第6話 シャーベットパン

 今日はなんだかスマホの電池の減りが速い気がする。


 なんか変だ。


 昼休みに図書室のベランダ(ベランダといっても、一階なのでそのまま外にでる前の数歩分のコンクリート部分)に直に座って、購買のパンをかじっているときに気づいた。


 特に裏で動画サイトやゲームを起動させておく暇も無いことを確認する。今日は小テストやら体育で結構忙しくて、授業中や授業の合間の休み時間にろくにスマホを触る時間もなかったのだ。


 夢にみたように、スマホで執筆してみたら上手くいくかもしれないと思ったので、静かになれる場所に来てみた今、やっと気づいたのだ。


「先生~、ちょっとコンセント借りますね~」


 司書の先生に声をかけて、ベランダ用の出入り口に一番近いコンセントに充電器をさす。本当は省エネのために教室なんかで堂々とスマホを充電するのは禁止されているけれど、ここは図書委員の特権。


 面倒くさい雑用もほどほどに受けて、ほどほどにお目こぼししてもらえるのがこの場所だ。他の生徒もあまりいないので、先生もわざわざ注意する必要もない。

 俺は、購買のパンの本日の目玉商品の袋をびりっと破り、文字を入力しながら食べ始めた。



『「それって、シャーベットパン?」


 心陽は、ちょっと屈んだ姿勢のまま小首を傾げてこちらに囁く。

 甘い香りと、人なつこい笑顔。そして、第二ボタンまで空けられたシャツの胸元がまぶしくて目を細める。

 すると、


「すきありっ!」


 そういって、心陽は俺のパンを一口囓った。


「あっ、それ。俺の……」


 俺の囓りかけって言おうとした。

 だって、それってつまり……間接キスってこと。

 なのに、心陽といえば、ほっぺにシャーベットパンのクリームを付けたまま微笑む。


「食べてみたかったの。ごめんね」


 そう言って、ぺろりと舌をだす。

 その舌はシャーベットパンにのっているドレンチェリーよりも紅くて綺麗な色をしていた。


 ここで、「ほっぺにクリームついてるぞ」なんて言って、さりげなく心陽の頬にキスをできれば、妹の持っている少女マンガのように恋が上手くいくかもしれない。


 なのに、俺としたことが、でてきた言葉はシャーベットパンについての解説だけだった。』



 うーん、微妙だ。

 なんというか、なんだろ。もっと自分の中ではほっぺに白いクリームを付けた様子と、紅い舌がエロチックな対比になるはずなのに、ちっともそれが文章を追うだけでは伝わらない。


 清楚なのに、ふとした瞬間にエロくて可愛いヒロイン像が書けてない。何が足りないのだろう。

 白い太もも? スカートのなかにできる影? それとも、ツインテールみたいな髪型にして、それをはずませる描写をしてヒロインを心陽をもっと分かりやすくキャラ付けしたほうがいいのか?

 分からない。


 俺は手元にある、唯一、書いた中で本物がすぐ側にあるシャーベットパンを囓る。

 ふう、疲れた時は甘い物に限る。


 購買の激レア商品。幻のシャーベットパンについて書こうとして調べたら、これってご当地パンらしくてびっくりする。

 そもそも、高校に入るまでシャーベットパンなんて知らなかった。別に“シャーベット”なんていっても冷たいわけでもましてや凍っているわけではない。


 プレーンな円い生地の真ん中に、真っ白なクリーム(生クリームじゃなくてなんか昔のお菓子に使われているどこか口の中で油を感じるクリーム)、そして真ん中に安っぽい苺ジャムがのっているやたらと甘いパンのことである。


 小説ではちょっとお洒落な方がいいなとか、唇の色にイメージを合わせるためにチェリーって響きがいいなと思って少しだけ表現を変えたけれど。


「ねえ、それってシャーベットパン?」


 俺はいきなり後ろから飛んできた声に、無意識に肩がびくっとなる。だって、ここは誰も来ないはず。

 それに、今俺のスマホの画面には、さっき執筆したばかりの出来損ないの小説開きっぱなしになっているのだ。

 なのに、誰かが後ろにいるなんて。


 ここを使うのは俺くらい……いや、もう一人だけ、この場所を指定席にする人がいた。


「驚かさないでくださいよ~マリ先輩!」


 俺はわざとちょっとだけ、何時もより砕けた口調で返事をしながら振り向いた。


 そこにはふわふわの柔らかな髪に苺色の唇に真っ白な肌の美少女と言っても過言ではない人物がちょっと立っていた。唇をとがらせて不機嫌そうなところが、古い海外のポスターみたいでそこがまたコケティッシュだ。


 そんなマリ先輩は、俺の手から食べかけのシャーベットパンをひったくり、一口囓った。


「あっ、全然冷たくない……」


 そう言って笑ったマリ先輩の頬にはクリームがたっぷりと付いていた。

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