドキドキしているのだろう、俺は。

 心陽を助けた時にあらためてお礼を言いたいと言われて連絡先を交換しただけなのだから、たぶんお礼のメールが来ているだけだろう。

 ただのお礼のメールなんだから、俺にとっては大切だけど、誰かにメッセージが来たこと自体をしられちゃいけない訳でもないのに。


 でも、なんだかあとで一人のときにゆっくり読みたいような気がした。そんな俺の気持ちを察したわけではないのだろうが、


「じゃあ、年寄りは教室に戻るとするかね」


 マリ先輩は急にそんなことを言って立ち上がる。

 スカートをパサパサとはためかせて、ほこりを払う。


「じゃあ、またね少年よ」

「先輩、俺たち一歳差ですよ」

「でも、私の方が年上」

「まあ、そうですけど」


 なんてどうでもいい会話をポンポンと続ける。

 子気味がよい。マリ先輩のこういうところも一緒にいて心地がいい。


「じゃあ、また」なんて挨拶もせずにマリ先輩は教室に戻っていく。やっと一人になった。

 俺はほっとして、『心陽さんからのメッセージ』を開こうとしたとき、「ねえー!」

 とマリ先輩の声がした。

 大きな声。びくりと肩が弾む。

 見上げると、渡り廊下のところで先輩が声を張り上げてる。


「シャーベットパンのお金払うの忘れた」

「いいですよー」


 どうせ食べかけだったし。


「だめだよー。今、払うねー」


 そういったかと思うと、片足をあげてゆっくりと肩を振りかぶる。

 たぶん野球のピッチャーのモーションだ。

 俺は反射的に身構える。

 すると、先輩は俺のその姿を確認したのかにやりと笑い。

 投げた。


 ブンって音がしそうなくらい、先輩の動きはさっきまでと違い一瞬だった。


 先輩の手から何か銀色の円いものが飛んでくる。

 キラキラしたそれは一瞬太陽の光に重なって眩暈がする。

 だけれど、先輩のコントロールがよかったのか。無事に俺の手のなかにぽすっとその銀色の円いものは収まる。


 五十円玉だった。

 ケチだなあってちょっとだけ笑ったあとに、あることを思い出す。

 俺は小学生の頃に夢中になって読みあさった、ミステリー小説があった。その小説のヒロインが好きな人から五十円玉のネックレスをもらうというなんとも青春胸キュンなのかどうか微妙なほろ苦いプレゼントがでてくるのだ。(本人はよろこんでたけど、というかその五十円玉には特別な価値があるのだ。)

 まだ、ダイヤのネックレスとタイヤのネックレスをまちがえた方が、小説としては軽くていいと思うのだけれど。


 何か言おうとしたとき、マリ先輩はもう渡り廊下にはいなかった。

 五十円玉を握りしめると、ちょっとだけ先輩の温もりを感じるような気がした。

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