第7章ー1 本音で話してほしい
翌日。
金森は保健室にいた。
本来なら体育祭の通し練習の日なのだが、仮病を使って抜け出してきたのだ。
窓の外では、バラバラと雨が降っている。
今頃体育館の中では、全校生徒が勢ぞろいして行進やら選手宣誓やらを行っているのだろう。
廊下から響いてくる足音や声を聞きながら、逸見が鼻を鳴らした。
「今、あの中で一体どれだけが『自分の意志』で動いているのかね」
「体育祭なんてそんなもんですよ」
「そんなもんか。話は変わるが、朝霧は今日も出席しなかったんだったか?」
逸見に問われ、金森は顔を伏せる。
結局、今日も晃と顔を合わせずにここまで来てしまった。
一応、登校する前に晃の家に寄ってみたりはしたのだが、叔母を通して今日も休むと言われただけだった。
「そうか。まあ、あいつが何を考えているかは、正直俺にも分からない。だがもしあいつを止められるとしたら、金森、お前しかいないんだ」
逸見にそう言われ、金森はぼんやりと自分の手を見つめる。
そんなことができるだろうか。
いまだに不安の方が大きく、これからどうなるかもさっぱりわからない。
「にしても、どうやって王国に入ればいいんでしょう。僕がが持っているチケットは、完全に無効の状態ですよ」
金森は何度か自分が持つチケットを使用して、王国に戻ろうと試みたことがあった。
しかし何度枕の下に挟んで眠っても、王国へ行くことはできなかった。
それは、逸見が今まで抜き取ってきたものも同じことのようだった。
逸見は少し難しそうな顔をすると、引き出しを開けて何かを取り出した。
その手には、ボロボロになった一枚のチケットが握られていた。
「これは……」
「俺が昔使っていたチケットだ。朝霧の支配は受けていない頃のものだから、たぶん入れる」
その話を聞いて、金森は納得した。
今まで逸見が王国内に自由に出入りできていたのは、これのおかげだったのだ。
「いいんですか?大事なものなんじゃ」
「俺が行くより、お前が行ったほうがいいに決まってる。先生だって、きっとそう言うだろう」
金森はおそるおそるチケットを受け取る。
チケットはくしゃくしゃで、ところどころに水濡れのようなシミがあった。
表にはボールペンらしきやわらかな字で「建国者№3 ×××き黒の剣士」と書かれている。
しかし「×××」という部分は、マジックか何かで乱暴に塗りつぶされていた。
チケットを枕の下に置くと、逸見が申し訳なさそうな声でつぶやく。
「すまないな。一人で行かせることになって」
「僕は大丈夫です。先生はどうするんですか」
「俺は俺にできることをしよう。気張って行けよ」
「はい。先生も無茶をしないでくださいよ。では、行ってきます」
なるたけ明るい調子で返事をし、金森はベッドにもぐりこむ。
行ってきますの後に眠るというのも、考えてみればなかなかシュールな光景だろう。
そう考えたりもしたが、そんな風に感じられるだけ、まだ余裕がある。
高鳴る鼓動で目がさえるのを抑え込むように、金森は強く目をつむる。
しばらくの間は、時計の進むカチコチという音だけが耳に響いていた。
しかしそうこうしているうちに、やがて意識ががくんと落ちていくのを、感じた。
頬にひんやりとした感触を感じ、金森はガバリと体を起こす。
頭上には、青空と石造りの建物。
自分の体を見下ろしてみると、服装がベージュのベストとパンツに変わっている。
どうやら、何とか王国の街の中に入り込むことができたらしい。
金森……アムレットは、周囲に顔見知りがいないことを確認しながら、そろそろと歩き出した。
まずは、晃……モーントに会わなければいけない。
もし彼が王国にいるのなら、きっとギルドにいるはずだ。
今自分がいるのは、以前『裂け目』に落ちた裏路地のようだ。
