第1章ー3 ギルドでいざこざを起こしてはいけない

 「ギルドの中で何をしているんだ。ここは喧嘩をする場所じゃないぞ」

コツコツと靴音を響かせながら、声の主が当事者二人に近づいていく。

「……ギ、ギルドマスター」

「いや、あの、これは違うんだ」

しどろもどろになりながら、二人は必死に弁明を始めた。ギルドマスターと呼ばれた人物は、腕を組みながらそれを静かに聞く。

『ああ、やっぱりあいつが来ると空気が変わる』

アムレットは声の主を見止め、再び机に戻る。

彼の名は「モーント」。

肩書の通り、このギルドの総合的な統括を行っている。

荒くれ物の冒険者ばかりが集まるギルドであるが、統括者であるモーントは、この場に似合わない二枚目な容姿をしていた。

黒いシンプルな服に身を包み、腰には魔法を帯びた剣を携えている。

彼は冷静な表情のまま、切れ長の瞳で冒険者たちの言い訳を冷静に判断していた。

「……つまり君たちは、お互いのやったことに納得していないんだね?」

「まあ、そうなる」

「右に同じ」

つい今しがたまで相手を殺さんばかりだった冒険者たちも、彼の前では親に叱られた子供のようにしおらしくなっている。

「星の価値で競い合うことは止めないが、人の大勢いる場で剣や魔法を使うのはよくないな。それにダンジョン内で妨害しあうのも、実力者としてあるべき姿とは言えない」

「いやでも、それはコイツが先に」

ハーレムマスターが言い返そうとするのを、モーントはそっと制止する。

「君の気持もわかるよ、『紅蓮の剣士』。君は大事な仲間を侮辱されて、腹が立ったんだろう」

「そ、それは」

『いいえ、単に童貞とか言われてキレただけです』

アムレットはハーレムマスターの内心を勝手に代弁する。

「でも、それはきっと『幽玄の魔導士』も同じだったはずだ。もし君にこのギルドの実力ナンバーワンとしての誇りがあるのなら、仲間内で下手に煽りあうようなことはやめるべきだ」

「ううむ……」

まるで小さな子供へ諭すように、モーントはゆっくりと言い聞かせる。そして彼はじっせキングの方にも向き直る。

「君もだ、『幽玄の魔導士』。勝ちたいという気持ちは分かるが、あまりからめ手で成果をかすめ取るようなことはしない方がいい。できればそういうことは、我々が倒すべき敵のために使われたほうが有効ではないかい?」

「あ、そうなん、ですけど……」

『だって実績が欲しかったんだもーん』

アムレットはじっせキングの内心も勝手に代弁する。

「まあ、今回のことはとりあえず不問にしておこう。でもまた似たようなことがあった日には、二人ともそれなりのペナルティはあるものと考えておいてほしい」

「はい……」

「承知しております……」

返す言葉を失くし、二人は完全に気落ちしている。

その時、アムレットはギルドの入り口の方で、中の様子を伺いながらもじもじとしている少年がいるのに気がついた。

彼が視線を向ける方向に、モーントも同じように顔を向ける。

「ああ、そうだった。今日ギルドに来たのは、彼をここに案内するためだったんだよ。アムレット、『星見』をお願いできるか?」

「へ?い、いいけど」

野次馬がぽかんとした表情で見つめる中、モーントは不安そうな少年をアムレットの前まで連れてくる。いかにも素朴そうな、あか抜けない印象の男の子である。

アムレットは少年を専用の場所に立たせ、『見通しカメラ』のシャッターを切った。

カメラの下部にある隙間から、1枚の写真が出てくる。

出てきた写真を眺めながら、アムレットは背後にある引き出しから、緑色の星を2,3粒取り出した。

「てのひらを出して」

おずおずと掌を差し出す少年に、アムレットは先ほど取り出した星を握らせる。

「何か自分の作りたいものを想像してごらん」

「想像って、何を?」

「なんでもいいよ。ああ、でもできれば、植物のほうがいいかもね」

アムレットに促されるままに、少年は固く目をつぶる。すると、握りこんだ拳からパチパチと火花が散った。

「手を開いて!」

モーントが叫ぶ。

少年は慌てたように手を開いた。

すると、火花を発していた星が床に落ち、発光しながら姿を変える。

次の瞬間には、星は大きなブドウの樹に変化していた。

幹はその場にいる者達よりもはるかに背が高く、生い茂った枝からは、つやつやとしたブドウがたわわに実っている。

モーントはその一つをもぎ、少年に手渡す。

「おめでとう。君が初めて作ったものだ」

少年は驚いた表情でブドウを受け取り、一粒口に入れてみた。すると、先ほどまで自信なさげだった顔が、急にぱっと明るくなる。

「甘い!」

「ハハ、やっぱりそうか!」

うれしそうにはしゃぐ少年に、モーントも顔をほころばせる。

そして、ぼんやりとその様子を眺めていた聴衆たちに向き直る。

「『紅蓮の剣士』!『幽玄の魔導士』!」

急に名を呼ばれ、ハーレムマスターとじっせキングは慌てて彼の元へと走っていく。

二人を前にして、モーントはにんまりと笑って見せた。

「丁度いい。せっかく二人とも今月トップの成績を出したんだから、盛大に祝おうじゃないか」

彼らに向かって囁きかけると、モーントは周囲に向かって声を張り上げる。

「皆も興が削がれて申し訳なかったね。だから本日の仕事はここでお終い。これは私から君たちへのプレゼントだ!」

そういうなり、モーントは腰に差していた短剣をブドウの樹に刺した。

すると樹は再び発光し、今度は大量のワイン樽に変化する。

その光景を見て、うおおお、と周囲の野次馬たちが声を上げた。

中にはギルドとは無関係の者もいるはずだが、モーントは気にしない。

すっかり意気消沈していたはずのハーレムマスターとじっせキングも、モーントに勧められるままに飲まされ表情が明るくなっている。

『ハハ、まったくあいつにはかなわないな』

一触即発だったその場をすっかり収めてしまったというのに、自身は一滴も飲むことなくいつの間にか姿を消している。

そんなモーントの姿を見て、アムレットは彼の元で働けるのが誇らしく思った。

ちなみにモーントの前では仲良さげにしていた実力者二人であるが、彼の姿が見えなくなると再び小声で小競り合いを始めた。

「言っておくけどな。お前のこと許したわけじゃないんだぞ。今度ダンジョンで会ったら覚えてろよ」

「次に吠え面かくのはお前だからな。せいぜい首を洗って待っておけ」

じっせキングは捨て台詞を吐くと、いそいそと書類を片付けているアムレットの方へと向かう。

「おいレベル士、少し話がある」

「は?」

じっせキングに乱暴に声を掛けられ、アムレットも少し不機嫌そうに返事をする。

しかし相手の態度を一切気にすることもなく、じっせキングは勝手に話を続けた。

「ダンジョンにいたときからずっと感じてたが、最近少し調子がよくない。調べてくれ」

「調べてくれって、僕はレベルの査定が仕事ですよ。状態異常ならそこの回復所で……」

そう言ってアムレットは奥にある別室を指さすが、じっせキングは首を横に振った。

「あそこの連中はNPCばかりだからな。『回復しますか?』と『セーブしますか』しか聞いてこない。だから異常を報告しても、うまく伝わらない」

「NPCって。せめてNCCと呼んでください。ノー・チケット・キャラで……」

「とにかく、お前が見ればなにか分かるかもしれないだろう。調べてほしい」

「いや、でも今日はもう店じまいって」

「いいから」

アムレットはしぶしぶ「見透視カメラ」を取り出し、じっせキングを撮影する。

するとカメラの下部にある隙間から彼の姿を映した写真が出てくる。

その写真には、じっせキング自身の姿の下に、何やら文字や数値が大量に書き込まれていた。

「見透視カメラ」は写した者の能力値、すなわち「ステータス」を写し出す機能があった。

じっせキングの写真は、全く途切れることなくすさまじい速さでどんどん伸びていく。

彼はそのあだ名のとおり、大量の二つ名や実績のために、ひどく長い「ステータス」を持っていた。

アムレットは伸びていく写真を慌てて手繰り寄せようとするが、誰かに踏まれたのか、あるいはどこかに引っかかったのか、引っ張ったこちらが逆に転びそうになる。

「ああもう。これだから」

「いいからさっさと行け。誇り高い私のステータスを踏んだりするなよ」

にょろにょろと伸びていく写真は、そのままギルド内を抜け、建物の外へと続いていく。アムレットは仕方なく、冒険者たちを押しのけながら写真を追いかけ外に出た。

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