第1章ー2 仕事をサボってはいけない
舞台は地上に戻る。
地上は北の砂漠や南の沼地などを除き、そのほとんどがただっぴろい平野である。
その平野の東側に、小高い丘になっている場所があり、そこに街は作られていた。
街は周囲を高い城壁で囲まれ、モンスターたちもそうやすやすとは入ってこられない造りになっている。
中では多くの建物が所せましと立ち並び、様々な人種の人間や亜人が行きかっていた。
街の中心部には、住人それぞれが能力を駆使して生み出した物を取引する市場もあり、かなりの賑わいを見せている。
そして街の一番奥には、巨大な象牙色の女神像がそびえ立っていた。
その大きさは、遠くダンジョンの入り口からでも見えるほどであり、この街のシンボルにもなっている。
アムレットは窓越しに、女神像をぼんやりと見上げていた。
女神像は晴天の空のもと、両腕を天へと掲げている。
すると突然、彼の机の上にどさどさと大量の書類が乗せられた。
慌ててそちらの方に顔を向けると、受付のアンが呆れた顔でこちらをにらんでいた。
「まーた女神像にご執心ですか。そんなに女神様がお好きなら、神官にでも転職すれば」
「そうじゃないよ。ちょっと疲れてただけで」
「ふーん。あんな姿も見せないような女神、何の意味があるのかしら。私たちの仕事だって、本来はあの人がやるべきじゃない」
「コラ、モーントに聞かれたらどうする。不敬だぞ」
「不敬も死刑もあるもんですか。あー忙しい」
愚痴をこぼしながら窓口へと戻るアンを見送り、アムレットはしぶしぶ書類に目を通し始めた。
ここは王国の中心街に位置する、冒険者たちのたまり場……『ギルド』である。
冒険者となりダンジョンに潜るためには、王国の正式な許可が必要となる。
彼らの戦闘技能や探掘スキルを査定し、どの程度のモンスターなら相手にできるかをレベル付けするのが、レベル査定士である「アムレット」の仕事であった。
とはいえ、彼の仕事はあまり目立つものではない。
基本的にはいくつかの透視アイテムを用いて、冒険者たちの動向を確認するのが主だ。
その途中モンスターに襲われたりしては話にならないので、彼自身は少し離れた「別ルート」を使用する。
そこはモンスターにあまり見つからない代わりに、当の冒険者たちにもほとんど目に触れない。
時にはダンジョン内で行き倒れた冒険者を地上に連れ戻したりもしているのだが、彼自身がモンスターを倒すことはまずなかった。
それゆえに、冒険者たちからすれば彼は「いないも同然」か「遠くから見ているだけの部外者」でしかない。
しかし、彼の用いる『見透視カメラ』の有効範囲の問題もあり、場合によっては彼自身も冒険者らとともにダンジョンに深く潜る必要もある。
先ほども、じっせキングがそこらじゅうに張った見えない罠をかいくぐり、ハーレムマスターがむやみやたらに放つ攻撃をよけながら、冒険記録を付けていたのである。
そんな苦労を乗り越え、報告などの書類を必死にまとめるアムレットを尻目に、当の冒険者二人は再び小競り合いを始めていた。
「それでは、お二人が集めた星の査定結果を発表しますわ。まずは『幽玄の魔導士』様から!」
アムレットが作業をする机から少し離れたカウンターで、魔女のような衣装を纏った女が声を張り上げる。
鼻の上にちょこんと乗せたメガネと、それとは反対に衣装からこぼれ出さんばかりの豊満な胸を持つ彼女は、名を「ヴィヴィアン」といった。
仕事は冒険者の持ち帰った「星」の鑑定。普段なら淡々と鑑定を行い結果を伝えるだけなのだが、この二人の場合に関してだけは少し様子が違っていた。
カウンターの周りにはハーレムマスターとじっせキング、および彼らのパーティメンバーのほかに、野次馬と思しきほかの冒険者たちが人だかりを作っている。
ちなみに、『幽玄の魔導士』というのはじっせキングの数ある二つ名の一つである。
ヴィヴィアンはカウンターの奥にある奇妙な機械にざらざらと星を流し入れていく。
すると機械に取り付けられた歯車やランプなどが仰々しく動いたり点滅を繰り返し、中央にあるカウンターが激しく回りだす。
『またはじまったよ……』
アムレットはその様子を横目で見ながら、小さく嘆息した。