しかし、ただでさえ人気のない通りは、今や人っ子一人いない。
いくらなんでもそんなことがあるだろうか、とアムレットは一人首をかしげる。
その時、頭上で急に爆発音のようなものが鳴り響いた。
すわ見つかったのかと思い、反射的に体を伏せる。
だが爆発音は、自分の動きとは関係なく、ぽん、ぽん、と断続的に鳴り響いている。
空を見上げると、西の方向に花火のようなものが打ち上げられているのが見えた。
こんな時に、一体なんだというのだろう。
アムレットは手近にあった窓からカーテンを破り取り、顔を覆って音のするほうへと向かった。
音は、街の中心部に近づくほど大きくなっていくようだった。
そちらへ行くほどに、通りを歩く人も多くなっていく。
どうやら皆、ある場所を目指して進んでいるらしい。
しばらく進むと、いつもなら市場が開かれている中心広場に、黒山の人だかりができていた。
いやな胸騒ぎを覚え、アムレットは人込みをかき分けながら広場の中心を目指す。
すると、噴水の近くにやぐらのようなものが組まれているのが見えた。
その上には、覆面をかぶった憲兵と、巨大なギロチン台が置かれている。
周囲の人々は、そのギロチンを一様に興奮した様子で眺めているようだった。
アムレットは近くにいた人間に声を掛け、これから何が始まるのかを聞いた。
すると、相手はニヤニヤと笑いながら答えてくる。
「知らないでここまで来たのか、あんた。今から、あの魔王の残党どもを処刑すんだよ」
「処刑!?そんなこと、今までやったことなかったじゃないか」
「そうだな。だから皆こうして見に来てるんだろ。生のモンスターなんて、冒険者でもなきゃなかなかお目にかかれない。お星さま育てごっこも飽きたし、いい加減みんな刺激に飢えてるんだよ。お、そろそろ始まるみたいだぜ」
そう言って相手がやぐらの方を指さす。
すると、空中に丸い画面のようなものが浮かび上がった。
同じようなものは広場のあちこちに浮かんでおり、集まった人間たちは好奇心いっぱいの目でそれらを見つめている。
その画面には、厳粛な顔をしたモーントの姿が映っていた。
「モーント……!!」
アムレットは布で口を覆ったまま、驚いたようにつぶやく。
画面の向こう側で、モーントはゆっくりと口を開いた。
『今日は、王国の皆に伝えたいことがある。大事なことだ。心して聞いてほしい。……女神が、消えた』
モーントの言葉に、その場にいた者たちからどよどよと騒めきが広がる。
それは「消えてしまったって、どういうことだ」というシンプルな反応から「へえ、女神って本当にいたんだ」「女神って誰?」というどうしようもないものまで、様々だった。そのざわめきが収まるのを待って、モーントは話を続ける。
『女神がいなくなったのはほかでもない。近頃この王国を騒がせている、魔王を名乗る者。『ファントム・オブ・ファンタジー』なるもののせいだ。我々は、一度奴を撃破するに至ったが、完全に再起不能にするまでは成らなかった。奴はやられたふりをして力を蓄え、魔物どもを操り、遂には女神の力を奪い去ったのだ!!』
モーントは顔をゆがませ、声を張り上げ、民衆たちを煽るような弁舌を繰り返す。
もはやそこに、かつての優しい友の顔はなかった。
『女神が消えたことは、この王国始まって以来の危機である。我々はそのことを忘れ、日々を星の享受と消費にのみ費やしてきた。しかし、それも今や危うい。身に覚えはないだろうか?最近、街に裂け目が多くできるようになったことを。奴隷の魔物どもが、奇妙な動きをするようになったことを。つい先日も、あの『幽玄の魔術師』が奴隷たちの反逆を受け、瀕死の重傷を負ったばかりだ。奴らは汽車を強奪し、そこで女神の力を行使する儀式を行おうとしていたことが分かったのだ!』
違う、あれをやろうとしていたのはヴィヴィアンだ!
そうアムレットは叫びたかった。
しかし、周囲の者たちはそれを信じたらしい。
『女神の力を手に入れた奴は、やがてその力を用いてこの場所に攻めてくるだろう。そうなる前に、我々は決起せねばならない。いまこそ冒険者やそれ以外という垣根を超え、皆が力を合わせるときが来たのだ。そう、女神のために!』
モーントの力強い言葉に、広場に集まった者たちは『おお』と声を上げる。
最初こそ『女神なんて知らない』という態度を取っていたものたちですら、「女神のために!」などと叫んでいる。
『ありがとう。君たちのその決意は、魔王の悪しき力を必ずや打ち砕くだろう。ではそのことを証明するために、汽車内での儀式に加担した者たちを断罪しよう』
モーントがそう言うと、ギロチンの横に一人のモンスターが連れてこられる。
白い羽毛に覆われたその姿を、アムレットはよく見知っていた。
『このセイレーンは、魔王の愛人だったそうだ。しかし、汽車内での一件で奴に見捨てられた。実に哀れだ。しかし、この女が我らの軍勢にもたらした被害も計り知れない』
間違いない。ぷぇにっくすだ。
彼女は虚ろな目をしたまま、ぼんやりとやぐらの上に立っている。
「あー!あいつ、マスターをたぶらかした鳥女じゃない!」
「あいつのせいで、マスターどっか行っちゃったのよ!死刑だよ!」
群衆の中から、女のものと思しき声が上がる。
あれは、かつてのハーレムマスターの取り巻きではなかったか。
彼女らは、まだあのマスターが偽物であると信じているらしい。
女どもの声に同調するかのように、人々から「死刑!」「死刑!」と声が上がる。
その異様な光景に危機感を覚え、アムレットは慌ててやぐらの方へと近づく。
一方画面越しのモーントは、目をつむって彼らの声に耳を傾けている。
そして厳かに目を開くと、厳しい顔で宣言する。
『よって、このセイレーンを斬首刑に処す!』
モーントの言葉に、広場から「わあ」と歓声が上がる。
その様子を見計らって、憲兵がぷぇにっくすの首をギロチン台に挟んだ。
彼女の頭上でギラリと光る刃を見て、観客たちは熱気を帯びたように再び「死刑」コールを始める。
その時だった。
「やめろお!」
憲兵の胴の当たりで、煙幕弾が爆発する。
憲兵は思わずバランスを崩し、やぐらから落っこちた。
一体誰の仕業かと、その場にいた人間全員が、声のしたやぐらの下の方に視線をやる。
そこには、威嚇用の銃を構えたアムレットの姿があった。
周囲にいた憲兵たちが、彼に向かって一斉にとびかかる。
そのはずみで、顔に巻いていた布が外れた。
顔を見た周囲の者たちが、口々に声を上げる。
「こいつ、指名手配になってたレベル士だ!」
「やっぱり魔王の手先になってたのね」
「ダンジョンの時みたいに、テロを起こす気かもしれないぞ。気を付けろ!」
彼らの言葉を聞いて、慌ててその場から逃げだす者や、反対に一目顔を見てやろうと集まってくるもので、人ごみが更にが入り乱れる。
すると、画面上のモーントが声を上げた。
『静粛に!皆、落ち着くんだ。この男を処刑台へ!』
モーントの一声で、憲兵たちはアムレットを抱え上げてやぐらの上へと上がる。
そしてぷぇにっくすが挟まったままのギロチン台の横に、アムレットは一人立たされた。
大切なショーを邪魔した闖入者へ、群衆は怒りと好奇の光が混ざった視線を送る。
その視線が本当に刺さったかのように、アムレットは身じろぎした。
彼は頭上に浮かぶ画面を見つめ、必死に叫ぶ。
「もうやめてよ、こんな残酷なこと。こんなの、君らしくない」
『らしくない、とはこっちの言葉だよ。俺はいつだって俺だし、ブレたことなんて一度もない。むしろ、君の方がどうかしてしまったのではないかな。魔王に肩入れし、モンスターに味方し、あまつさえ』
モーントはそこまで言って、悲し気な表情を浮かべる。
『女神の力を奪うなんて』
その場に集まった者たちが、皆一斉に驚きの声を上げる。
「違うよ、話を聞いて!僕はただ託されたんだ。この王国を開放するように、彼女と君自身を自由にするようにと。そのために、僕はあの子の名前を探してきたんだ。彼女の本当の名前は……」
アムレットの言葉に、モーントが片方の眉毛を吊り上げた。
「ひかり!!」
叫んだその名前は、広場中にこだました。
しかし、こだましただけで、その声はそのままどこかへと吸い込まれていく。
何も起こらない。
「そんな……どうして……」
『なるほど。聞いたか、どうやらこの男は女神の真名すらも探り当て、完全に力をものにするつもりのようだ。だが、どうやらその名前では不完全だったようだな。……反逆者、レベル判定士アムレット。この者を、処刑する』
