第1話 ダンジョンでケンカをしてはいけない

 ここは、遠い場所のとある王国。

その王国の僻地に、今は誰もいない古城がある。

かつてこの城を築城した主は、敵の侵入や配下の者たちの裏切りを恐れ、地下に迷宮を作り上げた。

迷宮は城の主を失った後、代わりに怪物やこの世ならざる者たちが徘徊するようになる。

迷宮はダンジョンと呼ばれるようになり、人々から恐れられる場所になった。

しかし、そんな場所にわざわざ潜って、生計を立てる者たちもいた。

人里での暮らしからはみ出し、人ならざる者の住処にわざわざ分け入る彼らを、人々は『冒険者』と呼んだ。

ダンジョンの第4階層。

絶えず動く壁により、細かく道が分断されているこの場所で、何者かが大声を上げて走り回る音が響く。

「そっちへいったぞー!囲い込め!」

「いや、そっちはだめだ!『じっせキング』のやつらが待ち構えてる!」

雄々しい怒号をあげながら「跳ねオオカミ」の群れを追っているのは、おおよそモンスターを狩るには似つかわしくない美しい見た目の女たち。

まとっているのも、鎧というにはいささか防御力の足りなさそうなビキニ・アーマーや、レオタードに近い魔法使い風の衣装である。

彼女らは剣や魔法を巧みに使いこなしながら、狼たちを追い詰めていく。

「よし!壁際まで追い込んだぞ!」

「あとはマスターが最後の一撃を食らわせれば……」

オオカミたちを袋小路にまで追いやり、ほくそ笑む女たち。

しかし次の瞬間、オオカミの群れがいた床が突然抜け、女たちはあわてて崩れた穴の中を覗き込む。

よく見ると、穴の底には無数のスライムがみっちりと詰まっており、オオカミたちを「生き埋め」にしている。

「貴重な跳ねオオカミにあまり傷をつけてくれるな。女ならもう少し優しく丁寧に扱うべきだろう」

女たちが顔を上げると、先ほどまで壁があったはずの場所に、全身を包むようなローブ姿の一人の人間が立っていた。その顔はフードに隠れ、女たちからは見えない。

「き、貴様……『じっせキング』!また邪魔しに来やがったのか!」

「そのふざけたあだ名で呼ぶな。私にはもっと権威のある二つ名が山ほどあるんだぞ」

『じっせキング』と呼ばれたその者は、やれやれという風に頭を左右に振る。

「まあ、でもいい。おまえたちのおかげで、ここらへんのオオカミはまとめて捕獲できたようだしな。あの昼行燈剣士にもよろしく伝えておけ」

「こ、この!マスターの悪口は許さんぞ!」

女の一人が、怒りのあまり持っていた剣を『じっせキング』に投げつける。

しかし剣は『じっせキング』の体をすり抜け、むなしく床に落ちた。

「物理攻撃は効かないと散々思い知らせてきたはずだがな。やはり阿呆のパーティは頭のできがよろしくない」

『じっせキング』が片腕を挙げると、オオカミたちを飲み込んだ巨大なスライムの塊が空中へと浮かび上がる。その上下に魔法陣が浮かび上がり、淡く輝きだした。

「まずい、転送魔法だ。魔法使い、早く妨害魔法を」

「やってるけど、あっちの方の魔力が強すぎて……」

魔法使い風の女が杖を掲げるが、光は弱くなるどころかますます輝きを増している。

「では、またギルドで会おう」

スライムと同じく浮かび上がり、ひらひらと手を振る『じっせキング』。

女たちにはなすすべがなく、その様子をじっと見つめるしかない。

その時だった。

「プラズマティック・アロー!」

空を切り、鋭い閃光がスライムの塊に突き刺さる。

「何!?」

驚く『じっせキング』の目の前で、スライムの塊がオオカミごと爆発・四散する。

その爆風に巻き込まれ、『じっせキング』は数メートル後ろの壁に叩きつけられた。

女たちの背後から、鎧を纏った一人の男が現れた。

その姿を見た途端、女たちが歓声を上げる。

「マスター!」「マスター、やっと来てくれたんですね」「遅いですよマスター!全部持ってかれちゃうところでした」

