第24話 自撮り
中間テストまでの期間、京介はほぼ毎日綾乃の家に通い勉強に付き合っていた。
結果、完璧には至らなかったものの、辛うじてマシなレベルまでに快復。テストは全教科赤点を回避し、文系科目に関してはどれも平均を上回っていた。
京介はクラスで四位と上々の戦績。
綾乃に間違ったことは教えられないと、普段の倍以上精力的に勉強したことが功を奏した。
一位は沙夜。見た目通りというか、妙に納得のいく順位だ。聞くと、中学の頃から成績上位者だったという。
ちなみに、琥太郎はクラスで最下位だったらしい。こちらも頷ける結果だが、留年しないか心配になる。
「あっ。おかえり京にぃ」
時刻は午後九時過ぎ。
玄関を開けて廊下に上がると、風呂に入ったばかりなのかセミロングの黒髪をしっとりと濡らす妹の飛鳥に出くわした。「ただいま」と一緒にリビングに入り、京介はソファへ、飛鳥は冷凍庫を開けアイスを取り出す。
「父さんと母さんは?」
「隣のうちで赤ちゃんが生まれて、見に来ないかって言われたんだって。さっき出てった」
「ふーん、そっか」
周囲に同年代の子がいないため京介はあまり関わっていないが、両親は近所付き合いを上手くやっている。今頃隣の家の若夫婦に、自分や飛鳥が赤ん坊の頃の話をベラベラと垂れ流しているのだろう。
「てか京にぃ、最近全然うちでご飯食べないよね。思春期ってやつ?」
ダイニングテーブルに着いた飛鳥が、小馬鹿にしたような笑みを浮かべ言った。それを尻目に、京介はふんと鼻息を鳴らし前のテレビに視線を移す。
「友達に勉強教えてて、それのお礼に作って貰ってるんだよ」
「でも、テストってもう終わってるでしょ? まだやるの?」
そう、中間テスト後も京介は綾乃の家に通っていた。
週に少なくとも一回、多い時で四回。綾乃の仕事がなく、京介のスケジュールも空いている日は、決まってこの時間まで彼女の家に入り浸っている。
「向こうに頼まれてるから、仕方なくな。お前も勉強しないと高校行けないぞ」
「あたし、京にぃと違って要領だけはいいからご心配なく」
「……頭下げたって助けてやらないからな」
だが実際、飛鳥は要領がとてもいい。
友達は多く、先生との関係も良好。決して性格がいいわけではないが他人から好かれやすく、何をやらせても適度にこなしてしまう。ある意味、京介は真反対だ。
「でも、その友達? ってどんな人なの」
「何でお前がそんなこと気にするんだよ……」
「そりゃ気になるでしょ。京にぃ、今回のテストでクラス四位だったんでしょ。それを知った上で勉強教わるならわかるけど、その人、京にぃの成績とか全然知らない時からお願いしてるよね」
「……あ、あぁ」
「で、しかもご飯までご馳走してくれる。週に何度も。京にぃなんかに」
「なんかって何だよ。なんかって」
「まあ、京にぃって女の子に見えないこともないから、その男子に好かれてるってとこかな」
「相手が男って決めつけるな」
ぼーっとテレビを眺めながら返答していた京介。
しかし、鎌をかけられたことに気づき勢いよく振り返った。飛鳥は玩具を見つけたような笑みを浮かべ、サササッと音も立てず距離を詰め隣に座る。
「もしかして彼女? 京にぃが!? どんな人!! ねぇ、どんな人!?」
「あー! うるさい! 彼女じゃないし!」
「嘘ウソうそ!! 絶対に彼女でしょ! いーじゃん減るもんじゃないし! 写真とか見せてよ!」
「だからうるさいって! 耳がキンキンするだろ!!」
中学二年生。意味もなくはしゃぎたい盛り。京介にそんな時期はなかったが、飛鳥がこうも騒ぐのも理解のしようはある。
だが、この騒がしさは勘弁できない。鼓膜がはち切れそうだ。
「じゃあ、静かにするから写真見せて」
「……写真なんか持ってないし、てか彼女じゃない」
睨みつけながら放った言葉に、飛鳥は酷く不機嫌そうに舌打ちで返した。
「だったら自撮り送ってもらいなよ。それで信じてあげるから」
「何でお前に信じて貰わなくちゃいけないんだ」
「あたしの口の軽さ知らないでしょ。パパとママにもご近所さんにも京にぃの元担任の先生にも、京にぃがおかしくなって居もしない友達と遊んでるって言いふらすから」
「お前本当いい性格してるよな」
「褒めないでよー」
「大体、それじゃ仮に自撮り送ってもらったところで、そのこと言いふらすんじゃないのか」
「京にぃが秘密にしたいって言うなら従うよ。そこまで鬼じゃないし。ほらあたし、ブラコンだからお兄ちゃんの言うこと絶対聞くし」
「ブラコンな奴はそんな脅し方しないんだよ」
京介は今日一番のため息を漏らして頭を掻いた。
お兄ちゃんがおかしくなった、と飛鳥が言いふらした時のことを想像する。素直ないい子で通っている飛鳥の発言なら、鵜呑みにはしなくとも半分くらいは信じてしまうだろう。そうなった場合、とても面倒なことになりかねない。
「……自撮り送って貰えたら黙ってくれよ」
「うん! 黙る黙る!」
「でも、向こうの都合で撮れないとかもあるから――」
「その時は言いふらす」
「何でだよ!!」
無慈悲で傍若無人な妹の言動に頭痛を覚えながらも、ポケットからスマホを取り出しメッセージアプリを開く。
どうお願いしたものか。トーク画面を見つめて、今日二度目のため息を吐き捨てた。
◆◇◆◇
六月中旬。空はすっかり梅雨入りを果たし、夜闇を含んだ濃紺の雲からパラパラと雨が垂れている。
寝室の勉強机に座りながら窓の外を一瞥して、すぐに手元の本へ視線を戻した。仕事先のメイクさんから聞いた、参考になるメイクの教本。京介を可愛くするための研究は終わっていない。
(料理も勉強しないとなぁ。色々食べて欲しいし)
何事も形から入るタイプ。机の脇の小さな本棚には、既に新品のレシピ本が並んでいる。
美容のために退屈な食事を続けるのは嫌だと思い覚えた料理だが、まさかこういうところで役に立つとは思わなかった。美味しいと言ってくれるのは、心の底から嬉しい。
ただ問題なのは、彼と一緒になってバクバクと食べ続けた結果、最近少しだけ体重が増えてしまったことだ。つられないよう自制しないとやばいかもしれない。
「ん?」
ピロン、と通知音。京介からだ。
【ごめん。かなり変なお願いだと思うんだけど】
文面から滲み出る、申し訳ないという気持ち。
【今、自撮り送ってもらったりできる?】
そのみょうちきりんな一文に、ぶふぉっと思わず噴き出した。
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