第1章ー7 思い出話を長々としてはいけない
ギルドの建物から出ると、辺りは夜の闇に包まれていた。
王国内の時間は現実と連動しておらず、現実では夜でも王国では昼間ということもある。
しかし今は、完全に真夜中のようだ。
遅くまでやっているような食堂も、酒場もすでに開いていない。
道すがら、アムレット……金森は、昔のことを思い出していた。
金森が通う中学校は、辺鄙な町の、どこにでもあるような学校だ。
そんな田舎では、髪が白いということだけでも非常に目立つ。
その上ひどい弱視であり、紫外線にも弱い。
そんな息子のことを心配して、母は登下校の際にサングラスや帽子を付けさせたがった。
もちろんそれはアルビノとしては当たり前のことなのだが、そんな恰好で歩いていれば、からかいの対象になるのは免れない。
アルビノであることを配慮しての学校側の対応も、却って金森の立場を悪くさせていた。
『特別扱い』というのが一部の同級生たちの反感を買い、いじめの大義名分となっていた。
彼らも表立ってやると差別として注意されてしまうので、やり方はかなり陰湿を極める。
それでも金森が強くやり返せないのは、母の影響が強かった。
そもそも弱視である金森を、盲学校ではなく普通の中学校に進学させたのは、母親の意向だった。
それは表向きには彼の将来性を考えて、とのことだったが、本当は近場に盲学校がないせいだった。
そちらへ進学するとなると、必然的に寮生活を送らなければならなくなる。
金森のことを手元に置きたがった母は、地元の中学校と直談判してまで、彼を普通の学校へ進学させたのだ。
家でも井森が一人で外出することを嫌い、外に出る際にはどこへ、誰と、何をしにいくのか細かく報告しなければならなかった。
終いには、登下校を自分が車で送り迎えすると言い出し、ひどい喧嘩になった。
その異様さは、この狭い田舎町でも噂になる。
彼女はそれを息子への偏見ととらえ、ますます態度を頑なにしていった。
しかしそんな行動こそが、金森の立場を更に悪くする原因にもなっていた。
そんな折、井森はアキラと出会った。
ちょうど2年に上がり、クラス替えがあった時だった。
初めてアキラを見たとき、他とは少し違った空気を感じ取った。
運動部でもないのにずっとジャージを着ていたし、何より誰ともつるまなかった。
普通クラス替えがあると、同級生たちは孤立するのを恐れていつもより饒舌になる。
お互いを探り合い、自分にちょうどいいポジションを掴めなければ、卒業まで続く地獄が待っている。
金森は当然、最初から地獄コースを覚悟した。顔見知りが多すぎたのだ。
しかしそんな中、アキラは金森にだけは積極的に話しかけてきた。
たまたま席が隣になったということもあったが、たとえ周りの席の人間が話しかけてきても、アキラは無視をする。
班やグループが同じになった人間に対してもそうであった。
ただ、金森にだけは常に気さくな態度だった。
ある日の帰り道、なぜ自分にだけそんな対応をするのか聞いたことがある。
自分にだけ関わり続けるアキラが、ほかのクラスメイトから『とんでもない変人』という烙印を押されているのを不憫に思っていたのだ。
確かに服装に対するこだわりは浮いているが、アキラの話はいつも面白かった。
またクラスメイト以外の、例えば教師を含めたほかの大人に対する態度はいつも礼儀正しかった。
周囲にも同じような対応をすれば、アキラは間違いなく人気者になるだろう。
「オレさ、友達を作るときは1年に1人だけって決めてるんだ」
アキラはあっけらかんと答える。
「1人だけだから、へんな奴とは付き合いたくないだろ?だから最初に、この中で誰と友達になったら一番楽しいかっていうのを考えるんだ。で考えた結果、マルと一緒にいたら面白いだろうなと思った。そんだけ」
「そんだけって……」
「オレ、面倒くさがりだからさ。正直ほかの連中は面白くないし、無理に話合わせるのも疲れるし。大人はまあ、適当にいい子しておけば深く突っこんでこないから。それに、1人コイツだ!って決めた以上は、全力で友達になりたいわけ。これで振られちゃったら、立場ないよなー」
アキラはそう言いながら、悲しそうにちらりとこちらを見てくる。金森は慌てた。
「そ、そういうわけじゃないんだよ。ただ、どうして僕なのかなって。だって、僕なんて白いこと以外、本当につまらない人間で」
「おいおいマル、そりゃないぜ。確かに最初お前が目についたのは、白髪だったからってのもあるよ。でもそれだけの奴だったら、オレは平気でぼっちになってたよ。マルには他の連中にない、いいところがあるんだ」
いいところ、と聞いて金森は顔が熱くなるのを感じた。
そんなものあるわけがない。顔を俯かせる金森を見て、アキラは目を細めた。
「そんなものあるわけない、って顔してるな。いいよ。なら帰って荷物置いたら、オレんち来いよ。そこで証明してやるから」
数十分後、金森は言われた通りにアキラの家にやってきた。
チャイムを鳴らすと、アキラの叔母が扉を開ける。
