迅速な信用の得方 可愛くねだれば問題ないよね! 編

 アーカディア王国はこの世界に顕在してからと言うもの様々な調査が行われている。

 それはそれは秘密裏であったり、逆に表立って行われたりもしている。その中にはジンキの知らないものも当然ある。

 調査は重要なものから割とお遊び感覚のものまであるわけだが、ともかく様々な調査である。

 ジンキ達の冒険者活動もまたその一環である。

 調査はマルカルダ王国のみにとどまらず他の国や何もない場所にまで及ぶわけだが、だからといって全て調べる事などできない。圧倒的な人手不足だ。

 さて、そんな中ジンキ達と同じように冒険者になる者もまた少なくないわけである。

 都合が良いのもある。

 都合が良いと言えば裏世界に行く人もまたいる。例えば暗殺者とか。

 都合が良く、帳尻もまた合わせられる。大変便利で動きやすいわけだ。

 とはいえ、今回は別の話。

 それについてはまた語る機会があるだろう。

 ともかく、今回はジンキと同じように冒険者の活動を行なっている者達だ。

 同じ冒険者でも別のアプローチをするのもありだろう。

 その冒険者活動を行なっている3人組の少女。

 後に——


 【誑猫コウミョウ】ミヤナ・デレンデ。

 【瞞狸バンリ】ホムリ・ワイリス。

 【謀狐ボウコ】コヅミ・ルロイズ。


 ——などと呼ばれる事になるそんな少女達の話。

 字面のみで判断するのならば印象は良くないだろう。人によっては察しがついてしまう事もあるだろう。

 だが待って欲しい。それは違うのだ、と。この娘達はとても良い娘なのだとジンキは声を大にして反論する。

 ちなみにそんな彼女達はと言えば——



 馬車馬は馬車を引き、御者は手綱を引く。

 そこには明確な力関係があり、丁度良いバランスの中で成り立っているものがある。

 一種の需要と供給と言うべきか、互いに対等だと納得できるものがあるわけである。

 働けば飯にありつける、飯の分だけ気持ちよく働いて貰える。双方にとって好都合な状況こそが良いバランスであり、良い労働だ。

 御者台に座りながら御者をする男が目の前の馬を見つめながらそんな事を考える。

 では自分はどうだろうか?

 今回の仕事はどう判断するべきだろうか……。

 しばらくしていると、後ろから何やら哄笑が聞こえてきた。

 御者は一旦考えるのをやめた。


「にゃふっ、にゃっふふっ、にゃっはははははっ!! ボロ儲けにゃんだよぅっ!」


 荷台の中で大量の金貨と大金貨を宙へと撒き散らしながら余程抑えられないのか満面の笑みでいかにも機嫌が良いと全体で表現していた。


「にゃんにゃんにゃーご、にゃんごろごろみゃぁ〜♪」


 しまいには金貨が詰まった麻袋あさぶくろの前で体と薄く白味掛かった赤と青の二本の尻尾をリズミカルに揺らし、何やら口遊くちずさんですらいた。


「宙に散らばった硬貨、金貨? 銀貨? 私物だ見んな。頂点上り詰め問うた。もうおしまい? 金が欲しいと乞うか? 悔い改め性根を昇華しろ。商人にゃわからねぇこのステージ。金叩きつけ上げろボルテージ! 悔しくないか? ここまで来たいか? 来世に期待か? 嫌なら高らかに声上げないか!!」


