第1章―8 ダンジョンで油断してはならない
王国内時間の日の出を待って、調査隊は街の広場へと集合した。
昨日ギルドに集まっていた冒険者たちが、緊張した面持ちで一転を見つめている。
その視線の先には宰相であり、ギルドの長でもあるモーントの姿があった。
しかし彼は、冒険者らに背中を向けてなにやら話し込んでいる。
「街道上に裂け目?」
城壁の上に常駐している監視者からの報告を受け、モーントは顔をしかめた。
昨晩までは何もなかったはずの場所に、今朝突如として出現したというのである。
「はい。長さは街道を横切るようにしておよそ馬車1000台分。幅は計算によれば一番短いところでも馬車50台分はくだらないかと……」
「この中で空を飛んでいけるものは?」
モーントが集まった冒険者たちに声を掛けると、何人かが手を挙げた。
もともと翼のある種族と、魔法使いを職業とするもの、そしてじっせキングのパーティたちの中の数名。
モーントは手を挙げた者たちを集め、中でも戦闘力の高い者たちに偵察を指示する。
そして自身は塀の上にある物見やぐらにのぼり、監視者の望遠鏡を借りて様子を見る。
数分ほどで、偵察隊が裂け目の近くへと到着した。
モーントは魔法のこめられた遠隔会話機を使い、彼らと連絡を取る。
「様子はどうだ」
『かなり深いように見えます。底が見えません』
「渡れそうな場所はあるか」
『見たところどこもかなり幅がありますね。魔法で浮かせて飛ぶにしても、全員運ぶにはかなり手間が……あっ』
「どうした!」
通話が途切れた瞬間、裂け目の上を飛行していた偵察隊の一人が何かに捕まるのが見えた。モーントの目には、それが巨大なピンク色のぶよぶよとしたものに見えた。
「あれはワーム、ではないな。スライムか?」
他の偵察者が魔法で応戦する。
しかしスライムは動じることなく、逆に偵察隊を次々と飲み込んでいく。
やがて、ものの数秒もしないうちに全員が飲み込まれてしまった。
巨大なスライムは、他にまだ残っていないか確認するかのように、周囲を見渡すような動きをする。
「なんだあれは……」
モーントが絶句していると、スライムはまるで見られているのに気付いたかのように、こちらを「向いて」ぴたりととまった。
スライムと目が合ったかのように感じ、モーントは思わず息を呑む。
すると、スライムはぐねぐねと自身の形を変え始めた。
「なにをする気だ?」
モーントは塀の監視者たち向かって、残っている調査隊へ臨戦態勢をとるよう指示しようとした。
しかしスライムは予想を裏切って奇妙な形をとる。
『バーカ』
「…………」
モーントには、そういう形をしているように見えた。スライムは更に形を変え続ける。
『ヘタレ』
『うんこ』
『○ん○ん』…………
モーントは望遠鏡を監視者に無言で突っ返すと、城壁から降りて調査隊の前に戻る。
彼らは不安そうな顔をしてモーントの顔を見上げた。
「待たせてすまなかった。まずは、ダンジョンへの街道上にできた裂け目について報告する。裂け目には謎の巨大なモンスターが巣食っていて、偵察隊は全員そのモンスターにやられた」
その言葉を聞いて、冒険者たちはどよどよと騒めく。
「静粛に!私が見た限り、そのモンスターは特定の意思を持って動いているように見えた。おおよそ、例の「魔王」を名乗る人物の仕業に違いないだろう」
「待ってください!偵察に行った連中はどうなったんですか?!」
冒険者の一人が声を上げる。偵察隊のだれかの身内だろう。
「分からないが、『復帰』していないところをみると、敵に捕まった可能性が高い。彼らを救出するためにも、一刻も早く出発する必要がある」
王国内では通常、ケガや病気によって体力が無くなった場合には条件付きで特定の場所に『復帰』するようになっている。
ダンジョン内で力尽きた場合への防御策だ。
しかし、ギルド内にある『復帰部屋』には、未だ誰一人として帰ってきたという報告はなかった。
「裂け目に近づくとモンスターに襲われる可能性があるので、街道を使うのは断念する。迂回路は砂漠と沼地があるが……」
