小話 妹の名推理

 藤村飛鳥には、京介という二つ上の兄がいる。


 兄妹仲はどちらかというと良好な方だと思うが、周りの兄妹事情についてあまり詳しくないためよくわからない。ただ、雑談くらいはするし、漫画の貸し借りもよくやっている。


 そんな兄への印象を一言で済ませるなら、冴えない男、である。


 小学校から中学校にかけて、学校で何か活躍をしたという話を一度も聞かないし、スポーツや勉強で抜きん出たこともない。中学生の頃、とても仲のいい女の子がいたけれど、その人が転校してからは一切連絡も取っていないようだ。浮ついた関係ではなかったのだろう。


 草食系というか、イマドキというか。

 ガツガツとしたナンパ男よりはマシだが、それにしても限度がある。高校生なのだから彼女の一人くらい作れ、と言ってやりたいが、あの兄にそこまで求めるのは酷だろう。


 ……と、思っていた矢先。


 京介は飛鳥と交代で風呂に入っており、風呂あがりの飛鳥はテーブルに着いてアイスを食べていた。

 ブーッと、テーブルの上に放置されたスマホが震える。京介のものだ。

 飛鳥に他人の携帯を盗み見る趣味はないが、しかしすぐそばでバイブすれば無意識に目が行く。画面に映されていたのは、【あやの】という相手からのメッセージだった。


【また時間あるときに、うちで映画みようね】

【おやすみ】


 一瞬、口に含んだアイスから甘味が消失した。それほどの衝撃だった。

 あやの、ということは、相手は異性で間違いないだろう。また、うちで、と使う以上、京介は既にその子の家に行っていると考えて間違いない。


(え……? 京にぃが? 嘘でしょ?)


 まだ高校生活が始まって一か月弱しか経っていない。

 この短期間で、女子に唾を付けたということか。あの兄が、あのちんちくりんで軟弱で挙動不審な兄が。絶対にそれはおかしい。


 あやの、という名前の男子ではないか。

 葵や心、楓や渚。中性的な名前は世の中にいくらでも存在する。陰キャな兄でも、同性の友達くらいはできるだろう。


(……いや、無いな)


 ふぅむと唸りながら、ゆっくりと首を横に振った。あやのは流石に女の子の名前だ。


(女の子のフリしてる男友達ができた、とか?)


 少し考えて、それこそあり得ないと息をつく。

 そんな面白おかしい友人が、うちの兄に出来るわけがない。


 仮に本当に正真正銘女の子の友達だとして、京介のどこがよくて家にまで入れたのだろう。


 贔屓目に見ても、京介はイケメンではない。

 身長も相まって中性的な外見だが、悪く言えば弱っちくなよなよしい。家族以外には声量が若干落ちるし、あまり目も合わせないし、面白いことも言えないだろう。


 いいところがないわけではない。

 昔から他人のことを考えて、考え過ぎて、それで勝手に辛くなるようなタイプだ。不器用と言ってしまえばそれまでだが、他人の悲しいも苦しいも理解できる優しい人間ともいえる。


 しかし、それくらいだ。

 その程度で家に入れてしまうのだろうか。飛鳥の感覚ならあり得ない。


(異性として、認識されてない……?)


 これはあり得る。十二分にあり得る。

 京介の中学時代にいた異性の友達がそうだ。はたから見ていて、彼女と兄の関係は飼い主とペットだった。……なるほど、京介は新たな飼い主を見つけたのか。


「あ、京にぃ」


 風呂を終えた京介が、リビングに戻ってきた。呼ぶと、タオルで頭を軽く拭きながら「ん?」と席に着く。


「犬として終わる高校生活も、悪くないかもよ」

「何の話だ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る