 シーンと静まりかえる。

 やれやれと肩を竦め溜息を吐き出す。

 気を取り直すように再び息を吸い込む。


「んに゛ぁ〜、唸りぃ〜ごぉ〜えぇ〜♪」


 可愛らしい歌からカッコ良さ気なラップ、しまいには何故か演歌風ときた。

 ここまで歌い上げた彼女は散らばった金貨を拾う事もせず、その蒼い眼だけを左右に動かしキョロキョロと周りを窺う。

 ツンと尖った猫耳と2本の尻尾をダラーンもシラけさせ、口元は若干不貞腐れているようにも見える。


「みゃーはツッコミ待ちにゃんだが?」


 彼女はミヤナ・デレンデである。

 両尻尾とは異なり耳と髪は薄い紫色をしている。髪は短めであり、顔立ちも含めて気の強さと悪戯好きな雰囲気がなんとなく察せられる。

 スラっとしなやかな肢体もまた非常に女性的で非常に魅力的な娘だ。

 和風な格好をしているが動き易さ重視なのか丈の短い浴衣を着ており、その上から長い法被はっぴを羽織っている。そこに華やかさこそあまりないが華やぐようなその賑やかさでもって十分に絵になる姿だ。どことなく職業の盗賊のような格好を彷彿とさせる為、彼女らしさが出てその魅力がより強調されている。

 そんなミヤナが上機嫌な様子からだんだんとテンションを下げてきている。

 周りはこのままではさらにめんどくさい事になりそうだと仕方なさそうに声を掛けた。


「歌声もリズムも好きだけんさー、ぼくとしてはジャンルを統一して欲しいかなぁ」


 散らばった金貨を拾いながら狸耳の少女は素知らぬ振りで笑みを浮かべてそう言う。

 小柄な体躯に対して大きく膨らんだ尻尾が特徴的だ。全体的に胡桃色だがその尾の先端だけ黒くなっている。

 尻尾と同じく胡桃色の頭髪は短く、丸っこい顔にくりくりとして垂れた翆色の眼はこちらに愛らしい印象を与える。長めの振袖と普通より少し短い丈の袴と相まってその魅力も一入ひとしおである。

