第20話 すごいプレゼント
……面倒なことになってしまった。
そのメッセージが来たのは昨晩のことだ。
寝る前に綾乃と他愛もない雑談を交わすのが、最近では習慣になっていた。あのテレビが面白かったとか、道で見かけた野良猫が可愛かったとか、意味のないスタンプの送り合いをしていると、彼女は不意に一枚の写真をあげた。
【沙夜ちゃんに貰った! 誕生日プレゼントだって!】
喜ぶ犬のスタンプと共に貼られたその化粧品は、あの百貨店で購入したものに間違いなかった。
真っ先に脳みそを巡ったのは、いつの間に仲良くなったのだろう、という驚きだった。
イヤリングの一件で何らかの接触はあると確信していたが、どうやら京介の知らないところで関係性の構築が完了したらしい。
直接話したら死ぬだの何だのと言っていたが、当然ながら死んではいない。
まあ、それは別にいい。沙夜が憧れの人物と仲良くなれたことは、とても喜ばしいことだ。
問題なのは、
【沙夜ちゃんが、藤村もすごいプレゼント用意してるって言ってたから、楽しみにしてるね!】
沙夜がサプライズをバラした上に、凄まじくハードルを上げたことである。
中間テストが目前に迫っているのもあり、授業はあまり進まずほぼ自習のような流れで、部活動も休止期間に入っていた。
今日全ての授業が終了すると、遊びに行こうとか、勉強会をしようとか、色とりどりの声が室内に充満した。普段部活があり時間が合わない友達とも、この期間だけは気兼ねなく遊ぶことができる。勉強自体もまだそれほど難しいわけではないため、気が抜けているのもあるだろう。
京介はつい昨日まで予習復習に精を出し、怠惰な毎日なのだからテストくらいはちゃんと、と思っていたが、今はそれどころではなかった。
綾乃の誕生日まで、残り一日。
昼休み後に仕事で早退した彼女の席を一瞥して嘆息を漏らす。
沙夜が口走ってしまった、すごいプレゼント、という言葉が頭から離れない。
「あ、あのぉー……」
帰り支度を済ませた沙夜が、猛獣の機嫌を伺うような苦い笑みを浮かべ、そーっと京介に近寄って来た。ジロリと睨むと、京介に迫力がないせいで怖がられこそしなかったものの、口角を上げたまま額に汗を滲ませる。
「ち、違うんです。聞いてください」
「……ああ」
「わたし、綾乃ちゃんと仲良くなれたんです」
「そりゃあ、よかったな」
「で、その、直接プレゼントを渡したくって」
「うん」
「その時、百貨店でのことを聞かれたんですよ。何か綾乃ちゃん、わたしたちのこと見てたらしくて」
「それで?」
「藤村と一緒にプレゼント買ったのって聞かれたので、わたしは頷きました」
「……」
そこだ。そこがおかしい。
京介の訝し気な表情に言いたいことを察したらしく、「だって!」と沙夜は机に乗り出す。
「綾乃ちゃんに嘘をつけっていうんですか!?」
普段授業中以外では喋らない沙夜が大声を出したからだろう。周囲からの視線が突き刺さり、沙夜は気まずそうに咳払いをする。
「……バラしたならバラしたでいいんだよ」
サプライズという案を出したのは琥太郎だ。京介はそれに賛同したが、積極的にやりたかったわけではない。プレゼントを渡すと告知しても、綾乃は喜んで受け取ってくれるだろう。
「何だよ、すごいプレゼントって。僕は聞いてないぞ」
「……それは、その、リップサービスというか。藤村さんからのプレゼントに、とても期待していたようなので……」
もごもごと口ごもり、数秒間の沈黙を経て、「ほんと、ごめんなさい」と頭を下げた。
京介は別に、怒っているわけではなかった。心から憧憬した相手と話して気持ちが舞い上がり、思考能力が機能しなかったのだろう。それはもう仕方がない。
この感情は、単純に焦りだ。
チョコレートを渡しても喜ぶとは思うが、すごい、には該当しないだろう。肩透かしを食らわせ、ガッカリさせてしまうのは想像に難くない。
「おい沙夜、早く帰ろーぜ」
教室の開きっぱなしの扉から、ぬっと琥太郎が現れた。