あんな機械を使わなくとも、ヴィヴィアンなら一目見ただけで星の価値など瞬時に見抜くことができる。
そういう「スキル」を持っているのだ。
それでもあえてこのような巨大な機械を用いるのは、実力ナンバーワン・ナンバーツーの冒険者二人の競り合いを盛り上げる演出だろうと。
実際、激しく回るカウンターを固唾を飲んで見守っている者の中には、当の冒険者たちだけでなく、彼らをアテに勝手に賭けを行っている部外者も多く含まれていた。
「結果は……三千二百!やはり一つ一つの質が良かったですわね」
おお、と周囲から驚嘆の声が上がる。三千二百といえば、今月の全冒険者の成績としては最高位に当たる。
「当たり前だ。どこぞの脳筋とはアタマが違うからな」
ふん、と鼻を鳴らし、じっせキングが胸を張る。しかし、その様子を見たヴィヴィアンは口の端を意味ありげに吊り上げる。
「では続いて『紅蓮の剣士』様!」
『紅蓮の剣士』はハーレムマスターの本来の職名である。そもそもハーレムマスターというのは冒険者たちが勝手に読んでいるあだ名にすぎず、彼自身もその名を気に入ってはいないようだ。
「結果は……あらあら、三千四百十!僅差での勝利ですわね」
じっせキングと、彼に賭けていたらしい者たちが目に見えて落胆する。
「フフン。これでオレの勝ち越しだな、じっせキングくん?」
したり顔で慣れ慣れしく肩を叩いてくるハーレムマスターの手を、じっせキングは乱暴に払いのけた。
「うるさい!お前が雑な攻撃をしなければ、全部こっちの取り分だったんだ。第一、前線は全部女どもに任せて、自分は後からおいしいとこだけ持ってくんだからな。それで実力ナンバーワンとは、私なら恥ずかしくて世間様に顔向けできないぞ」
じっせキングに煽られ、ハーレムマスターも苛立ったように顔をしかめる。
「それを言うなら、お前こそ罠だの幻術だのセコいことばかりしているじゃないか。それに俺のパーティは信頼しているからこその仲間だが、お前のは「幻惑」のスキルで無理やり操ったモンスターだろう。出るところ出れば虐待だぞ」
「なにが虐待だ、私の大事なスライムを、魔法攻撃一発でおじゃんにしてくれた奴が言っていい言葉か。それに女どもがお前を信頼してるだぁ?それこそ『魅力値』をアイテムでカンストさせて、無理くり従わせてるだけだろうが。このエセイケメンの、童貞非モテ野郎が」
「なんだとコラァ!もう一回言ってみろ、この人間モドキ!」
先ほどまで一応は紳士的な口調だったハーレムマスターが、急に声を荒げ剣を抜く。
周りにいた野次馬たちは、驚いたように一斉に身を引いた。
しかしじっせキングが動じることなく呪文の詠唱を始めたのを見て、逆に歓声を上げ始めた。
「いいぞ、やっちまえ」「俺はハーレムマスターに二百賭けるぞ!」「じゃあ俺はじっせキングに三百八十!」「こっちが勝ったらさっきのはチャラな」「おい、ふざけるな!」
お互いに引く様子のない冒険者二人と、勝手に盛り上がる聴衆たちを前にヴィヴィアンが慌てて止めに入る。
「ちょっとちょっとお二方、ここで喧嘩するのはやめてくださいな。周りの迷惑になりますわ」
「うるせぇ!女は引っ込んでろ!」
「悪いが鑑定師、こちらも引けない時というものがある。なにか壊してしまったら後で、弁償するからな。コイツが」
じっせキングはそう言ってハーレムマスターを指さす。
「言ってろ!その口切り割いて二度と喋れないようにしてやる!それとも、そのローブを剥いで中身を晒してやろうか!」
「やれるもんならやってみろ!」
大声で叫びながら、ハーレムマスターが切りかかる。相対するように、じっせキングも掌の上に魔法の球を発生させ、そのまま放つ態勢をとる。
『おいおい、冗談じゃないぞ』
二人の小競り合いをずっと静観していたアムレットだったが、さすがに巻き込まれては叶わない。慌てて書類をまとめ、逃げる準備を始める。
お互いの攻撃がさく裂する、そう思われた瞬間であった。
「二人とも、止め!」
建物の外から鋭い声が響く。
その声にハーレムマスターもじっせキングも攻撃をする手を止め、恐る恐る声がした入り口の方を見やった。
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