モーントは調査隊の面々の顔を見渡した。皆一様に不安そうな表情を浮かべている。
無理もない。砂漠も沼地も、ダンジョンほどではないが危険なモンスターが多く生息しているのだ。
移動中に消耗するのはリスクが大きい。
すると、じっせキングが手を挙げた。
「砂漠を行くほうがいい」
「なんだお前、急に」
ハーレムマスターが文句を言おうとしたが、モーントはそれを手で制して続きを促す。
「実は今、砂漠を横断する汽車を開発している。線路は途中までしかないが、一番危険なワームの発生地帯くらいはほぼ無傷で抜けられるだろう」
おお、と冒険者たちから声が上がる。
モーントは少し思案したのち、ゆっくりとうなずいた。
「分かった。君の提案に乗らせてもらおう。ちなみにここにいる汽車の定員はあるか?」
「ほぼ全員を乗せられるくらいの大きさはある。ただ、途中から砂漠を歩くとなると、それなりの装備がいるからな。準備はきちんとしたほうがいい」
「お前、例のスライムはどうするんだよ。まさか干物にでもして持っていく気か?」
ハーレムマスターに茶々を入れられ、じっせキングはイライラしたように声を荒げる。
「ちゃんと対策はしてある。というかあの汽車は、もともとスライムのような、気候変動に弱いモンスターを連れていくために開発したものだ」
「ハハッ、なるほど。モンスタークール便ってわけだ。その調子で、俺たちまで冷凍保存しないでくれよ」
「そこまでいうなら、お前らは歩いて行けばいい。せいぜい、ハーレムのミイラにならないよう気を付けるんだな」
モーントは、またしても険悪な雰囲気になりつつある二人の間に割って入る。
「こんなところで喧嘩するのはやめてくれ。皆も早く準備を」
同じころ、アムレットは調査隊よりも早くダンジョンへたどり着いていた。転送魔法を使ったためである。
ジルバーンが持ってきた手紙を読んだ後、誰もいなくなったギルドでヴィヴィアンと落ち合った。
彼女の話によれば、「王国の秘宝」はダンジョンの最深部、本来ならばナイトメア・ドラゴンが守る場所のさらに奥にあるらしい。
普段であれば、冒険者たちの目にさらされることなどありえない場所である。
しかし、今回は敵の使ってくる奇妙な術のこともあり、たとえ「魔王」を名乗るものの手に渡っていなかったとしても、ほかの誰かに見つかる可能性はあった。
そのため調査隊が来る前にアムレットはダンジョンに潜り、秘宝を奪取する必要があったのである。
「でも、丸腰ってのはちょっとなあ」
人一人が腹ばいになって、やっと通れるような穴を這い進みながら、アムレットは一人ごちる。
『それは仕方のないことですわ。転送魔法は一定以上の重量を運べないようになっていますから』
魔法石を介して、ヴィヴィアンが答える。
転送魔法は、緊急事態以外でほとんど使われることのない魔法である。
魔力の消費量も他とは段違いで、物流などには全くと言っていいほど利用されていない。実際、アムレットはほとんどの透視アイテムを持ち込むことができず、服装もかなり薄着に近い状態だった。
「でもさあ、本当にこの道大丈夫なの?今の状態だと、虫けらに刺されただけでも命の危険がありそうだよ」
『心配ご無用でしてよ。そのルートは特殊な転送魔法なしには入れない場所ですのよ。完全な一本道ですから、あとは目的の場所まで一直線ですわ』
「本当かな……」
辺りにはコケかキノコのようなものが大量に生えていた。
そのじっとりと湿った触感に辟易しながら、アムレットはじりじりと進んでいく。
今頃、モーントたちはどのあたりだろうか。
周囲が真っ暗なうえ、時計なども持ち込めなかったので、今が何時なのかもわからない。
「なあヴィヴィアン。調査隊は今ダンジョンのどのあたりにいるんだ?」
『たった今入り口に到着したところです』
「いま?だって、出発は早朝だって」
『アクシデントがありましたの。でも、『幽玄の魔導士』様の機転でなんとかなりましたわ』
「え、アクシデントって」
何があったのか聞こうとした矢先、魔法石から奇妙な雑音が漏れ始める。