「あら、いらっしゃい。アキちゃんなら2階にいるわよ」
「ありがとうございます」
アキラには両親がいない。
中学に上がる前までは、祖母と一緒に隣村のかなり山奥の方に住んでいたらしい。
しかし2年ほど前に祖母が他界し、叔母夫婦の家に引き取られたのだ。
ちなみに叔母といっても正確には母親のいとこにあたるらしく、あまり顔が似ていない。
叔母の横をそそくさと通り抜け、金森は階段を上がってすぐの場所にある、アキラの部屋に入る。
中ではアキラが携帯をいじりながら待っていた。
こちらに気付くと、小さく手を挙げる。
「おう、まさか本当に来るとは」
「来いって言ったのそっちじゃん」
「冗談だよ」
へへ、と笑いながら、アキラは携帯を置いて机の引き出しを探り始める。
一体何を見せる気なのだろう。金森は少しドキドキしながら座卓のそばに座った。
「これちょっと見てみ」
座卓の上に、ばさりと黒いノートを広げる。
表紙は合皮に似た素材でできており、二匹のドラゴンがお互いのしっぽを噛みあっているようなデザインのレリーフが施されている。
レリーフの中央には、鏡を意識しているのか薄いアルミ箔のようなものが貼られていた。
覗き込むと、自分の顔がぼんやりと映し出される。
大きさはB5くらいだが、ずいぶん分厚く、一見すると本のようにも見える。
しかし中身を開いて見ると、全て横向きの罫線が引かれており、鉛筆で書かれたと思しき文章がびっしりと連なっていた。
金森はポケットからルーペを取り出し、書き込まれた小さな字を読んでいく。
かつて、この地はどこまでも白く、なにもない場所だった
そこへ女神が一本の線を走らせ、大地ができた……
こんな調子で文と絵を交えながら、延々と何かの物語の設定らしきものが続いている。
「なにこれ」
「『王国』だよ」
アキラの答えに、井森は一瞬言葉に詰まる。
ノートの内容を詳しく読んでみると、どうやらファンタジーか何かの設定集のようだった。
『王国』と思しき国の地理や歴史、住んでいる人々の特徴などが詳細に書き込まれている。
『うーん……』
金森は悩んだ。確かに教室で一緒にいると、ゲームや漫画の話をよくする。
その時に将来こんな話を作りたい、というようなアイディアを出し合うこともあった。
しかし、こうも作りこまれたものを『王国』などと称してを見せられると、正直少引いてしまう。
ネットで以前見たことのある、「妄想小説」というやつに似ていた。
「えーと、これはなんか、漫画とかゲームのアイディアなの?」
「あー、そういう風に思うか。まあ似たようなものではある」
アキラはどう答えようか迷っているのか、頭をぽりぽりと掻いた。
「なあ、これ見てどう思った?」
単刀直入に聞かれ、金森はもう一度文章を読んでみた。
正直最初に見たときは微妙な反応をしてしまった。
しかし読み込んでみると、以外にも作りこまれた魅力的な世界観に感じられる。
「いいんじゃないかな。僕は割と好きだ」
「本当!?」
「でもなんていうか、キャラがちょっと立ってないかも」
「うあー、やっぱりそうかー」
容赦ない言葉に、アキラはしおしおとうなだれる。
首を垂れたまま、問いかけてきた。
「……具体的には?」
「えっと、もうちょっと強そうなキャラが多いといいかも。ドラゴンも一撃で倒す技がある、とか、魔法で相手を操れる、とか。あと……」
「あと?」
「主人公は、男の方がいいかな?女の子だとちょっと感情移入しにくいっていうか……あ、でも小説の話だよ?こういう小説は、それが定番ってだけで」
アキラの意気消沈しきったような横顔を見て、金森は慌ててフォローを入れる。
するとアキラは顔を上げて、決意したようにこちらの目を見つめてきた。
「やっぱり、マルの力が必要だな」
「え?」
そう言うなり、アキラは黒いノートを取り上げてページの後ろのほうを開いた。
そこに挟まれているものが目に入り、金森は取り乱す。
「こ、これ、ボクが前描いた落書きじゃんか」
「そうだよ」
そこにあったのは、自分が描いたドラゴンの絵だった。
以前、授業中にノートに描いてみせたものだ。
カードゲームのパロディのつもりで描いたもので、あの後捨てたはずだったのだが、こっそり拾われていたらしい。
「ナイトメアドラゴン。かつては人々の悪夢を食べてくれるよき竜だったが、今は人に悪夢を与える存在である。攻撃力3500、守備2800……」
「読むなあ!」
取り返そうとする金森の手をよけながら、アキラは事も無げに言い返す。
「なあ、もしこのドラゴンが『王国』に住んでたら、面白くなると思わないか?」
「それは……」
「オレは絶対楽しいと思う。ドラゴンだけじゃない。他のいろんなモンスターや、それを倒す剣士や魔法使い……。この物語には、そういうのが不足してるんだ。だから、マルにそれを作ってほしい」
金森は少し考えた。
アキラはこのノートの内容を、小説か何かするつもりなのだろうか。
そういうものが流行っているのは知っていたし、ちょっと書いてみたいとあこがれたことはある。
