第2話 幼馴染に会いにゆく(取材)

 そんな訳で俺の執筆は進まない。


 父さんに無理矢理交渉して、中古のパソコンを手に入れたのに、未だに一話も書けていない。

 それなのに、太陽は無情にも俺の部屋にも降り注ぐ。


 太陽の光がまぶしくて、目を閉じていて黄色や緑のまだら模様がふわふわと瞼のうらに映り込んで気持ちが悪い。

 小説のように俺を起こしにくる幼馴染みはいない。


 俺の幼馴染みと言えば、窓の外を爽やかに走っていた。

 日課のランニングだろう。美少女だからといって、努力を怠らないのが心陽だ。


 子どものころ病弱だった心陽は、勉強も部活も全力を尽くすために中学に入ってから毎朝ランニングをするようになったのだ。

 継続は力なりって言葉がぴったりの美しいフォームで心陽は俺の家の前を駆け抜けた。


 俺が小説に書いたのよりも心陽の脚は綺麗だった。カモシカのようなすらりとして自然のなかを駆け抜けられるしなやかな筋肉のついた脚だった。

 俺は、毎日こうやって見ている心陽の脚さえも満足に文章にできないなんて……そうだ。取材だ!


 もっと、近くに行けばなにか変わるかもしれない。

 俺は、自分の格好をみる。ちょうどいいことに昨夜は寝ていないので部屋着の短パンとジャージだった。スニーカーを履けば、ランニング程度の軽いトレーニングをしていると言い張っても問題ないだろう。


 よしっ、取材だ!!!


 ※※※


 久しぶりのランニングだった。


 すがすがしい天気。空気は澄んで冷たいけれど、その夜の間に冷やされてゼリーみたいになった空気を自分がランニングすることによって切っていくことができるのは楽しい。


 もっと、はやく。もっと早く!

 そう思えば、思うほど脚は勝手に動いて、景色がどんどん後ろに流れていく。

 気分が良かった。


 この調子なら、心陽に追いついてしまうかもしれない。

 そう思ったときのことだった。

 心陽に追いついたのは。

 でも、それは俺が思っていたような展開とは違った。


 俺が想像していたのは、久しぶりに出会った幼馴染。

「偶然だね」なんて言いながら、同じ学校に通っているのだからテストや流行のもの、芸能人なんかの無難な話で盛り上がって、子どものころを思い出すような二人だけの時間をしっかり共有して笑うことだった。


 偶然ランニングしていたら、偶然一緒の時間を過ごした。

 幼い頃の思い出を眺めるような綺麗な気持ちの時間を過ごしたかった。

 だけれど、現実は……、


「や、やめてくださいっ!」


 心陽が大きな声を出していた。

 良く通る声ではあるけれど普段は絶対荒げることのない声とは明らかにトーンが違っていた。


「いいじゃないか、すこしだけ俺たちと遊んでくれよ」


 なぜだか、時代にそぐわない金髪モヒカンが原付バイクには無理矢理マフラー(あの音が出る長い筒の部分のことね)が取り付けてある。


 なんというか頑張り過ぎていて痛い。時代をまちがえているのではないかと、ツッコミをいれたくなる。

 仕方ないので、俺もセオリーに乗っ取った行動をすることにする。


「おまわりさーん。こっち、こっちです!!」


 俺は口の横に手をあてて大げさに手を振り回す。

 気分は魔女の宅急便の飛行機マニアの少年だ。もちろん、俺が助けたいのはパンツ丸見えの箒にのった魔女の女の子ではなく、小さな頃からしっている幼馴染みだけれど。


「ちっ」


 すると暴走族は、舌打ちして逃げていく。

 パラリラ、パラリラ~と先日偶然、妹に付き合って見せられた下妻物語のヤンキーそっくりな音を鳴らしながら。

 どうせならチャルメラか石焼きいもにすればもっと市民から親しまれる存在になれるだろうに。

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