第25話 妹の謀略
メッセージを送って一息つく。深く深く、肺の空気を全て抜く。
既読は付いたが返信はない。当然だろう、困惑しているに決まっている。
「どう? 写真来た?」
両目をキラキラとさせ、ずいっと近付いてくる飛鳥。その顔を押し返して、「まだだ」と不機嫌たっぷりに返す。
「訳を話さないと、向こうも送りずらいだろ。いきなり自撮り送れって、意味わからないし」
「訳って?」
「だから、妹が見たいって言ったからって……まぁ、そんな感じで」
言うと、飛鳥は盛大に息を漏らして、やれやれと肩をすくめた。
「ダメダメ、京にぃ。全然ダメ」
「何がだよ」
「妹が見たいって言ったから? 何それ言い訳じゃん」
「本当のことだろ!?」
「向こうの立場になって考えてみなよ。突然自撮りくれとか言い出して、妹に頼まれたとか言われて、それで信じると思う? 余計に気持ち悪くなるだけだから」
「……その気持ち悪いことをさせてるのはどこのどいつだ」
京介の呪詛で満タンの文句にも負けず、飛鳥は魔女のような邪悪な笑みを浮かべた。ディズニー映画の悪役じみた迫真の笑顔である。
「そこは、僕が見たいからって言うの。そっちのが男らしいでしょ」
「いやダメだろそれは!」
「京にぃだったらどう? 相手から自撮りを要求されて、その人が見たいからって言われるのと、妹に見せたいって言われるの。どっちの方が送りやすい?」
手のひらの上で踊らされているような気がしてならないが、確かにその二択なら前者の方がマシに聞こえてしまう。相手の親族とは言え、見たことも会ったこともない人間に写真を送るのは思うところがある。遠回りな言葉を使わず潔いのもポイントが高い。
「家に招かれて、料理まで作って貰う仲なんでしょ? 自撮りぐらい余裕だって」
「これで向こうの機嫌損ねたら、お前本当に許さないからな……」
綾乃に対し心苦しさを感じながら、ニコニコの飛鳥に見守られ画面をタップした。
◆◇◆◇
自撮り。何度読んでもそう書いてある。
送ること自体は、正直問題ない。彼なら、別に。
ただ今は、風呂上りでタンクトップに短パンとやや露出度の高い恰好をしており、このまま写真を送るのは気が引ける。
何より気になるのは、いきなりそのようなことを言ってきた理由だ。
綾乃の知る京介は、そういうことをいきなり要求する男ではない。誰かに言われて打っているのではないか、と疑ってしまう。
【なんで?】
聞くと、既読はすぐについた。
【顔が見たくなったから】
「…………え、えぇ?」
似合わない台詞に疑念を覚えながらも、照れている自分もいた。口元の緩みが抑えられない。
【本当に藤村? 私の数学のテストの点数言ってみて】
【41点】
本物だ。間違いない。
「すーっ……ふぅ……」
息を整えて気持ちを落ち着け、今一度どうするべきか思案する。
ひとまずパーカーを羽織り、スマホの内カメラでパシャリ。あまり自撮りをしないのも手伝ってイマイチな一枚だ。これでは京介を満足させられない……気がする。
二枚、三枚とシャッターを押してゆく。
写真は撮られ慣れているはずなのに、なぜだか異様に緊張する。表情が硬く笑顔がぎこちない。
これではいけない。ガッカリさせてしまう。
◆◇◆◇
十分経過。
まだ綾乃からは返信がない。
「ねえ、遅くない?」
「……お前があんなことやらせたから、怒ってるんじゃないか」
先ほどから嫌な汗が止まらない。とんでもない失態を犯したのではないかと、頭の中で謝罪までのシミュレーションが何百回と流れる。
親しき中にも礼儀あり。友達として認知され、家に通いご飯を作って貰う関係になっても、踏み越えてはならない一線は存在するはず。それがこれだったのではないか。……背筋にひんやりとしたものを感じながら、ゴクリと唾を呑む。
「あ、来た」
スマホが震え、最初に声を上げたのは飛鳥だった。
送られてきたのは一枚の写真。そこには、温和な笑みを浮かべた綾乃が写っていた。今まで生で見たことのない、おそらく余所行きの笑顔。幼稚な部分を限りなく排した、大人の魅力百パーセントの微笑み。
「え? えっ? いや、え、なにこれ」
「なにこれって……佐々川さんだ。僕の友達の」
「はぁ!? メッチャ美人じゃん! 嘘つかないで!」
「自撮りまで送らせて何が嘘なんだよ!」
飛鳥が困惑するのも理解できる。自分が彼女の立場なら同じことを言うだろう。
しかし、ここまでさせたのだ。信じないはあり得ない。
「んー。じゃあ、本当だと仮定してさ」
「……ああ」
「会わせてよ。その人に」
「いや何でそうなる!」
「京にぃを家に呼ぶ女の子だよ!? しかもこんな美人って! 気になるに決まってるでしょ!!」
凄まじい剣幕で叫ぶ飛鳥に気圧され、京介は喉の奥に待機させていた文句を飲み込んだ。
冷静に頭を捻る。飛鳥の性格を考慮すれば、ここで断ったとしても明日には同じことを言うだろう。それが両親の耳に届けば、より面倒なことになりかねない。
「……じゃあ、一応向こうに確認取るけど、断られたら今後一切このことで騒ぐなよ」
「わかってるよ。そこは弁えてる」
「あと、父さんと母さんには内緒だ。余計なちゃちゃ入れられても嫌だし」
「おやおやぁ? 思春期っぽいねぇ」
「僕は妹を女だと思ってないから普通に殴るぞ」
「喧嘩であたしに勝ったことあったっけ?」
「…………」
情けなさで泣きたくなってきた。
◆◇◆◇
写真を送ってしばらく経つが、既読が付いただけで反応がない。
キメにキメた渾身の笑顔。仕事用スマイルの中でも特に極上のものを何とか捻り出したつもりだが、求めていたものと違ったのだろうか。
もっとセクシーに寄せるべきだった、とか。
その可能性は十分にあり得る。せめてパーカーは要らなかったかもしれない。
胸元を強調して、肩も出して……と、そこまで考えたところで恥ずかしさに襲われ机に突っ伏した。そこまでする勇気はない。
「ひゃっ」
不意の着信に心臓がビクついた。
電話の相手は京介。一度深呼吸して、「もしもし」と通話を開始する。
『さっきはごめん。佐々川さんのこと、うちの妹にバレて。何か顔写真見せろとか、色々言われて』
「あっ。い、妹さんに?」
聞き返すと、すぐそばから『飛鳥っていいます!』と元気な声が聞こえてきた。
彼の妹とは思えないほどハキハキとしており、一瞬本当に妹かと疑ってしまったがここで嘘をつくメリットはどこにもない。
『何かこいつ、佐々川さんに会ってみたいらしいんだけど。明日とか大丈夫? 勉強する時、ちょっと邪魔だと思うけど』
その申し訳なさそうな声から察するに、京介本人はまったく乗り気ではないことがうかがえる。
『断ってくれていいし。てか、断ってくれた方がいいかなって――』
「いいよ。私も飛鳥ちゃんに会ってみたい」
京介の妹ということは、彼と過ごした時間が両親の次に長いということだ。昔の彼をさぞ知っていることだろう。色々な思い出話を蓄えているに違いない。
こちらが浮ついているのとは反対に、電話口から彼の重々しいため息が垂れてきた。心の中でごめんねと謝りながら、綾乃は「おやすみ」と伝えて通話を切った。
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