それとともに、ヴィヴィアンの声が聞こえづらくなった。
「おーい、もしもし。ヴィヴィアン、応答しろ」
大声で呼びかけるが返事はなく、ノイズはひどさを増していく。
アムレットは首をかしげた。
ここは魔法による干渉は受けにくいはずだと、ヴィヴィアン自身が言っていたのだ。
これも例の「魔王」とやらの影響だろうか。
まさかすでに向こう側にも、この場所のことが筒抜けになっているのではあるまいか。
そう思った瞬間、雑音が聞こえなくなり、代わりにはっきりと声のようなものが聞こえた。慌てて再度魔道石に呼びかける。
「ヴィヴィアン、聞こえるか。連中は一体何を……」
『HEY,HEY,HEY!さて始まりました第1回ダンジョン争奪チキチキ処刑大レース!哀れな王国軍の冒険者たちの中から、この残酷にして卑劣極まる試練の数々を突破してくるのは一体誰だ!?』
「!?」
軽快なBGMともに魔道石から聞こえてきたのは、やけに活舌のいい男の声による実況だった。
アムレットは予想外の事態に、思わずその場でのけ反って天井に頭をぶつける。
『こちらはクラブラス・ボス放送局より、DJ・オークYがお送りしております。まずは第1コース!ぶっちゃけアウトな手段で手に入れたと噂される、パワフルな火力とイカシタ魔法!その上魅力値MAXの甘いマスクでガールハントした女の子たちとモンスターハントだ!今日もひと狩り行こうぜ、『ハーレム・マスター』!!おおっと、さっそく魔導士の女の子がアラクネの巣に捕らえられてますね。糸が体にぴったり巻き付いて、う~むこれはキ・ワ・ド・イ!』
「なんだこれ……」
絶句しているアムレットを他所に、軽快な喋りの実況は続く。
『しかしハーレムマスター選手すぐには助けな~い。先にほかの女の子たちを行かせて、ああっとしかしみんな捕まってしまう!糸が食い込んでいやらしい、いやなんて苦しそうなんだ!ここで他のパーティの男性冒険者が助けに入ります。が、こっちは毒針でやられてますね。あっさりだ~、弱い!そして満を持してのハーレムマスター様のご登場。おお、ご自慢の剣で一刀両断、快刀乱麻!すばらしい、全員助けてしまいました!!ブラ~ヴォ~。しかしアラクネ選手、まだ生きております。背後から忍び寄る魔の手、危ないぞマスター!と、ここで助太刀だ!素早い剣さばきでアラクネ選手を真っ二つにしたのは……王国の気高き宰相、モーント選手!マスターもこれには苦笑い。しかし実は今、仕込まれた「ある罠」に宰相殿は気づいていないようです。皆さんも内緒ですよ。シーッ』
「…………」
『さ~て、続いては第2コース、幻惑の力で篭絡されたモンスターは数知れず!こっちは仲間になりたそうに見てもあっちは奴隷としか見ていない!ナカ魔をコキ使って手に入れた数多の二つ名、その肩に背負ってご登場!「じっせキング」!!……』
「これって、かなりマズいんじゃないのか」
この実況は、どうやら調査隊の面々のことを言っているようだ。
しかも聞いている限り、彼らは順調に進んでいるように見えて、実は敵側の仕掛けたなにかしらの術にはまっているらしい。
モーント自身も、なんらかの罠にかけられているようだ。
彼が早くそれに気づけばいいが、このまま進んでしまうとかなり危険だ。
「と、とにかく急がないと」
今のアムレットには、彼らを助けるための道具も、向こうへはせ参じるための手段も持ち合わせていない。
できることはただ一つ。
この一本道を直進し、例の「王国の秘宝」を手に入れることだけだ。
アムレットは快活な実況を垂れ流し続ける魔道石をポケットに捻じ込み、真っ暗な穴をひたすらに這い進んでいった。
それから数時間後。
冒険者たちは各々割り当てられたルートを進み、かつてのダンジョンの主がいた場所へとたどり着いていた。
数はもともといた人数の3分の2程度。
傷や麻痺毒などを負った者も多数いたが、おおむね通常通り戦えるものがほとんどだ。
しかし、その様子を見てモーントはこめかみに親指を当てた。
「……おかしい。順調すぎる」