久々に見た彼は、腕以外の怪我はすっかり治っており、沙夜との関係も通常時に戻っているようだ。琥太郎は、京介と沙夜が話し込んでいるのを見るなり、「どした?」と教室に入って来た。
「それが……」
沙夜の口から語られたことの顛末に、琥太郎は適当な席についてふむふむと相槌を打った。
全て聞き終えるなり、琥太郎は「なるほど」と京介に視線を配り、
「俺の出番だな」
その自信はどこから湧いて来るのか、ニヤリと勝利を確信した軍師の如く笑う。その表情に、二人は冷ややかな風を送る。
「おいおい。俺はこれまで、沙夜にどでかいプレゼントを渡しまくってるんだぜ」
「その大半がわたしを怒らせてますけどね」
「だったら、頼る相手は決まってるよな」
「わたしの話聞いてます?」
「俺以外にねえだろ」
「サナダムシの方がまだマシだと思いますよ」
まったく話を聞かない琥太郎と、絶対にアドバイスをさせまいとする沙夜の攻防を傍目に、イチャイチャは家でやれと京介は呆れた笑いを漏らした。
確かに琥太郎のアドバイスはまったくあてにならないような気はするが、今はとにかく情報が欲しい。
「東條ならどうする? 僕の立場で、佐々川さんにすごいプレゼントを渡すとしたら」
「まあ、無難なとこは手作りケーキとかじゃねえか。誕生日だし、スペシャルな感じするだろ」
思いのほかまともな発言に沙夜はやや動揺しながら、やるじゃねえかお前と言いたげな目で琥太郎を見た。京介も正直まるで信頼していなかったため、その真っ当な案を一拍置いて理解する。
「でも、僕、ケーキなんか作れないぞ。設備もないし」
「炊飯器とかでもできないことはないですが、一朝一夕で美味しいものを作るのは難しいですね」
「んなもん気持ちがこもってりゃ十分だろ。下手でもよぉ」
「……それはそうですけど、美味しくもないお菓子を食べるのって大変ですよ。しかも綾乃ちゃんは、普段から食事制限とかしてるのに」
「んー、そりゃそうか」
そもそも、美容にも体系維持にもいいからとダークチョコレートを購入したのだ。ここで素人丸出しのカロリー爆弾を贈るのは、京介としては気が引ける。
「ぶっちゃけ、金をかければどうとでもなるような気はするが。そこんとこどうなんだよ、フジ」
「……まだバイトも見つかってないし、二千円くらいなら何とかなるけど……」
「綾乃ちゃんが心配するんじゃないですか? 高価なものとかって」
「じゃあ、金がかからなくて、確実に喜びそうで、スペシャルなもの、ってことか」
狭まる条件に、一同は眉間にしわを作って頭を捻った。
「詞島さんはさ……その三つの条件で、東條から何か貰うとしたら何がいい?」
「琥太郎君からですか? うーん……旅行券とか?」
「俺と一緒にどっか行きたいってことか?」
「一人でゆっくり温泉旅とか憧れますよね」
「俺は?」
「いやその前に、お金かかるから、それ……」
冗談ですと言うように咳払いして、チラリと琥太郎を一瞥した。その視線の意図がわからず、琥太郎は怪訝そうに首を傾げる。
「髪の色を戻して欲しいです。その目に悪い金髪から、元の黒に」
「えっ。でも、これはお前が」
「もういいでしょ、それ。いつまでやってるんですか」
琥太郎は何か言いかけるも、沙夜に言葉を被せられ口を閉じた。釈然としない表情で前髪を弄り、「結構気に入ってるんだけどな」と弱々しく呟く。
「……えっと、プレゼントですけど、ものにこだわる必要はないのかなと。肩たたき券とか、ああいう感じで」
「なるほどな。東條は、詞島さんから貰うとしたら何が欲しい? さっきの条件の中で」
「そりゃあ、フジ、あれだろ。あれに決まってる」
ふふんと得意気に鼻を鳴らして、
「沙夜が欲しい」
「土に還ってください」
渾身のキメ顔に、沙夜はつららの如き眼光を送った。「ふざけないでくださいよ」と先ほどの自分を棚に上げる沙夜に、琥太郎はむしろ誇らしげにガハガハと笑う。
その二人のやり取りを見ながら、京介はそっと視線を伏して唇を開いた。
「……僕をあげるってのは、ありだな」
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