ユレン・キュリットの図鑑作成
監視塔は大忙しである。
ジンキの突飛な提案に振り回されて魔物図鑑を作らなければならない。
無論それだけではないが、その魔物の生態を調べるのはなかなかに骨の折れる仕事だ。同時並行で、己の戦力としても鍛えたい。
実に悩ましい所だが、案外両立はできている。
生態に関しては魔物の素材の活用を調べる部門とある程度分担する事になっているのも一因だろう。
監視塔は戦力の補充と図鑑の作成を兼任しているのでやはりある程度仕事をわける必要があったのだ。
もちろん、監視塔でのそれぞれ担当する魔物は必然的に決まっている。
そんな監視塔の仕事ぶりを覗く事としよう。
全員を一気に覗く事など到底不可能なので今回は1人、彼女をピックアップ。
監視塔の第一階層が管理者、ユレン・キュリット。
★
アーカディア王国の外壁の向こう側。
樹海はぐるりと王国を囲んでいる。
その朝の樹海にユレンは小さなウェストポーチを携え手ぶらで立っていた。
その小さな背丈に頼りなく弱々しい背中でロップイヤーをちょこちょこと動かし、時折踏ん張るように片耳を立たせながら奥を進んでいく。
傍目から見れば非常に可愛らしくも微笑ましい場面だが、歩いていると場所が物騒なのでヒヤヒヤとさせられる。
しかし、その足取りに迷いはなくペースは安定しているのがなんともいえないアンバランスさを醸し出している。
「……むっ」
ピクリと耳と鼻を動かし足を止める。
生き物の音と臭いを感知したようだ。
音を立てず物陰に隠れる。幸い樹海なので隠れる場所には困らない。
しばらくするとガサガサと草葉を掻き分ける存在がその姿を露わにする。
音からして小柄で軽い存在だろう。
「……ウサギ、さん?」
小柄なユレンとは違い耳を真っ直ぐ立てたウサギだ。
普通の動物という事で安心したのかユレンはウサギを警戒させないように近づいていく、ウサギ繋がりのお陰か簡単に近づく事に成功する。
ちなみに動物と魔物は明確に違う生き物である。
ではどう区別するのか。
魔力の有無か。
しかし、動物も植物も魔力は保有しているのでそれは違う。
魔力の有無ではなく波長の違いである。
それではわかりにくいではないかと思うかもしれない。
個人個人で波長自体が違うではないかと。
だがわかるのだ。
縦の波なのか横の波かぐらいは簡単に判断できてしまう。
とはいえ進化の困難さの違いしかないわけなのでそこに友好的かどうかは別問題だ。
運良くユレンはウサギに触れ、抱き抱える事に成功した。
嬉しそうに破顔し笑う。
「……ふふ、うん。ありがと、ね?」
そう言うとユレンはウサギを逃してウサギが来た方角へと進む。
彼女は限定的だが動物や魔物と意志の疎通をする事ができる。
ウサギから情報を手に入れた為に行動したのだ。
「あっ、居た……」
小さく呟き茂みから様子を窺うとユレンは今回の目的を無事発見した。
その魔物は丁度獲物を仕留めたところなのか棍棒で頭から血を流し横たわった鹿の骸をツンツンと生死の確認をしている。
確認を終えると周りにいる2匹の仲間達にどうだとばかりに自慢げに胸を張る。
気に入らなかったのかその2匹は調子に乗るなとゲシゲシと踏みつける。その雰囲気はどこか弛緩しており、なんとなく仲の良さが窺える。
不覚にも少し和んでしまったユレンだが、目的を忘れてはいけないと頭を振ると、そのままわかりやすく音を立てながら1歩踏み出した。
当然、相手はユレンに気付く。一斉に顔を向ける。
「「「ゴブ?」」」
ゴブリンである。
お鼻のイボがゴブリンらしさを滲み出していて微妙に良い味を出している。
さて、小柄で可愛いらしいユレンを見つけて彼らが何もしないわけもないだろう。
彼らにとっては格好の獲物である。
下卑た笑みを浮かべ今にもユレンを組み敷こうと逃さないよう、にじり寄る。
ユレンは何もせず彼らをただ見つめるだけだ。その視線にふざけたものはなく、かと言って怯えを宿しているわけでもない。
観察に徹しているのだ。
故に当然先に動いたのはついに焦れたゴブリン。その内の1匹。
駆け出し勢いよく棍棒を大きく振りかぶり、上から下へと振り下ろす。
ゴッと鈍い音を立て、腕に若干の痺れを感じる事により避けられたのだと認識する。
体を半身にしただけだ。
ユレンは尚も観察を継続する。後方へと軽く跳躍し距離を置く。
余裕の態度ではあるがゴブリン達の目には恐れと捉えられた。
彼らは一気に追い詰めようと3匹同時に攻撃を繰り出す。
しかし、彼らの振るう鹿の血に濡れた棍棒はユレンに血の一滴すら付着することはなかった。
しばらく避け続けゴブリン達の息が上がってきた所でユレンは再び距離を置き、考え込むように指で顎を摘む。
避けられていたのはどうやら偶然ではないらしい、とゴブリン達も理解しただろう。
彼らが顔を怒りに染めた。
馬鹿にされたのだとユレンにさらに立ち向かう。所詮は反撃もできないウサギなのだと。
向かってくるゴブリン達に対してユレンはやはり何かしら考えているのか上の空気味だ。
振るわれる棍棒を屈むことで避けるとガラ空きになったゴブリンの胴体を軽く押しバランスを崩し自分の背後を襲うゴブリンの棍棒に手を添えて受け流す。
3匹目のゴブリンの攻撃を避ければそのまま仲間を巻き込ませた。
激昂する彼らにユレンは変わらぬ対応を続けているとやがてゴブリン達は息も絶え絶えで地面に突っ伏す事になった。
「……ぅーん…………あ、ちょっと騒ぎ過ぎた、かな?」
考え事を遮られるように耳が反応する。
ゴブリン達の声につられていろいろと集まっているようだ。
ユレンはゴブリンを放置してその場を去る。
森を探索し、色々なゴブリンの様子を見ながら時を過ごしていく。
どのくらい立ったのか、太陽は頂上を昇り終えて現在は降り始めて数時間と言った所。
「ふぅ……ちょっと、はしゃいじゃったかも」
少し大きめの木を背に、遅めの昼食を摂り始めた。事前に用意していた弁当だ。
周りを警戒しつつ、この樹海での時間を振り返る事に。
ゴブリンらは、基本的に貧弱だ。
力もなければ頭も悪い。
彼らにあるのは生への執念。
どんなに見苦しくともどんな逆境であろうとも最期の悪足掻きに至るまでその命の灯火を激しく燃やし尽くす。
往生際は悪く、悪知恵も働き、我が儘で意地汚い。
そんな彼らだが見た目によらず、意外なほどに勤勉だ。
ある意味当然だろう。
でなければ自然界を生き抜いてはいけないだろう。
彼らの行動を見続けてユレンは国に連れ帰るゴブリンの選別基準をある程度設けることにした。
「ぅーん……方針は決まった、かなぁ」
そう呟きいそいそと片付け、移動を開始した。
後はどんなゴブリンに遭遇するかは運である。他の魔物を見たいと思わないでもないユレンだが、初日の今日はゴブリン一択に絞ると決めていた。
でなければ纏まるものも纏まらない。
足を止め、早速見つけたゴブリンに目を向ける。
どこかから奪ってきたのだろう剣を片手に進んでいる。
ゴブリン1匹。非常に楽な相手だ。
群れなければ彼らが脅威になる事はないのが普通である。
故にユレンの目の前にいるゴブリンもまた相手にする程でもないだろう。
しかし、ユレンの目的はゴブリンを育てる事にある。監視塔の仕事であり、趣味である。
そういう観点から見れば目の前のゴブリンは絶好の相手と言える。
それは群れてないから与し易いなどという意味ではない。
群れていようがいなかろうが彼らが弱いという事に変わりはない。
しかし、彼らにも当然個人差はあるのだ。
1人で自然界を生き抜いてこれたという事はそれだけの経験や技術、根性があると言える。
少なくとも群れの中の1人と戦えば勝つ程の技量は目の前のゴブリンには備わっているだろう。
「ゴァブッ!? ッウゥ〜……」
「あ……」
剣を向けて弱そうなユレンへと迫ったゴブリンは実に呆気なくユレンに気絶させられていた。
「あぁ〜、ま、間違えちゃった……」
気絶させるつもりはなかったのに、とやってしまった、と小さく嘆く。
結論、ゴブリンは弱い。しかし、将来性はあるとユレンは気を取り直す事にした。
とりあえず気絶させたゴブリンを放置する訳にも行かないのでウェストポーチから監視塔管理者達の必須アイテムとも言える物を取り出す。スーワイアとミネアレの共同開発である。
スーワイアに『環境型
ちなみにモンスターケースと言い始めた時、スーワイアが拗ねたので正式名称は変わらずなのだが……。
閑話休題。
このモンスターケースは魔物を収納させる為のものだ。
その中身には異空間が広がっており、さまざまな環境が模られている。
魔物達に快適な環境を提供する為のものだ。
しかし、その中には魔物しか入れる事ができない為、動物や植物を中に入れられない。
なので中にある植物、土、水、雪などのあらゆる自然はあくまで人工的なものである。
一応、環境としては不満は少ないはずである。しかし、動物を入れる事ができない上にその肉もモンスターケースに拒絶されてしまう。一度、加工し魔力の質を変えなければならないのだ。魔物自体を食事にするのはありと言えばありなのかもしれないがそれをすると中の環境は酷い事になるだろう。蠱毒の再現に近しいモノのできあがりだ。それを避ける為だ。
故に中での食事は基本的に味気のない〝餌〟という事になる。
監視塔としてはそのように〝飼い慣らす〟という手段は取りたくないのでコレはあくまで一時的な処置であり、国に連れ帰る為の道具なのだ。
それにもう1つ、魔物を中に入れるには条件が必要である。
中に入れる魔物の承諾か意識を失った状態のどちらかを満たさなければならない。
ユレンは目の前で倒れているゴブリンを中に入れて仲間にするのを後回しにする事にした。
言ってしまえば餌用の魔物の入れ方である為避けたかった手段だ。
とはいえ最初の魔物なので大丈夫だろうとユレンは不満に思いながらも次に切り替える。
ケージをポーチに入れ終わるとユレンの耳が僅かな風切音を捉える。
振り返りざまに、頭に向かって飛んでくる弓矢を蹴り落とすとそのままその方向へと駆け出す。
すると見えてくるのは4匹のゴブリン。
「ぅん? 5匹……?」
どうも木の上に1匹控えているようだ。
ユレンはその事に気がつかないフリをしながら目の前の4匹のゴブリンを観察する。
今まで見てきた1匹で行動するゴブリンとは明らかに異質。
かと言って群れの方針に従った集団行動とは明らかにかけ離れたゴブリン達だ。
イレギュラーと言って差し支えない。
「冒険者の真似事?」
そう、装備は冒険者から奪ってきたのだろう事は窺えるのだがそれだけならば見かけた事は何回もある。
しかし、目の前の彼らはパーティを組んでいる。少なくとも形になっている時点で驚異だ。
それは彼らが明らかに学習しているという証左だ。
そして、1匹1匹に今までのゴブリンとは若干の違いがあった。
目の前にユレンの目の前に立ちはだかっている1匹は他を守るように相対している。
他のゴブリンよりガタイが良いのだ。少なくとも他より頑丈なのは違いないだろう。
恐らくはタンクの役割をしているに違いない。ただ、武具を持っていないことから素手で戦う格闘だろう。
その格闘タイプの背後に控えているのはいわゆるシーフの役割を担うだろうゴブリン。
今回の状況下では恐らく遊撃に回るだろう。短剣を握り締め、こちらを窺っている。
もう少し離れた所ではユレンに矢を射ったであろうアーチャーのゴブリンと杖を持った魔創を使うであろうゴブリンがいる。
これだけで驚きなのだ。しかし、ユレンが最も驚いたのは彼らに油断がないという所だ。通常、彼らは数に優っていれば舐めてかかるのだ。
そして、この中で最も異彩を放っているのは木の上で見えない所から全体を見守るゴブリンだ。
小柄なゴブリンよりも更に小柄なゴブリン。子供、というわけではないのだろうその顔立ちは些か凛々しさと理性が宿っている。
ユレンは薄っすらと笑う。どこか楽しそうな雰囲気が感じられる。
「……ちょっと、面白い」
お手並拝見といこうとユレンは相手の出方を窺う。
先に動いたのは弓を持ったゴブリン。彼の傍らでは魔力を練り始めているゴブリンもいる。
弓をでユレンの動きを制限しつつガタイの良いゴブリンがユレンを抑える為に攻撃を仕掛ける。
全てを避ける事に専念するユレンはやはり攻撃を仕掛ける事はしない。
そんなユレンにいつの間にか気配を隠していたシーフのゴブリンが首を狙って飛び出す。
「ゴァブ!」
その攻撃を避けた瞬間に魔創が放たれる。
3つの頭のサイズぐらいの火の玉がユレンを襲う。
しかし、ユレンはなんて事のないように背後へと飛び退ける。そのままゴブリン達を観察していると首を傾げる。次の動きがないのだ。……いや、その垂れた耳が小さな音を拾う。
木の上に隠れた小さなゴブリンが指示を出している。
魔創使いのゴブリンが大きめな火の玉を放つ。
ユレンに到達する前に爆発し、視界を遮る。
爆煙が晴れると目の前にその一団は既にいなかった。
「……結構賢い……」
撤退を選べるのかと目を見開いた。
コレは逃しては行けないだろう。
耳を澄ましてユレンはゴブリンを追い掛ける。
「《
木を使いながら跳躍を繰り返し凄まじい勢いで距離を詰める。
「ゴッァ!?」
「ゴブ!!」
「1匹」
シーフの腹部を蹴り飛ばし、タンクのゴブリンにぶつける。しかし、さすがの体格なのかしっかりと受け止めていた。とはいえ、ユレンもまた吹き飛ばす程の力は加えていない。
その腕の中のゴブリンを行動不能にする事に留める。
その隙に近くまで接近しサマーソルトで空高くタンク役のゴブリンを蹴り上げるとそのままユレン自身も追いかけるように大きく跳躍。
「《
運動エネルギーが丁度ゼロになる瞬間、ボレーシュートを決めるが如く真下へと蹴り落とす。
クレーターが出来上がるのを見届けると2匹と呟く。空中で体制を整え、逆さまの状態で膝を曲げ狙いを定めるように宙を跳躍。
「《
杖を持ったゴブリンを着地点とし、そのまま踏みつける。地面へと押しつけられたゴブリンは吐血しながらも意識をギリギリ保つが動けそうにない。
上から見れば巨大な兎の足跡の中心で倒れている形だ。
「3匹」
「ゴブッ!!」
間近で矢を射られたユレンだが、その姿は一瞬にして掻き消える。
周りを見渡せど何処にも姿は見当たらない。
ガッ!
「ッゴァッ!?」
背後で音がして振り返ればやはり何もない。
再び別の場所で音がしては手掛かりなしの状態が続く。いや、流石にゴブリンも気付いていた。木の幹が大きく抉れている事に。
その抉れ方は斬れ味のあるソレではなく、無理矢理力で抉ったような獣染みたモノだ。
「《
弓矢を放とうにも放てず、音のする方を振り向く事しかできずにキョロキョロする始末だ。
そんな後手の状態では有効打を打つ事もできず顎に蹴りがクリーンヒットし、意識を飛ばす前にユレンは胴体に回し蹴りで木へと吹き飛ばし、痛みで覚醒させる。だが、やはり動く事はできないようだ。
「4匹……そしてっ——」
側にあった木を一蹴り入れ、大きく揺らす。
それと同時に驚いたような声を上げて落ちてくるゴブリン。
ユレンはそのゴブリンが落下する前に首根っこを掴み受け止める。
「っと、ラストだね?」
ニコリと微笑むユレン。
「ゴァブ……」
愛想笑いを浮かべたゴブリン。
周りを見渡せば呻き声が耳に届き、もはや自分に抵抗する意味はないと理解していた。
こういう時わかりやすさが大事だとユレンは考える。
今回の派手な演出はいわばわかりやすいデモンストレーションだ。
自分は強者であると、抵抗する事の無意味さをわかりやすく示す。それと同時に誰も殺していない事から交渉の余地がある事を提示する。
「これ以上、やる?」
頭をぶんぶんと勢いよく横に振る小さなゴブリン。
「私の言う事を聞いてくれる?」
「ゴ、ゴブ!」
今度は縦に振られる。
よかったぁと安心したようにユレンは息を吐き出す。
「君達のことは私が強くしてあげる、ね? 今ね? 仲間を集めてるの、でも弱かったら意味がないのだから手伝って、ね?」
「ゴ、ゴァブ……」
微笑みながら問いかけてくるユレンにゴブリンは目が笑っていない事から拒否権はなさそうだと諦めの境地に立たされていた。
生返事を繰り返しながらゴブリン一行はモンスターケージに入れられながら先の事に思いを馳せた。
「ふふ、これで私の威厳は天元突破だよね」
そう呟きながらユレンは自分の理想像をイメージして帰路に就くのだった。
★
——とあるゴブリンの個人的意見
魔物の従え方には様々な方法がある。
それは従える側である人のやり方や従う側である魔物の性質による。
だが、やはり最終的に魔物が指示に〝従う〟という結果に繋がればいいわけだ。
故に大事なのは従うまでのその過程である。
例えば契約であったり支配だったりはたまた絆だったり。
魔物と人との関係にはその数の分だけ形があるということだ。
さて、監視塔の第一階層の平原にゴブリンが1匹、剣を杖代わりにしながら物思いに耽っている。
ここに来てどのくらいが経つだろうか?
あっという間だったような長い日々だったようにも思う。
今や同じ釜の飯を食う仲間も大分増えたものだ。ゴブリンだけじゃないのがまた不思議な感慨を抱くものだ。
最初期に来たのは自分を含めて7匹である。
「ゴブフ……」
ニヒルに笑い、やれやれと肩を竦める。
あの頃とは姿形が変わってしまった7匹である。あの時は良くも悪くもみんな普通のゴブリンだったはずなのになぁ……と遠くを見つめる。
短い期間で見事に進化してしまった。まだこの先がありそうなのも末恐ろしい。
ガタイの良かった彼なんて特にそうだ。
あの筋肉達磨とはできれば関わりたくない。口を開けば訓練だ、トレーニングだ、適切な食事だと口煩い。ユレン様のトレーニングの素晴らしさにとりつかれてしまった。
その結果が2メートル越えのゴブリンになるなど常軌を逸している。個人の資質に合わせてくれる所がまた憎い。コレでは文句も言えない。
ナイフの扱いが上手かった彼は今やゴブリンで最も影の薄い人になってしまった。
いつの間にか隣にいられると驚かずにはいられない。
弓を扱う彼とゴブリンに珍しく魔力を適切に扱えていた彼もまた別人だ。
アイツらは他のゴブリン共と引けを取らない程の化け物だ。できれば相手にしたくない。
その中でも1番の変わり者は間違いなく奴だろう。
昔はあんなに小柄だったのに今やゴブリンとは思えぬ程に理知的な雰囲気がある。背もまた随分と伸びたものだ。
だが、戦闘はあまり得意ではないらしい。
まあ、ユレン様から色々教わってるから見るに油断できるようなゴブリンではないのは確かだ。
「ゴァブ?」
背後から何匹かのゴブリンが後を追ってくるのが見えてくる。
一応部下ではある。
彼らからすればきっと自分も他の奴らの事は言えないのだろう。部下達によく「隊長が言わんでください!」などと言われるものだ。
気を取り直すように頭を振る。
……ともかく自分の事は良いのだ。
最後に1匹最初期のゴブリンがいるのだ。
あの日の帰り道、命からがら生き延びたと言った風貌のゴブリンが1匹いたらしい。
残念ながらケージの中にいて詳しい事は知らないが……。
そんなゴブリンを普通は見捨てるだろう。
しかし、ユレン様はそうしなかった。理由は明白だから疑問に思う程でもない。
珍しかったのだ。
ゴブリンのメスが。
そして今最も手のつけられないのがそのゴブリンだ。
恐ろしいものである。
それはさておき先程まで考えていたことを思い出す。
部下達に聞かれたのだ。
何故ユレン様に従っているのか。
無理矢理そうなっただけではある。半ば脅されたようなものだから間違ってはいない。
だが恩義もあるのは確かである。
間違いなく強くなったのはユレン様のお陰だからだ。
ユレン様は厳しいし恐ろしいが優しい。
無理は言わないがギリギリの無茶までさせる人だがやはりこちらの事をしっかりと考えてくれている。
ユレン様は強いし自分達の力が必要ともあまり思わない。少し抜けてる所もあるがしっかりしている。
そんな中で自分達が彼女に従う理由と言われるとなると、そうだな。
強いて言うならば、庇護欲を刺激されたからだろうか。
アレは護らねばならない存在なのだと思ってしまうのだ。
あの人は自分達の可愛いお姫様なのだ。
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