当初の計画では、半数でもこの場所まで到達できればいい方だった。
だからこそこんな大所帯で来たのだし、準備もやりすぎるほどに整えてきた。
冒険者たちの大半は、今の状況を自身の実力によるものであると考えているようだ。
特にハーレムマスターとじっせキングは、パーティの面子を一人も失うことなく、かなり早い段階でこの場にたどり着いている。
この二人に関しては、互いにどちらが早くここまで来れるか競争していた節もあったが、それでも早すぎるとモーントは感じていた。
「どうした、ギルド長。なにか心配事か」
剣を片手でくるくると回しながら、ハーレムマスターが声を掛けてくる。
「なあ、ちょっとおかしいと思わないか。向こうはわざわざ街道を分断するような真似を仕掛けてきたくせに、ダンジョンに入ってからの攻撃が手薄すぎる」
「考えすぎじゃないかい。俺たちが予定よりも早く入ってきたから、あちらさんも準備ができてなかったんだよ」
「そうとも。私のおかげでな」
じっせキングが会話に割り込んでくる。ハーレムマスターはあからさまにいやそうな顔をしたが、キングは構わずしゃべり続けた。
「私がここまで遭遇したモンスターの数はおよそ50。内、攻撃力の高い上級モンスターが17いた。いつもの探索と比べても数が多い。ただ、向こうの連携が取れていないようにも見えたから、準備不足という説は否定できない。今総攻撃を仕掛ければ、向こうが次の手を打つ前につぶせるかもしれない」
「コイツに賛成するわけじゃあないが、たとえあっちがこれから何か仕掛けてくるんだとしても、今の俺たちの戦力ならなんとかなるさ。どっちにしろ、あいつらに捕まった仲間はまだ助け出せてないんだ。全滅させるまでにはいかなくても、反撃できないくらいには叩きのめしてやろうぜ」
「…………」
モーントはこめかみに押し当てた指にぐっと力が入るのを感じた。彼らの言い分はもっともだが、それでも拭い去れない不安が心を支配していた。
実を言うと、先ほどからヴィヴィアンとの通信を行っていた魔道石がうまく動かなくなっていたのだ。
場所柄、魔法の結解が張られていて声が届きにくくなることは予想していたが、それにしても全くの不通になるというのは奇妙だった。
しかし、期待するような目でこちらを見つめる冒険者たちに対し、あまり無碍なことも言えない。彼はそう判断した。
「……分かった。だが全員で向かうのはリスキーだから、調査続行組と待機組で別れよう。待機に回るのは現在大きな負傷のある者、その回復役と護衛役、そして伝令役ができる者とする」
「伝令?」
「俺たちに何かあった時のために、街へ連絡を取ってもらう。今回に限っては、転送魔法による通常通りの『復帰』は望めないかもしれないからな」
「何を弱気なことを。たかだか魔道石が通じないくらいで、そこまで心配することないぜ」
ハーレムマスターが自信ありげに反論する。
モーントは小さくため息をついた。
正直なことを言えば、彼は一度全員でダンジョンから出たほうがよいとすら考えていたのだ。
もちろん捕らえられたものたちは心配だが、今このまま突っ込んで全員捕まる可能性だってある。
しかしたとえ出直したところで、勝てる確率が上がる見込みもなかった。
モーントは調査続行組の冒険者たちに向かって声を上げる。
「いいか、今回の目的はあくまで調査だ。敵の素性が分からない以上、勝利に固執しないこと。あまり踏み込みすぎると、向こうの罠にはまってしまう恐れもある。もしほんの少しでも危険を感じたら、躊躇なく撤退すること。分かったか」
冒険者たちは不満そうな顔をしながらも、モーントの言葉に頷く。
ただ、ハーレムマスターとじっせキングは、互いにどう出し抜いてやろうかと火花を散らしている。モーントはやれやれという風に首を振った。
待機組、調査組の準備がそれぞれ整ったのを確認し、モーントは調査組を引き連れて「ナイトメアドラゴンの巣」へと向かった。
「巣」はその名の通り、ドラゴンが財宝を蓄えておくために自分で掘った穴という「設定」である。
