第8話 休日の過ごし方
土曜日の駅前。
普段よりも人通りが多く、家族連れやカップルが目の前を流れてゆく。
京介は壁に背を預け、スマホで時刻を確認した。午後一時二十分、約束の時間を二十分もオーバーしている。
「自分から誘っといて遅れるなよ……」
小さく文句を吐き捨てながらも、身体は緊張を隠せずそわそわと揺れている。
一昨日のことだ。久しぶりに登校した綾乃から、土曜日に遊ぼうと誘われた。午後一時に駅前集合、何をするのかは当日まで秘密だという。
女子と二人で過ごすのは初めてだ。
何を着ていくか迷いに迷い、だがそもそも服をそこまで持っていないことに気づいて、黒を基調としたTシャツに黒いスキニーパンツと慣れ親しんだ真っ黒スタイルで家を出た。
今思うと、あえてダサい恰好をするべきだった。綾乃がそれを見て引いてくれれば、勝手に離れて行くだろう。思春期に侵され一人盛り上がっていた今朝の自分に言ってやりたい。
(あっ……)
見知った顔の女子二人が、同じく見知った男子二人と共に駅に入って行くのが見えた。
男子の方の名前は覚えていないが、確か同じクラスだったと思う。女子の方は千沙と薫子だ。
沙夜が怒りを爆発させたあの一件以降、京介が知る限り二人は綾乃と仲良くしていない。挨拶や軽い雑談はしているようだが、他にグループを形成してその中で過ごしている。
結局彼女らは、気持ちよく叩ける相手が欲しかっただけなのだろう。陰口を吐くたびに委員長に怒鳴られては鬱憤も溜まるし、悪いことを悪いと言われたら嫌でも罪悪感を認識してしまう。それなら距離を取ろうという心理は、最低だが理解できないこともない。
この結果が綾乃にとって望ましいものだったかは知らないが、京介個人としては、あの日の沙夜に感謝している。彼女が的外れに悪く言われるのは無性に腹が立つからだ。
故に、今日この場に立つのは自分ではなく、沙夜が適任なのではないかと思わずにはいられなかった。あの功労者を差し置いて、どうしてここにいるのかと。
「ごめん! 遅くなっちゃった!」
カッカッという鋭い足音。伏せた瞳を上げると、まず柔らかなグレーのパンプスが目に入った。長く細い足を更に強調する紺のハイウエストデニム、年齢不相応の胸部を見せつけるような半袖のリブニットを着込み、麻色のテーラードジャケットを肩掛けしている。
「ど、どうしたの?」
アイロンでアレンジした、外巻きカールの黒髪がふわりと揺れた。
「あ、あぁ。うん、大丈夫」
京介は緩む口元を隠すように顔を逸らした。
言えない。言えるわけがない。
綺麗だとか、美しいとか、ありきたりな言葉が脳を占拠した。遅いぞと言ってやるつもりだったが、そんなことがどうでもよくなるほど、彼女の美貌には異様な説得力があった。制服を着ていても綺麗だし、あの雨の日に見た適当な部屋着も似合っていたが、これは別格である。
「それより、何かあったのか? 用事とか、そういうの」
「ううん。ちょっと探し物。これが見つからなくて」
右耳に触れると、ガラス細工のイヤリングが光を乱反射して自己主張した。
「お気に入りなんだ」
ふふっ、と頬に朱色の花を咲かして、その場でくるりと回った。毛先が京介の鼻を掠め、ふわりとシャンプーの香りを鼻腔に残す。
「どう?」
見た目とは真反対な幼い笑みを浮かべて、自信ありげに首を傾げる。
似合うか否かを問いて答えは決まっていた。だが、京介は赤くなった顔を晒すばかりで、唇は言葉を紡がず開閉を繰り返す。
「似合わない?」
「そ、そんなことない!」
綾乃が不安げに眉を寄せたため、反射的にそう返してしまった。その上擦った声に、綾乃はくすくすと笑う。
そんな二人のやり取りを見ていたカップルが、懐かしいものを見るような目を向けてきた。京介は生まれて初めて、穴があったら入りたい、という言葉の意味を理解する。
「……あの、勘弁してもらっていいですか」
「よかろう」
今にも火を噴きそうな顔を覆い隠し、京介はか細く訴えた。綾乃は満足したらしく、ぽんぽんと京介の頭を優しく叩く。
これが陽キャのスタンダードなのか、と京介は肝を冷やした。顔は熱いし腹の中は冷たいしで、温度差でどうにかなりそうだ。
「藤村は……うん、何か藤村っぽいね」
「褒めてるのか?」
「今度、もっと似合うの選んであげる」
「ほっといてくれ」
「約束ね」
「……え、いや……」
あの日のように、小指を差し出す綾乃。
京介はあちこち視線を泳がせ、パシッと軽くその手を振り払う。もうこれ以上困らせないでくれ、と綾乃を睨む。彼女は鈴が鳴るように、コロコロと笑っていた。
「それで、今日はどこまで行くんだ?」
どこかへ遊びに行こう、と事前に聞いていた。駅前に集合ということは、電車に乗って遠出するのだろう。
四駅も跨げばここよりずっと賑やかな街に出るし、更に行けばオタクストリートやラーメン激戦区などのサブカル特化な街がある。遊ぶ場所には事欠かない。
「あそこ」
と、綾乃は指を差した。駅の向かい側の方向を。
指し示す方へ視線を向けると、そこにはレンタルビデオショップがあった。
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