第7話 マリ先輩
「やっぱ、つめたくないかー」
マリ先輩は俺の横に座って足をぶらぶらさせながら、ため息をつく。
スカートから伸びる足は白くて、紺のソックスとの対比にはっとする。靴下のワンポイントには水色の糸でプレイボーイのウサギが刺繍されていた。
ちょっとだけたるんだソックスが、マリ先輩の無頓着さとか、特別じゃない感じが少しだけ愛しくなる。ああ、この人は飾ってないんだって。
マリ先輩は同類だ。こんな言い方をするとちょっと親密感が湧くけれど、簡単に言えば、図書委員。俺と同じように適度な雑用と適度なお目こぼしを享受するタイプ。
真面目にみせかけて不真面目。
学校だけで青春が完結するわけじゃなくて、どこかもう一つ別な世界を必要としている。
そんなマリ先輩を見ると安心する。
時々、自分が変じゃないかって思っているから。
どんなに学校の外に世界を求めても、それは単に金魚が水槽の硝子の壁に体当たりしているだけじゃないかって気持ちになる。
水槽は絶対に破れないし、もし破れてもそれは広い海への旅がはじまるのではなくて、単に水の外で息が出来ずに死ぬだけなんじゃないかって。
死ぬのが怖いんじゃない。水槽に体当たりしている姿が他のやつからみてすごく滑稽で笑われているんじゃないかって思うと恥ずかしいんだ。
できるだけ、普通にしているけれど、それは自分が滑稽なことをしているかもしれないことを誰かに気づかれないため。
なんでも軽く普通にこなしているし、無関心なフリをしている。
奇異の目で見られるのが嫌で。
異常と特別は違うんだ。
ときどき勘違いするやつがいるけれど。
中学のときとか小学校のときとか、集団の中には必ずあらわれる。
ほら厨二病で左目が疼くやつとか、小学校にいた幽霊が見える女の子とか。
はっきり言って、黒歴史になること間違いないだろう。
一生そのときの自分の行いを思い出すだけで顔から火が出るほど恥ずかしくなるに違いない。
「あのときは若かった」なんて普通の青春なら片付けられるものが、一生傷としてジクジクと痛み続けるんだ。
考えただけでぞっとする。
だけれど、俺の書こうとしている小説だって同じなんじゃないかって、ふとした瞬間にこわくなる。
そう、誰にも認められない。読まれない。意味の無い無駄で醜いあがきなんじゃないかって。
「ねえ、どこみてるの?」
マリ先輩が俺の顔を下からのぞき込む。
ああ、視線をマリ先輩の靴下に落としたままだった。
足を見てたって思われてるのだろうか。
「い、いや。先輩の足なんて見てないですよっ」
俺は慌てて弁解する。しかし、慌てすぎてて本当に足を凝視していた奴みたいになっている。
「こらっ、あんまりお姉さんをエッチな目で見ちゃだめだゾ」
マリ先輩はちょっとだけふざけてくる。良かった怒ってないみたいだ。だけれど、俺は次のマリ先輩のひとことで背筋を凍らせることになったのだ。
「ねえ、さっき開いてた画面って小説だよね。読ませて」
マリ先輩はまっすぐこちらをみつめて言ったんだ。
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