そのため本来なら、壁も地面もごつごつとした岩が露出し、けっして歩きやすい場所ではない、はずなのだ。
「なんか、ちゃんと整備されてるっぽくないか」
冒険者の一人がつぶやく。彼らが進む通路は、どういわけだがきちんとタイルが敷かれ、壁には明かりまでついている。
しかもその明かりはいわゆる松明やろうそくではなく、どう見ても電気……それも色とりどりの電飾やネオンサインなのだ。
酒場の看板のようなものや、どこか見覚えのある広告と思しきもの、果ては女性がポールダンスを踊っているような艶めかしい形のものまである。
それらはどう見ても、この『王国』の世界観には不釣り合いのものばかりだった。
しかし賑やかな外観とは裏腹に、モンスターはおろか、ネズミ一匹もいるような気配すら感じられない。
冒険者たちの中には、不安そうな表情を浮かべる者も出始めた。
一方で、少しでも互いより前に出ようとするハーレムマスターとじっせキングを制しながら、モーントは先頭を慎重に進んでいく。
『罠の気配は感じられない、が』
通路そのものはただ派手なだけのようだ。
迷路のような分かれ道もなく、完全な一本道である。
そのまましばらく進み続けると、通りをふさぐ巨大な扉の前にたどり着いた。
電飾で華々しく飾り付けられた扉の上には、ネオンサインの看板がでかでかと取り付けられている。
ハーレムマスターはそれを見上げながら、書かれている英字をたどたどしく読む。
「ええと、うぇるかむ、とぅ、クラブ、らすと、ぼす?」
「ラストの綴りが間違ってないか。ラスボスならLASTだろう。これはLUSTになっている」
じっせキングが指摘した通りだった。看板には『Welcome to Club LUST BOSS』と書かれている。
「綴りなんてどうでもいい。さっさと入ろうぜ」
モーントの指示を待たずして、ハーレムマスターをはじめとする冒険者たちが扉を一斉に押す。
しかし、扉はびくとも動かない。
「あれ、おっかしいな」
「もしかして押すんじゃなくて、引くとかじゃないだろうな」
じっせキングの指摘にハーレムマスターがいらついたような表情になる。
一方、ほかの冒険者らは納得したようにうなずき合い、再度扉に手をかけなおした。
その時突然、彼らのいる場所の床に大きな穴が開く。
「うわあああああああ」
直径数十メートルはあろうかというその穴は、冒険者たちのほぼ全員を飲み込んだ。
真っ暗な穴の中へ落ちていくさなか、モーントはとっさに浮遊の術を自身に掛ける。
ふわりと体が宙に浮き、そのままゆっくりと下降していく。
魔法の力がうまく働かないのか、上昇することはできないらしい。
数秒後、モーントは自分が固い地面の上に着地したのを感じた。
「みんな、どこにいる!」
同じように地面に落ちたであろう仲間たちに呼びかけるが、返事はない。
見上げると、自分たちが落ちてきたであろう穴が小さく見える。
自分のように浮遊の魔法を使えたならまだいいだろうが、そうでない者たちはかなりのけがを負ったはずだ。
しかし、返事はおろかうめき声や落ちた音すら聞こえないのはおかしい。
とりあえず明かりの魔法を使おうと、腰に差した剣に手を掛ける。
その瞬間、辺りが急に明るくなった。
一瞬まぶしさに目がくらみ、思わず顔を片腕で覆う。
しばらくしておそるおそる目を開いてみると、その眼前に現れた光景に思わず絶句した。
「なんだ、これは……」
目の前には城のホールと同じくらいの空間が広がり、そこから溢れださんばかりに大量のモンスターがひしめいていた。
しかし彼らは戦闘態勢をとるどころか、露出度の高い派手な衣装を着て、思い思いに酒を飲んだり談笑したりしている。
天井にはキラキラとまばゆい光を放つミラーボールが取り付けられ、色とりどりのライトが部屋中を照らしていた。
すると突然、耳をつんざくような大音量の声が辺りに鳴り響く。
「HEY BOYS AND GIRLS、CHECK IT OUT!!我らがにっくき敵にして待望の勝ち馬の面々!王国の勇者様御一行のト・ウ・ジョ・ウだー!!みんな拍手ー!!」