とはいえ、金森にはモンスターやキャラクターを想像することはできても、物語の作り方がさっぱり分からなかった。
それを今、アキラが補おうとしてくれている。
「だめ?」
アキラの不安そうな表情に、心が揺らぐ。
自分の作ったキャラクターが、物語の中で動き出すのは魅力的なことだと思う。
とはいえそれをどこかに発表するとなると、誰かからひどくけなされることもある。
心の弱い自分のことだから、そんなことをされれば耐えられないかもしれない。
「いやじゃない……けど」
「なら」
「で、でもちょっと聞きたいんだ。これは誰かに見せるの?」
アキラは目を見開いた。どうやら想定していなかったらしい。
「今は、まだなにも考えてない」
「今は?」
「だってどうなるかなんて、やってみなけりゃ分からないだろ。オレたちの間だけで満足できそうならそれでいいし、誰かに見せたくなればそうすればいい。もちろん何かひどいことを言われるかもしれないけれど、その時はその時だ。ウケたければやり方を変えるだけだし、それがいやならまた俺たちだけの物語にする。でも、そういうのは今考えることじゃない。そうだろ?」
ほぼ息継ぎをせず、一気にしゃべり倒す。
その真剣なまなざしに、金森はたじろいだ。
「わ、分かった。とにかくやってみればいいんだろう。後のことは、またその時にして」
「ありがとう!」
アキラは目を輝かせて金森の手を掴んだ。
一体なぜそこまで真剣になれるのだろう。
もしかして、今から本気で小説家や漫画家になるつもりなのだろうか。
若くしてデビューする作家の話はよく聞くし、アキラには彼らと似た空気がある。
それを手伝えるというのなら、悪くない気がした。
「とりあえず僕は、キャラを作ればいいんだね。じゃあこんなノートの切れ端じゃなくて、何か画用紙とかに……」
「いや、これに描いてくれ」
アキラは手に持っていたノートをもう一度開き、何も書いていないページを見せた。
「え、これに?」
「これじゃないと駄目なんだ」
相手が何を言っているか分からず、一瞬固まる。
それとも、特別な理由でもあるのだろうか。
中二病的な脳内設定だったらどうしよう、と金森は顔を曇らせる。
「『王国』に関わるものは、全部このノートに集約されてないといけない。『ナイトメアドラゴン』も、できればこっちに清書してほしい」
「なんで?」
「あとで分かるから」
そう言ったきり、まともには答えてくれなかった。
ただ、金森が描くキャラクターを「すごい」「かっこいい」と素直にほめてくれた。
最初は疑問だらけだった金森も、やがて乗せられるままにノートに書き込んだ。
理由はどうだっていい。
今はアキラの言うことに従おう。そう思うことにした。
そうこうしているうちに、日もすっかり沈みかけていた。
井森の母親が門限に厳しいことはアキラも重々承知している。
モンスターを十体程度描き上げたところで、とりあえず帰ることになった。
帰り際、アキラは一枚の小さな紙片を渡してきた。
紙面には小さな文字で『建国者№5』とだけ書かれている。
裏返すと、『王国部規則』なるものが、これもやはり小さい字で書きこまれていた。
「できれば寝る前に、これを枕の下に入れておいてほしいんだ。だまされたと思ってさ」
「いいよ。分かった」
アキラの奇妙な申し出を、金森は快く承諾した。
ここに書かれた『王国部』の活動の一環なのかもしれない。
ならば最後まで付き合ってやろうではないか。
家に帰ると、予想通り母親が少々不機嫌な様子で出迎えた。
門限を少しオーバーしてしまったのがよくなかったらしい。
なるたけ母を刺激しないように気を付けつつ夜までやり過ごし、就寝前にアキラに言われた通りに紙切れを枕の下に入れた。
いつもなら母に気を使った日は、普段より寝つきが悪くなる。
しかし今日に限っては、不思議なほどすとんと眠りに落ちることができた。
金森は夢を見た。
真っ暗な空間の中に、一人で立ち尽くしている。
不安になって辺りを手探りしながら歩きはじめると、耳元で聞き覚えのある声が聞こえた。
「よかった。来てくれたんだ」
アキラの声だ。
返事をしようとする前に、腕をつかまれどこかへ引っ張られていく。
導かれるままに進んでいくと、だんだんと周囲が明るくなってきた。
足元がやわらかな草を踏んでいるような感覚を覚える。
土のにおい。
風の感触。
ふと顔を上げると、頭上を青い空がどこまでも広がっている。
金森はいつのまにか、どこまでも続く草原に立っていた。
「『王国』へようこそ!」
アキラがこちらを振り向き、満面の笑顔で叫んだ。
驚いて二の句が継げないでいる金森を無視して、アキラは思い切り口笛を吹く。
すると遠くから羽ばたくような音とともに、上空から何かが近づいてくるのが見えた。
その姿に、金森は目を見開いた。
「うそ……『白きグリフォン』!?」
二人のそばに舞い降りたのは、さきほどノートに描きこんだモンスターだ。
自分と同じアルビノという設定のグリフォンは、金森の姿を認めると人懐っこく顔を擦り付けてくる。
