第1章―4 ステータスにいたずらをしてはいけない
「ちょっと、そこ、どいてどいて、あっ、ごめんなさい」
アムレットは街を行きかう人々を避けながら、どこまでも伸びていく写真を追って走った。途中、写真は道から逸れ、店の中や他人の家の中にも勝手に侵入していく。
追いかけるアムレットも、最初はなんとか中に入らないよう回り道をしていた。
しかし、やがて先回りしようにも追いつかなくなり、結局そのまま一緒に家や店の中に入り込まざるを得なかった。
「ああ、お食事中のところすみません。すぐ、すぐ出ていきますんで。……ちょっと、ダメダメ!それは生地じゃないんです!お願いだから服に加工するのはやめてください。でないと『一級便器細工師』なんて称号が胸にでかでかと……あれ、ここお風呂?ヒィッ、すみません!熱い!熱い!」
住人に白い目で見られ、店番や職人に文句を言われ、おまけに年のいった裸の夫人に熱湯をぶっかけられ、アムレットはへとへとになりながら走り続けていた。
追いかけながら、一体自分は何をやっているのだろう、とイヤな気持ちが膨らんでいく。
『大体僕はレベル判定士であって、こんなわけの分からない追いかけっこをするのが仕事ではないのに』
心の中で毒づいて、もうやめてしまおうかと立ち止まる。
ステータスにはなんの異常もなかったと適当なことを言って、帰ってしまおうか。
しかしここで放り出せば、きっとじっせキングはモーントに文句を言うに違いない。
モーントは責任感が強いから、代わりに自分が責任を取ると言うだろう。
『彼にそんなことはさせられない。こんなバカなことをするのは、僕だけでいいんだ。うん』
仕事柄、こんな役回りを押し付けられるのには慣れている。
アムレットはそうやって自分を納得させた。
写真はすでに繁華街を通り抜け、人気の少ない裏路地へと伸びていく。
あまりこの辺りは治安が良くない。
豊かな暮らしを夢見てこの街に来たはよいものの、仕事にあぶれて昼間から飲んだくれていたり、喧嘩ばかりしているような連中がわんさかいるのだ。
彼らはダンジョンのモンスターに比べればまだ力は弱いが、着の身着のまま来てしまった今の状態では心もとない。
なにより、ここはまだ未開発の部分が多く、時折地面や壁に「裂け目」ができてしまっていることがあるのだ。
「裂け目」は原料となる星がうまく加工されてなかったり、劣化してしまったりすることで起きる。
これに落ちてしまうと、復帰するのが大変なのだ。
念のために写真を引っ張ってみたが、やはりなにかに引っかかったかのように、びくともしない。
「このままほっぽとくと、ここの奴らに何されるか分かったもんじゃないな」
アムレットは一人つぶやき、意を決して裏路地へと歩みを進める。
想像していた通り、そこにはどう見ても堅気ではなさそうな者たちが、そこここにたむろしていた。
『目を合わせるな……ひたすらまっすぐに……』
壁や地面を見やると、時折「裂け目」ができているのが確認できる。
しかし不思議と写真自体は比較的安全そうな場所だけに伸びており、「裂け目」どころか建物の中にすら入り込んでいる気配がない。
「なんなんだよ、一体」
そのことに少し安心しつつも、アムレットは奇妙な違和感を覚えていた。
じっせキングの言うとおり、ステータスの文面が少しおかしくなっているように感じるのだ。
今までは追いかけるので精いっぱいだったが、気を落ち着けて書かれている文面を読んでみる。
『炎の男』
『一級巨大建築物設計士』
『ザ・爆弾魔』
『ラブ・ポエマー』
『不死身の魔術師』……
いかにも箔の付きそうな称号から、どうみてもふざけているとしか思えない肩書まで、様々な二つ名が延々と連なっている。
伊達に「じっせキング」などというあだ名をつけられてはいない。
「ふぅーむ……」