声のするほうを見ると、フロアの上部にDJブースと思しきスペースが取り付けられている。
その中では、まさしくDJといった風貌のオークが一人、マイクパフォーマンスをしていた。
「ワーオ、なんてこった。王国の気高き宰相殿一人だけが、スライムまみれをまぬがれちゃってるゥー。これで配当は「100―55―1」の30倍だァ!ヒャオゥ!」
オークの言葉を耳にして、その場にいたモンスターがなにやら券のようなものを投げ捨てたり、反対に握りしめて大喜びしたりしている。
一方で、『スライムまみれ』という言葉を聞いたモーントは、慌てて辺りを見回す。
「なんてことだ……」
モーントの背後には、天井に届くほどの巨大なスライムが鎮座していた。
どうやら裂け目の中にいたものと同じ個体だろうか、毒々しいピンク色をしている。
そしてその体内には、同行していた冒険者たちが全員飲み込まれていた。
モーントは剣を抜き、炎の魔術を込めて切りかかる。
しかし剣はスライムの体に焼き切るどころか、ゴムかなにかに当たったかのようにぼよよんと跳ね返されてしまった。
「おおっと、宰相殿が果敢にも立ち向かうようです!カッコE!!しかしこちらも時間が押しておりますので。今から始まるショウタイム中、宰相殿にはVIPルームへとご案内」
オークがそういったが早いか、モーントの頭上に鉄で出きた鳥かごのようなものが覆いかぶさる。
かごは鉄柵の先端部分が鋭くとがった銛のようになっており、床板にがっちりと突き刺さった。
そのままじゃらじゃらと天井に繋がる鎖が引き上げられ、床が抜ける。
モーントはそのまま、檻ごと宙づりにされるような形になった。
「くっ、こんなもの」
モーントはもう一度剣に魔法をかける。
ところが剣は魔法を吸収するどころか、しなびたネギのようにへにゃりと曲がってしまった。
モーントはあきらめて剣を捨て、手から直接魔法の火の球を出そうと試みる。
しかし今度は魔力を手に集中させようとしても、集めるそばから霧散してうまくいかない。その様子を見て、オークが茶々を入れる。
「宰相殿、無駄なあがきをしているもよう。残念ながらその檻は特別製!魔法は全く使えません。おとなしくそこから観覧してください!おっと、どうやら歌姫の準備が整ったようです。ではご登場!しみったれたダンジョンに突如現れたおしゃれ天使!!ミス・ぷぇにっくすゥー!!」
オークが声を張り上げると、会場がふっと暗くなり、辺りにポップな音楽が流れだす。
天井の一部が開き、そこから何かが飛び出した。
モーントは、その飛び出した者に思わず目を奪われる。
それは一見、かわいらしい少女のようにみえた。しかし腕からは白い大きな翼が生え、足には水かきがついている。
どうやら彼女は、いわゆる半人半鳥のモンスター、セイレーンのようだった。
ファッションも奇抜だ。フリルのついた水玉のワンピースに、同じ模様の大きなリボンを頭につけている。
そのスカートをはためかせながら、彼女は狂喜するモンスターたちの頭上を、優雅に羽ばたき駆け巡っていく。
『ぷぇにっくす』と呼ばれたこのモンスターが、この一連の事件の首謀者なのか。
睨みつけるモーントの視線を無視し、ぷぇにっくすは甘ったるい声で歌いだした。
あの日あの交差点で
あなたをまっていたら
急にトラックが目の前にきて
わたし気が着いたらモンスター
ダンジョンダンジョン
おしゃれなんてないよ
レベルがすべて
スキルをあげて
ダンジョンダンジョン
暗い通路で待ち伏せして
罠をはって
人間を倒せ
ああ でも そんなのやってらんない
モンスターでもおしゃれしたいよ
つけまにリボン フリルのドレス
ステータスもデコしちゃおう
ラメにライトストーン
狭い通路もランウェイみたいにあるこう
だれかの決めたルールじゃなく
私のやりたいようにやらせて
おしゃれダンジョンおしゃれダンジョン
だんだんじょんじょん
だんだんじょんじょん
おしゃれダンジョンおしゃれダンジョン
だんだんじょんじょん
だんだんじょん
奇天烈な曲と歌詞は、聞いているだけで脳みそが溶けてしまいそうである。
