第10話 常識とは

 映画を二本借り、途中コンビニで各々ドリンクを購入し、綾乃の家へ向かった。


 またしても女子の部屋にあがる。緊張していないと言えば嘘になるが、実際思ったほどではなかった。風呂を使わせてもらい、お古の服まで借りているため、耐性が付いたのだろう。


「佐々川さんって、ここに住み始めて長いのか?」


 リビングに通されソファに座った京介は、上着を寝室へと持っていく綾乃を尻目に尋ねた。

 質問に特別な意図はない。ただ、高校生になってから住み始めたにしては、玄関にしてもリビングにしても生活感があった。たかだか一週間、二週間程度では、こうもならないだろう。


「中学三年生の春過ぎから住んでるから、そろそろ一年になるかな。親とちょっとあってね。一人暮らしの方がいいんじゃないかって、親戚の人たちにすすめられてさ」


 開けっ放しの寝室から聞こえてきた声に、京介は「そうか」とあえて興味なさげに返した。

 家庭内のいざこざ絡みなら、あまり触れるべきではないだろう。向こうも話したいとは限らないし、仮に話されても受け止められるかわからない。


「藤村ってどんなとこ住んでるの?」


 寝室から出てきた綾乃は、長い髪をシュシュでひとまとめにしていた。大人びた印象の中に清涼感がプラスされ、先ほどとは少し違った魅力を身に纏う。

 京介が見惚れている間に、綾乃はその足でキッチンへと向かい、ガサゴソと何やら忙しそうにし始めた。「聞いてる?」という声に、京介の意識は息を吹き返す。


「普通の一軒家だよ。どこにでもある感じの」

「兄弟は?」

「妹が一人いるけど」

「いいなぁ。うち一人っ子だから」

「バカだし、騒がしいし、いいもんじゃないぞ」

「藤村より小さいの?」

「うるさい」


 その質問への回答はイエスでもノーでもない。身長がまったく同じなのだから答えようがない。しかし、それを口にすれば弄られることは必至だろう。


「でも、正直羨ましいよ。藤村くらいの身長って」

「僕が短気だったら、今怒り狂ってたぞ」

「いや嫌味じゃなくって。やっぱり、変に大人に見られたりするのプレッシャーだし。私も頭とか撫でられたり、甘えたいなって思うことあるしね」


 やや真剣みのある声音に、京介の中で吹きこぼれそうだった嫉妬という名の熱湯は、すーっとその温度を落としていった。


(それは……まあ、そうか……)


 こうして話せば彼女が年相応に、というか年齢よりも若干幼い性格だとわかるが、黙って真剣な顔をしていたら大学生以上にしか見えない。

 まして、今日のようなファッションだと余計に大人びて見える。彼女自身、自分に可愛い系がそぐわないと判断しての服装だろう。体つきのせいで衣服に制限が生じるのは素直に可哀そうだと思う。


「だから、藤村に似合う服を着せてあげたいわけ。ロリータ系とか」

「おい。話が明後日の方向にぶっ飛んでないか」

「絶対に似合うって。中性的な顔してるし、肌も綺麗だし。大丈夫、私がメイクしてあげるから!」

「大丈夫の意味を辞書で調べてこい」


 語気を強めて自信満々に言う綾乃に対し、京介は間髪入れずにそう返した。

 ロリータ系といえば、フリフリでふわふわな可愛い服の代表格だ。そのような服に袖を通してにっこりと笑う自分が脳裏を過ぎり、胸中に形容しがたい気持ち悪さが渦巻く。


「よーし、できたっ」


 と、キッチンから声がした。

 カウンタータイプなため、顔は見えても手元が確認できない。「何ができたんだ?」と尋ねると、綾乃はにんまりと笑う。


「こういうのは、雰囲気作りが大切なのだよ」


 得意げに言いながらひょいっと持ち上げたのは、映画館やテーマパークでよく見られるタイプのドリンク容器だった。大きな紙コップに半透明のプラスチックで蓋をし、ストローをさして飲むアレ。買ってきたドリンクを氷と共に何かに入れたらしく、小さく振ればガラガラと音がする。


「もちろん、ポップコーンもあるよ!」


 ふふんと鼻高々に、これまた映画館等でよく見るタイプの紙容器に盛られたポップコーンを見せつけた。


「そんなのまで買って、普段一人で映画観てるのか……?」

「一人じゃここまでしないよ。友達が来たら、一緒に映画館ごっこしようと思っててさ」


 「運ぶの手伝って」と綾乃に促され、京介はやれやれと腰を上げた。「友達か」と小さく呟いて、後頭部をポリポリと掻く。

 ドリンクを二つ受け取ってソファに戻りテーブルに置いた。彼女も隣に腰を下ろし、ピッとリモコンで照明を常夜灯に切り替える。


「どっちから観る?」


 ポップコーンを何粒か頬張りながら、綾乃は二枚のDVDをテーブルに並べた。薄闇の中、油分を帯びて僅かな光を反射する唇に、京介は一瞬目を奪われる。


「僕はどっちでもいいけど」

「じゃあ、ホラーにしよっか。気になってたし」


 テレビ台の扉を開けて、DVDを再生プレイヤーにセットした。「始まるぞぉ」と今からオモチャの封を切る子供のような表情で、どかっとソファに座り直す。


「ねえ、せっかくだしゲームしようよ」


 いかにもなB級映画の予告編の映像が、ピカピカと壁や天井を照らす。綾乃は画面に顔を向けたまま、瞳だけをすっと隣に流す。


「ゲーム?」

「先に悲鳴あげた方が、もう一人の言うこと何でも聞く。どう、面白くない?」

「何でもって……」

「あっ。じょ、常識の範囲でね! 常識の範囲だから!」


 何を想像したのか、綾乃は慌てた様子で同じことを繰り返した。

 ふむ、と京介は目を細める。向こうが声をあげるだけで、自分以外の誰かと遊びに行くよう指示できるなら、悪くない提案かもしれない。


「いいぞ。やっても」

「やった! 私が勝ったら、藤村を着せ替え人形にするから」

「常識どこ行った」


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