「すごい!すごいよこれ!一体どうなってるの!?」
興奮しながら問いかける金森に対し、アキラは小さく微笑んでまあまあ、と手を振る。
「今から見せてやるから、とりあえずそいつの背中に乗れよ」
アキラに言われるがまま、グリフォンの背中に乗る。
白い羽毛で覆われた背中は柔らかく、自分よりすこし低い体温や、呼吸によって小さく上下する感覚まで伝わってくる。
本当に生きているみたいだ。
アキラは金森の前側に飛び乗ると、グリフォンの首を叩く。
グリフォンは翼を大きく広げ、助走をつけてそのまま空へ飛びあがった。
「うわあ!」
「ちゃんと掴まってろよ!」
グリフォンはどこまでも高く飛んでいく。
このまま宇宙まで突き抜けていくんじゃないだろうか。
ばかげた心配をしていると、やがて姿勢が横向きになり、あまり強く掴まっていなくても安定するようなった。
少し安心した金森は、恐る恐る下を覗き込む。
弱視のはずなのに、不思議と遠くまで見通せる。
どこまでも続いていると思われた草原は、途中で森や池などに変わっていた。
遠くには砂漠や沼地などがあるのも確認できる。
「あれ」
アキラが草原と森の境目辺りを指さした。
小高い丘のような地形になっており、よく見るとな自然物ではなさそうなものが建っている。
白い女性の形をした像のような建物だ。
その周囲数キロメートル四方を高い壁のようなものが囲っているが、壁と像の間には何もなく、むき出しの地肌が露出している。
金森たちを乗せたグリフォンは、そのまま壁の中に入りっていく。
「ちょっと見てな」
アキラはそういうと、ポケットから光る小さな粒のようなものをいくつか取り出した。
その粒を手の中で数回振ると、露出した地面に向かってばらまく。
粒はキラキラと輝きながら落ちていき、やがて見えなくなった。
次の瞬間、辺りにすさまじい轟音が鳴り響く。
それと同時に何もなかった地面が隆起し、ひび割れた下からいくつもの建物が生えてきた。上空からではよく分からないが、赤や緑の瓦屋根のようなものが見える。
「これって……」
「マルにもできるよ。今から降りてやってみよう」
アキラがグリフォンの腹を軽く蹴ると、旋回しながらだんだんと高度が下がり始めた。
二人は建物が生えた塀の中で、少しだけ開けた広場のような場所に降り立つ。
アキラはグリフォンから軽い身のこなしで飛び降りる。
金森もそれに倣おうとしたが、結局足をばたつかせながらずるずると滑り降りるような格好になった。
改めて周囲を見渡してみると、先ほど地面から生えてきたとは思えないほどしっかりとした造りの家々が立ち並んでいる。
壁は灰色の石造りで、空から見たように色とりどりの瓦屋根が葺かれていた。
ちょうど以前テレビで見た、オランダの街並みに少し似ていた。
「すごい、すごいよアキラ!これってどうするの!?僕にもできるって本当!?」
「そう慌てるなよ。もうすぐ『アイツ』が来るはずだから」
アキラは広場からいくつも伸びている道の中で、一番広い通りに目をやった。
すると、その向こうから黒い人影が歩いてくるのが見えた。
人影は手を挙げ、こちらに向かって叫ぶ。
「モーント様!来てくださいましたのね!」
少し低めの、女の声だ。
よく見ると、人影は魔女のような格好をした妙齢の女性であることが分かった。
大きな三角帽子に黒いドレス、つま先がとがったブーツ。
ドレスは胸元がかなり大きく開いており、胸の谷間がしっかり見えている。
井森はこういう恰好をしたキャラクターを漫画やゲームで見たことがあったが、実際に目の当たりにすると目のやり場に困る。
少し釣り目気味の目は長いまつ毛が生えており、それに不釣り合いな小さな丸メガネを鼻の上にちょこんと乗せている。
アキラをモーントと呼んだその女性は、二人の前まで来ると井森の方をまじまじと見た。
「あら、この子が前おっしゃられていたお友達ですのね」
「そうだよ。マル、この人は『ヴィヴィアン』。この王国の案内人なんだ」
「よしなに」
ヴィヴィアンと呼ばれた女性は、ドレスの裾をつまんでお辞儀をする。
「ヴィヴァン、こっちはマル。俺の一番の友達だよ」
一番の、などと言われて金森はどぎまぎした。
とりあえずヴィヴィアンに向かって頭を下げる。
もしかすると『王国』での正しいあいさつの作法があるのかもしれないが、分からないものは仕方がない。
「早速で悪いんだけど、マルに『星見』をやってほしいんだ。いいかな?」
「おやすいごようですわ」
ヴィヴィアンは腰に下げたカバンから、先ほどアキラがばらまいたような小さな光る粒をいくつか取り出した。
よく見ると、全て異なる色をしている。
「これは『星』というんですのよ。緑が植物、赤が動物。白は石材。先ほどモーント様がここの建物をお造りになった時に使われたものです。あと青は水で……」
「細かい説明はあとでいいよ。それより、早くやっちまおう」
アキラに急かされ、ヴィヴィアンは仕方ないという風に小さく嘆息する。
「さあ、手をお出しになって」