しかしよくよく見てみると、だんだんと文章がおかしくなってきている
『ぼうき&koi3e*]』
『権力>,o0nio犬ドモ』
『シャイニンクリンナップミセス室井』
『歯%クソQrlk:』
『星君は(/490c-^者だ!』
『doすrp3woV#1』
『ロード`e2*rie@esring』
『ボーの一{;+wde"3$~|』
『UうuUoOoooUoU』
『だ』
『そんなことより、ちょっと頭見てよ』
「頭?」
アムレットは思わず自分の頭に手をやる。
当たり前だが、何もない。
「いや、僕のじゃないな。何かのメッセージだ」
少しばかり考えたのち、写真の上に並んでいる文章をもう一度眺める。
「頭……頭?」
以前どこかで、似たような言葉遊びを見たことがあった。
しかしそれがこのステータスに書き込まれていることなど、普通あるはずがない。
アムレットは自身を落ち着かせて、先ほど見た称号の頭文字を読んでいく。
「ぼう、けん、しゃ、ハ、ほし、ど、ろ、ボ……ユー?じゃないウ、だ。えーと……冒険者は、星泥棒だ?」
そこまで読み切って、何とも言えない気分になった。
単なるいたずらとも思えるし、かなり悪意がある一文にも捉えられる。
だが、気になるのはそこではない。
「誰だ?こんなことしたのは」
レベル士であるアムレットを除き、ステータスをいじることができる人間などほぼいない。
冒険者たちはそのような権限を持ち合わせていないし、街の住人にもステータスをいじるような仕事をしている者はいない。
いるとすれば、ギルド内部の人間くらいだ。
「モーントはありえないとして、いるとすればヴィヴィアンくらいか?いやでも、あいつはNCCのはず……」
アムレットはぶつぶつとつぶやきながら写真を見続けていく。
奇妙な文面はなおも続いていた。
『とーちゃん』
『コンビニいってくる』
『ロコモコ丼買ったよ』
『でもねえ』
『おいしくないよコレ』
『マジで?』
『えー』
『ノリばっかだし』
「今度は急にまともな文章を……えっと、と、こ、ろ、で、お、ま、え、の?」
そこまで読んで、背中に少し冷たいものが走るのを感じる。違和感が嫌悪感に変わったような気がした。
『あー、だりい』
『しまった、財布忘れた』
『もう、ドジなんだから』
『取りにかえる!』
『見てらんない』
『ロス3分』
「あ、し、も、と、み、ろ……」
足になにかがまとわりつくような感覚がある。
見たくない、とアムレットは思ったが、その意思と反して視線は足元に向く。
それは最初、自分の足が黒く塗りつぶされているように見えた。
その黒い部分をよく見てみると、小さな何かが大量に蠢いているのが分かる。
虫だ。しかもただの虫ではない。
全身から汗が噴き出すのを感じながら、もう一度写真を確認する。
今まで文字だと思われていたものが、もぞもぞと動いているのが見て取れた。
「あ、あ、あ」
思わずその場から逃げだそうとしたが、足にまとわりつた虫のせいでうまく動けない。
バランスを崩し、そのまま地面に尻もちをつく。
それとほぼ同時に、画面の上にいた虫たちが一気に飛びついてきた。
「うわああああああああああ」
目から、鼻から、耳から、入り込もうとしてくる虫を必死で払いのける。
逃げなくては。とにかく、ここから逃げないと。
助けを求め、目をつぶったまま地面を這いずり回る。
「助けて、助けてモーント……」
情けない声をあげながら、手の感覚だけを頼りに必死に逃れようとする。
しかしその時、手から地面を触る感覚が唐突になくなった。
裂け目だ。
慌てて体勢を戻そうとするも、アムレットの体はそのまま下のほうへと傾いていく。
「あ」
為す術もなく、アムレットは裂け目へと落ちていった。
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