迅速な信用の得方 便乗してあやかれば問題ないよね! 編

 争いの原因になる火種は様々である。

 例えばすれ違いであったり、勘違いであったり或いは正しさであったり。

 例を挙げれば枚挙に暇がない。

 そんな中、『言葉足らず』や『余計な一言』などその要因の最たるものの1つとして数えられるだろう。

 争いはない方が良いに決まっている。

 アルフレッド・バライもまたそう思う人間だ。

 しかし……。


「誤解を招くのを承知で発言しよう。『うちの従業員が脅迫に屈して寝返った裏切り者だった件』」


 無論いろいろ伏せられてはいたがおよその経緯を聞かされ、アルフレッドは混乱し、様々な感情が胸に去来した結果、彼は彼の身に起きた事を簡潔に述べた。

 それ故に言葉が足りず尚且つ一言余計な、ユマが聞いていれば間違いなく突っ掛かるであろう発言が飛び出たのである。

 しかし、まだ冷静な部分もあるのだろう。話を本題に戻すように頭を振る。


「ともかく自分の商会に危機が訪れている事がわかりました。ここまで来て何がしたいのかはやはりわかりませんがね。あなた達の目的はいったいなんです?」


 決着と言われてもわからないのだろう。

 そしてなによりもわからないのが彼女らの目的である。


「そんにゃ畏まらにゃくても難しいはにゃしじゃにゃい。みゃー達と取り引きして欲しいだけ」

「取り引きですか。今までの話からすればおそらく選択肢はないのでしょうけど聞きましょう」


 些か取り引きとも交渉とも呼べない状況である。

 しかし、そうしなければならなかった条件であるという事。普通に頼まれたのではアルフレッドが聞く耳を持たない、或いは門前払いまでするかもしれないような類の話であると言う事。

 信用のないE級冒険者ならば尚更である。


「簡単な事や。ウチらの後ろ盾になって欲しい。ほんで、ウチらの信用を保証して欲しいんでありんす」


 なるほど、とアルフレッドは納得した。

 こうでもされなければ頷けないお願いである。それと同時にバライ商会の価値と信用を他の商会を敵に回してでも強制的に押し上げた意味も理解できた。

 最初から拒否の選択肢は取れないのである。アルフレッドは渋々ながら頷く。


「わかり、ました……」


 思わず溜息まで溢れそうであった。

 しかし、そんなアルフレッドの心情などお構いなしに話は進む。


「ありがとにゃ〜。ほら、ほむりんもそろそろ機嫌にゃおす! こっからが本番だよ!」

「そうでありんす。これで終わったら協力者やのうて傀儡師や」

「……そうだっけねぇ。……しょんない。頑張るよ」

「え、え? どう言う事、ですか?」


 未だに状況が飲み込めていないアルフレッドは戸惑うばかりでうまく頭が回らない。この話をする為にここまで来たのではないのだろうか? と。

 ホムリはミヤナの膝下から立ち上がると手を腰に当てて呆れたように口を開く。


「もうっ、察しが悪いよ! しょんないからぼくたちが信用に値するって所を見せるだよ。これ以上ないくらいにね!」

「ど、どうやって?」

「どないしたん? 目的地はもうちょい先でありんしょう?」

「は? いや、先って……この先は」

「さあ、行った行った! 君に選択肢はにゃ〜い! にゃっはははっ!」


 無理矢理にでも馬車を進まされる。

 馬車馬もまた目的地に近づくにつれ、落ち着きを無くしていく。

 アルフレッドの焦りが移ったかのようである。そして、彼自身もまた半ば呆然とした面持ちのまま微かに見えてくる目的地を捉えると掠れた声が口を潜る。


「……やっぱり……竜の抗争地帯じゃないか」


 目の前には3種の竜、3つの群れが争っていた。



 竜にも多種多様あるものだ。

 その中で目の前にいるのは群れを成す竜族の内の3種類。

 そして、1個体が強力な力を持っているのもまた子供ですら周知の事実であり、現実だ。

 故に決して、折角3種類いるのだから1人1種類ずつ受け持とうではないか、などという軽い発言はまず一般人であるのならば耳にする事は絶対にない事だろう。

 アルフレッドは耳を疑ったが、竜に圧倒され口すらも動かせずにいた。

 馬は無理矢理眠りに就かされ馬車を動かそうに動けない。

 現在、抗争のど真ん中である。

 しかし、そんな事は眼中にもないのか、頓着した様子はなく、不安そうな素振りはホムリ、ミヤナ、コヅミには一切見られなかった。


「それじゃ、逃げられないように結界を張ろっか」

「逆では?」

「せやなぁ、追いかけんのは面倒やからなぁ」

「……逆では?」

「ド派手に刺激してこっちに向かわせるのが1番だにゃ!」

「…………逆では?」


 この娘達はきっと人懐っこい動物と勘違いしているのではないだろうか?

 ここは声を大にして訴え、一目散に逃げるべきなのだ。

 こんな冗談みたいなノリで死んでは命が勿体ない。


「逆なのではないでしょうかっ!?」

「「「うるさい」」」

「はい……すみません」


 3人のマジトーンの声に更に萎縮してしまった。

 状況は変わらず、話し合いの末にそれぞれの相手が決まった。

 ホムリは空を見上げて気負いなく口にする。


「じゃあ、ぼくはロワルトルスだね!」


 コヅミもまたどこか楽しげに自分の相手を選んだ。


「ほな、ウチはレイレオルにしとこか」


 ミヤナは力の抜けた声と共に残った相手を面倒そうに見つめた。


「みゃーは残りのタルポディンゴリンににゃるにゃ〜。まぁいっか! そう言えばどっちが結界を張る?」


 ミヤナの疑問にホムリとコヅミは見つめ合う。3人の中ではその2人が境結を扱えるので自然とその2択になる。


「今回はぼくがやるよ」


 苦笑を浮かべて引き受ける、ホムリ。簡易的な物ではあるし大した手間ではない、と。

 そして、各自準備を整え馬車を離れる。


「えっと、お気をつけくださ〜い……」


 アルフレッド小声で小さく声援を送る。

 少なくとも彼女達の小さな背中は縮こまっている自分よりは大変大きな物に感じた。


「器の差かなぁ……」


 彼女らを置いて逃げる勇気もない己に然もありなんと嘆く他ない。



 ホムリはミヤナとコヅミに登録の為の魔力を込めてもらった札を懐から取り出す。

 そこには何やら紋様が描かれている。

 それを中指と人差し指で挟み込む。


「《三柱結界・竦並しょうへい》」


 そう呟き、手をパッと離す。するとその手にあった札はまるで手品の様に消えてなくなっていた。

 それと同時にホムリとミヤナ、コヅミを中心に3つの球形の結界が広がり、それぞれの竜を呑み込んだ。

 結界の強度で言えば強い方である。

 簡易的な物とはいえ3人の誰かを倒せればそれで解けるのだ。

 そして、それぞれターゲットを絞っている事もあり、標的外の竜は押し出される。

 空中だろうが地中だろうが関係なく結界の中からは出られない。よって竜達の標的もまた自然と邪魔者に向かってしまうのも当然であろう。

 ホムリは空を見上げながら自身の指に武庫指環アーモリーリングを嵌め込み、ロワルトルスという竜の一種について考える。

 飛翼属ワイバーンの一種である。

 大きな翼を持ち、手のように3本の鉤爪を持ち合わせている。

 しかしそこに握力と呼べるようなものは無く、主に引っ掛ける為に存在する。

 頑丈でいて鋭いその鉤爪は無論攻撃にも役立つがロワルトルス自身の体を支えるのにも役立つ。

 森林などで鉤爪で枝にぶら下がり、丸まって睡眠を取る。蝙蝠のように逆さまではないが翼で体とその力強い脚をも包み込むのだ。

 彼等の気性は差が激しい。普段は大人しいが一度攻勢に出るとなかなか手が付けられなくなると有名だ。

 15〜20からなる群れで空からの突撃で敵は原型を留められなくなる程。

 通称、強襲竜と呼ばれる所以である。

 そして、その強襲竜達がホムリを捉える。


「空から振る雨を防ぐと言えば昔から決まってるじゃんね。《斂傘れんさん誘遊ゆうゆう》!」


 ホムリは指輪から取り出したのは赤と黒の美しい和傘である。

 しかし、当然ただの和傘ではない。それは立派な彼女専用の武器である。

 群れの中の一際体の大きな竜が大きく吠えた。


「グラアアァァッ!!!!」


 恐らくは群れのボスだろう。そのボスの指揮の下、群れ全体がホムリへと向かって急降下を開始した。

 慌てる事なくホムリはくるりと開いた傘を回し、竜から自分の姿が見えない位置に持っていく。

 すぐさまドドドドッと大地を揺らす程に衝撃が辺りを襲う。

 一瞬で地形が変動する威力。

 砂塵が舞い、竜達は再び空を舞う。

 地上を睥睨する。

 ロワルトルスは例え小物だろうが全力を尽くし、驕る事はない。単独で行動する、より強い強者を知る故に。

 クリアになる視界に、しかし訝しげに目を細めざるを得なかった。

 ホムリの残骸らしきものが何一つとして見当たらない。

 その時、声は上から聞こえた。


「凄いねー! あんなのまともに食らったらただじゃ済まないら」


 ロワルトルスの背に立ちながらひょっこりと下を覗いての感想を暢気に溢すホムリ。

 くるりと傘を回して、感心したように笑う。

 驚愕し暴れる竜。そして、周りを取り囲む竜達。

 しかし、何をするでもなくホムリは乗っている竜から飛び降り、傘に身を任せゆっくりと降下していく。

 そこまで虚仮にされて黙っている竜達ではない。次々と襲い掛かる。


「ほっ! ほぁ、ほわゎっ!」


 軽やかに身を捻り、最終的にドジっ子のような声を上げて別の竜の背に乗る。

 傘を閉じてそのまま竜を突き刺しても良いのだが目的がある以上、それは躊躇われる。

 ホムリは傘を閉じ、体を捻りスピードを出す事でホムリを振り解こうとする竜にしがみつく。

 他の竜が追ってくるのを視界の端に捉えつつある程度固まってるのを確認する。

 ボスもまた確認すると身を投げ出し、地上を目指す。

 背後から迫りくる竜達に対し、札を取り出す。

 視線を動かしてニヤリと笑みを浮かべる。


「うん、覚えたよ。《乗効符》!」


 額に札を押さえつけ叫び、札が消えると別の札を手に取り握り潰した。


「《幻怪符げんかいふ》!」


 下へ落ちる速度が増し、ボフンと白い煙に包まれる。

 そこから現れたのはボスの竜よりも2倍は大きいであろう同種族の巨大な竜。

 地上に近づく際、翼を大きく一度羽ばたかせるのみで全ての勢いを殺し、凄まじい風を巻き起こしながらゆっくりと着地した。

 そして一声。


「グラアアアアァァッ!!!!」


 轟音。

 迫りくる竜達は動揺と爆音の衝撃から減速もせず地上に激突した。

 それは鉤爪を利用した、海鳥の魚を狩る早業にも酷似した攻撃とは違い、頭から衝突したものだ。

 巨大竜は一歩踏み出し、轟音と爆風を辺りに撒き散らす。

 一歩また一歩と歩き一体の竜の頭に鉤爪を掛ける。

 それは彼等のボスである。

 抵抗すれどもボス竜は拘束から抜け出せない。そして、鉤爪は振るわれた。

 爆音と共に砂煙が舞い巨大竜諸共包み込む。

 シーンと静まり返る中、砂塵は時期に晴れていく、そこに竜達が見たものは。


「どうかな? まだやるならこっちにも考えがあるけど」


 竜の頭部に乗り、そこに傘を深く突き刺して絶命させたホムリの姿である。


「あ、逃げないでね? 被害は少なくしたいだよ」


 ニコニコと言うホムリに対し、なまじ頭の良いロワルトルス達は彼女の言葉を理解してしまい、首を垂れる。まるで虐められた相手に心配して頂きありがとうございますと情けなく言っているようであった。

 ……間違ってはいないだろう。



 はて? とコヅミは鉄扇を口元に広げて首を傾げる。


「グルルルルゥゥッ!」


 周囲を取り囲むようにレイレオルが姿勢を低くして攻撃態勢を取っている。

 しかし、一向に攻撃を仕掛ける様子がない。

 何故だろうかと疑問に思い、事前に調べていたレイレオルという竜について思い出す。

 跳脚属ドライグの一種とも言われるそれは警戒心が強く慎重である。

 捕まえた獲物を決して逃がさない顎と力強く発達した柔軟でありながら強靭な筋肉を持つ。その為か他の竜族と比べ、パワーとスピードは高次元のスペックである。

 未発達の翼を前脚に備え、飛膜をも持つ彼等に空を飛ぶ能力こそないものの特出した跳躍力と滑空能力を併せ持っている。

 しかし、その滑空能力は滅多に使われる事はない。

 群れの大移動で使われるのが主である。

 地上にいる時に比べ自由度がどうしても損なわれる故だろう。だが、縦横無尽な動きと連携から繰り出される彼等の猛攻は脅威でしかない。

 別名、急襲竜とも呼ばれる。

 そして、彼等はなによりも己の五感に自信を持っている。己が感覚に命を預けてきた自負がある。

 そこまで考えコヅミは掛かって来ない理由を察した。


「すまんなぁ。ほんのすこぅし侮ってしもうたなぁ〜」


 そう言ってパチリと己の武器の1つである鉄扇・《妖扇杖ようせんじょう》を閉じ、己の姿を掻き消した。

 同時に別の位置に姿を表す。

 労力を惜しんだばかりに失敗してしまったと優雅に笑い、少しは楽しめそうだと目を細める。

 竜達が一斉にコヅミへと飛び掛かる。


「せっかちさんは嫌われるで?」


 凄まじい腕力から繰り出される爪撃に対して鉄扇を使って逸らし、身体を捻り躱す。

 最小限の動きで全てを捌く姿は美しく過激であった。

 9本の尻尾もまたまるで舞台にいるかのように彼女を映えさせる。

 終わらない猛攻の中コヅミは視線を巡らせボス格を探す。

 そして見つけた。

 背後で全体を見回す、一体。

 コヅミだけではなく、他の戦線もまた気にしている辺りなるほど、確かに用心深いらしい。

 ニィッと口が弧を描いた。


「あきまへん。よそ見はちぃとあきまへんなぁ〜。早よう、終わらそか」


 自分を棚に上げて迫りくる爪に鉄扇を当てて開く。爪を利用して開かれた鉄扇のその中心に白い焔が出現する。


「《狐火五色きつねびごしき赫爆かくばく》」


 次の攻撃が来る前に発動し、爆炎が竜達を包み込み、コヅミはその爆風を利用し一瞬でボス格との間合いを詰めた。

 虚を突かれたものの当然、レイレオルを束ねるボスなだけあり素早い反応でコヅミの間合いを離れる。鉄扇程の間合いならば容易いだろう。

 しかし、既に鉄扇は握られていない。


「卑怯や言う人もおるかもやけど、ウチは後出しが大好物なんでありんすえ? 《万輪ばんりん大閃華だいせんか》」


 手元には大きな戦輪、チャクラムとも言われる武器が出現した。

 花を模されたデザインでコヅミらしいとも言えよう。

 それが斬ッと横へと振るわれていた。

 ドサリ、と首が落ちる。

 血飛沫を上げて胴体が倒れる。

 ふぅ、と息を吐き楽しく続きをやろうかと妙な艶を振り撒きながら背後を振り返ればコヅミはしもうた、と戦輪をしまう。

 スタスタと歩き、宙に開いたままくるくる浮遊する鉄扇を掴むと周りを見渡す。

 周りには負傷したまま動けずにいる竜達が転がっていた。


「これは、やり過ぎでありんすね……ほんに、やり過ぎんした……」


 とりあえず目的は果たそうかと少し落ち込み気味にスタスタと一体に近づく事にしたのだった。

 折角盛り上がってきはったんやけどなぁ、と聞こえそうな背中である。



 潜鎧属ドレイクに分類されるタルポディンゴリン。

 別名、奇襲竜。

 特徴は前述した竜に比べれば多い部類だ。

 まず1番に目を引くのはその大きな手と爪である。

 頭部の倍はあるそのゴツゴツとした手とそれを支える腕は見た目通りの握力と腕力を有しており、最優先に警戒すべき攻撃であろうことは誰の目にも明らかだ。

 体表を覆う重なり合うように並ぶ鱗もまた先の尖った形と特徴的であり、その縁は刃物のように鋭く、防御は勿論、鱗を逆立てる事で攻撃にも転用する事ができる程に斬れ味もある。

 また節々や肩の辺りは鱗甲板に覆われている為、スピーディーな動きこそできないものの少なかった隙がさらに徹底されている。

 外皮の下には分厚い皮膚があり、非常に高い伸縮性と柔軟性、それでいて硬さを併せ持ち、さらにその下には脂肪、いわゆる皮下脂肪が蓄えられているので、ただでさえそれまでに弱めた衝撃をさらに高い抜群の衝撃吸収能力が待ち構えているのだ。

 そして、全体的に丸みを帯びているが側面と太く長い尻尾の付け根辺りから生える鋭く尖った無数の太いトゲ。

 それは小さな相手にこそ効果的とは言えないが、大きな相手を牽制する事や、微量の毒もまた盛られているので迎え討つ事も可能にしている。

 3つの層からなる装甲と強力な武装を併せ持つ攻防一体の竜。

 故に、彼等が丸くなるそれは防衛本能ではなく、威嚇であり、威圧だ。

 彼等はプライドが高く、計算高い部分もある。そして、彼等の本領は地上ではなく地中である。

 地中を泳ぐように掘り進め、下からの不意打ちを仕掛ける事からも分かる事だろう。

 このようにタルポディンゴリンは動物に例えるならばモグラ、アルマジロ、センザンコウ、ヤマアラシ、ラーテルなどの特徴に近いものを持ち合わせていると言えるだろう。

 

 さて、ミヤナは彼等の事を事前にたっぷりと調べていた。しかし、情報はあまりなかった。

 上記に書かれている事の半分以下の情報しか得られなかったのだ。

 あれは後にユレンから与えられたアプリで更新され、開示された情報である。


「完全に貧乏くじじゃにゃいか!」


 故に、彼女は実際に相手にして十分に理解した上で涙目を浮かべて嘆いた。


「みゃーちゃん頑張れ〜」

「ガッツでありんすよ!」


 結界の外でホムリとコヅミが嬉しそうに応援する姿があった。ミヤナはコヅミらしからぬ珍しいテンションがすごく鼻に付いた。


「みゃーとの相性が悪過ぎるよ!」


 何が起きたのか。それを知る為に少し時間を遡るとしよう。



 結界が展開され、ミヤナはタルポディンゴリンとの戦いをめんどくさく感じつつもワクワクを隠し切れずにいた。


「《無涙棍ぶるいこん柳凪やなぎなぎ》、さぁ、掛かってきにゃ!」

 

 挑発と共に彼女の専用武具であるしなやかな棍棒を取り出していた。

 見てくれはミヤナの身長よりも長く細いただの木の棒である。しかし、そこに秘められた武器としての完成度は計り知れない。

 ミヤナはその棍棒を脇に挟み腰を落とすと構えをとった。

 1体の竜が一直線にミヤナへと走り出した。

 小手調べのつもりだろう。

 ミヤナもまた好都合であった。これである程度の感触は得られる。

 スピードはそこまで出ていない。

 迎え討つ形でミヤナも軽やかな踏み出しと共に接近する。

 最初の攻撃は竜の前脚から放たれる槌のような重たい横薙ぎの一撃が振るわれた。

 受け止めるのは見るからに悪手である。

 ギリギリの位置で急停止する事で避けると棍棒を後ろに突き、反動を利用した前進と跳躍をする。竜の頭へと接近した事で上段から力の限り振り下ろした。


「にゃっ!」


 しかし、ダメージらしきものも入らず後ろに倒れ込みながら悩ましげな表情と共に竜の鼻先へと突きを放つ。

 衝撃は二段構えで竜を襲うが……。


「ガァッ!」


 竜は後退する事もなく涼しげである。どこか笑みを浮かべてそうな表情である。ミヤナは少しイラッとした。

 しかし、そこまでの一連の流れはミヤナにとっても大体予想通りだったのだろう。淀みなく迷いないスムーズな流れだった。

 その二段構えの突きを利用して勢いをつけて着地するまでの時間を短縮し、素早く次の行動へと繋げる。

 再び顔面へと急接近する。

 体を捻る事で勢いをつけた棍棒は顎を捉えた。

 しかし、頭部を僅かに揺らす程度でダメージはほぼないように見える。

 あわよくば脳を揺らし昏倒させられたら、という狙いだったのだろう。

 気持ちを切り替え、反撃される前に距離を取る。冷や汗が引きつった頬を伝う。


「……ど、どうしよう。……えっ、あ、ヤバっ!」


 何かを察知したのか跳躍。

 そして、轟音と共に地面から竜の手が突き出される。

 鋭い突きにも斬撃にもなり得る爪になんでも握り潰せるであろう巨腕。

 事前に攻撃を察知して避けられたが捕まったら終わりだというのは近くで見て、改めて認識する。

 下から這い出てくる2体の竜とその背後にミヤナの相手をしていた竜を警戒しつつミヤナは周囲の様子を窺う。

 いつの間にやら大きな輪を作り取り囲んでいた。そして、ボスの方へと視線を向けるとこちらを見据えながら何やら群れに指示を出す。

 目の前にいる3体の竜は地中へと潜り引き続き下からの奇襲を狙う。

 囲んでいた竜の半分程が丸まり球体の形になる。

 ミヤナの顔が引きつった。


「……これ、は武器を変えようかにゃぁ〜」


 様子見は済んだし打撃ではあまりにも分が悪い。相手の攻撃が始まる前に武器を変える。柳凪を指輪に戻した。


「《爪掌套そうしょうとう》・にゃんにゃんっ!」


 そう叫ぶが次の武器の構えをとったまま特に変化はない。キリリと真剣な眼差しで竜達にプレッシャーを掛ける。


「……《乱漣らんらん》、《肉蹠袋じゅうせきてい浪嵐らんらん》」


 今度こそ変化があった。

 両手には短い黒い毛で覆われた手袋が嵌め込まれており、その内側には肉球の形をした膨らみがある。

 その指先には1メートル程の刃が付けられている。合計で10本である。

 そして、足にはまるで猫の着ぐるみのような足を履いている。足の裏には一見可愛らしい肉球があるが指先には鋭く頑丈そうな鉤爪があり、きちんと武器として立派な道具なのだと認識させられる。

 ミヤナは武器を眺め、満足そうにするとすぐに表情を引き締めた。

 鋭く周りを見回す。


「…………噛んだわけじゃにゃいし」


 敵対している竜達は警戒の視線を返す。ピリピリとした緊張感が今だけは心地が良い。

 他の戦っている2人を順に見る。

 ホムリと目が合った。

 ニヤリと玩具をみつけたように微笑まれた。

 コヅミ……とも目が合う。

 ニィッと獲物を見つけたような笑みを浮かべた。

 ミヤナは慌てない。

 例え、覚えたと報告されても、よそ見は行けないと注意されても慌てはしない。

 表情にはなんら動揺はない。

 耳と尻尾が情けなく震えているだけなのだ。

 それに、動揺する時間もない。

 周りを取り囲む竜が球体となった竜を手に持ち、投げた。

 大きく、刺々しい球が小さな的へと次々と向けられている。下からの奇襲も避けた瞬間や着地の際に仕掛けられる。


「油断も隙もにゃいにゃっ!」


 あの球を受け止めては投げ返す竜達。キャッチボールをしているかのようである。

 しかし、恐ろしい程の攻撃力である。

 だが、やれないこともない。


「この球だにゃ!」


 飛んでくる1つの球に向かう。

 足で着地し衝撃をうまくいなし手の刃と足の鉤爪を上手く使い、しがみつく。

 その球の向かう先は彼等のボスである。

 彼等の攻撃の影響を受けることなく、ミヤナは接近を果たす。

 ミヤナに気付いたボスは球を弾こうと振りかぶる。

 しかし、弾かれる前にミヤナは球から離れていた。

 球が何処かへと飛んでいく中、ミヤナはようやくボスとの一騎討ちの状況に持ってくることができた。一瞬であり一時的な状況である。しかし、今のミヤナにはそれで十分であった。

 竜の視界からミヤナが消えた。地面に大きな足跡を残して。


「《弩貫ドッカン》ッ!」


 その声は竜の背後から聞こえた。

 ミヤナは竜の背を踏みつけるような蹴りを一発叩き込んだ。

 その硬い背中に傷をつけるような事はできなかったがその衝撃は凄まじい。

 衝撃を吸収したにもかかわらずタルポディンゴリンを無理矢理地に伏させる程。しかし、相も変わらずダメージはなさそうである。

 しかし、だ。

 ドーン、と音を鳴らし倒れた隙にミヤナは間髪を入れず次の攻撃へと移った。

 とりあえず一振り。

 確認するような一振りにギャリギャリと音を鳴らし刃は弾かれる。そして構える。

 膝を折り曲げ、腕を胸の前で交差させ両掌を上向きにし十本の刃が天を仰ぐ。


「《爪砥ぎ》」


 ミヤナの姿が再び消える。

 竜の周りには何もない。しかし、無音にも関わらずその周りには次々と刻まれる猫の足跡と鉤爪の痕跡。

 そして、何度も体を襲う衝撃。

 竜は抵抗する。

 ダメージがないとはいえ一方的に攻撃され続けるのは余りにも不甲斐なく、納得がいかない。

 身体を振り回すが、見えないミヤナに攻撃を加えようにも当たる気配がない。

 速すぎる。

 何回体に衝撃が襲ったのか、百はあっただろうそんな中、1つの変化があった。

 背に5本の爪痕が遂に刻まれた。

 自慢の装甲を傷付けられ怒りと恐怖に竜は更に暴れるが意味を為さない。

 その傷を皮切りに傷の数が次第に増えていく。より深く、血もまた流れ出す。

 爪撃の度にその鋭さが増していく。


「トドメッ! だにゃ」


 背から竜の首がスパッと刈り取られた。

 ズドンッと地面に倒れる竜の体の上でミヤナは猫のように座り、右手の甲で顔をさする。


「つっかれたにゃぁ〜っ! さて、残りの君達に、は……」


 そう言って他の竜達へと振り向いたミヤナは言葉が詰まった。


「あれ!? ちょっと待って、逃げにゃいで!? 土のにゃかはだめぇ〜っ!!」


 群れを率いていた者が倒れ、それぞれが逃げようと地中へと潜り始める。しかし、結界のせいで逃げるに逃げられない状況である。

 斯くして、ミヤナの途方もない頑丈で仕留め切れないモグラ叩きが始まったのであった。



 アルフレッドに最早、選択肢はなかった。


「さて、アルフレッドさん」


 3種の竜を圧倒した目の前の娘達にどう言葉を紡げば良いのかわからない。

 背後に竜達を従わせた彼女達の話がどんなものであったとしても頷く以外の選択肢はない。

 ホムリはアルフレッドの心境を置き去りに話を進める。


「あなたに商談を持ちかけたいんだけど、聞く気はあるかな?」

「……そう言えば商人でもあったんでしたっけ」

「そういう事」


 先程話してもらった事を思い出しながらアルフレッドは答える。そして、ここまできて聞かないという選択肢もないだろう。

 聞くと答えたアルフレッドにホムリは一度頷くと続けた。


「商売する範囲を広げる気はないかな?」

「え、それって……」


 アルフレッドは納得した。

 だからか、と。

 竜を移動手段の1つとして確立する気なのだ。王国の、いや他国の流通すら掌握する事も可能かもしれない。行商人もまたこぞって利用したがる事だろう。物だけだなく人も運べるのだから。

 しかし、竜は危険である。

 制御下に置くのはそれこそ、国でも難しい。

 マルカルダ王国では目の前にいる竜達よりも扱い易い竜を戦力としている程なのだ。

 数も多くはないだろう。

 それ故に、駆け出しの冒険者が、無名の商会が凶暴な竜を従え商売をしようとすれば誰も飛びつきはしないだろう。警戒するし信用などしない。

 だから彼女達はバライ商会に頼んだのだ。『信用』をくれ、と。自分達を保証しろ、と。

 しかしバライ商会でもその信用を決定づけるのは難しい。故に率先してこれを利用し説得力を増させようという魂胆。

 バライ商会がこれに飛びつけば彼女らの商売もまた信用を得る事になる。

 そして、目の前でそれをするのに値するのだと実践してくれた。間違いなく利益に繋がる。

 安全性は目の前の竜達を見れば一考の余地はある。

 元より選択肢などありはしない。

 それならば、とアルフレッドは考えを改めた。


「どうするの?」


 小憎らしく笑む彼女らは商談なのだと、そう言った。

 ならば商会の会長である自分が交渉の一つもせずに引き下がる訳にもいかない。


「……多少うちを優遇してもらいますよ」


 その日、商談はまとまった。

 バライ商会が無理矢理抱えさせられた問題は竜達を従わせたおかげでほとんど解決していた。薬草は通常通り手に入るのだから当然であろう。

 後に残るのはバライ商会をライバル視したという噂のみ。

 馬車での帰り道、アルフレッドは疑問に思った事を口にした。


「あの竜達はどこに置くんです?」

「ユマさんに土地を1つ買ってもらっただよ」


 王都内ではないが近くに放し飼いができるような広い土地を先に買ってもらっていた。

 無論、餌代やら飼育費、整備費など色々掛かるがそれは既に話し合われた事である。

 竜を盗もうなどと考える人もなかなかいないのでできる芸当だ。


「え、お金はどうしたんですか?」


 アルフレッドの疑問に答えたのはミヤナだ。


「コレだよ? お返しするにゃぁ」


 抱えた金貨の入った麻袋を示す。

 勝手にお金を借りられていたことに対してはとりあえず良いとして。というかバライ商会でなきゃ土地は買えなかったのだろうと納得しつつ。

 別の疑問がもたげる。


「気になってはいたんですけどどうやって稼いだんですか、それ」

「ホムリはんの広告費やろ、ミヤナはんの薬草と諸々の素材の報酬、ほんでウチの紹介料と情報料やな」

「詳細を聞くのが怖いのでそれぐらいで良いです」


 彼等は平和に買った土地まで馬車で進んでいた。ぞろぞろと竜を引き連れているのはご愛嬌だろう。アルフレッドの顔が終始引きつっていたわけである。



 それから少し時は廻り。

 あの日、それぞれが倒した各種のボス竜1体とそれぞれの雌雄は送り先が決定していた。

 アルフレッドは倒した竜は売るのではないのかと困惑していたが口出しはしなかった。

 送り先は無論、食の探究をする娘と素材の探究をする娘。そして、とある小さな国の小さなウサミミ少女だ。

 一銭にもならないが彼女達にとっては有意義な使い方には違いあるまい。

 それはさておき、マルカルダ王国の王都アルカでは少し前に話題になった新築の大きな屋敷がある。

 曰く、成金冒険者の享楽。

 曰く、無名商人の裏接待。

 曰く、無能貴族の自惚れ。

 突如として現れ、誰もが困惑し、そう揶揄した。

 良い話ではないがどれもこれも嫉妬と羨望の入り混じったものだ。

 しかし、次第にその話をする者は少なくなっていく。

 それはそこに住む住人が凄まじい速さでC級冒険者になり、商会としても大成功を収めたからだろう。

 他にも理由はあるのかもしれないが大部分はそこが占めるだろう。

 さて、そんな屋敷には現在、ホムリ、ミヤナ、コヅミが住んでいるわけだが彼女らの他に2人が共に暮らしている。

 1人はピグリア・ポッサ。

 ミヤナのお気に入りのホットミルクを提供した彼女である。

 彼女は喫茶店を辞めた後、自分磨きを始めた。そして、いつかその身につけたスキルを誰かの為に駆使したい、と。

 そんな努力の旅の最中に彼女はミヤナと再会を果たしていた。

 ミヤナが彼女を逃すはずもなく屋敷へと招き、現在は3人の英才教育とも言える環境に身を置いている。彼女の知人曰く、幸せそうではあるらしい。

 小柄で可愛らしい彼女は優しく献身的である。そのくるりとした短い尻尾とその特徴的な耳から彼女が妖豚種ポルキーである事は明白だ。


「皆様、どうぞ」


 一礼をして3人が腰掛けている側に控え、皆の反応を窺う。


「……にゃるほど」


 ミヤナの前に置かれたのはホットミルクの入ったマグカップ。


「……流石、だね」


 ホムリの前には緑茶の入った湯呑みが配置された。


「……心得とるなぁ」


 そして、コヅミには紅茶の注がれたティーカップ。

 3人の好物であるがピグリアの努力と才能が目の前に展開されており、それぞれが唸り、唆られる香りがそれぞれの鼻孔をくすぐる。

 容器を口へと運び、ほっと一息を入れる。

 最初に口を開いたのはホムリだ。


「うん、今日も美味しいね。毎日、飽きない程度に茶葉を変えたり、アレンジや淹れ方にも工夫がある」

「恐縮です」


 ピグリアは丁寧な応対を心掛けている。彼女はメイドが天職なのだと信じて疑わない。


「ミヤナはんはほんにええ人を見つけんしたね」

「お褒めに預かり光栄です」


 そんな風に褒めてもらえるのならば尚の事この仕事にやり甲斐が生まれるものだ、と。彼女は誇りに思う。


「腕を上げたな、ピグリン」

「はいっ、ありがとうございます!」


 腰を大きく折り、自分を認めてくれた人に最大限な感謝を表明する。

 ホムリは呆れたようにその光景を見ていた。


「慣れないなぁ、みゃーちゃん達のそのテンション。ばぁか違和感あるだよ」

「オモロいなぁ〜」


 そんな風にまったりと4人は寛いでいる。


「いやああぁぁぁぁ〜〜……」


 ——ドッスーン、ガラガラぁ〜、コト。ガッガッガッ! ポンッ!


 そんなひと時に不意に妙な音が遠くから響く。

 しかし、4人は不思議がる事もなく、平然としている。ピグリアは水やらタオルやらを準備し始めてすらいる。


「あれは、誰の? コヅミちゃん?」

「ちゃうなぁ〜、この感じやとミヤナはんやんな?」

「また、引っ掛かってるにゃ」


 バンッ! とドアが蹴破られる。


「なんでまた罠を変えたのよ!? 今朝と違うじゃないっ!!」


 全身ネッチョリと卵に塗れた怒り心頭なユマ・サエナであった。


「それが油断にゃんだよ、ユマっち」

「ハァッ!? そんな訳な——」

「……ぁ、そこ……」


 マグカップを置きながら穏やかな表情でユマを見つめた。

 ズンズンと近づいてくるユマに対してピグリアが小さく声を漏らすが時既に遅し。

 パカッと地面が開いていた。


「——んぃでしょおおぉぉぁぁがぁぁっ!! しゃれぇぃっ!!!!」

「あ、すごい。掴んだねっ!」


 ギリギリ落下を阻止したのか下からユマが這い上がってくる。

 ホムリが驚きの声を上げた。

 ユマにはそれに応える余裕はないのか上半身を乗り出したまま肩で息をしている。


「な、なんで下にも小麦粉がっ!?」

「この後、カラッと——」

「揚げられてたまるかぁっ!!」


 ホムリの軽口に結局付き合ってしまうユマ。彼女はそのままピグリアに助けを求める視線を向ける。


「助けてピグ〜……。みんなに虐められるぅ……」

「だ、大丈夫ですよ。最初に比べれば回避率が格段に上がってます。為になってますよ!」

「……別のフォローが欲しかったよぉ〜……」

「ひどいやないの。ウチらはただユマはんを鍛えてるだけやないの」

「……時と場合をっ!」

「この後、予定あるん?」

「…………ないわ」

「ほんなら問題あらへんなぁ」

「時間割が極端なのよっ!」

「にゃふふふ」


 ユマと3人のやりとりを見ていたミヤナは思わずといった風に笑うと思いの外、注目を集めてしまった。

 ユマは不機嫌そうに問い詰める。


「なにを笑ってんのよ。笑い事じゃないの。死活問題なのよ、みゃーにゃん!」

「にゃんでもにゃい……。にゃっはははは」


 意味がわからずユマはピグリアへと視線を向ける。


「ミヤナさんは今ツッコミの大切さを改めて実感している所です」

「………………」

「あ〜、みゃーちゃんなんだかんだユマさんに影響されてたっけ。みゃーにゃんって呼ばせようとしたり」

「せやなぁ〜」


 ユマは虚な目で3人の会話を見ていた。

 そして、そばにいるピグリアにボソッと耳打ちする。


「ピグ、副音声をお願い……」

「……では僭越ながら」


 3人の会話の様子を見る。


「みゃーはユマっちが来てくれて良かったよ」

「……ツッコミ役がいると楽しい、みたいです」

「うんうん、そうだね! ぼくも毎日飽きなくて楽しいよ!」

「おもちゃができてとても喜んでいますね」

「飲み込みも早うて教えがいもええでありんすね」

「使い勝手の良い道具を見つけて御満悦の様子ですね」

「………………ピグ、あのね。私にはもう少しマイルドに表現変えて欲しかったかもしれない」


 震えながら顔を両手で覆いながら哀愁を漂わせるユマ。


「私は何の為にバライ商会からここに来てしまったの……ッ!?」


 悔しさが込み上げていく。


「アルフレッドが『信頼してた従業員が堂々と裏切った件』って言ってたにゃ」

「私はバライ商会の躍進となにより危機から守ろうとここに来たの! それと学べる事も多いだろうって!」

「うんうん! 日進月歩の日々だよね!」

「殺伐とした日々の間違いね」

「常在戦場とは素晴らしいやんなぁ〜」

「……ピ〜グゥ〜私もう嫌ぁっ!」

「よしよし……」


 ユマもまた修行中の身。しかし、今は少し疲れているのだろう。ピグリアに泣きつかずにはいられない。

 しかし、そうもしていられない。

 本来の報告もしなくてはならない。


「うぅ、国から手紙が届いてたわよ。卵が欲しいんだって」

「これでぼく達も国からの信頼を得た商会兼冒険者って事になるね」


 竜の卵を高く売りつけて更なら躍進を目指す。

 他国の戦力を上げても良いのか、という疑問もあるが彼女達は取るべきスタンスを決めている。

 彼女達は冒険者の依頼や輸送、旅などを竜達に任せてあくまで竜を飼育する。

 マルカルダ王国もまたしばらくは飼育をするだろう。卵を孵化させ、育て、そして数を増やす。最終的に調教する事で竜騎士にでもするのだろう。調教するのが精々なのだ。

 しかし、アーカディア王国の目的は竜の強化である。無論、研究も目的の1つではあるが同時進行できないものではない。

 目標が違う以上、多少戦力が増してもあまり変わらないのだ。


「話はまた後で詰めるとして、ユマさんお風呂入ったら?」

「……入る……」


 物凄く釈然としない表情で背を向け歩き出すユマ。

 そんなユマの背中をピグリアは見つめていた。

 単純にすごいと思うのだ。

 国の目的、用事に対して何でもないように話していたのだ。少しの動揺があっても良いものである。たしかにある程度、予想はできた事態かもしれないがそれにしてもだろう。


「アレでも優秀にゃんだよ。ユマっちは」

「物怖じしないというか肝が据わってるというか……。まぁ、それでもまだまだだけど」

「あの、本人に伝えても良いのでは?」


 ピグリアはそういうが難色を示される。

 代弁するようにコヅミが否定した。


「あかんあかん。いくら心臓に毛が生えとってもアレはすぐ調子に乗って失敗するタイプやさかい」

「……ああ」


 容易に想像できてしまったのか納得の声が漏れ出る。

 ピグリアはなんだか悲しい気持ちになった。悲しく思う事に対して、すごく申し訳なく思いながらもやっぱり悲しい気持ちになったのだった。

 涙を流すのは流石にアホらしかったが……。

 今日もまた5人の日常は過ぎていく。

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