ヴィヴィアンに言われるがままに、井森は掌を差し出す。その上にぱらぱらと粒を乗せられた。
「そのまま握って、何かを想像してごらん。反応があれば、今握っている『星』が熱くなってくるはずだ」
「何を想像すれば?」
「なんでもいい。マルの欲しいものを」
言われた通りに、頭に思い描いてみる。
ノートに描きこんだモンスターや冒険者たち。彼らが身に着けている武具。
奇妙な形をした植物。見たことのないような食べ物。金、銀、宝石。鳥。ネズミ。草。石ころ……
思いつく限りに想像してみるが、何も起こらない。
握りこむ手の力がだんだん強くなり、掌に爪が食い込む。
しばらくして、井森は大きく息を吐いた。
手を開いてみると、最初と全く変わらない粒がころりと出てくる。
「困りましたわねえ。他の種類の『星』は用意できていないんですのよ」
「あんまり焦らなくてもいいよ。そのうちマルに合う『星』が見つかるはずだ」
アキラの言葉に、井森は情けなくなった。
後ろを振り向くと、自分が考え出した『白きグリフォン』が心配そうな目で覗き込んでいる。
悔しい。協力すると約束したのに。
「『星見』はとりあえずやめにしよう。他にも見てほしいものがあるから」
金森はこっくりとうなずき、持っていた星をヴィヴィアンに返そうとする。
しかし誤って手が滑り、地面に星がばらばらとこぼれ落ちた。
その瞬間、いくつもの星が電気がほとばしったような音と光を発する。
すさまじい閃光に、金森は思わず目をつむった。
しばらくして、まぶた越しに光を感じなくなるのを確認し、恐る恐る目を開ける。
そこには、井森がまったく予想できなかったものがあった。
「ええ……」
星がばらまかれたはずの地面からは、奇妙な物体が生えている。
大きさは金森腰くらいだろうか。
植物のようなねじくれた茶色い幹に、金属でできているらしい枝が生えている。
その先から薄いガラス製の実のようなものが垂れ下がっていた。
幹の部分は木でできている部分と、色のよく似た石でできている部分が混ざっていた。
その上、枝の分かれ目や節には目玉のようなものがくっ付いており、時折ぎょろぎょろと動いている。
「気持ち悪っ」
自分が生み出したであろう物をまじまじ見て、嫌悪と落胆を覚えた。
これなら何も出てこなかったほうがましだ。
しかしアキラは物体に近づき、かがんでまじまじと観察する。
そうやってしばらく見ていた後、ゆっくりと立ち上がって金森の方を見る。
「やっぱりマルはすごいよ。これは今までこの世界になかったものだ」
そりゃそうだろう。
金森は自分を無理やりフォローしようとしてとして出た言葉だと受け取り、うなだれる。
すると、アキラはポケットから小さな紙片を取り出した。
就寝前、枕の下に敷いたものと同じものだろう。
「我は『モーント』。王国の宰相。女神の祝福により、真実を明るみの元に照らすものなり」
アキラがそう叫ぶと、目の前に等身大の鏡のようなものが出現した。
縁の部分は、二匹のドラゴンがお互いのしっぽを噛みあっているようなデザインになっている。
アキラに見せてもらったノートの表紙と同じだ。
鏡の部分は金属というよりも水面のようになっており、ふるふると波打っている。
アキラはその鏡面に向かい、中へと入り込んでいく。
すると、入ったのとは反対側の面から別の人間が出てきた。
顔はアキラと似ているようだが、年齢がずっと上に見える。
20歳くらいだろうか。服装も違う。
黒い軍服のような服装に、マントを羽織っている。
その人物は腰に差した短剣を抜くと、何かをつぶやいて例の物体に突き刺した。
「あっ」
井森は思わず声を上げた。
剣を突き刺されたそれは、一度霧散し、すぐに別の形になった。
カメラだ。
拾い上げてみると、そのカメラは先ほどの物体と同じ材質でできているらしいことが分かった。
レンズはガラスのような実、フレームは金属の枝、箱の部分は木と石でできている。
目玉はどこへ行ったのだろう。
金森が首をかしげていると、青年は剣を収めやさしく声を掛ける。
「それでなにか写してみろよ」
言われた通り二人にカメラを向け、シャッターを切る。
すると、レンズの下にある隙間から一枚の写真が出てきた。
取り出してみると、二人の姿とともに、なにやら文字と数字が書かれている。
「レベル……124?」
「え?」
青年の下には『開拓者№4 『王国の宰相モーント』 レベル:124 HP:96 MP:101 スキル:『真実の星を見抜くもの』……』などと書かれている。
ヴィヴィアンの方は『案内人 『夕闇の魔女ヴィヴィアン』 レベル:測定不可 HP:測定不可 MP:測定不可 スキル:『星鑑定人』……』といったような内容が書かれていた。
「どうかしたか?」
『モーント』の方に声を掛けられ、金森はハッとする。
これはどこかで見たことがあった。
「なんか……ゲームのステータス?みたいなのが書いてある」
「へえ」
「アキラの方には『王国の宰相モーント』って書いてあるな。あっ、ていうか君、アキラだよね?」
