スーちゃん先生の有難い授業・前編
ある日、スーワイアはシルネから頼まれ事をされていた。
曰く、授業をやって欲しい、と。
またか、などと思った彼女ではあるが、別段断る理由もないので引き受けた。
故にマリー・カイラ、ウナ・クリアデル、エウ・クリアデル。その3人に授業を行っている。
一紀、冒険者の今としてはジンキ。つまりはこの国の王もまた録画した映像で勉強している。無論、参考程度ではあるがアプリで流し読みしながらよりは捗るという報告もある。
スーワイアは魅想城に入り、以前授業を行った会議室へと入室。
「あ〜スーちゃん。……早いね〜?」
すると撮影の準備をしていたミネアレがスーワイアの存在に気付く。
以前、生徒達に準備を手伝おうかと問われたミネアレだが、彼女はそれを丁重にお断りしていた。曰く、スーちゃんを最も良く撮れるのは自分だとふんわり言い張っていたとか。
マリーがアレはマジの顔だったと若干慄いていた。
ミネアレに早いと言われてスーワイアの表情が少し困ったようなものになる。
「ミーネが呼んだんじゃないか……」
そう言われたミネアレはえっへへ〜、とほんわか照れ笑うと次いで口を開く。
「最近は〜、スーちゃんも忙しいよね〜?」
「ま、まぁ、そうだな」
居心地悪そうにスーワイアが答える。なんとなくミネアレが言いたい事に察しが付いてしまった。
「でしょ〜? だから〜、たまには2人だけの時間が欲しい〜なって……ねぇ?」
「や、やっぱりか。でもなミーネ、私達はほぼずっと一緒にいるじゃないか」
「物足りないなぁ〜?」
そう言いながらそのままスーワイアの両手を握りそっと引き寄せふんわりと抱き締める。
スーワイアに抵抗はない。彼女もまた背に手を回す。
自分のわがままに応えてくれるスーワイアにミネアレは嬉しそうに笑い、彼女の耳元にそっと口を寄せた。
「スーちゃんは〜寂しくなかったぁ?」
「……少しだけ」
「むぅ〜意地悪さんだぁ〜!」
「…………勘弁してくれ……」
耳まで真っ赤にして言うスーワイアを見てミネアレもまたそれ以上は言わなかった。
ただ、一言だけ。
「えへへ、だ〜いすき〜」
「……わ、私、もだ」
「ん〜? え〜?」
「好きだって言ったんだよぅっ!?」
「しょ〜がないなぁ? ありがと〜」
まるで恋人の睦言のような甘い雰囲気である。しかし、彼女らは一線は越えていないし、2人はあくまで友情であるのだと声を大にして言い張るだろう。
さて、そんな静かで甘い空間にふと別の音が入り込んだ。ピクリとスーワイアの耳が動いた。
「シーっ!? これ以上はダメ! 退散、退散だよ!」
「で、でも良い所だよ!」
「だからこそでしょ!?」
「ミーちゃん先生の言う通りだったねぇ……」
「みんなマジマジと見過ぎっ!」
「「マリーだって……」」
ドアの向こう側から聞こえる。若干隙間ができている。
スーワイアは正面を向く。ニコリと微笑むミネアレ。
トドメにドアはギギィッと独りでに開きドサドサドサッという音がする。
スーワイアはそちらを見る。
思いの外、静かに倒れたものである。
「…………」
「「「…………」」」
4人が見つめ合い時間が固まる。
スーワイアから口を開く。
「何を……している?」
「「「……ミーちゃん先生に呼ばれました」」」
「っ!?」
裏切りかっ!? とバッと振り向くスーワイア。
「スーちゃんは〜良い子だって。みんなが〜信じてくれなかったから?」
「……ムキになった、と?」
「うん!」
スーワイアは部屋の隅に移動し蹲った。
「————っっっっ!!!!」
声にならない声が何故かすごく3人の心に響くのであった。
ミネアレはパンッと手を叩く。
「授業を〜、はじめましょうか〜」
「「「………………はい」」」
マイペースで強引な彼女に、誰もが敵わないなと思った。
★
スーワイアが立ち直るのには少し時間が掛かったが無理やり仕事モードへと思考を切り替えた。
多少引きずっているがそれはご愛嬌。
スーワイアは時計をチラリと見る。
「授業と言っても始めるには少し早いな」
しかし、生徒も揃っている状況でただ時間を待つのも退屈だろう。
少し考え、丁度良い話題があった事に思い当たる。
「そうだ、3人とも竜はもう見たかい?」
スーワイアの問いに最初に答えたのはマリー・カイラである。
「うん、圧倒されちゃった」
短く鮮やかな金髪は綺麗に手入れされており、金眼もまた強い意志を感じさせる。この国に来た当初とはまるで別人のようである。
だが、悪い変化ではないのだろう。
動きやすい格好をしており、ホットパンツは健康的な彼女の脚を強調している。
そんな可愛らしい少女は竜をその目に見て驚いた。この国に来て驚きの連続だろう。他の2人もまた同様だ。
次いで反応したのはクリアデル姉妹の姉の方であるウナとその妹、エウ。
「ウナ、ちょっと触ってみたいかも」
「エウも!」
元気よく右手を上げての主張だ。
ダークグレーアッシュの肩まであるふんわりとした髪に髪と同じ色をした瞳。
2人とも片方の目が前髪に隠されており、その明るい声とは裏腹に少々ダウナー系の雰囲気がある。
前髪に隠れた目には小さな傷痕があり右眼に金の魔眼を持つウナと左眼に銀の魔眼を持つエウ。
2人は似たような中華衣装を身にまとっている。広い袖から覗く彼女達の名前に充てた漢字の刺繍である『
そんな3人の元気な様子も今では然程珍しい物でもないのかスーワイアは特に気にせず話を続ける。
「まあ、後でユレンにでも頼めば触らせてくれるだろうさ。さて、みんなは五族分類については知っているかな?」
スーワイアの質問にマリーが答える。
「えっと、たしかこの世界の全ての物を5つの枠組みに分けたものでしょ?」
「その通り。では、どのようにわかられているのかな、ウナくん?」
「人族、魔族、竜族、龍族、元族の5つ……だよね?」
「正解だ。まあ、ここまでは常識問題か。最後にエウくん、この5つはどう別けられている?」
「先生! なんでエウだけ難しい質問なの!?」
「なんだ答えられないのか?」
理不尽だと不満を口にするエウにしかしスーワイアは意地の悪い笑みを浮かべて挑発する。
「うぅ〜〜……答えられ、ます……」
唸りながらも声を絞り出す。
ゆっくりと答えていく。
「まず、人族は…………ひ、人です……?」
確認するようにスーワイアを覗き見るエウ。スーワイアは頷くことで続きを促す。
「魔族は……魔物! 竜族は竜で龍族はすごい竜。元族は動植物とか!」
「と、このように当たり前の知識も意外とよくわかっていなかったりする訳だが……」
「先生っ!!」
「すまんな。それではエウ。この中に含まれていない幻のもう一族がある訳だが何かわかるかい?」
「…………神族?」
「正解!」
「ふふん♪」
「「ちょろい……」」
「さて、続けようかね」
そう言いながらホワイトボードの前へと歩みを進め、スーワイアは説明を続ける。
「まず、人族はエウの言う通り人だ。全ての人種がひとまとめにされている。全員が同じ言語を介し、意思の疎通を図る」
中央の上部に人族と書いた場所を丸く囲み、順に時計回りに魔族、竜族、龍族、元族と記す。
「さて、次は魔族、と思ったんだが先に元族について知っておいた方が後々楽だろうな」
元族を丸く囲む。
「元族とは全ての起源であり、原初、母だ。それは例えば動物、植物、菌類、鉱物、空気など全てが含まれる。例を挙げればキリがない程にある。コイツらがあったからこそ全ての生物がいると言ってもいいだろうな」
スーワイアが3人の生徒を覗けばいまいち理解は得られてはいないようだ、と気づく。
かと言ってそれ以上はいう気もないのか、はたまた後にでも説明するのか手早く魔族に円を描いた。
「次に魔族。エウは魔物と言っていたな。しかし、私達人族からすれば元族以外は魔物と呼ぶことができる訳だ」
「あ、そっか」
「ではどういう分け方なのか。それは魂の在り方だ。人族、魔族、竜族、龍族、元族それぞれが別方向の在り方を持っている。それが影響して魔力の波長にそれぞれの特徴がでた。まあ、魔族を見間違える事もそう無いだろうな」
「あ、それでなんとなく魔物を見た時に魔物だってわかるんだね」
「そう、それで人型の魔物でも感覚的にわかる。人に化けようがそれは変わらない」
ウナが納得するとその隣からエウが疑問を口にする。
「でも、魂の違いってどういう事なの? 影響とかあるの?」
「まあ、それは竜と龍の違いについての後だな」
スーワイアがホワイトボードの竜族と龍族をまとめて囲む。
「さて、この同じ響きのややこしい存在についてだ。まず、何故同じなのか。それは元々は一つだと思われていたからだ。しかし、魂の違いに気付き、無理矢理作ったのが始まりだな」
「ええ、なんか適当」
「実際見た目から違いはわかりにくかったのさ。どちらも強さはピンキリ、見た目も魔族程じゃないがバラエティに富んでるしな」
「じゃあ、また魔力の違いでしか判断できないの?」
マリーの不満そうな視線にしかし、スーワイアは否定する。
「いや、見た目でも確実ではないがわかるし、その行動でも判断できる」
龍は竜に比べて完成形に近い存在だという。