 しかし、そんな彼女、ホムリ・ワイリスの対応をミヤナはお気に召さなかったようだ。


「そんな意見とか指摘は求めてにゃい! みゃーはツッコミが欲しい!」

「えー? この3人で行動してる時点でそれを求めるのはどうかと思うよ、みゃーちゃん?」

「……んにゃ、そんにゃはずは……確かにみんにゃ悪ノリするにゃ」


 否定しようにも上手くできなかったミヤナは真面目な顔で確かにと納得してしまう。

 それを眺めながらホムリは「人聞き悪いなぁ」と苦笑を浮かべて拾い集めた金貨を麻袋に戻す。


「ほんにひどい事、言わはるなぁ」


 今まで静観していた荷台に居た最後の1人はミヤナにそう一言返す。

 ミヤナ達視線を寄越さず、足下に転がってきた1枚の金貨を眺めるように摘んでいる。

 口元には薄く笑みを浮かべ、目を細めている。紅い瞳がチラリと覗く。

 腰まで伸びた白髪の上にはピンッと狐耳が聳え立つ。

 スリットの入った着物を身につけ落ち着いた大人の色気を放っている。

 そして、1番に目を引くのは彼女の背後にある色の異なる9本の尻尾である。

 中央には1本、髪の色と同様に綺麗な雪色をした尾があるが、その尾の先は対照的で黒い。

 その1本から対称的に外に広がる尾は圧巻の一言である。

 尾の先は黒と白が規則的に一色間隔で並んでいる。

 中から順に赤みを帯びた狐色、美しく吸い込まれそうなシルバーグレー、綺麗な光沢をまとった飲み込まれそうなほどな漆黒、まるで金糸を纏ったかのような神々しい黄金色。

 腰掛けている現在はふんわりと柔らかく彼女を包む様に揺蕩っている。

 コヅミ・ルロイズはひどいと言いつつもその様子は全く気にした風でもなく、ただただ雅であった。


「ミヤナはん、ウチらが何かしたかえ?」

「にゃんもしてにゃいからみゃーは騒いでるんだよ!」

「みゃーちゃん、そんなにツッコミに飢えてるの?」

「……ボケだけじゃ回らにゃいよ」


 国にいた時は良いツッコミ役がいたのに、とミヤナは嘆く。

 そんなミヤナにコヅミは近くに寄ってきたホムリに金貨を渡しつつ小声で独り言つ。


「そんなん気にせんでも、なんとかなるでありんしょうに」

「気にかけるだけ無駄じゃんねぇ」

「阿呆のする事やさかい。ほぅれ、見なんし?」


 それを耳聡く聞いていたホムリもまた苦笑と共に同意してみせる。

 2人して「にゃんだかにゃ〜」と難しい顔をしているミヤナを呆れた視線を向ける。

 しかし、それも長く持たず「そう言えば」とミヤナは2人に問い掛ける。


「提案にゃんだけど2人とも」

「どしたの?」

「どないしたん?」


 重々しくうむ、と一度頷くと真剣な顔で問い掛けた。


「みゃーの事『みゃーにゃん』って呼ぶ気はにゃいかにゃ?」


 嗚呼、やはりなと2人の胸に納得と諦念の思いが去来する。


「ほんにミヤナはんはオモロい事言わはるわぁ。飽きひんなぁ」

「本当本当、みゃーちゃんは何を言ってるんだろうねぇ……」

「う、妙にゃ圧力を感じるにゃ〜」


 とりあえず頑としてそう呼ぶ気はないようだと察する事ができたミヤナである。

 しかし、それはそれ。

 彼女は粘った。


「可愛いと思うんだけどにゃ?」

「ぼくのキャラじゃないじゃんか」

「ウチのキャラちゃうやんなぁ」

「……確かに呼んだらちょっと引くにゃ」


 完全なる地雷を2人は見事回避したところであった。

 とはいえ2人はそれを理解していた節がある。3人の仲は良好ではあるのだろう。

 とはいえ何故こんな話になってしまったのだろうか、とホムリはふと思う。

 ミヤナの粋狂で気儘な気紛れと言えばそれまでではあるが、その大前提がある。

 ホムリ本人も含めてコヅミまでもがこの益体もない話に付き合っているという事実。

 そこまで考えれば自ずと答えも導き出される。

 要するに暇なのだ。

 延々と馬車に揺られ続けているわけだから当然とも言える。

 ならば仕方がない。


「みゃーちゃん、御者さんに聞くのはどうかな?」


 この際、御者さんを巻き込んでしまおう、とホムリは笑顔で提案して見せた。

 コヅミは若干呆れた視線を向けるも少しは面白そうだとクスクスと笑みを溢す。


「確かに意見は多い方が良いにゃっ!!」


 そして、ミヤナはその提案に新しい玩具を与えられたかのように嬉々として御者を巻き込みに行った。

 荷台から御者台の仕切り布を勢いよく開ける。


「……っ!?」

「にゃーにゃー御者よぅ」

「え、あ、はい?」


 勢いがありすぎたのかビクッと肩を震わせて驚く御者、しかしミヤナはそんな事は気にする事もなく自分の用事を済ませる。


「みゃーの事『みゃーにゃん』って呼んでみてくれにゃいかにゃ?」

「いや、あの、それは別に構わないんですが……」

「速くするにゃ」

「は、はい! えっと、みゃーにゃん……」


 御者は顔を真っ赤にしてそう口にする。

 なんとも可愛らしい反応ではある。

 顔の整った可愛らしい女性に顔を寄せられ愛称のようなもので呼ばせられるのだ。

 女っ気のない20代前半の御者はドッキドキである。

 ともかく御者の反応については放っておいても良いだろう。今はミヤナである。


「…………」


 能面のような表情である。

 普段から殊更明るそうな彼女の能面顔は通常ならば相当に堪えるものであろう。

 しかし、御者は現在馬を操っており、更に気恥ずかしさで彼女の表情を窺う余裕がない。


「えっと、みゃーにゃん?」

「ぅにゃ……っ!」


 ビクッと肩を震わせ変な声が出てしまったミヤナ。

 それを返事だと勘違いしてしまった御者のなんとも哀れな事か。


「みゃーにゃん、良ければ自分のことはアルフレッドと——」

「やめろーーッ! にゃんだおみゃー、ぶちのめすぞ!!」


 御者はそんな、と言いたげな絶望の表情である。しかし、いまいち状況について来れていない様子だ。

 両腕を抱き、鳥肌が立ったとばかりに青い顔をしながら己の腕をさすっている。


「ぅー、にゃいにゃい、これはにゃい! このむず痒さ、気恥ずかしさ、気持ち悪さ、悪寒が止まらにゃい……」

「す、すみません……」

「御者、2度とアレで呼ばにゃいで欲しい」

「はい……えっと自分はアルフレ——」

「御者よ、それ以上喋り掛けにゃいで欲しいかにゃ、うっぷ……」


 御者は涙目である。

 いろいろな思いが駆け巡るが彼もただでは倒れない男と自負している。

 折角話しかけてもらったのだ。こんな美少女達と接点を持てないままなのは男が廃る。

 彼は期待の眼差しで荷台の方へと振り向いた。視線はミヤナのその奥。


「あの! 自分、アル——」

「御者さん、ぼくは前を向いた方が身の為だと思うなぁ……」

「くふっふふふっ、オモロい御者はんやんなぁ。前を向きなんし」

「あ、はい」


 妙な寒気を感じたので御者は素直に従う。

 心をズタボロにされつつ私情を挟まず自分の仕事に没頭する事にした。嗚呼、私の愛馬達よ。君達こそが私の癒しだとばかりに手綱を握りなおす。

 しかし、仕切り布は未だ開けられたままである。


「にゃんでだ。可愛らしい響きのはずにゃのに……」

「人は選んだ方が良いら」

「……それもそうだにゃ、反省反省」

「…………ッ!」


 声にならない嗚咽がそこにはあった。

 御者は唇を力強く噛んでいる。涙は止めどなく流れ、唇から滲み出る血と混ざり合う。

 手綱を握る力が強くなる。しかし、愛馬たちはチラリと彼を見てブルルと鼻を鳴らすのみである。

 薄情者と恨みがましく睨み、その虚しさにまた哀しみに打ち拉がれる。

 しかし、暇な状況は現在進行形で改善されてはいない。

 コヅミは肩を震わす御者の事など見て見ぬ振りをして彼に言葉を投げかける。


「しっかし暇やわなぁ。そや、御者はん、暇潰しになにかウチらに質問はあるかえ?」

「お、良いかもにゃ、それ!」

「まぁ、気になってる事がありそうだよね、御者さん」

「じ、自分は、やめ——」


 これ以上関わったら更に情けない姿を晒しそうで拒否反応を示そうとした御者。

 しかし、彼の耳元に悪魔の囁きが……。


「——挽回のチャンスだぞっ、アルフレッドさん」


 嗚呼、君は天使だよ、ホムリちゃん! とすぐさま立ち直るチョロい男、御者のアルフレッド。

 彼は思考を巡らせる。

 彼は伊達ではない。

 今が勝負時なのだと心得ている。掴みこそ残念だったが起死回生の一発を叩き込むチャンスがあるはずなのだ、と。

 いきなりキメに行くのは違う。そう、ここは軽めのジャブをブチ込む!

 これだ! とばかりに目を見開き口にする。


「よし! えっと、皆さん!」

「「「ぷふっ!」」」

「…………えっと3人はどちらで知り合ったのでしょうか? 別の出身、ですよね?」


 思わず気合が口をついて出てしまい、笑われてしまったが今更恥の1つや2つ上塗りを重ねた所で関係ない。ここからなのだと首を振り質問した。

 その質問にミヤナはフムゥと口にしながら麻袋に顎を乗せ、コテンと僅かに倒れさせる。


「んにゃ、一緒だにゃ」

「え、でも……」

「ああ、違うよみゃーちゃん。喋り方だら?」

「はい、全員バラバラだったので」


 3人の喋り方があまりにもかけ離れていた為、同じ出身とは思ってもいなかった。

 その街の独特の癖が強く現れているのだろう、と。

 いわゆる方言と呼ばれるものだ。

 彼女らは気に入った方言を見つけてそれを使ってるうちに染み付いてしまったのだ。当然気に入ってるのでそのまま使ってる。


「ちなみに皆さんは何使ってるんですか?」


 流石にここまで聞いて興味を示さないはずもないだろう。

 ミヤナは答える。


「みゃーは猫軽弁だにゃ。こづみんはいろいろ混ざってるにゃ」

「放っときおし。ウチが気に入っとるんやさかいに」


 胸元から出した鉄扇を開き口元を隠し、コヅミはプイッと顔を背ける。よく見れば若干頬をほんのりと赤く染めている。少し恥ずかしかったようだ。尻尾達も心なしか萎んでいる様に見えなくもない。


「ごめんってこづみん〜、そんにゃこづみんも可愛いぞぅ!」

「はいはい」

「つれにゃいにゃ〜」


 軽くあしらわれたミヤナは少ししょんぼりするも、すぐに標的を変える。


「ほむりんも可愛いんだよにゃ〜、たまにちょっと田舎者いにゃかものっぽいところとか」

「もうっ、ちょっとバカにしてるら。わかってないなぁ。そこがまた良いだよ」

「してにゃいしてにゃい。本心」

「皆さん個性的でいいですねぇ」


 みんなの会話を聴きながら癒されていくアルフレッド。そういった方言を口にする人は結構少ない。みんな王都に来るとなると標準語に直してしまうのだ。田舎者だと思われるのが余程嫌なのだと察せられるが彼女達のような存在もまたいる。

 何を言ってるかわからない所、可愛らしい所、のんびりしてる所、逆にキビキビしてる所などとそういった特徴的な話し方がアルフレッド個人としてはとても興味深かった。

 まあ、3人の魅力が底上げされている故というのもあったかもしれないが。

 癒され、顔がだらしない笑みを浮かべているとミヤナはそうだ! となにかを思いついたように声を上げる。


「ほむりんほむりん」

「なに?」

「御者に今日のお礼言わにゃいと!」

「ん? そうだね」


 疑問に思いつつ同意するホムリ。たしかに御者をやってくれている事には言ってなかったな、と。

 ミヤナは紙に何やら書き始めるとほい、と手渡す。


「コレを可愛く頼むにゃ!」


 褒美も兼ねてるとでも言うかのようにパチリとウィンク。

 ギュインッ! とアルフレッドはキリッとした表情で後ろを振り返る。先程のだらしない顔が嘘のようだ。


「ちょ、ちょっとハードル上げないでよ!?」


 ホムリは両手を頬に押し付けて赤い頬を隠している。その姿にだらしない顔を晒しそうになり再び前を向くアルフレッド。


「も、もう! あんまりやりたくないんだけど」

「良いじゃにゃいかほむりん! みゃーもほむりんの可愛いところをちゃんと見たいにゃぁ〜?」

「そやねぇ。ウチも見たいかもしれへんなぁ」


 ええ、とホムリは目を見開き、観念したように肩を落とす。どうせ、やるまでミヤナ達は止まらないのだと諦めた。


「も、もぅっ……しょんないなぁ。だけんこれ以上は言わないよ? ぼく、これでもばか恥ずかしいだよ」

「構わにゃい!」


 溜め込んだ息を吐き出してどれほど呆れているのかを見せつけるがミヤナ達は相変わらずいい笑顔である。

 うー、と唸りながら耳を押さえて覚悟を決める。


「御者さん」

「はい!」


 背筋をピンッと伸ばし前をひたすらに見つめる。仕事に打ち込む姿がなんとも心を打つ。打算がなければ尚良し。

 そんなアルフレッドの背にホムリは少し体重を預けるように寄り掛かり、顎を彼の肩に乗せる。


「今日はありがと」

「……」


 体温がじんわりと伝わり、ホムリの吐息が耳を僅かにくすぐる。

 しかし、身動みじろぎひとつできない。

 心なしかホムリの行動に妖艶さが加わったようにも思う。


「報酬もなくさ、こんな危険な所に同行してもらっちゃってさ。本当にばか感謝してるだよ?」

「は、はひ! 大丈夫です!」


 そう聞き届けてホムリはアルフレッドから離れミヤナへと振り返る

 気恥ずかしそうに頬を掻きながら問い掛ける。


「えっと……要望通りだら? ……その、だもんでもういいら?」

「ほむりんかあいいにゃぁ〜。みゃーにもやって!」

「嫌だよ! ぼく、言質を取るのを忘れてたからやっただけだし!」

「レアもんやさかい、ええんとちゃう?」

「もう、もぅ、コヅミちゃんまでぼくをからかわないでよ」


 恥ずかしそうにするホムリにまあまあと軽く宥めながら彼女に、でもとミヤナは目線を御者台へと向ける。


「期待には応えられたみたいだよ、ほむりん? にゃっははは」


 そこにはとても真剣な顔付きで座るアルフレッドの姿があった。何やらぶつぶつと呟いている。心なしか男前が3段回くらい上がったように思える。さながらエロを眺める漢の表情である。


「え、天使は可愛かった? いや天使が可愛いのは必然であり、可愛かったからこそ天使だったのであって……いや待て、落ち着けアルフレッド、何事も疑うべきだ。自分は今凄まじく疲弊している。この事実から考えるに自分は癒されてはいない。ダメージを負っている、つまりは天使ではなく……悪魔! これだ、だがおかしい、なぜ自分はこんなにもそれを認める事ができないでいるのだ……? そうか、彼女は小悪魔ちゃんだった訳だ。いや早まるなクソッタレめがッ! だからお前は…………」


 アルフレッドのホムリ推しが決まった瞬間であった。後に彼が彼女らを箱推しする事になるなど、今は誰一人として知らない。

 ともかく、これはホムリにとって不本意な結果である。


「もぅっもぅっもぅっもぅっ……」


 自分の丸っこい耳を押さえて2度と人前で話すものかと密かに誓うのであった。

 さて、アルフレッドが結論に至り、正気を取り戻した所で次の質問へと移行する事となった。

 ホムリは途中から拗ねる方へと態度をシフトチェンジしていたわけだが、ようやく正気を取り戻したアルフレッドがそれを見たアルフレッドの穏やかな表情たるや彼の胸の内、彼の結論をこれ以上なく表すこととなった。曰く、見守ろう、と。

 閑話休題。

 彼はようやく本題へと入る。


「今日は何が目的なんです? 自分は今日まで散々助けて貰いましたけど流石に何も知らないのは……」

「だよにゃー、聞きたいよにゃー?」

「知らない。知らないままでいいじゃん。困ればいいだよ……」

「そやねぇ。すこぅし省くんやけど、ちと長くなりんす」

「ふん、このまま帰ればいいんだって」

「まってほむりんが可愛い。抱きしめてはにゃすから待って」


 ホムリは抵抗はしなかった。ふてくされているが受け入れている。

 ミヤナはホムリを抱えたまま真剣な顔付きで向き直る。

 馬車も馬の休憩の為停車している。


「…………」


 アルフレッドは話を聞く態勢に入るがちゃんと聞けるか少し心配そうだ。絶対に真面目な話をするような格好ではない。


「くふふふ、このけったいな空間、ほんにオモロいなぁ」


 ちっとも真剣な空気になってくれないからだ。しかし、ミヤナは待たない。


「コホン……簡潔に言えばみゃー達は決着をつける為のお出掛けをしてる。ちょっとした野暮用だにゃ」

「決着……ですか」

「そうだにゃ。話せばにゃがい、全ての始まりは——」



 ミヤナ、ホムリ、コヅミの目的は何か?

 それは冒険者になってランクを上げる事である。

 彼女らはフェベレルで冒険者登録を行い、冒険者の説明を聞いた時、満場一致で行動指針が決まった。

 そんな中でマルカルダ王国の首都、王都アルカへと向かうのも彼女らにとって必然の選択であった。

 そして、特に問題もなく王都へ到着すれば、後は行動あるのみ。彼女らの行動は迅速で無駄のないものだ。

 3人に分かれて情報収集を行い、再び落ち合う。

 冒険者らしい行動と言えば確かにそうではあるが彼女らにそれを当て嵌めるのは少々難しい。

 なにせ普通の冒険者とやろうとしてることがそもそも違うのだ。


「やっぱり魔物の素材を扱ってる所に勢いがあるよね。あと薬草類とかだったっけ?」

「せやね。日用品、家具、食物問わず。使い勝手がいいんでありんしょうね。競争率は高めかえ?」


 ホムリの確認するような質問にコヅミは補足しつつ同意する。そして、ミヤナに話を振る。彼女は首を横に振り、否定した。


「末端は高めだにゃ」

「みゃーちゃん渋い顔するじゃん」

「んにゃ、どこもみゃーが求める程の利益が見込めにゃいにゃって」


 彼女らが冒険者階級の説明を聞いてこれだと思ったモノ。

 それは……。


「まぁ、何やっても冒険者の依頼やった方が稼げるだら」


 階級を決めるにあたって評価され、必要とされる7つの項目の1つであり、そして恐らくその中で最も判断価値の低いだろうとされているモノ。

 彼女達は『財力』に目をつけたのである。


「ほんなら大本はどうかえ? 冒険者だけとちゃうんやろ?」

「大本ね。まあ、そこが1番効率的だと思うよ。あ、一応みんな商人の登録は済ませてるよね?」


 ホムリの確認に2人は頷く事で答える。

 それを見てよし、とホムリが頷くと3人は次の行動について話し合う。


「じゃあ、一旦解散!」


 次に落ち合うのは宿の中でと決めるとそのまま解散する。

 さて、大本と話していた彼女らではあるがそれが何を指すのか。

 簡単に掻い摘んで言うならば魔物の素材や薬草などを各店に提供する側の事だ。

 その素材の状態や加工もまた金次第でやってくれるわけだが、店の要望にある程度応える形だ。

 例えば冒険者ならばギルドに魔物を、或いは切り取った素材を売る。

 ギルドはあくまでそれらを各店に平均的な値段で、もっと言うならば妥当ないわゆる相場通りの値段で、適正価格で提供してくれる。可もなければ不可もない中立を守るギルドらしいものである。ただし、素材の加工は行われていない。

 ギルドの主な収入源は依頼の斡旋手数料なのでそこに力を入れていないというのもあるのだろう。

 では、ギルドと同じように素材などを提供できる商会があるのか。

 それはいない事もないと言った所だろうか。

 正確には出来るが現実的ではない、だ。

 まず商会が素材を手に入れる方法は1つではない。

 商会が取れる手段というのはいくつかある。

 ギルドに依頼を提出し冒険者に報酬を、ギルドに斡旋料を支払う1番スタンダードで真っ当な方法。

 商会同士でトレードの契約を交わす方法。

 ギルドから直接素材を買い取る方法。

 ミヤナの言う末端はこれらの方法を取るのに抵抗はないが素材を提供する側に回る商会には高くつく方法だ。加工する作業があるならば利益も出し易くもなるが素材単品ではそれも難しい。

 ではどの手段を用いるのか、1つは冒険者と直接契約を結ぶ事だ。

 要はパトロンになってやり、サポートしてやる代わりに良質な素材を安価で、もしくは無料で提供してもらう。

 ギルドよりも質が良い場合があるが冒険者によっては博打にもなりかねない。

 商会自身が素材を入手する方法もある。

 直接取れば安くもなるだろう。

 そして、最も取られる手段である冒険者から直接買い取る方法だ。

 これら3つの方法は1つの欠点がある。

 ギルドを通していない分、信用度が落ちるというものだ。

 そのぐらいギルドという存在は信じるに値するとみなされているのだ。

 では商会がそこにどう立ち向かうのか。

 それはブランド力である。

 商会が積み上げてきたソレは紛れもないブランド力へと昇華される。

 商会のブランドは時にギルドの信用を上回る事もあるのだ。

 そして、大本と言われる商会は主に最後に紹介した3つの方法が用いられている。それだけのブランドがある商会だという事だ。

 さて、とある宿で今後に向けて3人が膝を突き合わせて話を進めようとしている。

 口火を切ったのはホムリだ。


「まず、ぼくっちの目的、目標の確認をしておこっか」


 ここが食い違っていては元も子もないとホムリは視線を他2人へと向ける。


「荒稼ぎだにゃ! お金で冒険者ランクも上げる」


 決まっているだろ、とミヤナは力強く断言して見せる。

 それに対してホムリとコヅミが同意するように頷いているのはある種の異質さを醸し出す。


「信頼乃至ないし信用も手に入れば万々歳やんなぁ。……ついでではありんすが」


 目を細めて付け加えられたついでという一言からもそこはあまり頓着していない素振りが感じられる。

 手段をあまり選ぶ気はないと互いに確認しているのだ。

 2人の意見を聞いたホムリは同意するように力強く頷いて見せた。


「そう、そこでぼくっちの取るべき行動は限られてくると思うだよ」

「やっぱり大本を利用して稼いだほうが効率的じゃにゃいかにゃ?」

「しっかし今のウチらには売り込む以外にできひんからなぁ。E級やさかい、相手にされへん」


 コヅミの表情と話し方にはそんな事を全く思っていないと顔に書かれていた。

 半ば3人の中には行動方針は決定していた。

 後は煮詰めるだけだ、と。こういうのは口にするのが大事なのだと話は続く。


「やだなーコヅミちゃん。相手にされないならさ、相手にしたくなるようにすれば良い、だら?」

「うんうん、みゃー達は目標を大きくして、ドンと構えてればいいよにゃ」

「ほな、ターゲットはこの3つの商会にしんしょう」

「いいねいいね!」

「にゃっはははは、大きくでたにゃ!!」


 コヅミの書き出した3つの商会の名前に2人は思わずと言った風に笑みがこぼれ落ちていた。

 ミヤナは体を左右に揺らして続ける。


「どうかにゃぁ、できるかにゃぁ。大きな商会だしにゃ〜?」


 そんな風に笑みを浮かべているミヤナにホムリもまた更に笑みを深める。


「大きな商会だもんね〜。相手にしてもらえると良いだけどねぇ?」


 2人のはしゃぎようにコヅミもまた笑みを濃くしていく。


「ほんにおもろなってきたなぁ。……ほんで本命はどないする?」

「候補は絞っといたから後は少し調べるだけかな、でも多分これでほぼほぼ決まりだと思う」

「ほむりんの一推しにゃら文句はにゃい」

「ウチも文句あらへんなぁ」


 それから作戦会議はとことん盛り上がり、最後には皆がニッコリとご機嫌に寝床についた。


「今後が楽しみだねぇ。えへへ〜」

「にゃふふふ……」

「ワクワクさんやんなぁ〜。くふふ」


 ちなみに余談ではあるのだが、ジンキの方でも彼女ら3人の事が話題になった事がある。

 曰く、3人はアレでちゃんと頭が良い。企み事で右に出るものは殆どいないだろう。

 曰く、彼女らは快活に、嫣然と、優雅に笑う。反応は素直であり、面白い事は面白い。そうでなければその通りである。

 曰く、人間誰にでも裏表は多少なりともある。彼女らは基本的に裏では笑みを浮かべている。目と口が三日月に歪んだような、まるで他人を見下すかのような嫌らしい笑みである。

 曰く、計画性の塊であり、悪巧みが好きで、良くゲス顔を披露するが誰がなんと言おうとそこもまた可愛い、と。

 ジンキは背を震わせ彼女らをそう評価したという。

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