今更ながらに確認すると、青年はにっこりと笑って小さくうなずいた。
「そうだよ。でも今は『モーント』が正しい。そうだ、せっかくマルの星が分かったんだ。ついでに王国の真名もあげよう。チケットを出して」
チケット、と言われ慌ててポケットを探る。
枕の下に敷いたはずだが、中には確かにあの小さな紙切れが入っていた。
モーントにそれを渡すと、彼はそれに何かをさらさらと書き込み、金森に返した。
「いいか?今から言うことを繰り返してくれ。我は『アムレット』」
「わ、我は『アムレット』」
「女神の祝福により、全てを見通す者なり」
「女神のしゅくっ、祝福により、全てを見通すものなり」
噛んでしまった。うまくいかないのではと思い、赤面する。
しかし次の瞬間、目の前にあの表面が波打つ鏡が出現した。
覗き込んでみると、うすぼんやりと自分の姿が映し出されている。
「入って」
アキラに促され、恐る恐る鏡面に手を入れてみる。
冷たいとも暖かいとも思えるような、今までに感じたことのない触感だ。
そのままゆっくりと体を沈み込ませていくと、ねばねばしたものが全身にまとわりついてくるのを感じる。
それに締め付けられ、体を引き伸ばされていくような何とも言えない感覚があった。
その感覚を我慢しながら前に進み、やがて突き抜けたように感じる。
抜け出ると同時に、金森は膝に手を付けて大きく息を吐いた。
「よかった。うまくいったみたいだ」
「へ?何が?」
言われてから初めて気づいた。
先ほどよりも目線が上がっている気がする。
モーント……青年となったはずアキラよりも背が高い。
振り返り鏡に映った自分を見てみる。
そこには、成長した姿の自分がいた。
ひょろ長い全体の印象や気の弱そうな顔は変わっていないが、元々よりも少しだけ男前になっている気がする。
服装もかなり変化していた。
白いカッターシャツに茶色のベストとズボン、頭にはハンチング帽。
胸にはご丁寧に蝶ネクタイを結んでおり、あえて例えるなら19世紀の新聞記者かなにかのようだった。
モーントと同じく中世風の恰好を期待していたので少しがっかりしたが、カメラと合わせると悪く見えなくもない。
少し格好つけてカメラをいじると、縁の部分につまみがあるのに気が付いた。
指で触れると、カチカチと音を立てて動く。
一応レンズを覗いてみるが、とりたてて何か変わった様子はない。
「あらあら、ずいぶん見惚れてらっしゃるのねえ」
そういうわけでは、と否定しようとヴィヴィアンの方を振り向き、思わずシャッターを切ってしまった。
カメラから出てきた写真を見て、井森は思わず絶句する。
そこに写っていたのは、一糸まとわぬ姿のヴィヴィアンだったからだ。
「おいどうした、マル……じゃない、アムレット」
急に直立不動になったことを心配したのか、モーントが顔を近づけてくる。
「うわあ!なんでもない!なんでもないんです!」
金森……アムレットは思わず大声を上げ、写真をびりびりに破く。
『全てを見通すって、そういうことかよ!?』
自身の二つ名が、今となっては急に卑猥なものに思えていた。
なんどかつまみを調節し、なんとか普通通りに映るように戻す。
もちろん、そんな破廉恥な写真を撮ってしまったことは二人には内緒だし、ちゃっかりどうすればまたその機能が使えるかも覚えておいた。
『この先、何があるか分かったものじゃないし……』
誰にというわけでもなく、心の中でそう言い訳する。
改めて、アムレットは二人に向き直った。
「なあアキ……、モーント?これって結局何なの?」
「カメラのことかい?」
「それも気になるけど、今のこの格好とか、そもそもこの場所がどこかとか……あとアムレットとかいう名前とか」
モーントは一つ一つ丁寧に教えてくれた。
まずここは『王国』と呼ばれる場所だということ。
チケットを通して、夢の中から入ることができること。
アキラの部屋で見せられたあのノートに書かれたことが基盤となっており、『星』を使えばそれらを自由に具現化することができるということ。
『星』にはいくつか種類があり、それぞれ適正があるということ。
その適正に合わせて、王国内における名前とふさわしい職業が与えられること……。
「じゃ、じゃあさっきの鏡は?」
「名は体を表すっていうだろ。名前を与えられると同時に、この王国にあるべき姿に変わるんだ。現実の名前を思い浮かべれば、すぐ元に戻れるよ」
アムレットにとってそれはどうでもよかった。
周りから心配されたり、馬鹿にされたりするばかりの普段の姿より、今の方がずっとましだったからだ。
「説明はこれくらいでいいか?せっかく城下町ができたんだから、少し探検しようぜ」
そういうなり、モーントは通りに向かって走り出した。
アムレットも『白きグリフォン』をヴィヴィアンに預け、慌ててついていく。
人っこ一人いない街並みは少し寂しかったが、モーントと二人で「あの建物は店にするのにちょうどいい」とか「この辺りは市場にしよう」とか相談するだけで、とても楽しかった。