龍は共通して、手足を持ち、空を飛べる。
対して竜はそのいずれかが欠けているのが通説だ。
「あ、じゃあ竜が進化したら龍になったりするのかな?」
エウの質問にズバリッ! とスーワイアがパチンと指を鳴らしながら指差した。もう片方の手で
カメラを回していたミネアレがその仕草にキュンッとした。
「それは次の議題。
ホワイトボードをクルリと回す。スーワイアは「まず、初めに」と前置きを置く。
「私達は人族だ。それはわかるな?」
生徒達が頷く。
「だが、私とログレイ君そして君達の見た目は違う。何故だと思う? まずはマリー君」
「そ、れは、種属が違う、から?」
「では、ウナ君」
「……個性、かな?」
「自信満々そうなエウ君」
「それはエウ達がエウだから!」
「「…………」」
「マリーもお姉ちゃんもそんな哀しそうな目を向けないでよ!」
尚も、可哀想な子を見る視線の2人にエウは更に言い募る。
「エウ、わかってきたの! スーちゃん先生の求めるエウはアホの子なんだって!」
「発言が既にアホ……」
「エウがアホになっちゃったよぉ〜……」
「……いいの。先生ならきっとエウを理解してくれる。うん、いいの」
マリーが頭痛がするかのように片手を額に当て、こめかみをほぐし、隣のウナは両手で顔を覆い涙を隠した。
エウは遠くを見ながらスーワイアに希望を見出していた。
ミネアレが微笑ましそうに見つめる中、スーワイアは笑いを噛み殺しながら進める。
「だがまぁ、誰も間違っちゃあいない。人族とは本質で、言ってしまえば在り方だ。人という存在だ」
ホワイトボードに【人族】と書き、そこから横に矢印を伸ばし、更に書き加える。
「そして、この在り方が変わる事を、つまり私達の場合、人族でなくなることを【転化】という」
矢印の先に【転化】と書かれ、【人族】の下に【
「ここからは私を例に出そうか。私は書いた通り【
突出した特徴を持つ者ならば特にわかりやすいだろう。鋭い爪や翼などだ。
「コレが別のものになる事を【変化】という。多かれ少なかれ姿が変わる。必ずではないがな」
3行目に【
「これは性質であり個性。コレが変われば【進化】と呼ばれる。進化によって姿が変わる事もあるが大きなものではない。どちらかと言えば精神的、或いは能力的な変化が特徴だ」
このように族名、属名、種名によってこの世の全てのものを分類する事ができる。
そして、それぞれの変質を転化、変化、進化と呼ばれる。
ちなみにその下に品種名というものがある。
それは上記の3つの名の組み合わせにより、大まかな分類が決まり、魄技の特徴などで品種名が変わったりする。
基本的に魔族や竜族、龍族がその名で呼ばれる事が多い。ゴブリンアーチャーなどがいい例だろう。
人族もまた獣人やエルフ、ドワーフなどとあるわけだが、これはあくまで俗称であり総称だ。例えでいえば獣人が特にわかりやすい。犬や猫、また同じ犬の特徴でもそこには明確な違いがある。それが品種名の違いだ。
「これでわかったと思うが竜族は龍族に進化する事はない」
「でも転化? はするんですよね? どちらかと言うとそういう認識でエウは聞いたと思うんですけど……」
「そうだそうだ〜!」
「無論わかっているさ。しかし、君達は少し勘違いをしているようだね」
腕を組み、少し考え込む。
「いいかい。五族の壁は1番取り除くのが難しいものだ」
「なんでですか?」
「逆に聞くが君達は猿になれるかい? 虫はどうだ? ゴブリンでもいいぞ?」
「そ、それは無理だね」
「……なるほど」
「でもなる方法はあるんですか?」
エウの質問にスーワイアは嬉しそうにする。
「いい質問だ。実はまだ正確にはわかっていないのさ。ただ方法はある、とされている」
「わからないのにあると思われてるってどうなの?」
「……迷信かな?」
「いいや、違うさ。ちゃんとあるだろう? 転化できたという一例が」
そう言われると3人は心当たりを探したくもなる。少し考え、3人は同時に思いつく。
「「「
「その通り。魔族に転化できる方法がある以上それ以外に転化できる可能性がないとは言い切れない」
「でも転化するのがそんなに難しいのに、進化と変化は大丈夫なの? 死んじゃったら意味ないよ……」
ウナは不安そうな顔を覗かせる。
「まあ、不安になる気持ちもわかるが進化も変化も多少の負荷は掛かるが対した負担はない」
「じゃあ、それは誰でもできるってこと?」
「それもまた違うな」
どちらもまた相応の努力というものが必要である。
では、それはどのような努力なのか?
3人は同時にそう思った。
努力と言っても果てはないように感じられるのだ。
そこで今回の議題である魂魄の性質を知る必要がある。
「まず、魂魄とは2つの動力源からなるハイブリッドエンジンのようなものだ」
1つは精神をつかさどる
これらをまとめて魂魄と呼ばれている。とはいえただの正式名称であり、ただ単に、たましいと呼ばれる場合が多いだろう。
「ここで勘違いされやすいのがこの魂魄が別々の場所にあるとされる事だ」
しかし、実際には違う。
各個人が所有する異空間の中に存在する。
その空間は魔力に満たされており、その魔力は培養液の様に魂魄を浸している。
魂魄は1つの塊であり、分離しているわけではない。
「それとこれも勘違いされやすい事の1つなんだが、魂魄に大きさや重さの違いはない」
それは虫であろうが人であろうが魔物だろうが竜や龍だとしても変わらない。
さて、進化や変化についてである。
進化とは魂魄の精神をつかさどる魂の変質を意味する。
精神とはいわゆる心。感情、意思、気構え、気力、理念だ。全てが魂に込められている。
魂魄として見た場合、それは魂魄の濃度として現れる。
対して、変化はその逆。魂魄の身体をつかさどる魄の変質を意味する。
身体とはそのまま体のことではある。しかし、ただそれだけではない。
魂魄として見た場合、それは魂魄の形の柔軟さとして現れる。
さて、この魂魄の2つの要素を繋ぐ部分がひとつだけある。
それは記憶である。
「あれ? でもものを覚える時って頭を使うんじゃないの?」
「基本はそうだな。現に今も脳に記憶しているはずだ。しかし、全てを憶えている訳ではないだろう?」
「……それは、たしかに」
「今、覚えている事も忘れてしまっている部分も魂魄に蓄えられている。身体が覚えているというその感覚もまた同じだ。全ての経験や感覚が魂と魄を繋ぐ部分に蓄えられている」
魂魄は情報の塊だ。
そして、その中に極めて特別な情報として刻まれるものがある事に気付いただろうか。
「はい、ウナ君」
「……魄技?」
「正解だ」
「え、でもそれだと身体の魂にしか刻まれないんじゃないの?
「それは違うぞ、エウ君。魄技というのは通称だ。そして正式名称は〝魂魄技巧〟と呼ばれる」
魄技には魂と魄、そしてそれを繋ぐ部分に刻まれるものとで3種類あるとされている。とはいえそれは大幅な脱線になるのでまたの機会としよう。
話を戻そう。
魂魄とは情報の塊である。
そして、魂に刻まれた情報がとある段階に達する時。魄に刻まれた情報がとある段階に達する時。それぞれ進化と変化が起こる。
とはいえ五族によって魂魄の濃度と柔軟さは違っており、それぞれ進化と変化の難易度が違う。
「ふ〜、こんなものか。人の分野を話すのは疲れるな」
「スーちゃん先生の分野じゃないの?」
「ああ、これはデールの担当分野だ。監視塔第二階層管理者、デール・カウアイのな。見かけた事はないかい?」
「多分ないかも」
マリーが代表して質問に答えるとスーワイアは仕方がないと苦笑を浮かべる。
「まあ、引きこもりではあるからな、アレは」
「あの、その担当分野って魂魄についてですか?」
「何言ってんのウナ。今言ったばっかりじゃん!」
「だってエウ、二階層って……」
「……あっ」
「あそこを覗いたのか。まあ、正確には〝魂魄〟と〝命〟、だ。デールが言うには
そう言うとスーワイアは時計をチラリと見る。
「さて、ちょうど時間だな。今日の授業を始めるぞー」
「「「えぇーーーーっ!?」」」
3人が絶望の表情で呻くほかなかった。
話が濃すぎたらしい。
「スーちゃんは〜、やっぱり可愛いなぁ〜。予定にない〜、話だもんね〜。ホワイトボードが〜、とーってもお粗末だよぉ〜」
ミネアレは背後でよくわからないポイントで萌えていた。
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