モーントは頭痛のする頭を抱え、彼女の周りを飛び回る者たちに視線を移した。
全員がぷぇにっくすに似た奇天烈な恰好をして、同じように奇妙なダンスを踊っている。そんな彼らの顔に、モーントは見覚えがあった。
それは出発前、あの巨大なスライムに捕まった冒険者たちによく似ていた。
眼下では鳴り響く音楽や彼らのダンスに合わせ、モンスターたちも狂喜乱舞している。
あのピンクのスライムも、冒険者たちを飲み込んだまま踊るように体をぐねぐねと変形させていた。
「馬鹿に、している、な」
モンスターたちのダンスで揺れる会場に合わせて、モーントの入っている檻もぐらぐらと揺れる。
後ろを向くと、あの巨大なスライムまでもがぐねぐねとダンスを踊っていた。
これが街道上の亀裂から、こちらをおちょくって来たことを思い出し、モーントは怒りを募らせる。
ふと、スライムの半透明な体越しに、何人かの冒険者と目があった。
彼らは一様にぼんやりとした表情を浮かべているが、その目からはあせりと恐怖が見て取れた。
「そうだ。こんなところでおもちゃにされてる場合じゃない」
モーントはかがみこむようなふりをして、腰に差した短剣を引き抜き、檻の底の部分に突き立てる。
すると、足元に小さな魔法陣が浮かび上がった。
そこに書かれた魔法文字を素早く読み取っていく。
どうやらこちらは檻とは違い、普通の床材であるらしい。
ちらりと外を見やると、モンスターたちは歌うぷぇにっくすに夢中になっており、こちらから注意が逸れている。
向こうに気付かれないよう、信号弾用の火薬を少量取り出し、鉄柵と床材の間に詰める。
そして立ち上がると、檻のゆれに合わせて体を動かした。
傍目から見れば、無理やり外に出ようと暴れているように見えたことだろう。
檻は振り子のようにだんだんとゆれを増し、踊るスライムの方に近づいていく。
『いまだ!』
スライム側に一番近づいた瞬間、モーントは短剣で鉄柵の下の部分を思い切り叩いた。
すると、弾け出た火花に火薬が引火し、小さな爆発とともに床が抜ける。
床ごとスライムにぶち当たると、モーントは短剣を両手で構え、落ちながらスライムの体を切り裂いていく。
刀身の短さのため、切れた部分は浅い。
しかし、そのおかげで息を吹き返したものが二人いた。
「ふ、ファイア・サークル!」
「ぶふ、プラズマティック・アロー!」
じっせキングの使う炎の魔法が、スライムの体を一気に蒸発させる。
それと同時に、ハーレムマスターの放った魔法の矢が、モンスターたちの間でさく裂した。
溶けだしたスライムの中から、冒険者たちがよろよろと這い出して来る。
「ゲホッ。だ、大丈夫ですか、長。クソ、ひどい目にあった」
むせながら、ハーレムマスターがモーントに近づいてくる。
「も、もう少し、私の浮遊魔法が早ければ、こうはならなかったのですが、オエッ」
えづきながら、じっせキングもこちらへ来た。
「てめえ、何が浮遊魔法だよ。全然気づかないで、一番に落っこちたくせに」
「よく言うわ。お前がもう少し慎重に行こうとすれば、こんな間抜けな罠に引っかからなかったんだ」
「はあ?そっちこそ、『今なら余裕でつぶせるかもしれない』とかドヤ顔で言ってたろうが。この調子乗り魔法使い」
「だれが『余裕』なんて言った。お前こそ『全滅させてやろうぜ』とか調子こいてただろうが。この口だけ剣士」
スライムまみれで言い合いを始める二人を前に、モーントはため息をつく。
すると、頭上のDJブースからオークが叫び声をあげた。
「おやおや、なーんてこった!冒険野郎どもがキセキの復活だァ!!短剣一本でピンチを華麗に切り抜ける、お前は一体ナニモンだぁ!!」
オークがそう言うなり、スポットライトがモーントに当たる。
モーントは慌てることなく、短剣をモンスター達に向けて言い放った。
「決まっているだろう。この国の宰相、そしておまえらの敵だ」
モーントの言葉に、ハーレムマスターとじっせキングも戦う構えをとった。
それに続くように、他の冒険者たちも臨戦態勢をとる。
先ほどの爆発で混乱していたモンスターたちも、どうやら事態に気付いたらしく、身構えた。
「OH MY GOD!OH MY PHANTOM!!助けて、我らがファントム・オブ・ファンタジー!!」
DJのオークがそう叫んだ瞬間、とつぜん周囲に煙が立ち上った。
濃い煙幕のせいで、辺りが見えづらくなる。冒険者たちから動揺しているような声が上がる。
「まどわされるな!向こうの思うつぼだ!」
モーントが声を張り上げる。その後ろで、じっせキングが両手の中に魔法弾を作り上げた。
「しゃらくさい」
「待て!」
モーントの制止を聞かず、じっせキングは魔法弾をモンスターたちのいた方向へ投げ飛ばす。
しかし、魔法弾は煙の中に吸い込まれていき、そのままなにも起こらない。
「おかしいな。爆発しない……」
じっせキングがそうつぶやいた瞬間、突然煙幕の向こうから魔法弾が跳ね返されてきた。
「なに!?」
避ける間もなく、魔法弾はじっせキングの体に直撃した。
弾はまるで、花火のようにカラフルな閃光を放ちながら爆発する。
辺りに火花が飛び散り、巻き添えをくらった冒険者たちから悲鳴が上がった。
「落ち着け!慌てるな!」
モーントは必死で彼らを落ち着かせようと叫ぶが、その声をかき消すかのように轟音が鳴り響いた。
それと同時に煙幕が切れる。
ステージにスポットライトが当たり、一人の男の姿を浮かび上がらせた。
全身黒づくめのその男は、目深にかぶった帽子と、鳥の顔をかたどったような銀色の仮面で顔を隠している。
男は顔を上げると、マントを大きく翻し、エレキギターをかき鳴らす。
鼓膜が破れんばかりの大音量だ。
ひとしきり演奏すると、男はマイクを手に取り、モーントの方を見据える。
「ハロー、勇者様御一行。第1回ダンジョン・フェスへようこそ。俺様ちゃんこそ王国にバグをまき散らしすべてを書き換える、美しきブラックスワンにして愚者の王!ファントム・オブ・ファンタジー!!」
男が叫ぶと、いつの間にかその周囲に現れたベースやドラムのモンスターが一斉に音をかき鳴らす。
それに呼応するように、ほかのモンスターたちも歓声を上げる。
ファントムと名乗るその男は、舌を突き出し、人差し指と小指を立てて両腕を交差させたポーズで、冒険者たちを挑発する。
「ふざけろ!」
ハーレムマスターは剣を抜き、ステージへと走る。
しかしファントムは全く動じる様子もなく、後ろのバンドに向かって合図をした。
再び大音響で演奏が始まり、ファントムはマイクを手に取る。
世界はいつもこっちを無視して
日常はただ通り過ぎてく幻なのです
私は知らない誰かの捨て駒
だからこっちから捨ててきたんでしょ
イセカイ系は日常が運命と直結
カラダとココロを数値化して
オモイデを嘘とトレードして
全てあんたの思い通りなの
「!?」
モーントは自分の目を疑った。
ハーレムマスターはステージに上り、今にもファントム切りかかろうとする。
しかしファントムがそこまで歌ったところで、ハーレムマスターは剣を振り上げた姿勢のまま硬直してしまった。
ファントムはそんな状態のハーレムマスターに目もくれることなく歌い続ける。
置いてきぼりの実体
浮遊しているのさ笑いたい
哀れな無私を無視している
嘘つきは誰
嘘つきは君
嘘つきは私
頭の中 喰らいつくしていくよ
蟲が
「イエエエエエエ」
突然、冒険者の一人が叫びだした。
それにつられるかのように、ほかの冒険者たちも武器を捨ててはしゃぎだす。
異様な光景に、モーントは思わず後ずさった。
ステージの方に目を戻すと、ハーレムマスターは剣を手放して自分の足を必死に押さえつけていた。
そこへぷぇにっくすが舞い降り、彼の唇に強引にキスをする
その瞬間、ハーレムマスターは何かに取り憑かれたかのように激しく踊りだした。
蹴散らしてよ明けない朝を
沈んでいこうよ 宵闇受け入れて
破壊してよ甘美な虚無を
刺してよ私の心 毒より鋭利な悪口で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます