第6章ー3 知りたいですか
こんぺいとうが、降ってくる。
彼は自分の腹から流れ出る血の上に寝そべったまま、ぼんやりとそう思った。
仰ぎ見る曇天の空から、色とりどりの星型をした粒が雨のように降り注ぐ。
そこは異世界のはずだった。
中世ヨーロッパ風の街並み。
そこを行きかうのは人間だけでなく、エルフやノーム、ドワーフなどの亜人たちもいる。魔法が日常的に扱われ、見知らぬ言葉や文化が飛び交う。
酒場では自らが狩ってきたモンスターの遺骸を片手に、意気揚々と自慢話を語る冒険者たちの姿。ここはそういう場所のはずだったのだ。
しかし、今はどうだろう。
レンガ造りの建物は無残に崩れ去り、代わりに奇妙奇天烈なパレードが練り歩く。ショッキングピンクの象。毒々しい斑点模様のキノコ。そしてなぜか、派手な衣装のサンバダンサー。この世界にはおおよそ似つかわしくない形をした巨大なパレードカーが、イルミネーションを輝かせながら巡行していく。
その下では、色とりどりの衣装をまとったモンスターたちが踊り狂っている
。60年代ロックスター風の革ジャケットを着こんだオークがツイストを踊り、その横でレザー服をまとったサキュバスがポールダンス。ゴーストが無い足でブレイクダンスをし、スケルトンは自らの骨を口にくわえてタンゴを踊る。上空ではロック鳥が七色の星屑をまき散らしながら飛び回り、辺りは色とりどりの星だらけである。
その星屑にあてられたのかは分からないが、この町の住人もモンスターに混じって踊り狂っている。人間も、亜人も、商人も、貴族も、奴隷も、冒険者も。皆一様に焦点の合わない目で、笑いを浮かべながら踊る。
イカれたた狂乱の中心で、エレキギターをかき鳴らしながら歌う男がいた。
目深にかぶったつば広の帽子に、鳥の顔をかたどったような銀色の仮面。
上下黒のシンプルな服に、その上から羽織った黒いマントをばさりと広げる。
そしてとんでもなく巨大なアンプを背に、高らかに歌い上げる。
誰からも唾を吐かれてきたの
誰からも褒めてもらえなかったの
そんな自分がいやになって
こんなセカイに飛び込んでみました
哀れなボクでも褒めてもらえて
愛してもらえるそんなセカイ
だれにも取られたくなかったよ
だれにも見つかりたくなかったよ
だけどだんだん不安になって
横取りしようと思ったのさ
転生しよう転生しよう
こんな社会飛び出しちゃって
輪廻しよう輪廻しよう
あの交差点に飛び出しちゃって
いつかはこうなるってわかっていたよ
すべてを手にするってことはこういうことなんだよ
身の丈知らずに奪い取って
こんなセカイにしてしまったのさ
愚かなボクをあざ笑って
置いてきぼりにするそんなセカイ
だれかに愛してほしかった
だれかに認めてほしかった
だから全てを失ったのさ
さまよい歩いてたどり着いた
「オラいくぞー!」
男がそう叫ぶと、白衣のポケットからタオルを取り出して頭上で振り回し始める。
すると、てんでバラバラに踊っていた聴衆たちも、同じように布を振り回しながら、ぐるぐると輪をかいて走り出す。
断罪しよう断罪しよう
こんなセカイ飛び出しちゃって
懺悔しよう懺悔しよう
あの子の前に土下座しちゃって
「fooooo!!」
延々と走り続ける有象無象の中心で、彼は相変わらず倒れたままだった。
男はそんな彼に近づき、容赦なく蹴り飛ばす。
「ぐ」
「生きてんじゃねーか」
うめき声をあげる彼を、男は容赦なくつま先でつつく。
彼は男の足を振り払い、のろのろと上半身を起こした。
腹は血でべったりと汚れているが、幸い傷は開いていない。
というか、傷そのものが存在していないようだ。
「どうせ見た目ほどは痛くねぇんだろ。さっさと立って、お前もあの子に懺悔したらどーよ」
そう言ってタオルを振り回す男の顔を一瞥して、彼はやれやれという風に立ち上がる。
そして懐から一台のカメラを取り出し、自分に向かってシャッターを切った。
出てきた写真には、自分の姿と「ステータス」が記されていた。
今の出血で、体力がどれくらい無くなっているのだろう。
『HP:www.bokusaikyooo.co....』
「あらヤダ、僕ちんの黒歴史ページ見ないでよー」
男が腰をくねらせながらイヤイヤとポーズをとる。彼は男を無視し、再度シャッターを切る。
『HP:64』
ホッとした彼の横顔へ向かって、男はそっと耳打ちをした。
「ハッパ(happa)ロクジュウシ」
「やだ~魔王様さむ~い」
しょうもないダジャレを堂々と呟く男に、セイレーンの女が甘ったるい声で突っ込みを入れる。
舌打ちをしつつ、彼はもう一度撮り直す。
『H(ome) p(arty):え?お前呼んでないよね』
撮り直し。
『H(arry) P(otter):だまれマルフォ』
撮り直し。
『H(ot) P(ants)……』
彼はカメラを地面に投げつけた。カメラは無残にも木っ端みじんになる。
「物に当たるなんて器の小さい男ね」
「あんたのせいだよ!」
おちょくってくる男に、彼は額に青筋を立てて掴みかかった。
だがこのような事態になったのは、このふざけた男のせいだけではないことを、彼は内心重々承知していた。
結局のところ、全ては自分のせいなのだ。
これまでの行いを思い出し、少しだけ気持ちがふさいだ。
しかし、背後で鼻をかむ男を見てその気持ちはすぐ吹き飛ぶ。
「コラ!人のステータスで鼻をかむな!」
男は何も言わずステータスをぐしゃぐしゃに丸めて捨てた。
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