男の元へ女たちがわらわらと集まってくる。

「ああ、すまない。ちょっと上で『ヒトクイ蜂』に襲われてる連中を助けてたら、遅れてしまったんだ」

「あーん、マスター優しー」「さすがわが主!尊敬いたします」

女たちは甘ったるい声で口々に男を褒めたたえる。

その向こう側で、じっせキングが腰をさすりながら立ち上がった。

そして、無残にも爆発したオオカミとスライムの塊を見て、大声で叫ぶ。

「貴様、『ハーレムマスター』か!また私のモンスターを台無しにしやがったな!しかもこんなに雑にバラしたら「星」の価値が下がるだろうが!このクソッタレ脳筋!」

じっせキングは、先ほどの仰々しい口調をかなぐり捨て、自分を攻撃した男をなじった。

その手には、爆発したスライムかオオカミの残骸が乗っている。

しかしそれは生き物の肉片というよりも、文字通り星屑のようにキラキラと輝く鉱石のようであった。

地団駄を踏むじっせキングに対し、ハーレムマスターと呼ばれた赤い鎧姿の男は、すました顔で答えた。

「オレはただ大切な仲間がピンチに陥っていたから助けただけだ。お前こそ、自分の「同族」を利用するような真似はやめたらどうだ」

「そーだそーだ!」「ざまあみろ!」

ハーレムマスターに同調して、女たちが騒ぎ立てる。

向こう側の乱暴な言い方に対し、じっせキングは握りしめた拳を震わせる。

「だ、誰が同族だって!?お前、私をなんだと思って……」

「なに、ウィルオウィスプはスライムよりも格が上だって言いたいのか?まあ、重要なのはそこじゃないな。問題はどっちがより稼いだか、だろ?この続きは上でやろう」

「……ふん。後でほえ面かいてろ」

ハーレムマスターに論破され、じっせキングは悔しそうに姿を消す。

その姿を笑いながら見送った後、ハーレムマスターは女たちに「星」を集めさせた。

その総量、人一人が入れる大きさの麻袋に、ざっと三十袋分。

集まった星を眺めながら、ハーレムマスターは女たちにねぎらいの言葉を掛けた。

「これだけあれば、今回も俺が一位だろうな。みんなのおかげだ。感謝する」

「そんなことないですよー」「マスターの実力があればこそです」「帰ったら祝杯あげましょう!パーッとね」

きゃあきゃあと黄色い声を上げる女たちに囲まれ、ハーレムマスターはにやにやと締まりのない笑いを浮かべた。


「はあ、またずいぶんと派手にやり合ったなあ。あの二人って、なんでいつも足引っ張り合ってるんだろう」

一方、そんな冒険者たちのいざこざの様子を、少し離れた場所から眺める者が一人いた。

彼は箱型のカメラや望遠鏡のようなものを覗きながら、二人の小競り合いを逐一書留め、その行動一つ一つに点数をつけていた。

その周囲には、点数が書かれた紙や、余白に『HP(体力値)』『実績』などと記された写真が散らばっている。

それらと望遠鏡を交互に見つめながら、ぶつぶつと独り言をつぶやき続ける。

「『スライム球』なんてよく考えたなー。あのまま生け捕りで持って帰れたら10点あげても良かったかも。それに『プラズマティック・アロー』か、初めて聞いた。もしかして新技かな?じゃあこっちにもちょっと色付けして……。でもハーレムマスターって、いっつも主人公面して上から目線だよな。ああいうの嫌いだわ」

彼の仕事は「レベル鑑定士」だった。名を「アムレット」という。

使っている道具は、遠い場所を見通せる望遠鏡や、相手の姿を写しただけで、その能力を自動的に分析するカメラなどだ。これらの道具を使って、彼はモンスターに襲われにくい安全な場所から、冒険者たちを監視していた。

そして彼こそが、後にこのダンジョン、そして王国に未曽有の危機をもたらすことになるのだが、それはまだ誰も知らぬことだった。

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