民衆たちからどよめきと狂喜の声が上がり、皆口々に「死刑」と叫び出す。
憲兵はぷぇにっくすを台から引き起こすと、淡々とアムレットを引き倒し、その首をギロチン台にセットする。
全く身動きが取れない。
せっかく、あの子の名前を探し当てたというのに。
それとも、モーントの言う通りこの名前は間違いだったというのか。
眼下では、人々が自分の姿をじっと見つめている。
その目の色は、愚かな反逆者の首が斬られるのを、今か今かと心待ちにしているかのようだ。
準備が完了し、憲兵がモーントに合図を送る。
それに応えるかのように、モーントはゆっくりと頷いた。
アムレットは覚悟して目を固くつむる。
心の中で、ニコや逸見に謝った。
その瞬間。
頭上で、何かが激しい音をたてて壊れる音がした。
驚いて目を開けると、鼻先の数センチ前に大きな刃のかけらが突き刺さった。
隣にいた憲兵が、慌てふためいた様子でギロチンの上部の当たりを凝視している。
すると、頭の上から聞き慣れた声が耳に入った。
「よぉ、宰相殿。お久しぶりー」
『お前は……!』
画面越しのモーントが、驚いたような表情を浮かべる。
すると、アムレットの首を挟んでいた板が取り除かれた。
そして誰かに首元を掴まれ、強引に立ち上がらせられる。
「まったく、お前何油売ってるんだよ。こんなところで死んだら、どうにもなんないだろうが」
「先せ……ファントム!」
「オラ、ここは俺に任せて、お前はあいつのところに行け。名前だけじゃどうにもならないなら、直接行って一発ぶちかましてこい」
アムレットは大きくうなずいた。
させるものかと憲兵たちが立ちふさがるが、背後から何者かに殴られた。
それは、手かせを嵌められたオークやトロールといった、モンスターたちだった。
彼らもぷぇにっくすと同様、処刑されるところだったらしい。
やぐらの下からは、民衆たちから怒号が上がり、石を投げてくる者もいる。
すると、目に光を取り戻したぷぇにっくすが、彼らに向かって歌いだした。
途端に彼らはぴたりと動かなくなり、同時に憲兵たちの動きも鈍くなる。
「ぷぇにっくす……」
ファントムは、驚きと喜びの混じった目でぷぇにっくすを見つめる。
彼女は歌いながら、ファントムの顔を見つめ返した。
しかし、二人の間を掠めるように、一発の魔法弾が飛んでいく。
驚いて球が飛んできた方向に目を向けると、空中から魔女のような格好の女が飛び降りてきた。
その姿を見るなり、ファントムは憎々し気な声で叫ぶ。
「ヴィヴィアン!……の偽物か。真っ黒焦げにしてやったはずだが」
「偽物なんてひどいですわね。大事な教え子に、再教育を施しに来てあげましたのに」
そう言って、ヴィヴィアンは手のひらの上にもう一つ魔法弾を作り出す。
「ほざけ!そのふざけたバ美肉もう一度燃やして、正体暴きだしてやる!」
ファントムはギターを銃のように構えてヴィヴィアンに相対する。
その一方で、アムレットに向かい視線で「行け」と促した。
アムレットは無言でうなずき、複数のモンスターを連れ、広場から逃げ出した。
向かう先は分かっている。
あの女神像のてっぺんだ。
なぜだか分からないが、モーントがそこにいると感じる。
制止した人込みをかき分け、一直線に女神像の下へと走り出した。
女神像の足元では、すでに大人数の兵士が待ち構えていた。
鈍く光る無数の剣が、アムレットたちに突きつけられる。
すると、先導を切っていたアムレットを追い越し、モンスターたちが兵士に立ち向かっていく。
お互いの武器や鎧がぶつかり合う激しい音が鳴り響き、そこは一瞬にして戦場になった。
アムレットも護身用の短剣を構え、兵士の一人と遣り合う。
しかしNCCとはいえ、戦闘用に特化した兵士に、ろくに戦闘力のない自分では全く歯がたたない。
なんとか攻撃だけはかわすものの、じりじりと押されるのが分かる。
すると急に背後から何か細長いものが飛んできて、体に巻き付く。
そのまま後ろに引っ張られ、アムレットは地面に尻もちをついた。
何事かと顔を上げると、アルラウネが呆れたような顔でこちらを見下ろしていた。
「ちょっと、こんなところでやられちゃ困るんだよ。少しどいてな」
そういうなり、アルラウネは両腕のツルを使って、空中高く跳躍する。
そして相手側の軍勢の真ん中に降り立つと、頭から生えている巨大な花から花粉のようなものを噴出する。
その途端、周囲にいた兵士たちがしびれたようにバタバタと倒れだした。
アルラウネはこちらを振り返り、力強い口調で叫んだ。