やがて二人は迷路のような通りを抜け、あの白い女神像の下までやってきた。
「そういえば、ここって最初からあったよね。これは何に使う?」
「いや、ここにはもう役割がある」
モーントが神妙な顔で答えたので、アムレットは少し心配になった。
「ここはね、女神の住まいなんだ」
「女神……」
さきほどもう一つの名前を与えられたときに聞いた存在だ。
「それって、神殿みたいな?」
「ある意味ではそうだよ。ここには本当に女神がいる」
あまりにもシリアスな空気に、アムレットはごまかし笑いを洩らしそうになった。
しかし、塔を見上げるモーントの目は、少し悲しげに見える。
「実を言うとさ、俺は女神のためにこの王国を作っているようなものなんだ。女神はこの世界を作り上げた創造主みたいなものなんだけど、今は絶対に外へ出てこない。だから……」
「分かった。つまり僕らがこの王国を管理しないと、どんどん荒れてっちゃうんだね?」
「それも、ある。でも本当は、本当はさ」
モーントは言いにくそうに言い淀んだ。
なんとなく、あまり突っ込んで聞いてはいけない空気を感じ取り、アムレットは話題をそらそうとした。
「ええと、まあ、きっとなんとかなるよ。それより、『白きグリフォン』にもちゃんとした名前を付けてやろうかって……」
「なあ、マル。これから話すことは、誰にも秘密って、約束できるか?」
モーントから急に「マル」と呼ばれ、アムレットはどきりとする。
そして、次に彼の口から出た言葉を、最初はうまく受け止めることができなかった。
あり得ないこととも思えたし、同時にこの王国でならきっとあり得ることとも思えたからだ。
しかし、最終的にアムレットは彼の言葉を信じることにした。
そうすることが、モーントからの信頼に答えることに繋がると考えたからだった。
以降、金森は度々チケットを用いて、アキラとともに王国を開拓するようになった。
とはいえ、彼が星を使おうとすると必ず奇妙なシロモノになってしまうため、もっぱらアイディアを出すか、『見透視カメラ』と名付けたあカメラを用いて出てきた写真……「ステータス」を確認するのが仕事になった。
『見透視カメラ』は文字通り様々なものを見通した。『王国』内のあらゆるものの「ステータス」を見ることができ、時には、遠く離れた場所を監視することもできる。
その力を用い、アムレットは「レベル判定士」という仕事を与えられた。
最初はアムレットとモーント、そしてヴィヴィアンの三人だけだったが、やがて他にもチケットを持つものが増えていった。
彼らもまたヴィヴィアンによる「星見」をうけ、自分に合った職種を見つけていった。
大方は植物や鉱物をうまいこと生み出し、「農家」だの「鍛冶屋」だのに収まっていった。
中には刺激を求めて「冒険者」や「戦士」になるものもいたが、アムレットほど奇妙な星適正を見せる者はいなかった。
また、チケットを持つ者同士の暗黙の了解として、お互いの現実における名前などは明かさないことになった。
皆夢を見ている間だけは、自由でいたいのだろうとアムレットは考えた。
アムレットの家は、繁華街から少し離れた高台にある。
外観は円錐形のレンガ造りで、屋根に取り付けられた窓から大きな望遠鏡がにょっきりと生えている。
家というよりは、物見台のような形だ。
中に入ると、壁に沿うようにらせん階段が取り付けられており、延々と屋根裏までつながっている。
階段にはところどころ少し広めの踊り場があり、そこに机やベッドを配置していた。
広さ的にはあまり大きくはないが、一人で暮らしていくには十分だ。
アムレットは玄関に入ってすぐの炊事場でコーヒーを入れ、カップを持って屋根裏まで向かう。
屋根裏のスペースはほかの踊り場よりも少し広めにとってある。
しかし、今はそのほとんどが書類で埋まっていた。
「重要な仕事、か」
ギルド内で片付けられなかった仕事の書類は、ある程度家まで送られてくるよう魔法をかけてある。
魔法を構築したのは、受付のアンだ。彼女は納期にきびしい。
たぶん裏路地の裂け目に落ち込んだせいでたまってしまった仕事を、丸ごとここに寄越したのだろう。
アムレットはコーヒーを一杯すすると、書類に目を通し始める。
多くはレベルアップの申請書と、クレームの陳情書である。
『新しい技を開発した。レベルを上げろ』
『ヒットポイントの伸び率が悪い。改善しろ』
『この間開発したアイテムは自分のレベルアップ条件になるはずだ。もう一度審査しろ』
『このモンスターは弱いが捕獲条件が難しい。もっと経験値が入るようにしろ』
十数枚の書類に目を通したところで、アムレットはため息をついた。
ダンジョンに行っているとき以外は、大半がこんなクレーム処理の仕事ばかりである。
正直言うと、アムレット自身はレベルの管理はしているものの、その基準を彼一人の権限で変えることはできない。
ステイタスがどのようなルールで変化するかは、きちんと冊子にまとめて『チケット持ち』一人一人に渡してある。
しかし戦うことが大好きな彼らが、そうしたものにきちんと目を通すはずもない。
かと言って、彼らの要求を全て通していたのでは、モーントに迷惑がかかる。
ゆえに大半のクレームについては、当たり障りのない文言をつけて突っ返すのが習わしになっていた。
「こういうことするから、お役所仕事って言われるんだろうな」
書類の一つ一つに返事を書きながら、アムレットは自嘲する。
ふと、机の上に飾られた写真立てに目がいった。
そこには屈託のない笑顔のモーントと、その横でひきつった笑いを浮かべる自分の姿が映っている。
その写真の下に書かれた文字を見て、モーントは下唇を噛む。
『最高の友達へ!』
まぎれもない、彼自身から送られた言葉だ。
気を紛らわせるように書類に目を移すが、どうしても視線が写真の方へ行ってしまう。
やがてたまらなくなり、写真立てを伏せた。
その時、天窓の一つからコツコツと音がした。
「ジルバーン!帰ってきたのか」
アムレットは机から飛びあがり、慌てて窓を開く。
そこから入ってきたのは、真っ白なグリフォンだった。
アムレットはグリフォンに、「ズィルバーン・シュネー(銀色の雪)」という名前を付けていた。
とはいえ、それを誰かに説明すると決まって笑われたりしたので、(ほかの者たちのネーミングセンスも似たり寄ったりではあったのだが)普段は発音も平坦にして「ジルバーン」と呼んでいた。
ジルバーンは部屋の中に降り立つと、積み上げられた書類を器用に避けてアムレットのそばに近寄った。
白い羽毛に覆われた頭を、アムレットのほほにすり寄せる。
「あはは、くすぐったいよ。元気にしてたか。飯はちゃんと食べてるのか?」
ジルバーンは返事をするかのように、「クー」と鳴いた。
普段ジルバーンは街の外にいて、魔物や小動物などを狩っている。
しかしたまに夜になると、こうしてアムレットの家に遊びに来るのだ。
鳥の頭をしているから夜目が利かなそうなものだが、そこは魔法の動物であるからだろうか。
他の家に間違って降り立ったことはなく、決まって必ずここに来るのだ。
この家の構造も、半分はジルバーンが来た時に分かりやすいようにするためでもある。
「ごめんね。今日は仕事がたまってて、夜の散歩には一緒にいけないんだ。代わりになにか食べていきなよ」
アムレットが階段に向かおうとすると、ジルバーンはさえぎるように彼の前に立った。
避けて行こうとしても、通せんぼするように同じ方向へ移動する。
「おいおい、そんなに遊びたいのか?悪いけど、今そんな余裕は……」
無理にどけようとジルバーンの首に触り、アムレットは違和感に気付いた。
羽毛に隠れて気づかなかったが、よく見るとひものようなものが巻き付けられている。
ジルバーンはこれのことを知らせたかったのだろうか。
慌ててひもをほどいてみると、小さな手紙が括り付けられていた。
差出名には『王国の宰相より』と書かれている。
「モーント!?」
手紙を開くと、急いでい書いたのかすこし荒い字でこう書かれていた。
「王国のレベル判定士へ
先ほどは邪険にしてすまなかった。実は君にも重要な任務があったのだが、周りの連中に知られるわけにはいかなかったので、手紙に託すことにした。
昨今王国内で頻発している奇妙な事件は、ダンジョンに潜むある人物によるものらしいと分かっている。
どうやらそいつは、本来ダンジョンの主である『ナイトメアドラゴン』を退き、自らが主であると名乗っているらしい。
しかもそいつは、ダンジョンの奥に安置されている「王国の秘宝」を狙っている。
あれがやつに奪われれば、王国は崩壊してしまう。
そこで、君には秘密裏にその秘宝を回収し、より安全な場所へ移動させることを依頼したい。
作戦の遂行は、冒険者ギルドのダンジョン調査と並行して行うこと。詳細はヴィヴィアンから聞いてくれ。
追伸:『王国の秘宝』は非常に強い力を持っている。
敵に奪われることはもちろん、ほかの誰かに知られることもあってはならない。
必ず誰にも見つからないよう回収すること。
あやしまれないよう、俺自身にもこの件に関して話しかけることはしないでくれ。
大変な仕事だが、こんなことは君にしか頼めない。どうか協力してほしい」
「君にしか……頼めない……」
手紙は読み終わると同時に、小さな星の粒に変化して、ばらばらと床へこぼれ落ちた。
自然と顔がにやける。
その様子を見て、ジルバーンが心配そうな目でこちらを見てきた。
「心配してくれてるのかい?大丈夫だよ。ダンジョンのことは誰よりも分かってるし、それに」
ギルドで皆が漏らした忍び笑いのことを思い出す。
冗談じゃない。
現実の無力な『ジジモリ』や『メガポン』ならともかく、今の自分は王国の宰相と女神から認められた、立派な『レベル判定士』なのだ。
「認めさせてやるんだ。あいつらに」
アムレットは自分でも気づかないうちに、拳を固く握っていた。
爪が掌に食い込んでいたが、その痛みすらも気にならなかった。
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