「突破口はできたよ!あとは花粉を吸い込みすぎないよう、気を付けて突っ走るんだね!」
「あ、ありがとう!」
アムレットはなおも戦い続けるモンスターたちに感謝を述べると、倒れた兵士を乗り越えて女神像の下にある入り口に飛び込んだ。
礼拝堂を突き抜け、祭壇に手を当てる。
すると、祭壇はギリギリと音を立てて二つに分かれた。
その向こうに現れた階段を、アムレットは全速力で駆け上がる。
先ほどの猛攻とは打って変わり、人っ子一人いない。
その代わり、階段は驚くほど長く、果てしなく続いていた。
上り続けていくうちに、だんだんと息が上がってくる。
『駄目だ、こんなところでへばってちゃ』
自分で自分に叱咤を入れ、一段一段必死になって上っていく。
やがて、前方に光のようなものが見え始めた。
あそこが最上部の出入り口だろうか。
そう思い顔が緩みかけたとき、頭上を燃える矢のようなものが飛んでいった。
思わずその場に倒れそうになり、慌てて手すりに掴まる。
「外したか。まあいい。次は当てよう」
頭上から、冷たい声が浴びせかけられた。
カツン、カツンと靴音が辺りに響き、声の主が姿を現す。
「……アキラ」
「モーント、だ」
モーントは冷徹に答え、手からもう一発魔法の矢を放つ。
反射的に体が動き、矢は自分の体すれすれをかすって壁に突き刺さった。
アムレットは体勢を立て直すと、無我夢中で階段を駆け上がる。
なおも矢の攻撃は止まず、当たりそうになるたびに、体が勝手に動く。
しかし、もともと激しく動くのに慣れていない体は、矢を避ける度に段差や手すりにぶつかり、少しずつあざができていく。
それでもなお上り続けると、やがて矢の攻撃はぴたりと止んだ。
アムレットも足を止め、目の前に立ちはだかる、かつての友人の姿を見上げる。
黒い軍服。
黒いコート。
艶やかな黒い髪。
そして切れ長の目からは、ぞっとするような黒い瞳が覗く。
彼は腰から剣を抜くと、柄の部分を胸にあてた。
すると、銀色だった刃の部分が黒く染まり、形を変えていく。
銀色の剣はいつの間にか、漆黒の太刀に変化していた。
アムレットは驚き、護身用の短剣を両手で強く握る。
すると、彼の短剣が白く光り輝き、モーントのものと同じようにその形を変えていく。
気が付くと、それは白い一振りの剣に変わっていた。
これで戦えということか。
モーントの顔を見ると、興味深そうに剣を凝視している。
しかしすぐ真顔に戻り、太刀を構えてまっすぐにこちらへ向かってきた。
アムレットも剣を構え、相手の太刀を真正面から受け止める。
刃がぶつかり、反動で思わず後ろに1歩後退る。
「全然ダメだな。構えもなってないし、力も弱い」
モーントは冷ややかにそうつぶやくと、なおも踏み込んでくる。
アムレットはそれを反射的にというよりも、もはや剣に自分の体を預けるかのようにして受け止める。
実際、さきほど矢を避けた動きも含めて、アムレットは何か別の意志によって動かされているように感じていた。
それは彼自身の王国内における『ステータス』を上回るものに違いない。
しかし、モーントの攻撃はそれを更に凌駕するものだ。
「どうした、ただ受けてるだけじゃらちが明かないぞ。それとも、もっとひどい目に合わされたいのか」
冷たく言い放つモーントに、アムレットは必死になって声を上げた。
「違う!ただ、もうやめてほしいだけなんだ。聞いてよ。僕、君の故郷に行ったんだ」
「なに?」
モーントが動揺したように目を見開く。
「そ、そこで見つけたんだ。あの、『王国の秘宝』によく似た箱を……」
「開けたのか?あれを?」
冷ややかだったモーントの視線が、だんだんと怒気をはらんだものに変化していく。
「ごめん。でも、それで分かったんだ。前に本物の『王国の秘宝』を開けてドラゴンになった後、僕の中に君の記憶が混ざっていたんだよ。それで、それで……」
「それで、なんだ!!」
モーントは、ひときわ激しい一撃を加えた。
衝撃で、アムレットの剣が弾き飛ばされる。
振りかぶられたモーントの太刀が、首筋の数センチ手前で止まった。
しかし、アムレットは動じることなく、モーントの目を正面から見据える。
「君が、もう一人の『君』と願ってきたことを、全部見た。病気を治す。仏様になる。転生する。バラバラの願いに聞こえるけど、全部一つのある願いを指している。それは」
「妹を蘇らせること、か?」
モーントの言葉に、アムレットは頭を横に振る。
「君が、お兄さんに成り代わることだ」
「…………!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます